35日目→36日目:始まりはいつだって同じように
神堕としの儀式の打ち合わせが終わり、俺たちは自宅に戻った
一馬先輩は拓実先輩・・・ではなく、スーツ姿の男性と、トランペットケースを大事に持っている女性が迎えに来てくれた
二人は一馬先輩に駆け寄り、同時に溜息を吐いた
「一馬兄さん・・・外で寝るなんて珍しいね。再入院したらどうするんだよ、もう。やっと復職できたのにさ・・・」
「・・・全く、まだ本調子じゃないのに。すまないな、奏、手伝ってもらって」
「双馬兄さんの頼みだもん!いいに決まってるよ!」
男性の方が一馬先輩を背負い、女性の方が先に車の方へ進んでいく
言葉にしなくても、互いが何をしてほしいかわかっているあたり兄妹・・・なのだろうか
「ほら、扉開けたよ。一馬兄さん寝かせて家に帰ろうか」
「ああ。そうだな。しかし、奏、司と二人で良いのか?俺も・・・」
「ばーか。自分の家族を優先させなよ。双馬兄さん」
「ありがとう、奏」
「いいって。すみません、兄が・・・起きたら連絡させますね!」
「いえ。お気になさらず・・・」
「行くぞ、奏。みなさん、ありがとうございました」
そして、一馬先輩は二人の弟妹と共に自宅へと戻っていた
拓実先輩は行きの車を運転していた車椅子の男性と、不思議な天衣を揺らす男性に確保されながらどこかへ連れていかれた
「遺言は考え終わったか、拓実?」
「・・・あれ、ガチだったんです?冗談じゃ、ないんです?」
「雅文と蛍と巴衛も待ってるよ。行こうか・・・た、く、み?」
「ちょ、拓真。握力握力・・・指の骨折れるって・・・ああ、引っ張るな!?全速力で引っ張るなって!もげる!もげるから!」
「・・・今日の冬月家は真っ赤だな」
「また彼方ちゃん体調崩すね・・・あ、噂をしたら」
『巴衛の電動のこぎりは黒だとわかるけど、冬夜が急に包丁を研ぎ出したのは拓実襲撃用かしら?それとも普通の料理関係かしら?どっちだと思う?』
「「うーん、よりによって一番ジャッジが難しいのが・・・」」
新橋夫婦の見送りを受けながら、拓実先輩は死地へと運ばれていったようだった・・・南無
去り際にポケットの中に、連絡先を書いた紙を入れてくれていた
・・・明日、生存確認も兼ねて連絡を入れてみようか
二人がいなくなった後、俺は覚たちに声をかけた
「ごめんな、夏彦。色々話したいことはあるんだが、今はこっち。後で落ち着いて話そう」
「ああ。わかったけど・・・丑光さんは大丈夫なのか?」
覚の背で眠る丑光さんは、その顔に疲労が浮かんでいた
覚の家が焼けた時、彼女も巻き込まれているはずだった。
無事だったことに安堵したが、相当とんでもない目に遭ってしまったであろう彼女は眉間に皺を作ってうなされていた
「ああ。色々あったし、怖い目にもあったし疲れたんだろう。俺が送り届けるから」
「家の場所わかるか?」
「わかるよー。流石に女の子一人で帰らせるわけにはいかない時もあったしね。何回か送っていったことあるから平気平気」
そう言いながら彼は手を振りながら帰路を歩く
そして、新橋夫妻と軽く挨拶をした後、二人も家に戻っていた
その場に残されたのは、俺と鈴、そして東里
そういえば、戌と子は気がついたらどこかに行っていたな・・・動けるようになったのはいいことだと思うが、怪我とか大丈夫だろうか
また、会えるだろうか。あの二人に
「夏彦」
「・・・東里」
「色々話したいことがある。僕のこの耳の事。覚の事、丑光さんの事、戌の子と子の子を取り巻く事・・・沢山あるよ」
彼は、誠意の籠った声でそう告げる。俺と鈴はそれを無言で聞き続けた
「隠していたことは謝らない。僕らにも事情があるから。けれど、きちんと話させて」
「・・・わかった。落ち着いてからな」
「うん。ちゃんと全部話すから」
東里はそう言って、自分の帰路へ着く
その前に、俺たちの方を振り返った
「夏彦!」
「なんだ?」
「神堕としが終わるまでの一週間。しっかり休みなよ!」
「いいのか?」
「当然!覚にバリバリ働いてもらうから、安心して休んでよ!」
・・・と、いうように東里から気を遣われた俺は、一週間の休みを貰ってしまった
もちろん、それはすべてだらけて使えるという訳ではない
心の準備、体を整える・・・色々とやることはあるのだ
残り六日、いつも通りの時刻に目覚める
目覚まし時計のセットを忘れるほどに疲れていた身体を起こす
それほどまでに、昨日は色々ありすぎた
「・・・風呂にも入っていないのか」
寝巻ではなく、昨日来ていた私服を眺めながら、その事実に気が付いて頭を抱える
たった一日ぶりなのに、いつもと変わらないのに
何日も帰ってきていなかったかのような錯覚を抱きながら、自室を出ようとすると丁度そこで、彼女と出くわした
「あ」
「あ・・・」
丁度俺を起こしに来てくれたのだろう。時計は八時一分を指していたのだから
「おはようございます、夏彦さん」
「おはよう、鈴。起こしに来てくれたんだろう?すまないな、待たせて」
「いえ。昨日は色々ありましたし・・・もう少しゆっくりしなくても大丈夫ですか?」
「いや。寝すぎるのも体に悪いからな。それに、鈴の朝ごはんもちゃんと食べたいし、起きるよ、ちゃんと」
「そう、ですか・・・はい!今、準備します!身支度を整えてから来てください。寝ぐせ、凄いですよ」
「ああ。まずはシャワーでも浴びてくるよ。だから少し時間かかる」
「わかりました。では、ゆっくり準備しておきますね」
鈴といつも通りの会話をしつつ、俺はゆっくりと行動に移り始めた




