冷徹なアイツが、記憶喪失を経てデレデレになったワケ
「ねえ、あなた。誰?」
ずっと好きだったアイツは、俺のことを綺麗さっぱり忘れてしまった。
***
なぜそうなったか、いまだにわかっていない。わかっているのは、ある日を境に、僕に関する記憶だけが、彼女から完全に消え去っていたという時実だけ。
記憶喪失になったアイツの名前は、姫里琴弓。僕と同じ高校に通っている女の子。スポーツや勉強、部活動までこなし、その上可愛い。いわば万能美少女といったところだ。そんなわけであるから、彼女に好意を寄せる男子も少なくないはずなのだが。
とはいえ、彼女には「自分が心からかっこいいと思う相手以外、冷徹な対応をとる」というポリシーがあった。そのため、彼女に近寄る男子は彼女の容赦ない超塩対応にほとんどがメンタルをやられ、自然とまともに関わろうとしなくなっていった。
僕、如月湊も相手にされない男子のひとりだったものの、どうしても仲を深めたかったものだから、来る日も来る日もアプローチし続けた。
ある日は廊下で。
「姫里さん、一緒にお弁当でも……」
「あなたと同じ空気を吸いたくないのではけてもらえますか?」
ある日は放課後に。
「姫里さん、一回だけでいいのでじゃんけんしましょうよ。一回だけですから」
「あなたとじゃんけんする必要性が感じられません。目障りなんでさっさと消滅してもらっていいですか?」
ある日は体育館裏に呼び出して。
「姫里さ……」
「如月さん、何度同じことをいったら……」
「あ!! 今日は僕のことを『あなた』じゃなくて『如月さん』って呼んでくれましたね!! すごくうれしいです」
「べ、別に苗字だろうと『あなた』だろうと関係ないでしょう!! で、用件は何ですか。早急にお願いします」
「一緒にしりとりしましょう」
「はぁ…… なんなんですか、いつもいつも。さすがに鬱陶しいんで、しりとりさえ終わったらもう二度と話しかけないでもらってもいいですか?」
「じゃあ、それは姫里さんがしりとりに勝ったら、でいいですか」
「まあいいでしょう。私、しりとり強いですから」
「じゃあ決定ですね!!」
この計二時間に及ぶしりとり対決に勝利したことから、ようやく冷徹な姫里さんは少しずつ心を開いてくれるようになった。
「姫里さんって、なんで男子に冷たいんですか?」
「別に対した理由はありませんよ。私のこの華麗な容姿だけを見て近づいてくる男子を、目の前から消し去るためです」
「お、姫里さんって自分のことを可愛いって自覚してたんですね〜」
「周りの反応を見れば嫌でもわかるものですから。当然です」
「姫里さん、今日から『ことみ』って呼んでもいいですか? 僕のこと、『みなと』って呼んでもらっていいんで」
「気安く下の名前で呼ぼうとしないでください。お断りです」
「じゃあ、僕がしりとりに勝ったら絶対に下の名前で呼び合うことにしましょう?」
「いいですよ? 私も前に負けたことが悔しくてたまらないんです。いい機会なんで、リベンジマッチです」
……結局、この勝負は3時間にわたるビデオ通話による対決で俺が勝った。
「じゃあ、ことみさん、って呼びますね!」
「みなと……くん」
「やったー!! 先輩から下の名前で呼んでもらえた」
「あなたの命令に従ったまでです。私の自発的な意思ではありません」
それからしばらくして。
「今週末、ふたりでパフェ専門店でもいきませんか? ことみん好きっていってたし」
「確かにパフェは好きですが、ことみんだけはやめてもらえますか? その呼び方だとカップルと誤解されますから」
「え? 僕とカップルっていうのはダメなんですか?」
「絶対にありえません。よりによってあなたなんかと? そんなの笑止千万な話ですよ」
「でも、パフェ食べにいくのはオッケーってことですか?」
「ひとりだと…… どうしても行きずらいので。そうですよ!! カップルを装っていけば自然にいけるじゃないですか!!」
「なんかさっきといっていることが矛盾してますけど」
「違います。みなと、君を利用するだけです。パフェに食べにいくためだけに。もちろん先輩の自腹ですよね?」
「わかりました…… 払います」
店内はリア充だらけだったこともあり、僕らはカップルみたいな男女の演技をしたものの、どこか滑っていて、逆に悪目立ちしてしまった。
「じゃあ、今度は遊園地、いきましょうよ。ことみんは観覧車乗りたがってましたよね?」
「今、世の中は夏真っ盛りです。夜まで残れば、観覧車から花火が見れるんですよ。みなと、いきましょうよ」
「何だか積極的でうれしいです、姫里さんがいつにもなく明るくて、らしくないというか」
「観覧車、夜18時以降は2人以上じゃないと乗っちゃだめなんですよ。これは外せないので、どうしてもあなたを利用したかったわけで」
「遊園地に誘ってもらうことで観覧車の中からの花火を楽しめるように……」
「「利用したかっただけ」」
このときは。あの日が、僕の知る姫里琴弓を失う日になるなんて。思いもよらなかった。
夜、遊園地、観覧車。
ふたり、座って、向き合って。
「ことみん」
「何ですか」
「好きです」
彼女はふっと笑った。
「知ってましたよ。最初から、ずっとあなたはいい続けてたじゃないですか。それをいまさら」
「もう、遊びの恋じゃないんです。はじめは、ただ可愛い同級生と近づきたかっただけでした。でも、今は琴弓さんのことが好きなんです。琴弓さん自身を、僕は愛してるんです」
「そう、ですか」
観覧車が、てっぺんまで登り。最後の花火が、上がるタイミング。
僕は、勢いのままに唇を重ねた。彼女は抵抗せず、唇を預けた。僕らは、長い長いキスをした。
観覧車から降りたとき、僕らは無言だった。どこか満足感がありながらも、何かを失ってしまったようにも思った。少なくとも、もうこれまでの関係ではなっていた。
「如月さん」
「はい」
沈黙を打ち破ったのは、姫里さんだった。僕をじっと見つめている、つぶらな瞳からは涙が溢れていた。
「ごめんなさい…… さようなら」
彼女は、そういって遊園地から走り去ってしまった。僕は。それを追いかけようとは、なぜか思えなかった。
***
遊園地での一件を終えた次の日から、彼女は僕のことを忘れてしまった。それと同時に、自身に関する記憶も、いくらか抜け落ちてしまっていた。
病院の出した診断結果は、「記憶喪失」。
彼女はしばらく休校することとなった。
何が原因なのかはわからないという。きっと、観覧車の中のキスが原因なのだろうけど、彼女記憶喪失となった今、真相は闇の中である。
それから僕は、毎日のように、彼女のもとを訪ねた。罪滅ぼしというか、単純に姫里さんに会いたかったというか、多分そんなところだろう。
しばらくすると、彼女は僕を見るたびに、泣いて抱きつくようになった。
「すき…… すきだから、離れないで。私から何も、奪わないで」
決まって彼女はこういった。自分にはわからない、誰かを強烈に求めていることに対するもどかしさが、あふれてしまっていた。
「大丈夫、大丈夫だから」
こんな状態であるから、僕は彼女の元へ行くのをしばらく、やめようと思っていた。でも、彼女がいつしか僕を求めるようになっていて、引くに引けなくなってしまった。
「きさらぎくん、わたし…… きしゃらぎくん…… だいすき。だいすきなのに、だいすきなのに」
ときには、子供のように僕を求めた。他人としての僕を求めていた。姫里さんはいつの間にか、冷徹女からうってかわって、デレデレになっていた。
いったい、どちらがホンモノの姫里さんなのだろうか? 自分にはわからない。いや、わかりたくない。
「わたし…… 誰かを愛してたのに…… 忘れちゃったんだ。もっと、もっと素直になればよかったな、って思うんだ。思い出せないんだけど」
「そうなんですね、姫里さん」
「わたし、いつか思い出せると信じています。だから、そのときまで。私が愛していた人の代わりに、あなたを愛してもいいですか?」
『ある人』が自分であるとは、ここではあえていわなかった。何度いっても、彼女が信じてくれなかったからだ。
「だって私、少しずつ思い出してきてるから。来年からは学校にもまたいくから。だから、きっと大丈夫」
「ああ、きっとそうだな」
彼女と話していると、つらい。僕のことを忘れてしまったのは、きっと僕に責任がある。そんな僕を、別人だと思って愛したいという彼女がいる。
僕が知っていた姫里さんは、ここにはいない。
でも。この素直で可愛い姫里さんを、僕は愛そうと思う。それが、彼女の求めることなのだから。
これは、冬のある日。こうして、好きになったアイツと、思いがけない形で結ばれることとなったのだ。
「今日もお前、可愛いな」
「えへへ。もう、如月くんったらぁ〜」
この笑顔を、僕が守っていく。僕はそう、心に誓った。
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