19.転生した後輩
「とりあえず……戻りましょう……」
「うん……」
今、僕たちがするべきことは何か? そう、日が落ちる前に町へ戻って調査結果を報告することだ。ひとまずは森を抜けることを優先しないと。
僕はそそくさと服を正し、カオルもまた予備の服を着直して、来た道を戻ることにした。
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「しかし、何をどう報告したものか」
道すがら話す内容は、専らそれだった。説得力のある嘘をつくのはどうにも難しい。
そもそも洞窟の調査が依頼内容なのに、洞窟内部のことは一切喋ることができない状況だ。
外で起きたことについても、何をどう言えばいいのだろう。元老院に魔法に、転生という言葉。あの男のことが、ある意味一番の収穫といえるかもしれない。
「六道のことは伝えるべきだと思う?」
「そこなんだよなぁ~、ほんとどうしようあのロリコン。いっそボロクソに貶してやろうかね」
「それはやめた方がいいかと思います……」
カオルの冗談混じりの言葉を、マルカがどこか重たい口ぶりで諌めた。
「ん? どうして?」
「あの人が使っていた技、あれはきっと魔法……ですよね。その力が使えるのは、使うことを許されたのは、貴族のようなごく一部の選ばれた人々だけだと言われています。だから彼も……あぁ〜! 私はなんてことを! 状況が状況だったとはいえ、貴族に切りかかってしまった……っ!」
「貴族か……。なら確かに、これ以上事を荒立てるのは避けたいね。出会ったことも秘密にしておくのが得策かもしれない。幸い、あっちは敵になるつもりは無いらしいし」
「はい。何もかも嘘になってしまいますが、そういう形で支部長には報告しましょう、そうしましょう」
下手をすれば極刑ものの事件を隠蔽するということで話は決まった。「アニキ」の時といい、マルカは土壇場なら悪事に手を染めてしまう胆力がある。
僕とカオルは、この少女の内に眠る闇を苦笑いで見守りつつ、再び歩を進めた。
戦闘の後にも関わらず、僕たちが森を進む速度は行きも帰りも同じくらいだった。気が立っているおかげで、疲れの感覚が麻痺しているのかもしれない。
(ありがたいけど、これは宿についてからが怖いな)
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あと少しで森を抜けるかという辺りで、カオルが思い出したように切り出した。
「そういえば、マルカは魔法の存在を知っていたんだね。もしかして、一般常識だったりする?」
「常識とまで言っていいかは分かりませんが、知っている人は多いと思います。そうそう、ギルドのカウンターに置かれている水晶、あれも魔法の力で動いているらしいですよ。詳しい原理は支部長も知らないと言ってましたけど」
「使い方はあまり広まっていないんだね」
確認するように内容をまとめる。この世界での魔法の概念が、少しずつ分かってきた。
「そういうことです、ユウくん。だからカオルさんが能力を使ってみせたときは内心ドキドキしてたんですよ。『え⁉ まさかお忍びで来た貴族のお嬢様⁉』なんて」
マルカが「ようやく吐き出せた」という表情で胸中を告白する。まさかお嬢様と思っていたなんて。
僕はドレスを着たカオルの姿を想像して、そのシュールさについ吹き出してしまった。
(綺麗だし似合ってるけど、なんか……ね)
「お嬢様~? ないない! 私がそんなタマに見えるかい? 一応、私の先祖がそうだった可能性はあるけどね。──そしてユウくんには後でお話しがあります」
「ま、まあまあ……けど、ご先祖が貴族というのは有り得ますね。ですが、それほどの方がなぜ追放されてしまったのでしょうか」
「う~ん、派閥争いに負けたとか? 今持ってる情報だけで考えるなら、元老院との間に何かあったってことになるけど……どっちにしろ異世界へ追放なんてよっぽどだよねえ、どんだけ嫌われてたんだサティアさんは。まあ私も人間界じゃ嫌われまくってたけど」
「異世界と言えば」
「ん? どしたユウくん」
カオルに合わせて、僕も切り出すことにした。──六道が去り際に通話していた相手のことを。
あの時の通話相手は、カオルに対してとても好意的だったように思う。姿は見えなくても、ほんの少し聞いただけでも、好意が伝わるような、そんな声色だった。
少しの逡巡の後、一つの問いを投げかける。
「カオルって、仲の良い後輩とかいる?」
「うぐっ、その質問は私に効く……まず仲の良い人が少なかったからね。でも学生時代に1人、やけに声をかけてくれる子がいたよ、その子のことは今でも覚えてる……それが?」
カオルの雰囲気が、重く暗いものになる。
「その人が、この世界にいるかもしれないんだ。六道が最後に誰かと喋っていて、相手はカオルを知っている風だった。そして、カオルのことを『先輩』って呼んでた。だから、きっと!」
正直なところ、言うべきか迷った。僕の考えている通りなら、その人は一度……。
だけど、この情報はカオルにとって心の支えになるかもしれないとも思った。告げることでどう転ぶかは分からなくても、早く伝えておきたかった。
「え、いや、彼女はずっと前に……事故で…………っ、まさか」
「──異世界転生」
予想通り、その後輩は故人だった。
あの時、六道が言った「君も転生してきたの?」というセリフが気にかかっていた。
つまり、この世界には『転生者』がいるということだから。そして「薫先輩」という言葉で、通話相手がその転生者だと自分の中で確信した。
「ユウくん、それは本当なんだね?」
「うん」
真っ直ぐにカオルを見つめて、誠心誠意返事をする。
彼女を怒らせることになると思った。僕が今やったのは、自分が思い込んでいるだけの情報を真実のように伝え、悪戯に後輩の死を想起させる行為だ。
異世界転生などという俄には信じがたい現象、そこに現実の故人を当てはめて語るのは、死者の冒涜にも等しい。
それでも僕は、あの後輩の、カオルを慕う声を聞いた。
彼女にどれだけ軽蔑されようと、その事実を否定はしない。
そう覚悟してカオルと向かい合った。
すると、彼女の顔はみるみる綻んで、
「そうか……そうか! あの子はここにいるんだね。あぁ、良かった。あんなに優しい子が事故なんかで死んでいいはずがないって、ずっとそう思ってたんだ。そっか、良かった……っ」
目尻に少しだけ涙をためて、無邪気な子どものように、心からの笑顔を見せた。
僕の覚悟と相反する様子見せられて、安心するよりも戸惑いを感じてしまう。
「信じて……くれるの?」
「もちろん! 私の後輩のことなんて知らないはずのユウくんがここまで言ってくれてるんだぞ、信じるに決まってる! それに私たちだって『転移』してここにいるんだし、『転生』する人がいたって驚きはしないよ」
カオルはこれ以上ないくらいにキッパリと、僕が奥底で求めていた応えを断言してくれた。
(伝えてよかった)
僕はお礼の代わりに、精一杯の笑みを向けた。その瞬間カオルは頬を赤くして、熱のこもった目で僕を見たけど、小声で「いかんいかん」と呟いてから元の表情に戻った。
「あ、あの! 話はよく分かりませんが、カオルさんのご友人がこの世界のどこかにいるってことですよね! なら、ぜひ一度お会いするべきかと!」
置いてけぼりだったマルカが我慢できずに声を上げる。必死についてこようとする姿がちょっとかわいい。
「あ、ごめんマルカ。えーと、確かにカオルの知り合いではあるんだけど……六道とも関わりがあるっぽいんだよね」
「え……? あの方と……? それって大丈夫なんでしょうか……」
六道の名を聞いた瞬間、マルカは一気に青ざめた。あのいやらしい目つきに狙われたトラウマは、思ったより根深いらしい。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。六道は知らないけどあの子はすっごくイイ子だから。そんなことより、ほら、町が見えてきたぞー。さ〜て、うまい具合に報告書をねじ曲げようか!」
「は、はい!」
なんとか日没には間に合い、堂々と公文書偽造の宣言をしてから、僕たち3人はアグトスへ帰還した。




