ものすごく美人〈ちょっと足かせ付きかも〉
七時、カリンが朝食を持ってくる。
星見の塔の最上部からどこにも行けないラーナにとって唯一の話し相手を駆け足で出迎える。カリンは今日も亜麻色の髪を綺麗に結い上げている。梳かしただけのラーナとは大違いで、年もそんなに変わらないのにしっかりしている。やはり外の世界を知る人は違う。
「カリン聞いて!今日すごく鮮明な夢をみたの。生まれる前に神様にどの選択肢がいいか、聞かれる夢」
「すごい夢ですね。どんな選択肢があったんです?」
カリンは食事をテーブルに用意しながら促す。今日はクロワッサンの日だ。テーブルには、ポタージュ、クロワッサン、スクランブルエッグ、ほうれん草ときのこのソテー、オレンジが並べられていく。
星見の塔に毎日くるカリンはとても聞き上手で、話終わるまで聞いてくれる。たまに顔をみせる父とは話しやすさが違う。
「『死ぬまで富豪の人生』とか、『とってもとっても優秀な頭脳をもっている』とか、『ちょっとどじだけどいつも幸運』とか良い感じのが多くて、なんでも、その神様が言うには、前の人生が罪な人の巻き込まれで途中でおわったから、かわいそうに思っていい選択肢を集めたっていうの」
「へぇー辻褄合うようにしてくれるなんて、神様もひとがいいですねぇ。それでお嬢様は『富豪の人生』を選ばれたんです?」
この国の中でなかなかに豊かな領土を持つ領主の娘であれば、確かに『富豪の人生』が該当する。この星見の塔では、裕福という実感はもてないけれど、衣食住に困っていないし、教養も与えられた。しかし、『富豪の人生』ではない。
「わたしは、『ものすごく美人〈ちょっと足かせ付きかも〉』を引っこ抜いたの」
「え?なんか色々、おかしいような・・・まず、引っこ抜いったってのは、なんです?」
「ああ、選択肢は大根に書いてあって、ひっこぬく仕様だったの」
神様の畑にはそれはもう葉が立派な大根がたくさん植えられていて、大きな葉に選択肢が書いてあった。なにか思って選んだはずだが、夢のことでもう忘れてしまった。バターでソテーされたらとてもおいしそうな大根は鮮明に思い出せるのに。
「へ、へぇ・・・・じゃあ、その〈ちょっと足かせ付きかも〉って、辻褄合わせにしてはいらない要素なんじゃ?」
「その神様が言うには、『ものすごく美人』だけだと、辻褄合わせることには多すぎるから、何かしらマイナスをつけないと今度は来世にマイナスが行くことになって、辻褄合わせがおわらないよって」
「・・・・なんだか、命の尊さがよくわからなくなる夢ですねぇ。変に理屈っぽいというか・・・あ、お嬢様が『ものすごく美人』なのは、その神様の仰せのとおりですけど・・・それに、」
彼女は言いにくそうにラーナの足に目を向ける。
星見の塔の最上階の柱とラーナの足首は繋がれている。庭園で走り回った記憶はあるから、生まれつきではなかったにせよ、いまのところ人生の九割を星見の塔で送っている。
「実際、これだから、そういう夢をみたのかもしれない。でも、なんだかほんとのことかなっておもうの。おかしいけど、なんとなくすっきりした」
足かせがあっても、ラーナは衣食住を労せず与えられている。問題が生まれる前に決まっていたなら、もう嘆いていたって仕方ないと思えた。
「お嬢様は前向きですねぇ。あたしだったら〈ちょっと足かせ付きかも〉って、度が過ぎる!外に出たいって泣きわめくところです」
「だって、〈ちょっと足かせ付きかも〉が、これならもうこれ以上の足かせないじゃない?だったら、これ以上の不幸ってないんじゃないかって!お父様にお願いしてここからだしてもらうことも可能かもしれないし、美女コレクターのおじさんに金で買われることもないかもしれない!髪色だってこれから標準になるかもしれない!」
「前向きがとまりませんね。たしかに、お嬢様の髪色は綺麗なのでもっと増えてもいいとおもいますけど、〈ちょっと足かせ付きかも〉の一部だと増えないですよー」
「うーんそれはそうかも・・・・美人は年取れば問題ないって話でしょ?この髪も一般的になれば珍しくないチャンスだとおもったんだけどなー」
父やカリンの話によると、ほかにない色だという。人がたくさんいる場所へ行ったことがない身では美人であることも珍しい色をもつことも実感としてない。
実感がないことは、不幸であると思う。
だから、夢見た通り〈ちょっとの足かせ付かも〉なら、〈ちょっと〉がそろそろおわってもいいのではないか。
むしろ、二十歳目前まで我慢したのだ。青春とよばれる十代すべてをこの塔ですごしたのだから、そろそろおわるべきだ。
「あ、でも、増える方法ひとつあるじゃないですか」
「えっどんな方法っ?」
「お嬢様が子供を産めば、受け継がれる可能性ありますよ。子供をたくさん産んで、さらに子供が子供を産めば、お嬢様の綺麗な水色髪も増えますっ!」
「あんまり現実的な方法すぎるから却下よ、却下!わたしの子供まで注目され続けるなんてかわいそうだわ」
珍しい水色の髪を持つ絶世の美少女だと噂がたったせいで、ここに軟禁状態で暮らす羽目になったのだ。同じ我慢を子供にさせるわけにはいかない。
その噂の真偽いかんにかかわらず、ラナンキュラス領主の屋敷だというのに、ひっきりなしに人が詰めかけてラーナを見せるように要望したとらしい。貴族ほど金に物をいわせて手に入れたがったのだと父は言っていた。カリンもあの頃は凄く屋敷には来訪者が多かったというから、おそらく本当なのだろう。
まだ年端もいかぬ子供の時ですらそうなのだから、年頃になる娘はどういう目にあうかわからないと、父はラーナを病気という理由でこの塔の最上階に閉じ込めた。
外には警護の兵はいるが、決して立ち入りを許可されない。世話係は少し年上の女性で古参の使用人の家族に限定した。カリンは執事の姪で、庭師の妻で、父の選定基準をこれ以上ないくらいにクリアしているが、そろそろ子をもってもおかしくない。彼女以外の世話係がくるよりも、自分が自由になるほうがいいと当たり前のことに気が付いたのは夢のおかげだ。
「水色の髪もまぁフードで隠せばいいし、なんとかなるでしょ!」
「前向きが過ぎますね、ほんと。でも、いいとおもいますよ。領主さまのお考えはあたしではわかりませんが、足を鎖でつなぐ暮らしなんて嫌だと言ってもいいはずです」
カリンはとても労わってくれるが、これだけはラーナのせいなので罪悪感が募る。
「これは、自業自得というか・・・子供の頃に窓から抜け出そうとして安全策としてとられたものだから」
塔から落ちたらどうなるか想像つくから今なら絶対しないが、子供の頃はやたらとなんとかなるとおもっていたので、窓から飛ぼうとした。飛ぶことに失敗し、足が窓枠にかかっていたところを当時の世話係に確保され、自殺未遂と判断され足を鎖でつなぐことになったのだ。
「だとしても、です!こんなの捕虜のようで、見るたびに痛々しいです」
とんでもなく嫌な金持ちの年寄りに愛玩目的で置かれるよりは、この扱いがましだとおもっていたが、ふつうの女性には耐えがたい苦痛のようだと認識を改める。
「やっぱりお父様にお願いしなきゃ!今日ちょうど来る日でしょう?」
「はい、ご予定変わりなかったですよ」
父との会話はいつだって単調なものだけれど、途端に楽しみになる。
「お父様になんて話すか作戦練らなきゃ!」
「まずは朝食をとってくださいな」
「うん、いただきます!」
* * *
夕食後、父はやってくる。
領主として仕事が忙しいらしく、月に数えるほどしか顔を見る機会はない。
それでも必ず月に一度はやってくるので、気にかけてはいるのだと思う。
父との会話は弾まない。あまり饒舌な方ではないらしく、それは娘も同じだ。
カリンが用意してくれたガラスポットの紅茶の量だけがどんどん減っていく。
「お父様、お願いがあります」
単刀直入に言うしかない。婉曲に表現など得意ではないし、世間話もないのに、沈黙がつづくことは耐えられない。
父の厳しい目と目が合う。
「言ってみなさい」
「この鎖を解いて、領内を自由に歩きたいです」
父の厳しめの顔が、苦々しいものになる。反応はよくないかもしれないとおもっていたが、即座に却下されないあたり希望はあるかもしれない。
祈りながら、父をうかがう。
父は、少し考えてから口をひらく。
「おまえを警護するのではなく、塔を警護にしていることは理由がある。なぜか、わかるか」
「護衛は男性が多いからですか?」
「そう。護衛と恋仲になるなんて珍しい話じゃない。それに、恋仲にならずとも、護衛ならば誰よりも近くにいておまえに一方的に恋愛感情をもつ可能性が濃厚だ。それは護衛でなく、ならず者だ。それでは護衛の意味がない。だから、接触しない警護ができる方法をとっている。おまえが自由になるためには、ある意味そうなっても問題ない護衛でなければならない」
護衛とそうなってもいい、とは。
察しがつかない様子をみてとり、父は言い換える。
「つまり、婚約者が護衛を務めれば、さしあたって恋仲になろうがおまえに恋愛感情を抱いても問題ない」
「・・・・領主の娘の婚約者になるような身分の方が、護衛をすることってないのでは・・・」
「そうだ。それに、おまえの評判は近隣諸国にまで及んでいる。姫でもないのに、諸外国から政略結婚の話まで来る惨状だから、おいそれと婚約者など決められなかった」
噂は凄まじい盛り方をしているに違いない。伝聞は色々と間違って伝わる。
夢の神様のくれた選択肢は『ものすごく美人〈ちょっと足かせ付きかも〉』で、『絶世の美女〈唯一無二〉』ではなかった。美人であったとしても、国に一人きりの美人というわけではないはず。
「・・・・・え、決められなかった?」
「そう、決められなかった」
過去形である意味。
父は観念したように、息を吐きだす。
「ちょうど昨日、けりがついた。おまえの意思など無視したものではある。それについて恨まれるなら仕方ないが、これ以外おまえをここから出す方法はないと思っている」
その言葉が聞けて、嬉しいと思った。
この星見の塔の最上階から出すための方法を探してくれていたことが。
父が自分のことを思ってくれていることがわかったから。
婚約者をきめられることなどより、その気持ちをしれたことが嬉しい。
「だから、おまえが嫌でなければその護衛がつけば・・・まあ、とりあえずこの屋敷内では自由になれる。領内は様子をみながら、だな。おまえの婿である護衛は、俺の後継でもあるから領主の勉強をさせなければならない」
「それはわたしも一緒に勉強します!」
父が忙しいのは、領主としての仕事と、女主人の仕事を一人でこなしているからだ。
本来女主人がやる屋敷の人員含めた管理や領民を招く感謝祭の采配や各家との社交まで領主が担っていれば、忙しくて当然だ。
女主人になれる娘がいるのに、なにも協力できないのは、星見の塔にいるから。
せめて屋敷を自由に歩ければ、女主人の仕事でも、領主の仕事の一部でも担える。
「いままで、わたしが食べるもの着るもの使うもの、すべて領民からもらうばかりでした。領主の娘であるならば、娘としてできることでそろそろ返さないと、返しきれなくなります」
父は少し考え、頷く。
「婚約者が来たら、それもかなうだろう。・・・・ただ、決まったが、相手が納得するかは微妙なところだ」
「どういう方なんですか?」
「他人事に聞くが、おまえの婚約者の話だ。わかっているか?」
「わかっています。わかっています」
実感は伴わないけれど、頭の中では理解している。
婚約者とはつまり、結婚する人ということだ。問題なく理解できている。
父は納得しない顔で続ける。
「近隣諸国にまでおまえの噂が届いているが、国の外交に巻き込ませるわけにはいかない。だが、国内でどこかひとつしぼるにはよほど他を納得させる家柄で、表から裏から仕掛けられることが少ない家柄が候補になった。この国は王族以外で位の高い家は三つしかない。それは知っているか?」
「建国にあたって、王族の家臣が三つの神器をそれぞれみつけて王を助けたことから、侯爵の地位を賜ったというお話ですね」
「そう、まぁその真偽はどうかしらんが、そういう話がでるほど建国時からこの三つの家以外侯爵位は与えられていない。王族以外で絶対的な権力財力をもち、ほかの家から狙われることにも対処の仕方を心得ている」
「では、その侯爵家のどちらかが?」
「そうだ。そこから、おまえをいざとなれば武力で守れることが可能な者となると、・・・一人しか、該当しなくてな」
なぜか、結婚しない父が辛そうだ。
父が辛いのも想像はつく。武力がある男であれば、頭まで筋肉でいたら、確かに父と話は合いそうにない。領主の後継として教育しなければならない父の負担は増えてしまう可能性はある。
「・・・・・・隣のユノイアと国境沿いで小競り合いが続いたのは知っているか?」
父は紅茶をひとくちすすってから、そう聞いた。
「はい。カリンから聞くくらいですけど」
春先、隣の国と百年以上前に領土になった場所の返還をめぐり、軍が対処する事態になった。ユノイア軍を国境から退け、領土を守り切った。それもたった一日、時間にして四時間、軍の戦闘狂がユノイア軍を圧倒して収束した。
「その防衛戦での功労者が、おまえの婚約者だ。三つの家のひとつの次男で、・・・・戦闘狂と、噂されている」
気まずそうに父は目をそらして話す。
まさかの戦闘狂。
イメージでは血みどろな屈強な筋肉男だ。そんな人がずっとついて回るなんてうっとうしさは鎖より大きいかもしれない。呼吸音さえ煩そうだ。
「戦場以外で・・・・はっきりいうと、護衛や領主の後継で満足するとは思えない戦闘狂であるらしい。あっちもあっちで縁組には苦労しただろう」
噂があるもの同士、くっつけてしまえといった感じがぬぐえない。
たしかに戦闘狂とまでいわれていたら、良家の令嬢からの評判は芳しくないかもしれない。ラーナに戦闘狂の話を教えてくれたカリンも、実際に会うと怖そうと身を震わせていた。
人を噂だけで怖がらせるのならばたしかに、護衛として申し分ない。
「・・・・でも、その方がいれば、わたしはここから、でることができるんですね」
知らず知らずのうちに頬が緩む。
今までの人生に比べれば、すごい前進だ。
うっとうしい人がまわりをついて回るとしても、外に出られれば可能性は広がる。
「近いうちにこちらへ招く。家同士の話はついているが、やはり、目で見なければ安心もできないからな」
「では、そのとき、こちらにも?」
「問題なければ、そうだな」
父は、問題ある方がよいとでもいいそうな顔で頷く。
戦闘狂が婿養子になるとしたら、それはそれで先が思いやられるというものかもしれない。
それでも、外に出られる可能性をつぶさないでほしいと願わずにはいられなかった。
一週間後、父の眼鏡にかなった彼は星見の塔を訪れた。
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