第13話 魔王
1つの言葉に込められた意志が膨大な情報量を【モーションアシスト】に伝達する。命名するならば〈魂の言葉〉といったところか。
彼女にとって《SANチェック》とは、言葉一つで簡単に説明できるような単純な概念ではない。そんな言葉を【モーションアシスト】に入力できれば、最大限の最適解が出力されることは想像に難くない。
「おねえさまもTRPGを一緒にやりませんか?愉しいですよ。『クトゥルフ神話TRPG』。一緒に《SANチェック》しましょうよ♥」
「えぇっと、ボクは『ソードワールド2.5』しかやったことがないので……」
「そうですか?でも、大丈夫ですよ。一緒に遊びましょう♥」
なぜだかわからないけれど、なんだか懐かれてしまったようですね。それ自体、悪い気はしないのですけど……。
「初陣は終わったようだな。じゃあそろそろ調査を再開しようぜ」
今の今まで空気に徹していたアリンドさんが突如として軌道修正を図る。そうでした。今はメインクエスト攻略の最中でしたね。
「そういえば異常というのはどの辺りで起こっているのでしょう?そもそもどんな異常が発生しているかすら聞いていないんですけど……」
ボクが質問するとアリンドさんは快く答えてくれる。
「ああ、本来ならこの辺りに発生するはずのないモンスターが急速に勢力を広げているという話だな。アンデッドが不自然に増殖しているとか」
アンデッドですか。ここに魔王がいるというメタ情報から察するに、魔王が生み出しているモンスターなのでしょうね。
「場所に関しては俺についてくれば大丈夫だ!安心しな!」
アリンドさんは自らの胸を叩きながら笑った。
いやいや、全然安心できません!!
道中に現れたモンスターたちを倒しながらもアリンドさんに先導されて森の奥へ進む。踏みしめる腐葉土はしっとりと湿り、甘い樹液の匂いが鼻腔をくすぐった。レベルの都合上、ボクは出現するモンスターたちに負ける要素がないため、戦闘は主に明日香さんに任せている。
そして、森を進み続けて数十分といったところでしょうか。そこで予想外の出会いがあった。
「あれ?ゆうたさんじゃないですか!」
「ん……荒罹崇か」
ここは完全な初心者向けダンジョンのはず。ゆうたさんのようなトップランカーが来るような場所ではないと思うのだけど……。
「昨日の配信を見てな。ここで待っていれば会えると思っていた」
「え、まさかゆうたさん、ストーキングですか!?いやー、ボクの美少女オーラはプロゲーマーまで虜にしてしまうようですよ!照れちゃいますねー」
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>何言ってんだこいつ
>頭大丈夫か??
>ゆうたさん言ってやれ!
>卍さん四面楚歌で草
>おねえさまは私のモノですよ♥
>↑コメント欄まで侵略してきやがった……
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「そうではなくてな、これからメインクエストを受けるのだろう?同行させてもらえないか?」
「えっ?そりゃ構いませんけど……ゆうたさん、メインクエストやってなかったんですか?」
詳細は知らないけれど、【フォッダー】のメインクエストはゲームを始めたばかりの人をターゲットとしているため、難易度が低い割にそれぞれのイベントの報酬がかなり良いらしい。
加えて言えば実質的な大会の出場条件にもなっているのだから、ボクみたいな例外を除けばクリアしていない方がおかしいくらいのはずだけど……。
「いや、既に一度クリアしてはいる。だが、少しやってみたいことがあってな」
「ほむほむ、ボクはゆうたさんなら大歓迎ですよ!明日香さんはどうですか?」
「私も大丈夫ですよ♥」
「ならおっけーですね!早速【パーティ】を組みましょう」
【パーティ】申請を送るとすぐさま承認され、ゆうたさんがメンバーに加わる。
「それで、やってみたいことってなんなんですか?気になりますね」
「ああ。知ってるとは思うがメインクエストではこの森の奥で魔王と会敵することになり、敗北する。つまり、負けイベントがあるのだが……」
「——なるほど」
「そういうことだ——俺は魔王をこのタイミングで仕留めてみたい」
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>運営「勝ったパターンは用意してないので負けたことにしますね」
>↑やめたげてよぉ!
>盛 り 上 が っ て き ま し た
>面白そう、俺もやってみようかな
>運営「絶対勝てないようにHP1で耐えます」
>この手の挑戦って95割徒労に終わるよな
>それでも諦めきれないロマンがある
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ゆうたさんを仲間に加えたボクたちはもはや敵なし。襲いかかるモンスターをちぎっては投げてぶっ飛ばし、魔王が現れるとされるエリアのすぐ直前まで到着した。
「魔王について情報共有しておく。魔王とは今回の負けイベントとメインクエストのラストバトル、計2回戦うことになっているのだが……。展開は割愛するが、ラストバトルでは弱体化した状態での戦闘ということになっている」
なるほど。つまり、メインクエストを達成できるステータスであっても手も足も出ない可能性があるというわけですね。
それを聞いた明日香さんはほっぺたを手のひらで挟みながら、喜色を浮かべた。
「面白いですね。絶対勝てないはずの相手との命を賭けた死闘……なんだか燃えてきません?♥」
「え!?……すいません、もっとやべー発言が飛んでくるかと身構えていたら比較的まともでびっくりしました」
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>かわいそう
>ワロタ
>卍さん最低すぎる
>自分のことをおねえさまと慕う女の子になんて事をいうんだ!!
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「頼もしい話だ。先ほどまで配信を見ていたが、ある程度レベル差を埋めれば間違いなくトップを競う実力があるだろう。負けていられないな」
ゆうたさんにそこまで言わせるとは……さすがです明日香さん!
「『千幻の騎士』に認められるほどのプレイヤースキル。さすがです!そんな明日香さんには『殺神話生物鬼』の二つ名を進呈します!」
「あはっ、ありがとうございます♥」
「さて、話を戻そう。とはいえほとんど情報はない。以前に戦った時は早々に敗北してしまったのでな。ラストバトル時のデータしか出すことはできない」
ゆうたさんは申し訳なさそうに言うけれど、まあそりゃそうですよね。一撃でやられてしまうような実力差があれば行動パターンを見ることもできないし、威力を測ることもできませんしね。
ゆうたさんが開いた半透明のウィンドウに淡く浮かぶ文字列には、大まかな行動パターンが載っている。80%までは闇属性の攻撃魔法、80%を切ると大量のアンデッドを召喚。その後は近接攻撃と投射魔法を織り交ぜてくる——といった概要だ。
中でも特徴的な行動が一つあり……。
「HPが10%を切ると長い詠唱の後に範囲確定即死攻撃ですか。詠唱中に仕留められる想定なんでしょうけど……。これと同じパターンで戦ってくるとして、間に合いますかね?」
「わからないな。実際に戦ってみるしかない。少なくともラストバトルの時はソロでも削りきれる程度の耐久だったのだが」
なるほど、今回の戦いでは火力が重要なようですね……つまりボクの炎属性魔法が大活躍!頑張っちゃいますよ!とはいえ……。
「今回の挑戦でクリアできるとは限りません。むしろ、恐らく無理でしょうからね。追加メンバーを拡充して再挑戦することを考慮して、今回は情報収集をメインに考えましょう」
「私もまだレベルが低いですから……。おねえさまのお手伝いができるように、これが終わりましたら全力で修行してきますわ♥」
「……ありがたい話だが、いいのか?敗北が正規ルートである以上、再挑戦しなくてもメインクエストを進行することができるのだが」
「いいんですよ。これが成功したら取れ高最高じゃないですか!皆さんも華麗なる勝利が見たいですよね?」
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>見たい!!
>見たい(徒労に終わるシーンが)
>超見たい!(無敵の魔王に絶望するシーンが)
>クズばっかり定期
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「もちろん、私も協力しますわ♥」
「そうか……ありがとう。ではいくぞ!」
「おー!」「おー♥」
「おっと、そうそう。ゆうたさん、前回戦った時の未鑑定防具を【アームズスイッチ】にセットしておいてもらえますか?」
「ふむ?あれは汎用性のある効果というわけではないのだが……了解した」
薄紫の靄が地表を這い、森に鳴く虫の声がぴたりと止む。空気が一段冷えた気がした。イベントエリアに入ると、そこには一人の男性が佇んでいた。
漆黒のローブを身にまとった真っ白な肌の青年。その手には禍々しい色の杖が握られている。おそらくこの人が魔王なのでしょう。
「ほう?神々の操り人形、勇者様のご登場か」
魔王はこちらに——正確にはアリンドさんに視線を向けて、煽るような口調で話しかけてくる。
「あん?誰だ?」
「ククク……察しが悪いにもほどがあるぞ?そうだな、自己紹介させていただこうか。貴様らの定義で言うならば——魔王と呼ばれる存在だ」
「な、なに!?だが、【天啓】には何も反応が……」
魔王の言葉を聞き、アリンドさんはひどく狼狽した。どうやら【天啓】というものによって本来ならば察知することができるはずだったようですね。
「ふん、【天啓】……。神々に仇なす邪なる一族を感知する【加護】だったか。いまだにそんなものに頼っているとは無知にもほどがある……まあいい、貴様はここで終わるのだ。そして、そこの勇者に付き従う愚かな人間ども。貴様らに恨みはないが——ここで死んでくれ」
魔王は独り言のようにそう呟くと、その手に持った杖をこちらへ向けてくる。どうやらイベントシーンはここで終わりのご様子。
さあ、戦いの始まりですよ!




