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51.お姉さんと一緒に

「ただいま」


「ただいま、です」


 配達を終え、夕日を背中に受けながら帰宅する。扉を開けると、お母さん、マルカ、カオルの3人が出迎えてくれた。

 シチューのようないい匂いもする。


「おかえりなさ〜い。あなた、ユウくん」

「お疲れ様ですー」

「お、帰ってきたかユウくん。お疲れー」


 3人はテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。

 この空間には、ゆっくりと時間が流れいくような、不思議な安らぎがある。


「ご飯できてるから、もう少ししたら食べましょうか」


「うん、そうしよう」


 そう言って互いに笑みを向けるご両親。この2人の間にも、絶対に揺るがないような、積み上げられてきた平穏があった。


 本当に、この家庭は良いところだ。



 〜〜〜〜〜



 最後にもう一度動物たちの様子を確認してから、晩御飯をいただくことに。


 予想通り、食卓には具材たっぷりのシチューが並んでいた。

 牛乳でよく煮込まれた、香ばしい匂い。


 リムネット印の牛乳の質は、さっきの配達リストが保証してくれている。あれだけ人気があるんだ、おいしいに決まってる。


「いただきます」


 みんなの声がひとつに揃う。


 声だけじゃない。ひとりひとりが持つ空気のような、波長が揃うと言えばいいのかもしれない、そんな一体感。


 今日は『家族』で食卓を囲むという行為に、僕という他人が入っている。カオルだってそうだ。なのに、誰もお互いの存在に違和感を持たず、受け入れ合っている。


 こんなのは初めてだ。



 料理の放つ湯気とは別の温かさに包まれながら、シチューを一口。

 うん、期待通り、いや期待以上に、おいしい。いろんな想いが込められたような味だ。


「お口に合ったようで嬉しいわぁ〜」


 その声に反応して前を見ると、そこには、ニッコリと微笑むお母さんの姿があった。


「ユウくんが思わず笑顔になるとは……!」


 カオルが衝撃の声を上げる。どうやら僕は、たった一口で顔を綻ばせてしまっていたらしい。


「みんなで作った甲斐がありましたね〜」


 マルカは口いっぱいにパンとシチューを頬張り、もぐもぐ喋る。彼女を見ていると、どんどんお腹が空いてくる。


「みんなで作ってくれたんだ」


「そうなんだよ。それで分かったんだけど、マルカ、鳥の羽むしるのメチャクチャ早いよ。捌くのも上手だった」


「はい! たくさん練習したんです!」


()……」


 シチューの中から肉のブロックを掬い、眺める。これはきっと『ガジャガント』だ。


 ──ギョゴゴゴゴゴ!


 頭の中に、あの不気味な鳴き声が反響する。


「おいしい〜」


 でも、マルカの笑顔を見ていたら、そんなのは気にならなくなった。彼女のような人と一緒に食べるのには、こういう利点もあるんだ。

 ガジャガントも、マルカのためになるなら本望だろう。


「カオルちゃんも凄かったのよ〜、食材の切り方とか煮込み時間とか、細かーく()()出して教えてくれるの! その通りにやったら、グッとおいしくなったわ〜」


「どれどれ……おお、前からおいしかったけど、これは確かに」


「ありがとうございます。でも、お母さんのレシピの完成度が高すぎて、私の出る幕なんてほとんどありませんでしたよ」


 カオルは持ち前の知識で、最適な調理方法を提案していたみたいだ。

 どうりでこのシチュー、味が完璧に整っている。


「カオルちゃんすっごく真剣でねぇ、食べてもらう人のことをしっかり考えてるのが分かったわぁ。うふふ、カオルちゃん、良いお嫁さんになれるわよ〜」


「えっ⁉︎ あっ、はい。その……嬉しいです……」


「カオルさんが普通に照れてる⁉︎」


 お母さんからのお墨付きをいただいたカオルは、手を太ももの上に置き、珍しくもじもじと答えた。


 彼女は屈託なく正面から褒められることに弱いのかもしれない。

 またひとつ、彼女の新しい一面が見られた。



 〜〜〜〜〜



 心のこもった料理を食べ終わり、片付けも終える。

 その頃には、外はもう暗くなって、酒場の喧騒が聞こえてくる時間になっていた。


「ユウくん、お風呂沸いたから入っちゃって〜」


「え、でも先に……」


「いいのいいの! お客さん優先!」


「そうそう。遠慮しないで」


 とにかく優しいご両親の計らいで、僕は先にお風呂に入らせてもらうことになった。


 お世話になりっぱなしで気が引けないこともなかったけど、この2人の言葉には、なんだか素直に甘えたくなってしまう力があった。


 脱衣所で服を脱ぎ、手近なタオルを巻く。

 浴室はシンプルながらも広く、浴槽も大きい。

 相変わらず、この世界の文化レベルは妙に高いと思う。


「これ、使っていいのかな」


 多少すり減った、生活感のある手のひらサイズのせっけんを擦る。ちょっと揉み込んだだけで、すぐに泡立った。



 自分の体に触れると、子供に戻ってしまった質感が否応なしに伝わってくる。


 間違いなく自分の体なのに、まるで()()だと感じてしまうほどに幼い体。

 ()()に触れていると、あの頃を思い出す。


 実際に年齢と体格が一致していた当時、僕は訓練を受けていた。同じデザインチルドレンの仲間たちと一緒に、過酷な訓練を。

 命を落とす者も少なくなかった。それでもまだ、仲間がいたから耐えられた。


 ある程度成長すると、僕は1人になった。研究員たちが色々理由を述べていたけれど、よく覚えていない。みんなと引き離されて、ただ孤独に、実践と称して各地を飛び回り、殺した。


 精神が壊れないようにそれなりの娯楽は与えられたけど、それでも、1人で死体と向き合い続ける日々は地獄でしかなかった。


 戻りたかった。逃げ出したかった。



 ────そして今、僕は()()()()()

 あの世界からも逃げ出して、新しい人生を歩んでいる。


 …………そうだ、まるで別人なんかじゃない、本当に『別人』なんだ。


 今の僕は、新しい僕。


 仲間だっている。1人じゃない。


 こうなったのは、全部彼女のおかげだ。

 僕が造られた原因で、僕を連れ出してくれた張本人。


 全部、カオルの──


「おじゃましまーす! おお……泡まみれのユウくんも最高……」


「うわああああ!!! カオルッ⁉︎」


 言っているそばから、その張本人が姿を現した。タオル1枚を身に纏い、堂々と。


「そ、そんな驚くことないじゃないか」


「驚くよ! 僕が入ってるって知ってただろ⁉︎」


「いやーでもさ、人ん家のお風呂を占領するのって申し訳ないでしょ? 2人で入っちゃえば時短になるし」


 カオルがじりじりと迫ってくる。広い浴室とはいえ、僕はすぐに隅っこへ追いやられてしまった。


「だから……いいかなあ〜〜〜っ? ユウくん⁉︎ お姉さんと一緒に……洗ってあげるからさ……」


「……はい」


 逃げ出そうにもこのまま外に出るわけにはいかず、僕はカオルの言うことを聞くしかなかった。

気分は吉良吉影


お風呂回は3本立てで

次回はユウくんがカオルさんのお背中お流し! 

8/28の13時ごろに投稿。さらにその続きを17時ごろに投稿予定です。

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