第10話 歩く死亡フラグ
「みなさん、こんにちはー!卍荒罹崇卍のきゅーと&てくにかる配信ちゃんねるへようこそー!今日はついに!メインクエスト実況をやっていきます!」
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>国王ヨッヘンは魔王の傀儡ですよ!騙されないでください!!
>ネタバレ:アリンドはチュートリアルダンジョンで死ぬ
>まさか最初のダンジョンで魔王が襲ってくるなんて衝撃だよなー
>↑言うほど衝撃展開か?
>もはやテンプレ
>レジーナちゃんぺろぺろ
>ネタバレ酷すぎて草ァ!
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配信開幕から、あふれるように流れ出すネタバレの嵐。知ってた。
「はいはい、ボクは今コメント欄を見てませんからねー。アリンドさんとかいう人が死ぬなんて知りませんからねー。というわけで、ボクは現在【ディスポサル城】の前にいます。ゲームの開始地点であり、メインクエストが始まる場所ですね」
目の前には、鋲打ちの黒鉄で補強された巨大な城門がそびえ、鎧兜をきしませた兵士が無表情に行く手を遮っていた。
「このゲームを始めたプレイヤーは必ずこの場所に出現することになります。メインクエストを受けていないのでどういう経緯なのかはわからないんですけどね。というか、入れるんですか?」
恐る恐る門に近寄っていくと、兵士さんが声をかけてきた。
「おいおい!陛下との謁見をさぼって3か月も放置とはいい度胸じゃねーか!その間ずっと玉座に腰掛けて待機してる陛下の気持ちになれよ!」
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>マジかよ卍さん最低だな
>3か月も王様の呼び出しをさぼるとか鋼メンタルだな
>メインクエストを受けるまでの期間計測されてて草
>王様かわいそう
>でも魔王の傀儡なんでしょ?あと1年くらい放置しとけよ
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「いやいや、ボク、悪くないですもん!スキップしますか?って選択肢が出たからスキップしただけですよ!」
「陛下の謁見をスキップするとはあきれたやつだな?さっさと来い!こっちだ!」
兵士さんに手を引かれて無事に城の中に入ることができた。
「オラッ!この中に入れ!」
無骨な鉄靴が背中を押しつける衝撃とともに、床石に靴音を響かせ、謁見の間へ放り込まれた。
「ふむ、よくぞ来た。面を上げよ」
あっ、普通に始まるんですね。
「我がこのディスポサル王国を統べる国王、ヨッヘンだ。そこにいるのは王国一の騎士団長、アリンドよ」
「アリンドだ。よろしくな!」
魔王の傀儡さん(仮)とチュートリアルダンジョンで死亡する予定の人(仮)のようですね。
【NEW! 登場人物一覧が更新されました】
ヨッヘン
ディスポサル王国を統べる国王。善政を敷き皆から慕われているがその正体は魔族の傀儡であり、その施政は魔王による策略であった。
アリンド
勇者の血筋を引くディスポサル王国の英雄。ユズレス森林の調査で魔王ヒュマデサタンに襲われ、あなたをかばい命を落とすことになる。
「なにこれ?」
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>公式ネタバレだぞ
>運営「シナリオが難解なのでわかりやすいように資料を載せておきました」
>↑余計なおせっかいやめて
>これは複雑なシナリオをわかりやすく理解できる有能システム
>こんなんあったらそりゃコメント欄も平気でネタバレで溢れるわw
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「卍荒罹崇卍よ。どこを見ておる。おぬしはこれから騎士団に配属されアリンドの下につくのだぞ」
「いやいや、ちょっと待ってください。実はこれ嘘バレとかなんですよね?あ、すみません。こっちの話です。ちょっと、ぼーっとしてました」
今、すごく動揺してます。本気で意味がわからなすぎて困惑してます。
「なんだよ卍荒罹崇卍。緊張してんのか?あ、そうそう。早速の初仕事だ。これから【ユズレス大森林】へ調査に行くぞ。心配すんなって、俺がいれば危険なんてねーから!」
「アリンドよ、我の話を遮るな。内容は間違っていないのだがな。【ユズレス大森林】で何か異常が発生しているらしくてな。おぬしにはその調査に向かってもらう。なあに、世界最強の勇者と同伴の仕事だ。危険は無い」
「でも魔王が来るんですよね?」
「魔王?はっはっは!そんなものが出るわけないだろう。おとぎ話か?いたとしてもそんなもの、アリンドが一太刀で仕留めるだろうよ。安心して任務に当たれ」
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>と、魔王の傀儡さんが仰っています
>高度なシュールギャグシナリオかな??
>これはネタバレを最初に開示することによってメタ的な視点から物語の味わい深さを広げる有能ライターの仕事
>人生で初めて笑ったわ
>↑もっと笑って
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「わ、わかりました……がんばります……」
「はっはっは!緊張するなって!任務が終わったらうちで【パインサラダ】でも食ってくか??うちには目に入れても痛くないくらい、かわいい娘がいてな。料理もうまいんだよ。もうすぐ2人目の子どもも生まれる予定なんだ。楽しみだなあ」
「そうですね。よかったですね。はい」
謁見を終えたボクは、とことこと城の中を歩きながらアリンドさんとお話し中だ。はっきり言って、しゃべればしゃべるほど、死ぬために生まれてきたような言動しか繰り返さないのが末恐ろしいです。
さらに言えば彼はNPCなので、新しいプレイヤーがゲームに参加するたびにひとりひとりのプレイヤーに対応し、毎日アリンドの役割を演じているわけですよね。
寿美礼さんは【鑑定屋】の仕事がない!なんて困ってましたが、こっちはこっちでとんでもない過剰労働なのでは……?
二つの意味でアリンドさんに憐憫のまなざしを向けていたところ、廊下の曲がり角から黒髪の女性プレイヤーが歩いてくるのが見えた。
もちろんその女性以外にもこの王城ではプレイヤーを見かけているので、わざわざ特筆するような情報ではないかもしれない。
だが、その柔らかな肩は小さく震え、長い黒髪の隙間からのぞく瞳は、泣き腫らしたように赤かった。
「大丈夫ですか?体調とか悪かったりします?」
思わずその女性に声をかけると、彼女はぶわっと顔に涙を浮かべた。
「あの……私……仮想現実っていうの……初めてで……なにをすればいいか……わからないんです……」
女性はたどたどしく言葉を紡ぐ。……そうかぁ。今日初めてログインしてびっくりしちゃったのかな?VRって初めてだとちょっと怖いよね。
存在しないはずの知覚を機械によって再現する特異技術、フルダイブ型の『バーチャルリアリティ』。慣れた人にはなんてことのない話だけど、初めてVR世界を訪れる人にとってはとてつもない未知と衝撃を感じさせるはずだ。
なかでもVR世界にダイブするときに生じる、世界が一瞬にして切り替わるかのような錯覚には恐怖を覚える人も少なくないらしい。何度か繰り返せば慣れていくものでもあるのだけど。
ある面ではうちの妹と似通った事情もあり、少し親近感を覚える。まあ妹はそもそもダイブしようとしたことすら一度もないのですけどね?
「では、ボクと一緒に遊びませんか?この世界の面白いところ、いっぱい教えますよっ!」
「いいんですか……?」
「はい!卍荒罹崇卍です。よろしくお願いしますね?」
「私は……屠神 明日香です……こちらこそ、よろしくお願いします……っ!」
今日はメインクエストをしようと思っていたのだけど、ちょっと中断。初心者応援ツアーの開幕だ!
「おいおい、調査は後回しにする気か?まあいいけどな」
おっと、アリンドさんの存在を忘れてましたね。まあこのままクエストを進行してもお亡くなりになってしまうだけだし、最期の休暇は必要だよね。
「明日香さんはこのゲームで何かしてみたいこととかありますか?なんでもできますよ!」
「えっと……じゃあ……魔物を……惨たらしく虐殺してみたい……です……」
「はい?」




