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8.遭遇

 こうして僕は、崎谷薫(さきやかおる)とこの異世界を旅することになった。


「解析だと分かりにくかったが、私のラボは山の中に転移していたようだね。山をくり抜く形になっているのかな、これは。電気系統が生きているのが奇跡だな」


 さっき通ってきた場所を見ながらカオルが言う。つられて後ろを振り返って、僕たちを見下ろす山嶺(さんれい)の存在に気がついた。何百、何千メートルもありそうな巨大な山。そこに洞窟を作るようにして、研究所の出入り口が覗いている。


「今立っているここでさえ、なかなかの高原なのに、その後ろに更に高い山があるとは。かなり立派な山岳のようだ」


 確かにこの山は大きい。もしあれを上り下りするとしたら相当に骨が折れるだろう。転移したのが山の下で良かった。


「しかも周りには森が広がってるよ」


 高原の向こうを指差す。朝日を受けて煌めく森が僕たちを待ち構えている。どの方向に向かうとしても、あれを避けて通ることは難しい。


「そう、森だ。いかにもな()()()()()()だね。それ以外に何も見えないのが気がかりだが……。本当に、森を抜けた先にはどんな光景が広がっているのだろうね」


「わからないけど、とにかく行ってみるしかないよ」

「意外とやる気だねユウくん。不安はないのかい?」

「さっき言ってくれたでしょ? 2人なら大丈夫だって。僕はカオルを信じるよ」


 カオルは何やら不思議がっているようだけど、今は進むしかない。

 そう、カオルについていくかどうかで悩む時間はもう終わった。彼女はこの世界で生きていくための大事なパートナー。そんな人が大丈夫だと言ったのだから、きっとどうにかなる。


「……ああ、そうだね。君と一緒なら大丈夫だ。さあ、ここを降りる準備をしよう。第2の人生の幕開けだ!」


 カオルは元の調子に戻ってニッコリ笑った。うん、やっぱりこっちの方が良い。



 ~~~~~



「川があって(さいわ)いだった。これに沿っていけば町に出られるかもしれないぞ」


 高原を見回っていると、森へと続く長い川を見つけた。僕とカオルは研究所の中から着替えや水、食料などを持てるだけ持って出発することにした。

 念の為、転移する前に身に着けていた銃とナイフ、ポーチとホルダーも持つ。ありがたいことに、カオルが持っていた少年用グッズの中には、ミリタリー風のコスプレ衣装もあった。本物に比べれば心許ない作りだけど、生地の厚さやポケットの数は十分だ。


 僕はカオルの隣を離れないようにしながら、半歩ほど先を進んで警戒する。彼女を気遣ってというより、クセでそうしていた。


 カオルを見上げると、彼女は人間の姿に戻り、荷物をパンパンに詰め込んだリュックを背負って歩いていた。登山ではなく、原っぱを下っていくだけだからまだマシだけど、それでも大変なはず。


「リュック重くない? 手伝おうか」

「いやこれくらい問題ないよ。体力には自信があるんだ。何日も徹夜で研究することも多かったからね、それに比べればどうってことない。靴もちゃんと履き替えたし大丈夫」


 彼女は顔色を変えずにそう答える。平気そうなのは間違いないけど、本当に大丈夫かな。


「……そういえば、カオルが言ってた計算って何?」


 ふと、出がけに聞いた言葉を思い出して問いかける。僕にとっては転移すること自体が計算外だから、『私の計算通りになってくれてれば良いんだけど』というセリフがとても気になっていた。異世界へ行った後の計算なんて、普通はできない。


「ああ、私達が今いる世界には、人間界の現代社会に負けないくらいのものが広がっているはずだという話はしただろう?」

「あの本を見せてもらったときだね」


 部屋で教えてもらったことを思い浮かべる。技術書と魔導書。ちゃんと読んだわけではないけど、すごい理論がまとめられたものだということは分かる。


「その通り。時代が明確ではないけど、あれだけの内容が存在する世界なんだから、きっと科学と魔法が両方とも発達した世界に行くことになると思っていたんだ」

「でも、この辺には魔法も科学もなさそうだよね…...。本当に、カオルが思っていた世界に来れたのかな」


 僕は苦笑いを浮かべながら返事をした。今()るのは壮大ではあるけれど、のどかと言った方が正しいような、山と森に挟まれた場所だ。確か、ピクニックはこんな感じのところでやるんだっけ。


「次元転移のときに確認はしたんだけどね。少し怪しくなってきた」

「確認って?」

「マナだ」

「マ……ナ……? あの、魔法を使うときとかに出てくるやつ?」


 聞き慣れない、だけど目にしたことはある言葉が出てきた。ファンタジー小説などでは時折出てくる要素だ。


「なんだ、ユウくんも知ってたか。これも魔導書に書かれていたことだが、魔界にはマナと呼ばれる元素があって、それを元に魔術を行使するらしい。さらにサティアはマナを観測する機構の作り方も記してあった。私はそれを装置に組み込んで、転移先を確実に定義しておいたんだよ」


 また色々と説明を始めるカオル。完全には理解できないけど、どうやら間違った転移先を選んだわけではないみたいだ。


「なら、どうしてこんな風景の場所に来たんだろう?」

「まあ単純に、ここが()()()()()()ってだけかもしれない。人間界にもあったんだよ、緑が減るのを防ぐために、あえて開拓の手を加えないような地域が」

「聞いたことはあるかも…...あ、じゃあもしかしたら、森を抜けた途端にすごく発展した街が現れるかもしれないんだよね」


 あえて緑を残している国があるというデータを見た記憶が、うっすらだけど残っている。確かそういう国はほとんどが大国で、技術的にも進んだところだったと思う。それなら、僕たちがいるこの森を管理している大国があってもおかしくない。


「そうだね。もしそうだったらワクワクするなぁ! 見たこともない技術に囲まれた世界が私達を待ってるんだ!」


 少し暗い面持ちだったけど、カオルはまた気を持ち直してくれたみたいだ。僕と話したことで笑ってくれているのだとしたら、ちょっと嬉しい。



 そうして、僕とカオルは歩を進める。


 しばらく川を辿って高原を降り、いよいよ森に差し掛かろうというタイミングで、思い出したようにカオルが口を開いた。


「この川の水は飲めるのかな。ラボにある解析装置では大気を調べただけだったからね。飲水にできるなら状況がかなり変わるんだけど」

「どうだろう。動物が飲んでるところを見られたりしたら、ひとつの基準にはなるけどね」

「まあ最悪どうにか蒸留するとして……今は町をめざすか~。朝4時に叩き起こされたときはビックリしたけど、むしろ夜明け際に起きられて良かったよ。うまくいけば明るいうちにこの森を抜けられるだろう。ありがとね、ユウくん」

「いや、僕は何も……」


 優しく微笑む彼女に、僕は照れを隠しながら答えた。

 実際僕は何もしていないようなものだ。カオルの胸に挟まれて息苦しかったのが原因で起きてしまっただけ…...そう、この人の…...。


「ユ、ユウくん? 顔が赤くなってるけど……大丈夫?」


 気づくと彼女の顔が目の前にあった。近くで見ると、この人は遥かに美人になって、僕の網膜に焼き付いてくる。


「だっ、大丈夫! なんでもないよ。さ、先に進もう!」

「う、うん。ならいいけど……」


 起きたときの光景を思い出して今更恥ずかしくなった。なんなら出発するときも抱きしめられて、挟まれたのに……なぜかこうして思い出してみると一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。


 僕は足早に森へ入っていった。



 ~~~~~



「おや? これは……道だろうか」


 入ってすぐ、森の地面であるにも関わらず草が生えていない部分を見つけた。幅がそこそこあって、奥まで長々と続いている。道と表現するのがぴったりだ。


「土の色も硬さも周りとちょっと違うみたい。これは期待してもいいんじゃないかな」


 地面を触りながらカオルに伝える。この「道」だけ明らかに周りと違っていて、川にも沿った形になっている。人が通ったと見ていいはずだ。


「何度も踏み固められて質が変わっていったような雰囲気だね。しかしなぜこんな原始的な道が……」

「よっぽど文明の跡を持ち込むのが嫌だったとか」


 自分でも不自然だとは思いながらそう答える。森に道を作るとして、わざわざ()()()()()という方法を取るだろうか?


「とにかく森を抜けないことには何も言えないか。行こう、ユウくん」

「うん」


 そうだ、暗くなる前にこの森を抜けなきゃいけないんだ。今はそっちを優先しないと。



 ~~~~~



「ちょっと疲れてきたね、そろそろ休憩しようか」


 日が眩しくなってきた辺りで、息を上がらせたカオルが荷物を置いて適当な岩に腰を下ろした。森の中には、川上から流れてきたらしい岩がいくつか転がっていたんだ。


「そうだね。カオルはずっと荷物も持ってたし、キツかったでしょ」


 彼女を気遣いつつ、僕も息を吐いて座り込んだ。子どもの体だとやっぱり大変だ。体感だと8歳~10歳くらいか。その歳の頃も訓練はかなりやっていたと思うのだけど、いざ戻ってみると18歳との差に驚く。


「あと何メートルくらい続くのかなーこの道。早く抜けられればいいけど」


 ザザザザッ


(ん?)


「でもユウくんが一緒だから楽しいよ~。一人だと途中でラボに帰ってたかも」

「シッ! カオル、静かに」


 できるだけ小声で伝える。さっきの草を掻き分ける音、何か近づいてきてる!


「え? ユウくんどうしたの。……ッ!」


 カオルも音に気づいたのか、周囲を見渡す。


 ザザッ、ザザダダッ


(新手の生物兵器⁉︎ 違う、あれは人間界の話だ。いや、でも、ここが科学と魔法の発達した世界なら、ありえないとは言い切れない)


 獣が地を蹴るような音も混ざり始めた。小動物などとは違う荒々しい感覚。


「カオルは下がってて、あの木の後ろへ、早く!」

「え、だけど……」

「行って!」


 語気を強めるとカオルはすぐさま身を潜めた。これでいきなり彼女が狙われることはないはずだ。……あの人を危険な目に遭わせてなるものか。


 ガササッ 


「グギィィィィィッッ!」

「なっ……コイツは……!」


 耳障りな声と共に飛び出してきた相手は、『ゴブリン』だった。

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