第23話 ふわふわソファー
「さて、ブレイクタイムに入りましょうか」
おっさんの提案を受けて、ボクは【ストレージ】から【ふわふわソファー】を取り出し、ぐだーっとだらけてみる。指で軽く押すと、雲のように沈み込み、ゆるりと跳ね返る感触がたまらない。
アイテムショップで【タブレット】と一緒に売りつけられたおまけの商品だけど、想像以上のふわふわ加減に思わず頬がゆるんでしまう。
「わー!なにそれ!?いいなー!」
「めりぃさんもぜひ一緒に使ってください。爆発に巻き込んでしまいましたし」
「やったー!」
ボクの隣に座っためりぃさんが、ソファーに身を沈めていく。
「ちょっち待ってくれ!本当に休憩するのかい?」
「あれれ?ブレイクタイムだと言い始めた張本人が否定するんですか?」
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>※言ってません
>他人の発言を捏造するとか最低だな許せねえ
>言ってるんだよなぁ
>ソファーいいなー
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「まぁいいんじゃない?それよりあーしの座れるソファーも出してよ」
「あと2つありますよ。どうぞどうぞ」
「なんでそんなにソファーを買ったんだい……?」
結局みんなでソファーに座ってひと休みすることに。ちなみに明日香さんは当たり前のようにボクの膝の上に座ってきた。
「あー、すごいー。このソファーどこで売ってるのー?あたしも欲しいなー」
「もう魔王討伐とかどうでもいいね……グースカピーするとしようか」
「てかめりたん回復早くない?さっきまでボロボロじゃなかった?」
「うーん、椅子でまったりすると自然回復が早くなるみたいだねー」
「……では、めりぃが全回復したら出発するとしようか」
じっくり休憩したボクたちは【グレイブウッド】を逆走し、魔王の出没地点へと向かう。結局30分もだらけてしまいました。誰ですか!ソファーなんて出した人は!?
道中の敵を多種多様なスキルによって吹っ飛ばし、特にアクシデントが発生することもなくイベントエリアの直前に到達した。さっきまで完全に空気と化していたアリンドさんが、いつの間にかその存在感をアピールしだす。
「やっぱり俺がいないとおまえらはダメだよなー。まさか迷子になって【グレイブウッド】まで行っちまうとは。ま、俺がいるからには安心だ。俺のスキルで魔王だろうが神だろうがぶっ倒してやるよ!まあ、そんな奴はそうそう出てこないけどな!ガッハッハ!」
相変わらずの発言に、もはや感動すら覚える。結果を逆算して露骨にフラグを建てていく様子を見るに、やはりあの公式ネタバレも意図したものだったのだろう。
わざわざ結末を開示した理由も推測できる。おそらくは、運命を変える事が想定されているということだろう。
いわばこれは運営からのプレイヤーへの挑戦状。だったら受けて立とうじゃありませんか!逆にここまで伏線を積み上げておいて不死身フラグとか付いてたらぶっ飛ばしますよ。
「さて、魔王の出現地点に近づいてきたが……今回は作戦会議をするとしようか」
作戦会議といっても魔王の能力の全容は明らかになっていない。それでも前回の戦闘から参考にできることがあるとしたら……。
「障壁を割るまでの間、魔王はアリンドさんに釘付けになっていましたね。その間にいろいろと準備ができると思うのですが」
「なるほど、それなら任せてくれたまえ。俺はバッチグーな付与スキルをいくつも持っているよ」
おっさんってやけに芸達者なところがありますよね。前回は風魔法による回避戦闘。先の戦いでは、水魔法で後衛から爆撃。さらにはいくつもの付与スキルを使えるという。おそらくは特定の属性に特化するよりも幅広いスキルの取得を目指しているのだろう。
「盾役は任せて!前衛はあたしが張るよ!」
めりぃさんの盾役としての実力は【フェイク・ゴッド】戦で完全に実証されたと言ってもいい。後方から回復による支援を行えば、少なくとも早々に倒されることはないだろう。
そんなめりぃさんの発言を受け、ゆうたさんがとんでもないことを言い出した。
「なるほど、では俺は後衛に回らせてもらうことにしよう。盾役は前衛と後衛に分かれていたほうがやりやすい」
「え、ゆうたさんが後衛!?できるんですか?」
一体どうやって後衛から攻撃するんだろう。思い返せばゆうたさんはアクティブスキルを使用すること自体が非常に少ない。
おそらくは通常攻撃を強化して【アームズスイッチ】で臨機応変に対応するタイプの型だろうと推測できる。しかし、スキルで遠隔攻撃をするならばそのコンセプトが崩壊してしまうはずだ。
「別に大したものでもないが——。そうだな、ここは配信映えのためにも秘密とさせてもらおうか。連携にも特に支障がない程度のものだろう」
ゆうたさんが配信映えを気にするとは……。ゆうたさん自身は配信者というわけではないからボクの配信を気にしているのだろう。いいでしょう。何が飛んでくるかわからないけど、盛大なリアクションで盛り上げてみせますよ!
「あーしは指令と回復。いつも通りだね」
「私は前衛しかできませんので♥いっぱい刺してきますわ♥」
「それならボクは障壁を破った後は明日香さんと一緒に前衛で攻撃役をやらせてもらいましょう。で、ゆうたさんの鎧が再詠唱時間を終えたら、そのたびに戻ってレーザーを撃ちます」
「まあ、実際は魔王がどんなスキルを使うかによって臨機応変に対応する必要があるだろう。会議としてはこんなところで十分か」
そう言ってゆうたさんが作戦会議を打ち切ろうとする。しかし、そこに明日香さんが口を挟んだ。
「そういえば、アリンドさんは何ができるのですか♥」
「え?俺?」
そういえばそうでしたね。魔王戦においてはアリンドさんも戦力になるはず。むしろ単独で魔王相手に時間を稼げるアリンドさんをどう活用するか。それこそが、勝負を決めると言っても過言ではないのでは!?
「俺はこれまでずっと1人でやってきたからなあ……攻撃に回復と強化。ひととおりはできるつもりだが、連携できるようなものではないな。誇れるのは【レジェンドヴァリアント】という受動スキルくらいだな。通常攻撃を任意の物理攻撃スキルに変換できるという効果を持つ」
「なるほど、【ナイト】にも類似スキルがあるな。効果時間は30秒で、消費MP6以下の近接攻撃という縛りはあるが」
「つまりアリンドさんはあらゆる物理攻撃スキルを通常攻撃として放つことができるということ……?」
最初にやられるキャラにしておくのは惜しいくらいの有能キャラですね。使い倒しましょう。
「1人で戦えると言っても、今回は【パーティ】戦ですよ。協力してくださいね」
「わかった。他にも相手の防御力を下げる物理攻撃があるからそれを使ってみるわ。自分1人で戦う時はこんなスキルを使わなくても相手の防御力を完全に貫通できるから一度も使ったことはないんだけどな!ハッハッハー!」
この人を相手取ってなお有利に戦える魔王の恐ろしさが、身にしみた会話でした。
イベントエリアに入ると、そこには1人の男性が佇んでいた。
漆黒のローブを身にまとった真っ白な肌の青年。その手には禍々しい色をした杖が握られている。
「ほう?神々の操り人形、勇者様のご登場か」
魔王はこちらに——正確にはアリンドさんに視線を向けて、煽るような口調で話しかけてくる。
「まさか本当にいるとはな。びっくりしたぜ」
「ククク……【天啓】が反応したか?だとするならば光栄なことだ。自己紹介は必要かな?」
「いや、【天啓】は無反応だ。ただ、俺の頼もしい後輩達が『魔王が出る、魔王が出る』とうるさかったんでな。突然の邂逅であれば気づけなかっただろうが、そういう前提があれば察することもできる。その強大な力をな」
「ふん、人間どもに情報が漏れていたか……まあいい、貴様はここで終わるのだ。そして、そこの勇者に付き従う愚かな人間共。貴様らに恨みはないが——ここで死んでくれ」
魔王は独り言のようにそうつぶやくと、その手に持つ杖をこちらに向ける。どうやらイベントシーンはここで終わりのようです。
さあ、戦いの始まりですよ!
 




