第21話 借唱踏み倒し
「……実力は証明されたな」
「そ、そ、そそそそうですね。間違いなく十分以上の実力です」
明日香さんの修行の成果は明らかだ。新たなスキルを取得し、ステータスも向上している。それは間違いない。
しかし、ゲーム的なステータスとは無関係な要素の成長も大きい。彼女の実力を評価するならば、最も大きく成長したのは間違いなく《SANチェック》だ。過去に一度この目で見たときと比べても、恐怖の圧が段違いに高まっている。
そもそもモンスターが無抵抗で倒されるなんて聞いたことがない。ボクたちはある程度の距離をとっていたこともあり、その恐怖に屈することはなかったけど、あれを間近で受けたら一体どうなってしまうのだろう……。
「あれが……〈魂の言葉〉ってやつかい? 思わずバタンキューしそうだったよ」
〈魂の言葉〉とは、ボクが配信と並行して記録している『卍荒罹崇卍のてくにかる大辞典』に記載したあのテクニックの名称だ。
その人個人が強い思いを抱くひとつの単語は、数千もの描写に匹敵するという超理論。誰もが一笑に付す荒唐無稽なテクニックだ。ただ、検証も実証実験もしていないけれど、理屈は大きく間違えてはいないと思う。
そして……理屈はともかく、そんな荒唐無稽な現象の存在を実際に目の当たりにした者たちの考えることはひとつだけ。
――この先、あの技術を獲得しなければ、【フォッダー】を勝ち上がることはできない。
「――今は魔王が先か。……明日香が参戦することに異論はないな?」
「もともと誰も否定してなかったじゃないか。構わないよ」
「あーしも別にいいよ。ただ、コツとか超気になんね。フレ送っていい?」
「こちらからお送りしますわ♥」
「あたたあたたたたたしも大丈夫だよよよ。こわわわ怖がってなんかななないよよよ」
めりぃさん、怖がりすぎです。
明日香さんの実力は晴れて証明されたが、本題である連携の確認はまだ達成されていない。
とはいえ一番レベルの低い明日香さんでもソロで無双できるような狼を相手にしてもしょうがない。もっと奥にいるモンスターを狙うことになった。
【セイクリッドファング】や【ディバインゴーレム】というモンスターから察せられるように、【グレイブウッド】には多くの神聖なモンスターたちが出現する。
奥まで進んでも基本的にはこのタイプのモンスターがほとんどで、属性の傾向が一致している分、非常に相手にしやすいのが特徴だ。
しかしすべてのモンスターが同じ属性であるわけではない。唯一の例外が存在するのだ。
「【フェイク・ゴッド】……【パーティ】総掛かりで挑んでかろうじて一体を仕留めることが限界の雑魚モンスター」
一見するとそれは人のように見える。金色の糸によって巨大な十字架があしらわれた豪華なローブで身を飾っており、帽子にもまた同じように十字架のようなデザインが描かれている。
実際的な歴史考証を抜きにすれば、聖職者のようだと見る者もいるだろう。
――どす黒いオーラのようなものを身体から発していなければ。
しかし、よく見るとオーラは身体から出ているわけではないことがわかる。むしろ吸い込んでいるのだ。
周囲に漂うかすかな黒い霧のような何かがそのモンスターをめがけて流れ続けており、その結果として濃くなった霧が邪悪な色を呈しているだけだ。
この森に棲む多くのモンスターが神聖さを保っているのは、このモンスターがあらゆる邪気を吸い取っているからなのかもしれない。
「以上の仮説が正しいとすれば、やはり彼は立派な聖職者なのでしょうか。泣ける話ですね」
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> なお、これから立派な聖職者をぶち殺す模様
> 倒さないと無限に邪気を吸って魔王とかになるかもしれないだろ!
> 聖職者さんかわいそう
> さらに言えばその神聖なモンスターとやらも片っ端から粉砕してるわけだが
> やっぱゲームって糞だわ
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「この程度もキルできないようじゃ魔王にウィンすることはインポッシブルだね。怖気づいたかい?」
「ま、細かいことはいーじゃん。さっさとたおそ。あーしは回復と指令をやるから」
「じゃあ後は流れってことで。【サモン・ホース】! お馬さんを召喚ー!」
めりぃさんは馬を召喚すると、勢いよくそれに飛び乗った。
めりぃさんが乗ったことを確認した馬は勢いよく走り出し、【フェイク・ゴッド】のもとへと向かう。
「やれやれ、作戦会議はすべきだと思うのだが……」
「偽とはいえ神ですか♥ 腕がなりますわ。おねえさま、応援してくださいね♥」
そして先陣を切っためりぃさんを追ってゆうたさんと明日香さんが前線へと向かう。残ったのは純白の翼さん、おっさん、そしてボクという後衛メンバーなんだけど……。
「ええい! 我慢できません、ボクも前に出ますよ! 接近戦をしますから!」
「ちょっと待ちたまえ。いや、別に出るなと言ってるわけじゃないんだが、付与をかけさせてくれ。〈深き水よ、魔の理をその身に刻め〉【マジックアップ】!」
おっさんが呪文を詠唱すると、地面に青色の魔法陣のようなものが描かれ、ボクたち三人を光が包み込む。これは魔法スキルの威力を上げる水属性魔法だ。一般的な【メイジ】にとっては覚えていて当たり前の必須スキルではあるが、宗教上の理由でボクは取得していないので非常にありがたい。
「ありがとうございます! では行ってきます!」
先に行った三人を見ると、すでに殴り合っている様子。これから普通に走って向かっても大幅に出遅れてしまいますね。
「では、うり坊さんのお力をお借りするとしましょう。【猪突侵】!」
スキルの発動宣言とともに、体が勢いよく前へ突き進む。ターゲットは【フェイク・ゴッド】。弾丸のごとき速度をはるかに上回る速さで、モンスターとの距離を急速に縮めていく。
「ちょ! ゆうたさん退いてー!」
「む!」
進行ルートに偶然にも立ちふさがるゆうたさんに退いてもらい、そのまま【フェイク・ゴッド】を勢いよく殴り飛ばす。もちろんダメージは最低値。ただし、本命はこれからだ!
「【ソウルフレア】! 【エアジャンプ】!」
近接炎属性魔法を撃ち込み、即座に後方へ二段階ジャンプで逃れる。そのボクを狙うようにして、【フェイク・ゴッド】が闇の魔法を放つ。黒い球体が一直線にボクへ向かって宙を駆け抜けて――。
「【アトラクト】! 卍さんはあたしが守るんだからー!」
めりぃさんがスキルを発動すると、闇の魔法が急激に軌道を変え、吸い込まれるようにめりぃさんに当たった。投射型スキルの軌道を変えて引き寄せる、盾役型ビルドにおける最重要スキルの効果だ。
【アトラクト】
[アクティブ][自身][エリア][補助][ガード]
消費MP:6 詠唱時間:0s 再詠唱時間:45s
効果:[自身]を[起点]として[エリア]を[形成]し、[範囲]の[投射][ターゲット]を[自身]に[変更]する。また、[範囲]の[キャラクター]が[対象]となっている[スキル]の[対象]を[自身]に[変更]する。
「ずるずる! ラーメンおいしー!」
攻撃を自ら受けてしまったことでHPを減らしためりぃさんだが、即座にラーメンを食べることによって大幅に回復する。そして魔法を放った直後の【フェイク・ゴッド】をゆうたさんが思いっきり斬りつけた。
【フェイク・ゴッド】は黒い剣のようなものを生成し、ゆうたさんに向けて振るうが、巨大な青色の光が剣の軌跡に立ちふさがり、身代わりとなった。
あれは、めりぃさんの精霊……! すごいですね、完璧に盾役をしてますよ。
おそらくあれは【カバーリング】と呼ばれるスキルの効果。味方の前に最速で立ちふさがる、ただそれだけのスキルですが、壁役としては必須と言っても過言ではないでしょう。
「隙あり、ですわ♥」
そして背後に回り込んだ明日香さんの不意打ちじみた張り手が【フェイク・ゴッド】を突き飛ばす。勢いそのままにうつ伏せへと倒れ込んだ【フェイク・ゴッド】に、ボクの【ブレイズスロアー】が直撃した。
「放水戦隊、出陣する!」
ふと後方から声がして振り返ると、大量の水弾がマシンガンのようにこちらへ向かってくるのを確認する。射線に入らないように横に避けると、水弾は【フェイク・ゴッド】に何発も命中した。おまけにめりぃさんが召喚していた精霊たちも追撃を加える。
「おっさんって、水風混合型だったんですね?」
今の水弾は【アクアスプリンクラー】によるもので間違いない。炎属性でいうところの【フラムブレッド】に当たる魔法を自動的に発射する設置型魔法の一種だ。改めて確認すると、いくつもの巨大な水鉄砲が設置されているのが見て取れる。
【フェイク・ゴッド】は瞬時に立ち上がると、先ほど使っていた闇の魔法をいくつも同時に生成し、周囲にまき散らすように乱射してきた。
だけどそれは当たらない。曲芸のように身体をひねりつつ、すれすれの状態で攻撃を避け、再び【フェイク・ゴッド】に肉薄する。ボクたちの頭上を、黒い光弾がいく筋も奔った。
「【ネガティブゲイズ】【指定:炎属性ELM】」
「二発目! 【ソウルフレア】!」
杖から放たれたきらめく炎が【フェイク・ゴッド】を優しく包み込む。先ほどの一撃と比べてもその威力は歴然。理由は明日香さんが相手の炎属性ELMを下げてくれたことと――それに加えてもう一つ。
「あんたら、ちょこまか動くから指令撃ちづらいんだけど? 回復の仕事もないし」
純白の翼さんの【マジックコマンド】による強化だ。
【マジックコマンド】
[アクティブ][キャラクター][支援]
消費MP:8 詠唱時間:0s 再詠唱時間:45s 効果時間:3s
効果:[自身][以外]の[キャラクター]の[INT]を[増加]させる。
効果時間はわずか3秒の短時間強化スキルである指令。計6種類もの同型スキルを戦況に合わせて差し込むのが彼女の指揮官型ビルド。
一見すると棒立ちのようにしか見えない彼女だが、実質的な火力強化に最大の貢献をしているのもまた彼女なのだ。
ボクは【テレポート】で再び離脱しながらめりぃさんへ【アンプルアロー】を撃ち込んで準備を整えておく。
そのとき、地面に巨大な漆黒の魔法陣が形成された。これは間違いなく強力な闇属性魔法の前兆……!
「〈色を失え〉【エレメンタルリセット】!」
地面に形成された魔法陣の色が急激に変化し、半透明なものとなる。
無属性となった魔法は【フェイク・ゴッド】が得意とする闇属性ELMによる威力加算がなくなり、大幅に弱体化する。こういった属性特化型の敵には、極めて有効な一手となる。
スキルによる属性の消失により、攻撃を回避する必要すらないと判断したアタッカー2人は、無防備の【フェイク・ゴッド】に追撃を加えた。
案の定、その後に各人の足元から突き出るようにして現れた透明な槍は痛くもかゆくもない。
正確には痛くてかゆい。終始圧倒しているように見えるかもしれないが、腐ってもボス級の実力を持つモンスターの一撃。HPが減ったこの状態で単体攻撃でも喰らえば耐久力の低いボクや明日香さんではひとたまりもないだろう。
――HPが減ったままなら、の話だが。
「【アルティマヒーリング】……〈癒やしの……〉」
ダメージを負ったその瞬間、後方から放たれた最上級の回復魔法がボクたちのHPゲージを緑色に染める。
純白の翼さんによる完璧なタイミングでの最良のサポート。これこそが【ビショップ】がヒーラーの頂点たる所以。因果逆転の権能だ。
本来ならば詠唱してからスキルが発動する。至極当然の話であり、疑問の余地すらない。
しかし、【ビショップ】はその常識を覆す。スキルが発動してから詠唱するのだ。
いわば負債を後回しにしているだけであり、詠唱自体を踏み倒すことはできない。しかし、その状況に応じて臨機応変にノータイムでスキルを発動できるそのメリットは計り知れ……。
「〈神の御心のままに……〉」
「〈言霊を打ち消せ〉【シャラップ】!……さあ、詠唱は中断した。働き給え」
「りょ」
……詠唱時間を踏み倒した!?
【先取りの奇跡】
[パッシブ][スイッチ]
効果:[自身]の[発動]する[聖属性][魔法]を[詠唱前]に[変更]する。
【シャラップ】
[アクティブ][投射][妨害:確定][魔法]
消費MP:8 詠唱時間:5s 再詠唱時間:5m
効果:[キャラクター]の[詠唱]を[中断]させる。
テクニックその21 『借唱踏み倒し』
【ビショップ】は魔法職垂涎モノの特権スキル、【先取りの奇跡】を持っています。
これは本来の詠唱してからスキルが発動するという常識を覆し、スキルが発動してから詠唱するというとてつもない効果。
効果の都合上、スキル発動後は詠唱を止めることができません。
が、詠唱を止める妨害スキル、【シャラップ】を使用して強制的に中断させることで、詠唱時間を踏み倒すことができます。
……え?やばくないですか?




