第156話 陰謀論
「ーーと、いうわけです。みなさん。もしかしたら気づかないうちに別次元に脳が増設されていたりパワードスーツを着せられたりするかもしれません!異常があったら病院を受診してください!」
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>異形とか脳増設とか、いい加減ファンタジー持ち出すのやめてください
>フォッダーが常人にはプレイできない闇のゲームだということはわかった
>プレイすると常人じゃなくなるもんね
>いかにもジョークみたいなコメなのにただの事実でしかないの好き
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荒唐無稽にも程がある話だということはボクにもわかっている。でもこれは現実だ。突然謎の生命体がログインしてきたり、肉体が進化してしまったり。まるで意味のわからない珍事件が多発するおかしなゲーム、それが【フォッダー】なのだ。
そんな混沌とした情勢を生き抜くには、ゲーム内のスキルだけでなく現実のスペックも高めていかなくてはならない。
そして大事な事なのだが、〈進化〉は現実アバターでプレイしなければ100%の性能を発揮できない。
脳が強化されるパターンなら別にアバターに反映されなくても処理能力が速くなるだろうけど、特殊な眼に変わる、というようなタイプの〈進化〉が起こるようであれば、身体をスキャンしなければその力を使うことができないのだ。
行動が早いプレイヤーなら既にアバターの切替を始めている頃だろうか。現実アバターを使いたくないプレイヤーは代替手段を模索しているだろう。
と、【フォッダー】界隈ではそんな程度の話だ。新しい要素が出たから波に乗ろう。大概のプレイヤーはその程度のノリでゲームをこのまま遊び続ける。
しかし考えてみれば今回の事件、【フォッダー】なんて関係無しに大問題だ。
進化した人間は本当に人類なのか?とか、急に頭がおかしくなって人を襲わないか?【フォッダー】の参加者は人体実験の道具になっているのでは?と悪い意味で大盛り上がり。
そして何よりも恐ろしい事に、日本政府は今回の件について何の対処も行っていない。【フォッダー】というゲームに対して捜査を行わないし、する必要も無いの一点張り。陰謀論が囁かれるのも当たり前だ。なんなら他国も揃って沈黙を貫き続けている。
歴史の転換期とも言うべき程の大騒ぎで、落ち着いているのは訓練された【フォッダー】のプレイヤーくらい。
悪い意味で騒ぎになっているとは言ったけど、怖いもの見たさに、あるいは〈進化〉して新人類になりたい!と思った新規プレイヤーがさらに大量に流入して来てもいる。洗礼を受けた上で環境に適応していくか、あるいは直ぐに脱落してしまうかは彼ら次第だけど、ぜひ頑張って欲しい。
その影響もあってかきゅーてくちゃんねるの再生数も大幅に増加しており、これまで全くゲームに興味のなかった一般層もこの配信を見ているらしい。
そして視聴者さんが望む情報はやっぱり〈進化〉について。これは失敗は許されませんね。華麗できゅーとな荒罹崇さんだと思われるように、てくにかるな配信を心がけなければ!
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>どうして水着着てるの?
>痴女だからだぞ
>動画名全然読めねえ。荒罹崇←なんて読むのこれ?
>まんじさんって読むんだよ
>まとめると、堂々と水着配信をする痴女であり、荒罹崇にまんじさんとか言う意味不明なルビを付ける変人ということだな
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「ちっがーう!ボクは卍荒罹崇卍です!この水着は効果が強いんです!わかりましたか!?」
即座にコメントに訂正を入れるが、もう完全に遅かった。新しい視聴者さんの間でも『卍さん』という読み方が完全に定着し、ついでにこれまでの配信についても無いこと無いこと語られて完全にネタキャラとして定着してしまったのだった……。
何はともあれ〈進化〉についての情報は提供した。これからは誰も彼もが新人類として現実のスペックを発揮してゲーム内で戦いを繰り広げる時代がやってくる。
現実の能力がゲーム内で重要になるなんてどうかと思うけど、ゲーム内のシステムで現実の能力が進化するんだからセーフだよね!
〈進化〉に関する説明が終わり、配信は終了させる。そしてすぐさま『異形』に関する配信をスタートさせた。
配信を分割した理由は簡単だ。これから行われるのは精神に異常をきたす可能性のある配信、事前に警告をした上で自己責任で見てもらう必要があるからだ。
そもそも精神に異常をきたすような配信を許してもらえるのか。これについては確認を取った上で正式に許可を頂いている。驚くほど簡単に許可が得られてびっくりしたくらいだ。
さらには配信を視聴する前に専用の確認画面が表示されるとの事で、今回の騒動が起きる事を予見していたのでは無いかと疑う程だ。自動判定によって『異形』にモザイクを掛ける機能も既に実装済みらしい。
「それでは改めまして、きゅーてくちゃんねるの卍荒罹崇卍です!今回は『異形』についての最新情報をお伝えしていきます!」
「あしすたんとの屠神 明日香です。この度は『異形』対策部門の退魔師として参加させていただきます♥」
『異形』対策部門。どこの組織の……という点については現状では説明出来ないらしい。けれど事前に聞いていた情報から考えると、明らかに国家の中枢に近い組織であると考えざるを得ない。
ハートの感情表現を散らしながら視聴者さんに挨拶をしている明日香さんだが、この配信は彼女にとって重要な配信になるだろう。
この場で求められるのは間違いなく『エンタメ』では無く『ニュース』だ。それを心掛けて真面目な配信をーー。
「あら、そう言えば……『異形』の情報提供をする時には『とがみん』モードで配信すると言っておりませんでしたっけ♥」
「え?」
「改めてこんにちばんは♥くーてくちゃんねるの 屠神 荒罹崇だよ。せっかくの晴れ舞台!みんな応援してねー」
「アシスタントの 屠神 明日香ですわ♥」