缶ジュース
少年は乗ってきた自転車をバス停の前に停め、周囲をきょろきょろ見渡している。半そでと、半パン、短い黒髪に良く焼けた小麦色の肌が眩しかった。
「っかしいなぁ。ここにいると思ったんだけど」
必死に漕いできたのだろう。全身汗だくだ。シャツなんか、雨をかぶったみたいに、肌にピタッと張り付いてしまっている。
「あ」
ふと目が合った。
何かを考えてから、少年は口を開いた。
「なあおじさん、こう、赤いピンで髪をまとめた女の子、見なかった?」
腕を後ろに、何かで括るような動作をしながら、少女の特徴を再現する。
おじさんと言われたことに、ほんの少し違和感を感じた。でも、感じただけだった。
自転車のカゴには、2本の缶ジュースが入っている。よく冷えているのだろう。表面には水滴が滲んでいた。
「見てない、よ」
そっか、と眉を下げる少年と同じ高さの目線。子どもってこんなに背が低かったのかと、今更ながらに思った。
「どこにいんだよ、あのバカ・・・・・・」
落ち込んだ様子で、静かに零した独り言。
少年は大きく一つ息をつき、自転車のカゴからジュースを取り、両手に持った。
「これ、あげる」
細い腕から差し出されたのは、乳酸菌飲料の炭酸。左手に残ったもう一本は、パッケージに簡素な顔が描かれたリンゴジュース。
「・・・・・・いいの?」
「いいの。どうせぬるくなっちゃうし」
言いながら、少年は缶を開け、喉を鳴らしながら一息に飲み干した。
「やっぱジュースと言えばリンゴだよな。分かってねえの、あいつ」
いじけるように言い捨て、空き缶をカゴに放り投げる。
スタンドを蹴り上げ、「じゃ」とサドルにまたがり、ペダルに足を掛けた。
「待って」
自分でも、どうしてその時呼び止めたのか分からなかった。
「あの、さ」
口がひとりでに話すみたいな、不思議な感覚。
「一人よりも、二人の方が見つかるかもしれないし」
腰を上げ、太陽の眩しさに目を細めながら。
「手伝うよ」
似合わないことをしたと思った。何が似合うのか、わからないくせに。
けれど、これでいいと思った。何がいいのか、わからないけれど。
「・・・・・・」
少年は小さな驚きを浮かべていたものの、「ありがとう」と笑った。
「前、頼んでもいい?」
大人だろ?と冗談交じりに言い、荷台にまたがる。
「・・・・・・任せてよ」
大人だと笑い飛ばし、受けとったジュースを、一息に飲み干した。
炭酸がきつかったから、かなりしんどかったけれど。
とても、懐かしい味がした。