36日目②:龍之介の最期のお願い
夜になっても不安は拭えない
気分転換に家の掃除をしてみる。しかし、落ち着かないものだ
それが一通り済んだ後、午前と同じように俺たちは座って、昔の話をする
爺ちゃんと、鈴の話だ
「そうですね。私は・・・あの村というか、今は町ですけど・・・柳永町に戻り、そこで龍之介と出会いました。丁度、ヨシエが亡くなった頃ですね」
「じゃあ、十二年前ぐらいか」
「そうなりますね」
そして鈴は、昔話を始めてくれる
俺の知らない、知ろうとしなかった爺ちゃんの話を・・・
「龍之介は一人になってから、家の中で家政婦さんと共にのんびり過ごすだけだったんです・・・何もせずに、昔の事をずっと後悔していました」
「昔の事・・・?」
「はい。娘の育て方を間違えたこと。そして貴方に、何もしてやれなかったことをずっと悔やんでいました」
「違うんじゃないのか。俺は、爺ちゃんにそこまで思ってもらえるような・・・」
「いいえ。夏彦さん。私はもう嘘はつきません。嘘をつく必要がないのだから・・・真実をきちんとお話しますよ」
彼女の語りは、十二年前になる
爺ちゃんを放っておけなかった鈴は、彼の養子として、巽家に居候することになった
一応、家主である爺ちゃんには憑者神だという神様であること、治癒の能力が使えることも礼儀として話していたらしい
けれど、爺ちゃんはその能力を求めることはなかったそうだ
それは理に反するから・・・と
そんなじいちゃんは、ある趣味があったらしい
けれど、鈴がじいちゃんと共に暮らすようになってからその趣味はどんどん減っていき・・・現金になっては、一気に消えていっていたらしい
「龍之介は、骨董好きでしたから・・・それを売って得たお金で貴方の調査を興信所に依頼していたんです」
「俺の?」
「はい。そうでもしないと、あの子と関わり続けることはできないからと、龍之介が。もしも、あの子に危機があれば助けてやれるように、とも言っていました」
母さんは爺ちゃんたちの唯一の一人娘。そして俺は、爺ちゃんたちの唯一の孫息子
そんな一人娘が捨てた俺を、自分たちとのかかわりを拒否した俺を・・・どうにか見守れるようにしていたのか
そんなことにさえ、気づけなかった自分にも嫌気がさした
「夏彦さん。龍之介は、いつか、孫としたかったことを私に話してくれました」
「・・・聞かせてくれるか」
「はい。まずはキャッチボールです。父親と息子のコミュニケーションといえば、とか」
「ああ・・・したな。そんなこと」
「ヨシエが生きていたら、一緒に料理をするのも楽しかったかもしれない。いつか、一人暮らしするから、自炊できるようにしておいた方がいいだろうと」
「自炊は簡単なものならできるようになったな。鈴のお陰で」
「それと、一緒に買い物も」
「何度も鈴と行ったな・・・もしかして鈴、爺ちゃんがやりたかったことを?」
もしかしたら彼女は、爺ちゃんの遺志を受け継いで、俺と色々な事をしてくれたのかもしれない
そう思うと、彼女を俺のせいで家庭の事情に巻き込んでしまい・・・申し訳なさも覚えてしまう
「・・・言われてみれば、確かに。でも、私は全然意図していなかったんですよ。ただ、偶然・・・夏彦さんと一緒にそれをすることになったんです」
俺が抱いた疑惑を払うように、彼女はそう告げる
「龍之介が夏彦さんの事を語らない日はありませんでした」
「そうなのか・・・?」
「ええ。龍之介はずっと、夏彦さんを大事な孫として気にかけて・・・貯金をコツコツしながら余生を過ごしました。もし、夏彦さんに「やりたいこと」が見つかれば、その資金に充ててほしいと願って」
「知っていたのか」
「ええ。一応名目は何もしてやれなかった。娘から守ってやれなかった「慰謝料」として渡されていることも。全然使わないなって思ってたら、私の為に使うなんて・・・」
「なんだか罪悪感がな。何もできていないのに、こんなもの貰って・・・でも、爺ちゃんが残してくれたものだから、手放すのもなんだか気が引けて・・・俺みたいな何もしてやれない孫に、こんな財産残して・・・義務感があったんじゃないかって思うよ」
「逆ですよ」
鈴が、俺の手を握り、言い聞かせるように・・・俺の目を見て語り掛ける
「龍之介にとって「孫ができた」という事実が一番の喜びだったんです」
「・・・俺が?」
「はい。元々、夏彦さんの母親は浮いた方でして、龍之介もかなり心配していたようなんです。だから結婚して、夏彦さんが生まれたことが凄く嬉しかったそうなんですよ」
「・・・そう、なのか」
「はい。一番身近にいられなくても、お爺ちゃんはお爺ちゃんになれて嬉しかったというのを、伝えたいと、言っていました」
けれど、それは叶わなかった
やっぱりか、と思うけど・・・自分が何もしてこなかったことに対して申し訳なさや罪悪感が降り積もる
こんな爺ちゃんのところに孫として生まれることができたのに、俺は・・・
「龍之介は最期に、自分が死んだら夏彦さんの元へ行ってほしいと頼みました。あの子は放っておいても大丈夫だとは思う。けれど心配なんだよ、神様って・・・」
「俺の大事な孫は、娘のせいで元に戻してあげられないぐらい歪んじまった。本来享受するべき幸せを受けずに育っちまった。それを、受け入れられないようになってしまったのは、周りにいた俺にも非があるから、どうか、神様」
「今からでも、遅くないと思うんだ。どうか、あの子を俺の代わりに見守ってくれ。俺の大事な孫を、幸せにしてやってくれって」
「・・・そう言って、龍之介は亡くなりました。最期まで、貴方の事を案じていました」
鈴の話が終わるころには、俺の目からは涙が流れ落ちていた
「・・・そこまで?」
「はい」
「俺は、本当に・・・」
「後悔してももう、時間は帰ってきません」
「そう、だな・・・」
けれど、あの時の俺がもう少し彼らとのかかわり方を変えていたら、未来は大きく変わっていたと思う
それほどまでに、真実は残酷なほど俺に優しかった
「・・・鈴」
「なんでしょう」
「・・・俺、爺ちゃんにそんな風に大事にされていたんだな。全然気が付かなかったや」
「仕方ありませんよ。でも夏彦さん」
「・・・?」
鈴が、俺の目元にたまった涙を拭いながら、俺が爺ちゃんにできることを耳打ちしてくれる
「・・・できるのか?」
「はい。貴方ならできると思います」
「・・・じゃあ、今度、爺ちゃんと婆ちゃんの墓参りについてきてくれるか?」
「はい。ぜひ、お供させてください」
きちんと話せばよかったと何度も後悔する
もう少し、きちんと関わっておけばと何度も後悔する
けれど、今からでもそれは遅くない。まだ、間に合うから
「そうですね。夏彦さんであれば、神語りで・・・ヨシエは難しいでしょうけど、龍之介の霊体と話すことはできると思います」
「期限は四十九日。霊体が現世に留まれるリミット」
「ええ。そろそろ期限なので・・・そうですね。なるべく早く・・・」
「明日にでも行こう。今度は、後悔したくないんだ」
「早速ですね。わかりました。準備しておきますね」
「ありがとう」
新たな予定が埋まり、今日はこれでおしまい
優しい事実を受け止めながら、後悔が渦巻く
そして俺はその全てを明日、爺ちゃんの前に告げに行く
今度は、後悔しないために




