第157話 アクタニア
「改めてこんにちばんは♥くーてくちゃんねるの 屠神 荒罹崇だよ。せっかくの晴れ舞台!みんな応援してねー」
「アシスタントの 屠神 明日香ですわ♥」
というわけで始まった情報配信番組。視聴者も沢山いる事だし、どんどん盛り上げて面白おかしくしていこう!
「今回は話題になってる『異形』について説明していきたいんだけどー。わたしもよく知らないんだよね。でもここの明日香ちゃんは専門家だから、どしどしお便り送ってね!」
「受け付けてます♥」
「それでね。『異形』ってのは急に出てきたわけじゃなくて、今までも隠れた所でこっそり活動してたんだってー。この世界って思ったよりファンタジーだったんだね」
これまでは退魔師達が騒ぎにならないように対応していたのだとか。『異形』には人間に危害を与えるタイプの子もいるから、退魔師の方々には頭が上がらないね。
「もちろん、必ずしも全ての『異形』が隠れていたわけではありませんわ♥視認をした事で意識を失って忘れてしまったり、あるいは無意識に見なかったことにしていただけ」
けれど今回の件は流石に見なかった事にできる範囲を越えてしまった。というよりは……《SANチェック》の狂気に人々が慣れてしまった事が理由な気がする。
明日香さんは別にそんな意図があって《SANチェック》を行使していた訳では無いようだけど、遅かれ早かれ『異形』の存在は明るみに出るとは思っていたらしい。
それならそれで、正体不明の生物の生態を紹介することで、できるだけ刺激しないで欲しい、と注意を促すのが今回の目的だ。
新しいお友達が増えるかな?楽しみだよね!
「というわけで何匹かの方々に集まってもらいました♥」
明日香さんが手招きすると、『異形』さん方がとことこうねうねと集まってきた。
みなさん控えめに言って常識外れの外見をしているけど、ふれんどりーに接してくれるのでも全く怖くない。
それぞれの子を撫で撫でしたり握手したりしつつ、配信を通じて紹介していく。
顔が3つある犬や大きな爬虫類など、【フォッダー】においても普通にモンスターとして存在していそうな外見をした方もいるけれど、顔がある三角形の積み木やぴょんぴょん跳ねながら動く細長い棒など、もはや生き物なのかすらわからないへんてこな存在が集まっている。
これだけでも面白いけど、そしてさらに驚きなのが……。
「こんにちはー!」
「ワタシ日本語わかりませーん」
「卍さん見てるよー」
日本語を話せるようになっている、ということ。
最初に『ボク』とお友達になった、とろける肉塊だったابتسامةちゃんも元気に「なでなでしてー!」とわたしに催促してくる。
もうきゅーとすぎる!見た目なんか関係ない、愛嬌が一番大事だよね♥
ぎゅーっと抱きしめてぷにぷにの身体の感触を楽しむ。
傍目から見ると、もしかしたら怖い感じに見えちゃうかな?と思ったけど、コメント欄も「かわいい」「ابتسامةちゃんになりたい」「意外と良い子だね」と優しいコメントがいっぱい。
これならやっていけそうだね?これからの異文化交流!
「このように、友好的な『異形』でしたら何も問題ないのですが、問題はそうではない『異形』です」
そこまでのほんわかした雰囲気を切り捨てて、明日香さんが真面目な口調に変わる。
「明日香ちゃんは、『異形』を鎮圧するお仕事をしてるんだっけ?」
「そうです。人にとって無害な『異形』を鎮圧する事はありませんがーーそうでない方々のほうが圧倒的に多い」
あくまで淡々と事実を告げる明日香ちゃんに先程まで盛り上がっていた配信がしんと静まり返る。
ずいぶんと水を差すような言い方だけど、幾多の『異形』を倒してきた明日香ちゃんとしては、絶対に言っておきたい事なんだろうね。素直で可愛い子もいるけれど、人に悪意を向ける子もいる。
「『新人権宣言』。ご存知ですか?」
「もちろん知ってるよ。AIの人権が認められた重要な宣言だよね」
事前に聞いていなかった切り口の質問だけど、言わんとする事は既にわかっている。
『一定の知性を有し、種族としての共存が可能な全ての存在に対して尊重を行う』。全ての国々はこの宣言に従って憲法や法律を改訂した。
そうーーAIの為の既定であるとは書かれていないんだ。
当初は『宇宙人』なんかも想定した文面だろう、なんて言われていたけれど……。
「この宣言は『異形』の存在を肯定した文面です。図らずも」
図らずも。そんな訳が無い。この時点で想定されていたんだ。『異形』が世に出ることを。そしてそんな彼らとの友好を築くべきだという計画を。
「私達は『異形』と友好を築き、そして同時に『異形』に立ち向かわなければなりません。もしかすると、このゲームにも共存出来ない『異形』がログインしてくるかも知れません」
今のゲーム内にはそんな子たちは来ていないという話だけど、これから来ないという保証もない。いつか訪れるかもしれない危険な未来を潰すためならば、『異形』のログインを停止させるというのも手だけど。
でもユーキちゃんはその選択を選ばないだろう。なぜなら今回当たり前のように行われた『異形』の集団ログイン事件は、ユーキちゃんにとってのーーあるいは世界にとっての計画だから。
直談判しに行ったとしても『異形』という越えられない壁を乗り越えてください!なーんて可愛らしくお願いしてくるに違いない。
そして『ボク』達はそれに応えてさらなる成長をしつつ当然のように乗り越えていくのだろうね。
でもーー仮にそんな日が訪れるとしても、この件だけは『ボク』には譲れない。
だってわたしは明日香ちゃんを元にして考案された強くてくーるできゅーとな人格。異形に対する戦いならお手のもの♥
そんなわたしがおとなしく引っ込んでいられるわけがないよねー?
とゆーわけで、自分自身に宣戦布告を叩きつけるわたし。それを受け取る『ボク』。たった1つの頭の中で、2人の自分が雌雄を決す。
「まあ、悪い『異形』さんがログインしてくるかはわからないんだけどね。ちなみにそういう『異形』ってどんな感じの生物なの?」
ふと疑問に思って、明日香ちゃんに聞いてみる。すると彼女はいくつかの凶悪な『異形』について解説をしてくれた。
「生き物に寄生して身体を支配する『クァンチュラ』、万物を抹消する『バニュアシラ』など、危険な方々はいますが、中でも最も危険なのは……」
さも当然のように危ない生態を持つ『異形』をさらっと流す明日香ちゃん。
「ーー『アクタニア』。奴に出会ったら逃げられないと思ってください。この名前はあくまで通称なのですが」
「……どういう生物なの?」
「奴は出会った知的生命体に自身の名前を告げるーーそれだけで終わり。その真名を知ってしまった者は、名前や性格、身体や心、あるいは生死まで。ありとあらゆる『データ』を好きに改ざんされます。距離や障害物は関係なく、いつでもどこでも」
思わずごくりとつばを飲み込むわたし。それってもしかして……明日香ちゃんに〘異形の種〙を仕込んだ……?
「聴覚によらない思念波を扱いますから耳を塞いでも無駄です。あるいは又聞きでも感染します。その気になれば従えた人を利用して世界中にその名前を広めて全てを終わらせる事もできる。それを行わないのは、奴がその気になっていないだけ」
自分の名前を知った人の全てを改ざんすることができる。それはまさにある種、神にも等しくて……。そして明日香ちゃんが屠ろうとしている存在。
でも、明日香ちゃんの制御権はすでに奪われている。その話が本当なら、その気になれば一瞬でその命を奪うことができるということ。
そんな存在に、どうやって勝てばいいの……?