第155話 次元脳
「うーん、全くもって普通の脳と変わらないね。キミの目もそうだ」
「あれ?そうなんですか?」
ところ変わってここは病院。〈進化〉によってAIにガチで対抗できるほどの演算能力を得たボクとしては、下手をすれば頭が変形しててもおかしくないのでは!?と勝手にビビっていたのだけど、特に変わりはないらしい。
もしかして〈進化〉って……ボクの妄想だった!?
「ほら言ったじゃないですか。そんな【モーションアシスト】で身体が進化するなんて、あるわけないのです」
「しかし、先程行った能力のテスト結果を見てみると、君たちの成績は人智を超越しているね。ゲームのために脳に増設メモリを挿し込んだ患者を知っているが、その患者よりも高い結果を示している」
「脳の神経の動きは解析できないんですか?実際に出力される結果がおかしいのは事実なのですから、なにかしら異常があると思うのですけど」
頭脳の動きに関する分野はエアプだからあまり大層なことは言えないけれど、一応お医者さんに確認をとってみる。
「それだよ。当然確認したんだけどーー出力された電気信号がほんの一瞬だけ消滅して全く別の場所に現れるんだ。あるいは本来ならあり得ない奇っ怪な挙動を取る。脳の形状は全く変化がないのに、脳の仕組みが変化している」
なにそれこわい。
「え、そ、それって卍さんだけですよね!?私は普通ですよね!?」
「お医者さん!メグさんも道連れにしてやってください!」
「メグさんは普通だね」
「よしっ!なのです」
「がーん」
ハートマークの感情表現を出しながらガッツポーズを取るメグさん。ボクの事ももっと心配してください!
「医学的に考えると、『なぜか異常な状態だから異常な処理能力を持つ』という患者と『異常な処理能力があるのになぜか正常な状態』の患者を比較したら後者のほうがお手上げだけどね」
「よしっ!」
「がーん、なのです」
この戦いはどうやら引き分けのようですね!何と戦ってるのかさっぱりわからないけど。
「更に詳しく調べるなら協力するけどどうする?」
「調べてもらえるならありがたく調べてもらいたいところですけど、いいんですか?」
「問題ないよ。もしかしたら『NPS』に関わる事かもしれないからね」
なるほど。てっきり【フォッダー】絡みかと思ってましたけど、そちらの可能性がありましたか。
と、そこでお医者さんの後ろに控えていた若い男性が疑問を呈する。
「『NPS』?それ、なんですか?ドクター」
「おいおい、ちゃんと勉強したまえ。国家事業だぞ」
さも知っていて当然、というようにお医者さんが男性を叱りつけるが、ボクが口を挟む。
「…『NPS』は匿名掲示板で使われている俗称ですよ……?」
「うぐっ!……そうだったな。『KPS』の事だ」
お医者さんが忌々しそうな声で訂正すると、男性は「それなら知っています!」と嬉しそうに言った。
『knowledge paste system』……通称『NPS』。この説明を初めて聞いたならば百人中九十九人が頭を傾げる事だろう。NじゃなくてKじゃないですか!
ただし、カタカナ語にすればわかりやすい。『ナレッジペーストシステム』。あっ、Nだ!
つまりこの用語はこのシステムを国家が立ち上げたときに、担当大臣が想像通りの失言をかました事で広まったネットミームである。
『NPS』も知らんのかね?などと言ってしまったこのお医者さんはこれから七十五日くらいネタにされてしまうこと間違いなし。
話は戻るが、ボクとメグさんはこの『KPS』の恩恵を受けた高校生なのだ。
もしかしたら今までの配信を見てきた人は「この美少女、毎日配信してるけどニートなのか?」とか「この美少女、絶対引きこもりだろ」とか思っていたかもしれない。しかし実は学生さんだったのだ!
このシステムは本来ならば授業を通じてゆっくりと学ぶはずの勉学を、機械を使って一瞬にして脳に記憶としてぶち込むという恐るべき国家事業。
安全性は確保されてるとの公式見解が出ているが、さすがに字面も絵面もやばすぎて『KPS』対応の学校に入学する人は非常に少ない。
そんなやばすぎる学校でボクたちは超高速で授業を終えているので余暇だけは多かったのです!わかりましたか?誰に言ってるんだろう。
聞いての通り色々と怪しいシステムなので、このお医者さんも副作用の検証を建前にすれば十分な設備の確保が行えるらしい。
それならばとお言葉に甘えて精密検査をお願いすることにした。
「でも精密検査ってなんだか怖いのです。頭の解剖とかしないです?」
「大丈夫、解剖しなくてもスキャンできるんですよ。知らないけど」
「知らないのに適当なこと言い過ぎなのです……」
しばらく待合室で仲良く雑談していると、お医者さんからお呼びがかかり、それから特別な検査室に入る事に。
その中にはなにやら巨大な拡大鏡のような至って原始的な道具が鎮座しており、想像とはかなり違う雰囲気の部屋に面を食らった。
しかしよく見るとその拡大鏡にいくつもの電線がつながっており、ただのレンズでは無いことを伺わせる。
「これは最大で11次元までの空間を観測することができる特殊なレンズでね。使わせてもらえることになった」
「……それってどういうふうに見えるんですか?認識できるんですか?」
「当然人類にはそのままでは殆どわからない。だから観測したデータを3次元に劣化させるんだ。3次元を撮影する事で2次元として観測することができるようにね。ささっ、2人とも拡大鏡の前に立ってくれ。一括で撮影するよ」
お医者さんの指示に従って拡大鏡の前に立つと、ほんの一瞬だけ、莫大な魔力がボクたちに向けて放たれる。それから、すぐに「終わったよ」と声をかけられた。
「〈魔導〉を使ってるんですね、これ」
「ああ、魔力が見えるんだったか。凄い量だっただろう。人間が一年に生成する魔力の10000倍と言われているんだ」
灑智から漏れている魔力の方がもっと濃かった気がしますね。
それからしばらくして結果が出たらしいお医者さんがARを使ってデータを映し出してくれた。
「これは高次元の空間を3次元まで落とし込んだ3Dデータなのだけど……見てくれ。通常の脳に重なるように半透明な脳が映っているだろう?どうやら3次元ではわからなかったが、より上位の次元において、脳が増設されていたらしい」
「はい?」
「ついでに荒罹崇さんは眼の部分にも薄いフィルターのような膜が張ってるな。レンズに近似した仕組みのようだ。ここから打ち出された魔力の跳ね返りによって物体を視認することができるようだね」
「」
「卍さん、人間やめちゃったです?」
「メグさんも同じだよ。眼どころか、身体全体に半透明なフィルターが重なっている。まるでパワードスーツのようだね。外部から受け取るエネルギーを無意識のうちに変化させることができるようだ。恐らくは運動能力も上がってるんじゃないかな?」
「」
「メグさん、人間やめちゃいましたね」
進化その1 《『心眼』》
通常の眼球に頼らずに視界を得る〈進化〉です。
魔力や幽霊など、普通は見えないものが見えてしまう副作用があり、進化などと言っておきながら逆に日常生活が困難になります。
そのうち慣れると思いますけどね。
進化その2《『次元脳』》
脳を増設する〈進化〉です。傍目には別に増設されているようには見えませんが、どうやら別次元からの視点で見ると物理的に脳に拡張デバイスのような物が発生しているらしく、脳の電気信号を観測すると明らかに脳の機能が変化しています。
3次元のデータだけを見ると仕組みは何も変わってない筈なのにも関わらず何故か異常な数値を示すので、これを測定できない病院はお手上げ。検査装置の配備が待たれますね。
※当作品は熟練度を使って高度なテクニックでゲーム内の仕様を活用する正統派VRMMO作品です。