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21.世の中って残酷ですね

「今日はダンジョンに潜ってみませんか?」


 マルカに出会って数日、今日も今日とて依頼を受けようとギルドへ向かっている途中、彼女がそう切り出した。

 その響きに、カオルは関心を高める。


「ダンジョン?」

「はい、実は近くに古い地下道がありまして、アグトスではそこへ行って帰ってくることが、冒険者としての通過儀礼のように扱われているんです」

「へえ~、そんな慣習が」

「昨日はその、色々ありましたが……ひとまず問題は片付いたことですし、一旦気持ちを切り替えたいなって。というわけで、どうでしょう!」

「いいね、ダンジョン! 私そういうとこ入るの好きだよ! ……ゲームの話だけど」

「ゲーム?」

「いやなんでもない。行こ行こ!」


 僕たちは先人に習い、その地下道とやらに潜ってみることにした。

 

 基本的に一度発見されたダンジョンは、以後ギルドの管轄(かんかつ)となり、探索時には申請が要るとのことだったので、挨拶がてらに支部長の元へ寄る。


「確かに受け付けた。そんじゃ気をつけてな」

「はい! 行ってきます!」

(え? それだけ?)



 ~~~~~



 建物を出てから、カオルもあの様子を不思議に思ったのか、マルカに質問する。


「やけにあっさりした申請だったね。仮にも新人のダンジョン初挑戦だというのに」

「まあ大した危険はありませんから。通過儀礼と言っても、腕試しではなく度胸試しの意味合いが強いですね」

「はー、そういう感じか。確かにこの辺はモンスターもいないんだしね、なら支部長の態度も(うなず)ける」

「あ、地下道にはモンスターがいることもあるそうですよ」

「やっぱり危険じゃないか! 今のはそんなサラッと流す情報じゃないだろう⁉」


 カオルがお笑い芸人のような勢いでツッコんだ。

 かつての、戦争が始まる前の人間界は、こういう雰囲気のコント作品で溢れていたらしい。まさかこんなところで、データじゃない生の雰囲気を味わうことになるとは思わなかった。


「大丈夫ですよ。たまーに他所からやってきたスライムが住み着いたりするくらいらしいので。スライムも大抵は大人しくて、こちらから手を出さなければ何もしてきません。たまーに凶暴な個体が現れて、ギルドに討伐依頼が貼られたりしますが」

「『たまーに』が怖すぎるかなぁ~! お姉さん不安です!」

「もぉ~、心配性なんだからカオルさんは。でも一応、アイテムは揃えるつもりですよ。それくらいはしますとも!」


 見事なまでにフラグを満載にして、僕たちは道具を買いに、まずはおばあさんの店へ寄った。



 ~~~~~


「――というわけで、ダンジョン探索で使えそうなものはないかな?」

「そう言われてもねえ、あの地下道で気をつけることと言ったら、明かりを切らさないこと、ケガをしないことさね。松明(たいまつ)なら表通りの道具屋に行きな。そして傷薬なら……」

「分かってるよ、そのために来たんだし」


 助言を頂くと同時に、以前貰ったものに追加でポーションを購入する。


「おや? このポーション、なんだか綺麗な色に見えるな。澄んでるというか……」


 カオルは初めて来た時と同じように、(びん)の中の薬液を観察しながら興味深そうな声を出した。


「ああそれかい。ほら、アンタが捕まえてきたクソガキどもがいたろ。あいつら、冒険者としての眼は確かでね、質の良い薬草をたくさん集めてくれたんだよ」

「そうなんですか! じゃあ、あの人たちはちゃんと約束を守ってくれたんですね!」


 例の3人がおばあさんの依頼を受けていたことを知り、マルカが嬉しそうに言う。彼女のこういう真っ直ぐなところは、一緒にいてとても気持ちがいい。


「最初は依頼書を持ってきて、コイツを取り消せなんて言いやがったけどね、また()()()を呼ぶよ! って脅してやったらすっ飛んでいったよ。そしてわざわざ上質な薬草を持って帰ってきた。アンタ、よっぽど恐れられてるんだねえ」

「ハッハッハ! おばあちゃんも人の使い方がうまいなあ!」

「これは喜んでいいんでしょうか……ま、まあ仕事はこなしてくれたみたいなので良しです! ヨシ!」


 説明を聞いたカオルは高らかに笑い、マルカは苦笑いだった。



 ~~~~~



「じゃあ次は松明だ」


 おばあさんに教えられた通り、表の道具屋に向かう。今思うと、アグトスは資源と交易が弱い割には様々な店がある。あくまで他の都市に比べて弱いだけで、町が栄えるには十分な基盤があるのかもしれない。マルカが言うには、他種族の人がよく行商に来るようだし。


 僕は『雑貨のボルド』という看板のかかった店に入り、カウンターで暇そうに本を読んでいた店員さんらしい人に声をかけた。


「すみませーん、ここって松明置いてますか?」

「いらっしゃ……なんだ子どもか。松明ならそこだ」


 彼は心の底から面倒くさそうに、床に置かれた大きな(かご)を指差した後、またすぐ読書に戻った。


(なんだってなんだよ……)

 僕は指された方へ向かい、松明が()し入れられた籠を見る。同じタイミングでカオルとマルカも店に入ってきて、その瞬間、店員は目を見開いた。


「ふぅん、松明って意外と大きいんだね」


 カオルが籠の前で少しだけ(かが)み、中を見下ろすように(のぞ)き込む。

 松明を吟味(ぎんみ)していると、後ろから妙な息遣いが聞こえてきた。


「おぉ……おぉ……」

(店員さん……?)


 振り返って見ると、そこにはカウンターから身を乗り出してカオルに視線を向ける店員の姿があった。

 僕は彼の視線を追いながら、カオルの方へ向き直る。そして全てを理解した。


(ああ、これは仕方ないな……うん)


 今のカオルは上半身だけを折って屈んでいる。それはつまり、彼女の胸の谷間が強調される姿勢になるわけで。


「ん? ……あっ」


 カオルも僕の動きで視線を認識したのか、カウンターへ目を向ける。すぐに店員は引っ込んだけど、やはり女性はそういうのに敏感なようで、彼女は「察した」という表情で笑った。

 店員をおびき出すように、姿勢を保ったまま彼女は値段を問う。


「あの〜、この松明っておいくらですか?」 

「あっ、はい! そちらは1つで銅貨5枚となっております〜!」


 店員は僕の時とは大違いな態度でこちらへ駆け寄ってきた。明るい表情を作りつつ、視線は相変わらずカオルの双丘(そうきゅう)に釘付けだ。


 値段を聞いたマルカが「では3つほど」と代価を払おうとして、カオルはそれを手で制した。


「そうですか、あっちのお店だと銅貨2枚だったかな……どうしよう。ここの松明の方が大きいけど……」


 カオルは自分の魅力をふんだんに使って値切りを始めた。ポーズも抜かりなく、自分の体を抱くように手を胸の下に回し、豊かなそれを押し上げて、殊更(ことさら)にアピールする。


 カオルが何をしているのかを理解した様子のマルカは、自分の胸に手を当て、隣のサキュバスと自身を見比べるように(おもて)を上げ下げしていた。心なしか、目から光が消えているように見える。


「で、でしたら、私どもは銅貨1枚でお取引きさせて頂きます〜!」


 商人としてのプライドを投げ捨てた彼は、簡単に値下げを宣言してしまった。一店員が勝手にそんなことをしていいのか。接客態度といい、彼は色々と酷い。兵士としての人生しか歩んでこなかった僕でも、それは分かる。


 淫魔の体に天使の笑顔。冷静になる暇も与えず、カオルは会計を済ませてしまった。



「ふふっ、ありがとうございます」

「あ、あの、(わたくし)ここの店主をしております、ボルド=レートマンと申します! ぜひ今後ともご贔屓(ひいき)に!」

「ええ、もちろん」

(いやアンタ店主かい!)



 ~~~~~



「すごいですね、カオルさん」

「そうだろすごいだろ! 昔からああいう交渉で失敗したことはないんだ!」

「……ユウくん、世の中って残酷ですね。」

「ぼ、僕はマルカも魅力的だと思うよ……」

「ううっ、ユウくん優しい……」

「そう悲観することじゃないぞマルカ、君まだまだ成長期だろ。それになあ、デカいと苦労することばっかなんだ、むしろあれくらいの恩恵(おんけい)は無いと困るね」

「確かに困るって話も聞きますけどぉ~、でもなんかなぁ」

「なら、行く先々でやらしい視線を浴びる生活が良いかい? ナンパ男のオマケつきで」

「うっ、それは……」


 百戦錬磨のサキュバスと、商人の風上にも置けない店主のやり取りを見せつけられた後、僕たちは目的地へ向かって、アグトスの東を歩いていた。必死の励ましの甲斐あって、マルカは段々と光を取り戻していく。


 しばらく行くと海辺へ出た。近くの岩場の中、明らかに不自然な穴が地面に開いていた。近づいて見てみると、穴の奥へと階段が伸びている。


「おっ、あれが入り口かな?」

「これですこれです。さあ、初ダンジョン、張り切っていきましょう!」

「うん!」


 不安要素も無くはない、でもきっと、3人なら大丈夫。

 僕たちは暗闇の中へと足を踏み入れた。

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