第12話 魂の言葉
「TRPG、ですか?」
「そうですわ、おねえさま♥言の葉を紡ぐことによって命運を操る原始的な卓上競技。このアシスト機能はまさにそのもの……と言っても過言ではないと思いません?」
歩く、走る、叩く、避ける。このゲームのあらゆる行動は明確な意思の言語化と伝達によって行われる。それに応じて自在に身体の動きが反映され、五感で感じ取れるからこそのVRMMOだ。
対するTRPGを簡単に説明するならば、会話を通じて空想上のキャラクターや世界そのものをシミュレートするゲーム、ということになるだろうか。しかしあくまで卓上遊戯である以上、空想上のキャラクターの五感をフィードバックすることはできず、自身の想像に委ねるしかない。最新のゲームであるVRに比べると原始的な遊戯だと言える。
けれど意志の反映、その一面だけを捉えるならば——。
「あるいは作家さんなんかもこのゲームが得意かもしれないですね♥」
「えっと、今回の戦闘はどんな風に考えていたんですか?」
「え?えっと……ちょっと恥ずかしいですわ……♥でも、おねえさまが言うのでしたら……。こんな風に思考していましたぁ♥」
彼女の声は蜜のように甘いのに、言葉の端々が鉄臭く、刃物のきらめきを孕んでいた。
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「やってみます」
そう言うと、突如として弾丸の如き速度で疾駆する明日香。その姿からは先ほどまでの不安げな雰囲気が微塵も感じられない。そう、まるで幾つもの戦場を斬り抜けた歴戦の猛者であるかのように思わせる。
彼女の向かう先に立ちふさがるのは……恐るべき冒涜的な異形の姿だった。それは、四肢を持ち、二本足で森にたたずむ、一見すると我々人類に酷似した生物である。しかし、全身を覆う濁った緑黒色は、まるで膿んだ苔が何層にも凝り固まったようだった。勇敢にも自らに立ち向かわんとする愚者を見据えながら、この世のものならざる悍ましき奇声を発していた。
そして、その悍ましい奇声に引き寄せられるかのように、深淵なる森の奥底から二体の異形が姿を見せる。無知蒙昧たる愚かな餌たちが罠にかかるのを待ち構えていたかのように。
明日香は冒涜的な異形に恐るべき速さで肉薄し、その手に携えた剣を無謀にも突き刺さんとする。超常なる存在を理解せぬ愚鈍なる人類に相応しい愚かなる行為。
異形は、剣を嘲笑うかのように、容易くその豪腕でつかみ取る——次の刹那、その胸に炸裂する鈍い衝撃が肋骨を内側へと折りたたんだ。
明日香による鋭い蹴撃が超常なる力にあぐらをかく蒙昧たる愚者の驕りを否定したのである。
つかんでいた切っ先を思わず手放し、ぶざまにも隙をさらけ出す愚者に、明日香は全体重を掛けて力強く剣を突き刺す。叡智を知らぬ哀れなる愚者は何が起こったのかを理解せぬままその生を終えた。
——ここから先はすべてが逆転する。無知蒙昧たる弱者が超常たる強者を蹂躙し尽くすだけの物語。
愚かにも絶対なる勝利を盲信し続けていた超常なる神話存在が狩られる側に回る。その光景を目撃した二体の異形たちは、恐怖の感情を抱く。
——《SANチェック》だ。成功で1d6、失敗で1d10。
ゴブ蔵 SAN(40) 1d100→72 失敗 SAN 40-1d10=34
ゴブ蔵の瞳孔は針のように収縮し、身を翻して森へ逃げ出す。
ゴブ実 SAN(37) 1d100→38 失敗 SAN 37-1d10=33
ゴブ実の喉からは濁った悲鳴が漏れ、足をもつれさせながらその場にへたり込んだ。
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「以上です。どうでしたか♥」
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>怖い
>冒涜的な長文やめろ
>エロい
>めっちゃ早口で言ってそう
>↑言ってるぞ
>ゴブリンに名前つけてるのかわいい
>狂ってやがる。遅すぎたんだ
>卍さんがまた一人の女の子を壊してしまったか
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明日香さんがなんで豹変してしまったのかはわからない。けれど、明日香さんの強さの理由は、深く理解できた。
彼女にVRゲームの経験はないし、運動も苦手としている。けれど、殺し合いの熟練者ではあったのだ。
戦いの舞台はTRPG。卓上に創り出された世界で日常的に戦いを繰り返してきた、いわば戦闘のプロ。
彼女の思考を見るだけでも、いくつものことがわかる。まず、弾丸の如き速度という表現。あくまで結果から逆算した推測だが、これは他の人たちが普段使用しているであろう速く動くよりも絶対的に素早い。
なぜなら後者には出力の定義がないからだ。速さの基準は曖昧だ。全リソースを活用した全力疾走も、本気の8割くらいの走りも速いことには変わりない。
しかし前者は弾丸という比較対象を持ち出している。当然、レベル1では弾丸そのものの速度を発揮することはできない。けれど、その高いハードルに迫るために、レベル1の範疇で可能な最大出力を目指すように【モーションアシスト】が働くのだ。
そして次に目についたのは幾つもの戦場を斬り抜けた歴戦の猛者であるかのように思わせるという文章。この言い回しが、あの戦闘で実際の動きに作用していた。
実際にどのような人物が歴戦の猛者といえるのか、ボクには具体化できない。けれど、足運びや視線、あるいは気迫のようなものがそう感じさせたのだとボクは思う。
「——ということだとボクは推察するのですが、どう思いますか?」
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>厨二病かな?
  
>妄想も大概にしろよ……(生暖かい目)
>でもめっちゃ歴戦の猛者っぽかったよな(適当)
>怖かった(小並感)
>そもそもTRPGってなに?
>↑TRPGは義務教育だぞ
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そして、最後にもうひとつ……。
「《SANチェック》」
「はい♥」
「時系列的には、この言葉が紡がれた瞬間に、怖気が走るような恐怖感を覚えました。もちろん、単語だけで見ればそのような表現は含まれていない。けれど——」
「けれど?」
「——この言葉には明日香さんが考えうるあらゆる恐怖の思念が込められている。そうですよね?」
テクニックその13 『装飾表現』
『速い』よりも『凄く早い』。『凄く早い』よりも『超凄く早い』。
そう思考したほうが早くなります。【モーションアシスト】さん!常に全力を出してください!
恐らく人によっては薄々察していたことかもしれませんね。
しかし、如何なる過剰表現を持ちだしたとしても、アバターのスペックを超えられない事には注意。
今までは殆どの人達がスペック通りの出力を発揮できていなかったようですがね。
テクニックその14 『感受誘導』
【モーションアシスト】の影響範囲は思った以上に広いです。『イケメンっぽい言動で』と思考すればイケメンっぽく動くことができるわけです。
これが戦闘において役に立つかは未知数ですが、イケメンになりたいなら必須テクですよ!!
テクニックその15 『魂の言葉』
その人にとっての心に残る象徴的な言葉は単に文章を書き連ねるだけでは到底表しきれない程の情報量を持っています。見も蓋もない言い方をするならば、膨大な量の装飾表現を1つに圧縮したプリセットやマクロといっても差し支えないでしょう。
ソウルワードその1 『SANチェック』
恐怖に関するあらゆる要素が詰め込まれた〈魂の言葉〉。
この言葉には明日香さんにとっての「ここが怖がるシーンですよ」という絶対的な想いが詰まっている。
 




