死亡予定の勇者の幼馴染み
誤字脱字報告ありがとうございます。
中村紗苗、享年五十七歳。病死。
独身子無し。親兄弟も既に亡くなっており、孤独死し、遺体が発見された時には死後三ヶ月経っていた。
こうして事実を並べると、如何にも可哀想な、さぞ辛い最期だったろうと思わせる内容だが、私にそんな悲痛な感情は欠片も無い。
むしろ、やっと解放されたか、と安堵している。
奪い合い、騙し合い、蹴落とし合って。
それを楽しむ人には最高の遊び場だろうが、私には合わなかった。
ランキングがあったら下から数えた方が早い位置に居たであろう私は、この人間社会と言うゲームを満喫している人からは侮蔑か哀れみの対象だろうが、それでいいのだ。
私、ゲーム放棄してたから。
いや、失敗したなぁ、と思ったね。
何事も経験だし、人間に産まれた事自体は後悔しないけど。
早期にギブアップして、いまいち人間を学べなかった事は反省するけど。
もう一度人間やるのは嫌です!!!
一回で十分です。好奇心は満たされました。
勇者? 幼馴染み? そういうの要らないです。
他当たって下さい。希望者沢山居ますよ、きっと。
――その方がいいって……え、殺される? どゆこと?
ふむふむ。
んー、つまりこういう事?
いち。多様な種族が居る中、人種は弱すぎて虐げられ、存続も危うくなって来たため、ハンデとして“勇者”と言うシステムを与えた。
に。人種は無事に力を付け、繁栄した。しかし調子に乗って他の種族を迫害し始めた。
さん。人種異常繁栄する。止めたいけど勇者システムを強固に作り過ぎた為歯止めが掛からず、取り上げるのも失敗。
よん。そこで立案したのが、勇者から『人類を守る』理由を失わせよう、と言う作戦。
勇者が信頼や好意を寄せる相手を、人間勢力に理不尽に殺させ、人を守る意欲を失わせよう、と。
言っていい? アホか。
それ勇者にバレたらこっちが報復対象になるヤツ……代案? う、うーん……。
……すんません、自分そういうの向いてないんで……。
――ともかく事情は理解した。
若くして殺される為に産まれろとか、普通は嫌だよね。確かに私みたいなのが適任だ。
私なら『早めに帰れるならもう一度くらい産まれてもいいかな』って程度だし。
オーケー、引き受けよう。
――その作戦はどうかと思うけど……あ、なんでもないッス。
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つー訳で再び産まれて来ました、物質界。
あ~、体重いよ~、窮屈だよ~、食事気持ち悪いよ~(泣)
やっぱ止めとくんだったかなぁ……。
今更か。
新しい私はリアナ。なんら特徴の無い農村の村長の娘だ。
でもって勇者さんは孤児。神殿の孤児院に居たよ。ある日神殿の前に捨てられてたんだってさ。テンプレテンプレ。
私と同い年の男の子だ。名はルイス。私はこの子の信頼を得なければならない。少なくとも、私が不当に殺された時に憤りを覚えてもらえる関係にならなければ。
そう思って村の他の子と共に遊んだら父親が難色を示した。
「村の子供と遊んでやるのはいい。いずれ役に立つだろう、せいぜい仲良くしてやれ」
「しかしアレらは何処の馬の骨とも分からぬ汚らわしいものだ」
「可愛がってやった所でいつ裏切るか分かったものじゃない」
「あれらは余所者。今のうちから村の者とは違うのだとしっかり分からせねばならんのだ。分かるな?」
だそうです。
これ、言われた当時、私五才。
五才児に何吹き込んでんだこの男は。
一理はある。しっかり働き村に貢献している者の子供と、親の居ない、ただ養われてるだけの孤児を同列に扱ったらそりゃ親御さんも面白くないだろう。下手を打てば鬱憤を溜めて問題を起こすかもしれない。
そういう問題を、事前に防止するべく立ち回るのも責任者の務め。それは分かる。
でも、『汚らわしい』は違うでしょ。
何で裏切る前提で語ってんの? そうならないよう大事に育てればいい話でしょ。つーか、そんな猜疑心向けられて育ったら誰も信用しなくなるって。むしろ裏切るよう仕向けるようなもんじゃん。
……え? その方がいいの? 村人にも虐げていい格下が居れば気持ち良く働けると。何かあった時、災いの原因を押し付けられると。
ほうほう、なるほど。
そうねー、どうしたってストレスは溜まるものね、理不尽な事もどうしたってあるし、村人の鬱憤を晴らすのも上に立つ者の務めよねー。何かあった時責任取るのも楽になるわねー、パパ賢いわー。
……ところでパパ? パパって入り婿なんだってね? 先代に女の子しか産まれなくて、交流も兼ねて他の村から来たんだって?
つまりパパって余所者よね?
ところでこの間、行商人と子供作って出来婚した人の事、売女って呼んでたよね。
醜く腹を膨らませて、だっけ?
今まさにあなたの妻が三人目を妊娠中ですが、醜いなんて思ってたの?
へぇ? そう?
ねぇママ~、ばいたってなぁに? ママってばいたなの?
え? パパだよ。えっとね、おなかふくらんでるのがみにくいって。けがらわしいっていやそうなかおしてたの。
――ママとはちがうって、なにがちがうの? ママもにくやのおねえさんもおなじようにおなかふくらんでるよ?
おそとのひととけっこんしたのもおんなじだよね!
ええぇ? なにがちがうの? りあなわかんないっ☆
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十才になりました。
只今わたくし、狩りの修行中です。
え? パパ?
相変わらず村長してますよ。立場とか柵とかあるからね、アレくらいで離婚も更迭も無いって。
ただ、家でも村でも発言権が弱くなったかな? 肉屋さんはコミュ力高くて村内で立場強かったし、行商人さんは村と外とを繋ぐ大事なパイプ。蔑ろに出来る人じゃないんだよ。
それが気に入らなかったみたいだけど。
今はママが実質的な村長としてバリバリやってるよ。
いやぁ、ママが気概も責任感も頭脳もある確りした人で良かったわ~。でなきゃ村中ギスって面倒な事になってたよ。
まぁ、それが分かってたから、あんな真似が出来たんだけど。
ごめんねママ、出来るだけ手伝うから、甘えさせてね。
ああ、勇者ルイスくんとは仲良くなれたよ。
村長ほどでなくても、孤児と親しくする事に大人はいい顔をしない。それをシカトして孤児と村の子との仲を取り持ってやったさ。
こういうのに難色を示す人って、大抵はまともな理由があって否定してるんじゃないんだよね。ただ感情で嫌がってるだけ。
なので理屈で論破すると弱い弱い。お蔭で大人に煙たがられたけど、問題無し。
なんせ私、子供達には大モテだもの。
やっぱ、どの世界にも大人(目上)に堂々と逆らう事に憧れるタイプって居るんだね。親分なんて呼ばれちゃってるよ、はっはっは。
ついでに子供目線で虐待見つけて待遇改善図ったり(この社会じゃ罪にならないんだよね)、手間も時間も掛かるけど子供でも出来る仕事見つけて来たりしてたら真面目なタイプや大人しい子もついて来るようになって、すっかりこの世代のリーダーです。
……こういうの、ルイスくんにやってもらった方が良かったのでは。
ふとそう気付いたのは、そんな状況が出来上がってからだった。
まぁ、いっか。
その勇者くんはいつの間にか私の参謀ポジに。突っ走りがちな私、落ち着いて全体を見て指示を出す勇者。そんな感じ。
これはこれで将来の訓練になってる、かな?
訓練と言えば、狩り。
一応女の子の私は狩りに出るの反対されたんだけど(そういうのは男の仕事って社会ね)、強引に参加した。
ほら私、理不尽に殺される予定じゃん? それはいいんだけど、具体的にどんな死に方するのか不明なんだよね。で、思ったんだけど、
1.勇者は男。
2.私は幼馴染みの『女の子』。
……これ、高貴なお嬢さんに嫉妬で消されるパターンじゃ?
あり得る。
そうなるとヤバいのが殺され方。おかしな残虐性発揮されたら……。
死ぬのは了解したけど、強姦の末に惨殺とか真っ平ですよ! そんな展開になったら抵抗させていただきます!!
つー訳で暴漢の一人二人くらいなら撃退出来るよう今から鍛えようと思い立ったのです。
なに、抗うのはあくまで暴力。最終的にはちゃんと死にます。
なんなら自殺でもいい。ポイントは『理不尽な死』。それさえ押さえとけばミッションクリアだ。
頑張るぞー。ルイスくんも鍛えられるしね!
ちょっと頑張り過ぎて村でトップクラスの戦力になったのはご愛嬌。
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十五才になりました。
成人年齢が十五才のこの社会、私の周りでは早くも結婚するカップルがおり、結婚まで行かずとも皆さん誰かしらお相手を見つけております。
そんな中、わたくし、男の影も形もありません!
今世も喪女街道まっしぐらです!!
今や下手な男より喧嘩強いし、屁理屈捏ねて強引に主張通したりして来たからね。そんな面倒くさい女、誰も要らんわな。
さて、そろそろ物語始まる頃かなーと思っていたら、来ました。
ルイスの誕生日(推定)から一ヶ月程経った頃、王都からド派手な一行がやって来ましたよ。
見るからに貴人専用の高級そうな馬車。それを囲む数十騎の神殿のシンボルを付けた全身鎧の騎士達。
ちっぽけな村は大騒ぎ。村長(あ、お父さんの方ね)なんかガクブルですよ。お母さんが青ざめながらも、失礼のないよう対応してます。性別逆だったら良かったね。
馬車から降りて来たのは私と同じ年頃の、清楚系の美少女。聖女様だとよ。
用件は想像通り、この村に勇者が居るとの神託があり迎えに来た、との事。
ちなみに実際には『ここ数年魔物による被害が増え続けて~』とか『魔王復活の予兆が~』とかやってて勇者の話になるまでめっちゃ長かったわ。
魔物? ああうん、増えてるよ。
そして村の神殿に向かう聖女様。
出会う勇者と聖女。
「あなたこそ勇者」とやる聖女。
戸惑うルイス。
孤児が敬われる事に不快感をあらわにする一部大人達。
まぁ、一通り王道展開があったと思いねぇ。
んで私にもあったよ、イベント。
「俺、どうなるんだ?」
聖女を歓待し勇者を送り出す宴の最中、物言いたげな視線を受けてひっそり席を離れるとルイスもついて来た。
静かに話せそうな場所に来ると、ルイスは言う。
不安そうに。腹立たし気に。
「明日にも村を出発して王都行き、かな」
「俺は行くなんて言ってない!!」
「言ってなかったねぇ……」
それな。
あいつら、ルイスが事態について行けないでいるうちにさっさと話進めちゃったんだよね。
聖女はわざとと言うより、周りに上手く転がされてる印象。悪い子ではないんだけど、頼りに出来なさそう。
あの子がヒロインだとしたらルイスは苦労するだろうな……。
旅の仲間に期待しよう。
「何で俺なんだよ!? 俺なんか、ただの薄汚い孤児なんだろう? 何でそんな奴が勇者なんだよ!!」
恐れと怒りが入り交じった顔で吐き捨てる。
「ルイスは勇者やるのは嫌?」
「嫌に決まってる! 今まで孤児だからってさんざん見下してこき使って、今度は勇者だからって見ず知らずの奴の為に命賭けろ? ふざけんなっ……!」
ギリギリと歯を食い縛り、何かに耐えるルイス。
だよねー、虫がいいにも程があるよねー。
……だから大事に育てろって言ったのに。
「んじゃ逃げちゃう?」
「……リアナ」
「村には居られなくなるだろうから、逃げるならさっさと準備して出て行かないと。行ける?」
立場的に、私はルイスを勇者になるよう説得すべきなんだろうけど、そもそも私、このやり方に賛成してる訳じゃないしねぇ。
それっぽい事言うだけなら出来るんだけど、ルイスにその手は通じない。
さすが勇者と言うべきか、ルイスは私の嘘や本心じゃない上っ面の言葉を見抜くんだよ。
だからルイスを説得するなら心から『ルイスは勇者になるべき』と思ってなきゃいけないのだけど、あいにくそんな風には思えない。
「いいのか? 俺がいなかったら、魔王倒せないかもよ?」
「いいんじゃない? そもそも、その魔王が本当に殺すべき相手か分かんないし」
「――!? っリアナは本当にリアナだな……」
「何よそれ」
ふふっ、とルイスが笑った。
よしよし、いい感じにガス抜き出来たみたいだね。これなら。
「ねぇ、ルイスはどうしたい?」
「……」
「さっきの『嫌だ』は、ルイスを無視した連中への反発も入ってるんじゃない?」
「……」
「そういう、周りの都合とか、国がどうこうとか外した時の、ルイス自身は、どう感じた?」
「……リアナも俺を勇者にしたいのか?」
「同じなんだよ、言われるまま命張るのも、それへの反発から投げ出さなくていい物を投げ出すのも。どっちも、振り回されてる」
「……」
「だから、自分が何を望んでいるのか、しっかり把握するの。それで向こうの言い分と望みが対立するなら敵対。利害が一致するなら利用なり協力なりすればいい」
ルイスはじっと考える。
「俺は――俺は、ただ静かに暮らせれば、それで良かった」
「うん」
「魔王討伐なんて行きたくない。けど、魔王が野放しになって魔物が溢れたら、こんな小さな村なんかひとたまりもないよな」
「だろうね。けど、見捨てるって選択もあるよ?」
「お前な……。どっちにしろ、もう静かな暮らしなんて出来ないだろ? 勇者やらないなら逃亡生活。魔王倒した所で解放される訳じゃないだろうし」
「うん、死ぬまで利用されるだろうね。この現状で静かな暮らしを求めるのは大変だね」
「……無理とは言わないんだな」
「やり方次第じゃない?」
「何か策があるのか?」
「今の所は無い。私は、この国も、他の国も、魔物の事も知らな過ぎるもの。策の立てようがない」
「……そうだな、俺もリアナもこの村しか知らない……どちらにせよ、村を出て情報収集しないと」
そう、広い世界を見ておいで。
「いいんじゃない? 案外都会が肌に合って、あっさり馴染むかもよ?」
「それは無い」
翌朝、ルイスは聖女と共に村を出発した。
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ルイスが村を出てからそろそろ一年になる。
ルイスは頻繁に手紙を寄越して、どんな訓練をしてる、どこそこへ行ったと近況を知れた。
同時に伝え聞く噂だと、勇者は実は王の隠し子だとか幼くして竜を倒したとか王女と結婚するだとか、まぁえらい事になってる。
ちなみに手紙情報では、ルイスは政治的理由で公爵家の養子になり平民だった事は伏せられてるとか。
王女との婚姻は話こそあったものの断ったと。でも食い下がられて鬱陶しいとかぼやいてた。
竜退治はやったらしい。すげえな。
そろそろ魔王討伐に本腰を入れるそうで、しばらく手紙を出せなくなるそうだ。手紙で謝っていた。気にしなくていいのに。
そんなタイミングで私に縁談が舞い込んで来た。
相手はこの土地を治める領主。この領主は税は厳しく取り立てるくせに、民の暮らしを良くする政策は立てないダメ領主。積極的に悪事を働くタイプではないのがまだ救いか。
保守的なステレオタイプのあの領主が、平民の村娘を娶る?
きな臭さしかない。
のに、父親は二つ返事で了承しやがった。しかも当の私に知らせたのが返事出した後とか。
そりゃ拒否権なんざ無いけどよ、筋を通せよ。そんなだからいつまでも信用回復しないんだよ。
ともかく。
これは想像だけど、上からの指示なんじゃないかなぁ?
手紙にあった、王女との縁談を袖にしたと言う話。
王族との婚姻なんて、普通は喜んで受け取るところ。断られるなんて思いもしない。それが常識。
王家がどんな人達か不明だが、不審に思い、要因を探るくらいはするんじゃなかろうか。
そうして調べれば、勇者と頻繁に手紙のやり取りをしている私の存在が浮かび上がるだろう。
王家はそれをどう受け取っただろうか?
王女と村娘では比較にならない、この話とは無関係と切り捨ててくれればいいが、関係有りと思ったなら。
それを王家に対する侮辱と受け取る人がいたら。
王女のプライドに傷を付けたなら。
勇者を囲いたい誰かに障害物認定されたなら。
全て想像だ。
ただ、警戒し準備しておく必要はあるだろう。
これどう考えても私のメインイベントだし。
そして慌ただしく輿入れの用意をし、ドレスを着て領主が寄越した馬車に乗って村を出た私は、只今森の中を全力疾走中です。
いやまあテンプレって言うか、村を離れてしばらくした所で護衛の騎士が襲撃者に変貌したんだよね。
変な所で馬車が停まって降ろされ、『民として国家に尽くす云々』『命を国に捧げる栄誉云々』と語り出され。
それで斬り殺されるなら良かったんだけど、一人が『その前に楽しまねぇ?』とか言い出しちゃって……そんで他の騎士も乗り気になっちゃって……。ただのゴロツキじゃねぇか。
そんな訳で隙をついて逃亡。あちらさんは私を当たり前の村娘だと思っていたようで、反撃しただけで唖然として逃走を見送っちゃう体たらく。
なお、足元は草履でドレスの下はズボンだ。
トラブルが起きると分かってるのに動きづらいドレスのままではいないって。ハイヒールで立ち回りとか無理だって。
草履は足に括り付け、馬車の中で履き変えた。長いドレスのお蔭で気を付ければ足を見せずに動く事も可能でした。騎士連中、足元に注意払ってなかったし。
いやー、草履の編み方知ってて良かった。前世の私ありがとう。手仕事バンザイ。
ついでにやっぱり足に括り付けておいたナイフでドレスに切り込みを入れより走り易くした。
そのお蔭か森での移動には分があったか、なんとか捕まらずにいるが振り切れもせず。……この後どうしよう?
悩んでいると景色が途切れた。
崖か! ラッキー!!
私は一層速度を上げ、思い切り良く崖からダイブ。
高さは――かなりある。けど下は川か。上手く即死出来るといいけど。
体が重力に引かれるなんとも言えない感覚に、ゾッとする。
私は目を閉じ、その時を待った。
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「そう……そういう事だったんだ……」
ルイスはリアナの手を握り、嘆息した。
ルイスは魔王城へ攻め込む直前でリアナの結婚の知らせを受けた。
リアナはルイスの戦う理由だ。リアナに何かあれば魔王を倒す意味も無くなる。戦線を放り出すのに躊躇いはなかった。
転移魔法を使える賢者を急き立て村に着くと、リアナは村を出た後だった。
怒りを抑えリアナを探した。
幸い、苦楽を共にした仲間は協力してくれた。彼等の力も有り、ルイスはなんとかリアナを見つける事が出来た。
リアナは村から離れた川で見付かった。
長時間水に浸かった体は冷えきり、打ち身だらけで――何より、頭部に陥没があった。
息は既になかった。
それでもルイスはリアナに治癒魔法を掛けた。村を出た時間や状況から考えると、川に落ちてからそんなに経ってはいない。
ルイスは呼吸が止まっても、すぐに処置をすれば生き返る例がある事を知っていた。
この一年で磨いた魔法と聖女の協力もあり、リアナは息を吹き返してくれた。
唇から漏れる幽かな吐息を確かめ、ルイスは泣き崩れた。
ただ、聖女が言うに、魂が体に戻って来ないのだそう。
魂が既に神の御元に行ってしまったのか、はたまた別の理由か。こんな事は聖女の知識にも無いそうで、何か異常があるのだろうと聖女にリアナの生命維持を任せ、ルイスはリアナの魂を探った。
そうして知った。
これら一連の出来事が仕組まれたものである事を。
「ふ、ふふふふ……」
「ルイス様……?」
「ねぇ聖女様、神は人の破滅をお望みのようだよ」
「何をおっしゃいます」
「ルイス……?」
「皆聞いてくれる? 俺達の本当の役割の事――」
リアナの事件から数ヶ月が経った。
リアナを用意していた隠れ家に移し、そこで生命維持の魔法を掛け続けた。
聖女の負担が尋常ではないものになったが、聖女は泣き事も言わず尽力してくれた。
聖女は最初、ルイスの言い分を信じようとしなかったが、聖女にもリアナの魂を探らせれば信じざるを得なかった。
しばらく混乱していたが、やがてリアナを御使い様と呼び、リアナに忠誠を捧げるようになった。
彼女の中で何があったか不明だが、リアナに関する事では信用して良さそうだ。有り難い。
魔王とは同盟を結んだ。
ルイスの敵は、今や人類。ならば魔王と戦う理由は無い。
すぐには信用されないだろうと思ったが、予想よりすんなり事が運んだ。
パフォーマンスとして人族の軍隊を皆殺しにしたのが効いたのだろうか。
「王族に関してはちょっと迷ってるんだ」
ベッドに横たわるリアナの髪を撫でながら、ルイスは言う。
「目障りだからさっさと消そうかとも思ったんだけど、リアナがどう思うかなって」
「リアナが報復を望んだ時用に残してあるんだ」
「あの縁談はね、王女の指示だったよ。王女はさ、リアナを消せば俺が手に入るって思ったんだって。バカだよね、自分が嫌われてるなんて思ってもみなかったらしいよ」
「王女は今、魔王軍で働いてるよ。下級兵を慰める仕事。案外ちゃんとやってるんだよ。まぁ、逃げられないだけだけど」
「あ、リアナの死を指示したのは領主の方だった。平民を妻にするなんて真っ平だって。でも王家の指示には逆らえないから、じゃあ婚姻前に事故死してもらおう、なんて考えたんだと」
「おかしな事考えなければ、被害者として楽に死なせてあげたのに」
「この領主とリアナを襲った騎士達も、王女と同じ職場に居るよ。男も需要あるんだってさ。趣味悪いよね」
「ねぇ、リアナ。覚えてるかな? 俺が昔、大人しく殴られてた頃、リアナは怒ってくれたよね『自分を守れ』って」
「『自分が傷付けられるのを許すな』『戦え』『こいつを攻撃するの割りに合わないと分からせろ』――だっけ」
「後になって小さな女の子の言う事じゃないと思ったけど……リアナは最初から大人だったんだね」
「ねぇ、俺、ちゃんと戦ったよ」
「俺からリアナを取り上げようとした奴等は思い知らせてやった。俺を都合良く利用しようとした奴等も潰したよ」
「誉めてくれる? それともやり過ぎだって叱られるのかな?」
「ねぇ、リアナ、何か言って欲しいな?」
「戻って来ないのは、神様に捕まってるから? それとも戻って来たくないの?」
「リアナはここに産まれるの、嫌がってたもんね……」
「俺は嬉しかったよ、リアナと出会えて。リアナは違うのかな。……俺、やっぱり振られたのかな」
「それなら、はっきりそう言って」
「リアナ……リアナ、頼む、戻って来て。……ちゃんと話をしようよ……」
「ねぇ、リアナ。人間を減らして来たけど、どこまで減らせばいいのかな?」
「リアナと暮らす為にある程度の土地と人は残すつもりだけど、リアナが戻って来ないなら、それもいらないよね」
「……もし、俺が嫌なんだったら俺が死ぬよ。リアナが殺してくれると嬉しいな。リアナだったら抵抗しない。最期にリアナに会えるなら、それで十分だから」
「リアナ……リアナ……」
「ねぇリアナ、どうしても戻って来るのが嫌なら、そんなにリアナに嫌われてる世界なら、壊しちゃっていいよね?」
「どうする? 世界を壊しちゃ駄目なら、リアナが止めて。リアナが止めないなら、そのまま世界を壊しちゃうよ?」
神よ、リアナが戻らない限り、俺は世界を壊し続ける。
それでもリアナが戻らないなら、神を殺しに行こう。リアナを連れて来てくれた事は感謝するが、奪うつもりで与えた事は許していない。
だから、神よ。
そうなる前に、リアナを返せ。