+)巳芳家の来訪者
一方・・・
「すぴぃ・・・」
三つ子に囲まれて、俺と東里の先輩は呑気に寝息を立てていた
「・・・一馬先輩はよく悠長に寝てられますね」
「だなあ・・・はあ、俺の家。本当に元に戻ってんのかなあ」
ここに来る前のことを、思い出す
夏彦と鈴が車に乗せられた後の話だ
・・・・・
「いやはや、慌ただしい感じだったな」
四人を見送った後、俺たちは一息つく
しかし気になるのは、拓実先輩が最後に言い残した言葉だ
「しかし、東里。お前大仕事があるらしいじゃん?」
「らしいね。多分、この流れでいくと・・・神堕としかも。文献探しに実家に一度戻るよ。あとは任せていいかな」
「おう」
東里は立ち上がり、そのまま家を出ようとする
すると、ちょうどいいタイミングでチャイムがなった
誰かきたらしい。けれど、宅配とかの予定はないし・・・来客だって滅多にこない
「出てこようか?」
「いや。嫌な予感がする。居留守を使え」
「わかった」
それからもしばらくチャイムが一定周期で鳴らされる。今度はノックも追加された
不気味な空気に、他人事のようにしていた恵ちゃんも気を引き締めてくれる
「・・・覚。正直にいいな?またメンヘラひっかけた?」
「先輩、こういうのはちゃんと謝った方がいいですよ」
「二人とも酷いね!?俺、ここ六年フリーなんだけど!?」
しかし二人の疑いの視線は変わらない。事実だというのに・・・これが日頃の行いというやつか。過去の自分の行いを恨みたいね
「嘘は言ってないのかな。まあ仮に信じるとして・・・来客は夏彦がひっかけた子じゃないよね。顔がいいし、色々と親身になってくれるからかたまに変なの引っ掛けるじゃん。ここに運んだの見られて、ここに襲来とか?」
東里の予想のおかげで一人、夏彦関係の変な女を思い出す
あー・・・思い出しただけで胸糞悪いの一人いたわ。やめろよな、思い出させるの
「それはないと思う。あいつの彼女は奴以外皆割り切っていた」
「以外、割り切っていた・・・たくさんいたのかな、そういう関係の人」
あ、恵ちゃんは知らないのか。これは夏彦に申し訳ないことをしちゃったかも。まあいいか
「まあそうだろうね。しかし彼女のことはよく覚えてるね・・・。僕でも付き合ってたなーぐらいだったのに」
「お前知らねえの?その時の女。夏彦と別れた後に「今は素敵なカレピとお付き合いしてます」とかメール送って、さらには結婚式まで招待して、今も子供の成長記録送りつけてる頭のおかしい女なんだから嫌でも覚えとくだろ」
「なんですかその人・・・先輩、やめてとか言わないんですか?」
「言った言った。「私に写真と文面を送る時間も無駄ですし、その時間を子供さんに当てて欲しいです。もうやめて頂けませんか?」って送ったら「幸せ妬み乙」って返ってきたらしい。マジあたおか」
アドレス変えろよとは言ったけど、仕事の関係でアドレスも変えられないらしく放置を貫いている
一ヶ月に一回程度の自慢話らしいし、放置しておいても問題ないと考えているらしい
なんとも楽観的な・・・と呆れたが、あいつらしい選択と言えばらしいと言えるだろう
「・・・巽先輩、大変ですね」
「昔っからだよ。さて、こんなに居留守を使っても全然止まないね」
時間稼ぎの会話もネタが尽きたので終わりだ
まだまだ音は止まない。予想外の来客はまだ、外にいる
「全然だね」
「どうします?でてみます?」
「・・・俺が出てみるよ。二人とも警戒は解かないでね」
慎重に立ち上がり、扉の前に近づいてみる
ノック音が大きくなる。そりゃあそうだろう。近づいているのだから
「あれ、夏彦ちゃん・・・いつもならこのノックで開けてくれるのに」
扉の外から、女性の声
夏彦ちゃん・・・彼女は確かにそう言った
この扉の先にいるのは、夏彦の来客
しかし今まで、あいつのことを「ちゃん」と呼ぶ人間はいなかったはずだ
「・・・夏彦ちゃんか」
しかし、その呼称を夏彦本人から聞いた気がする
昔、昔・・・それこそ出会った頃ぐらいに
『昔、日向というお姉さんに面倒を見てもらっていたんだ。俺のことを、夏彦ちゃんと呼んでくれて・・・』
「・・・日向」
かつて幼い夏彦の面倒を見ていたらしい女性
夏彦にしか見えておらず、それでいて夏彦ちゃんと呼んでいた幽霊みたいな女性
・・・まさか、その日向なのか?
心当たりはこれ以外ない。ダメ元で声をかけてみようか
「・・・なあ、あんた。日向か?」
扉の向こうにいる存在に声をかけてみる
その名前に反応したのか、動きが止まった
「・・・夏彦ちゃんじゃない。あんた、何者?」
「俺は巳芳覚。この家の主人だ」
「・・・柳永を潰した男の子孫か。まあいいか。夏彦ちゃんは?そこにいるの?」
「ここにはいない。もう別の場所に移動した」
「そう。じゃあ、もう一つ」
声のトーンが低くなる。怒気と殺意を孕んだその声に足が竦むが・・・思考をフルで動かし理性を保つ
夏彦がここにいるか否か、それは重要事項だけどそれと並んでもう一つ何かあるのか
非常に、嫌な予感がする
「戌と子は、ここにいるの」
「・・・なんで」
「いるの?」
「・・・」
「い、る、の?」
何度も扉を叩いて日向は問いただしてくる
むしろこの問いが本命?なんなんだこの女は・・・!
「答える気がないの?巳芳覚」
「・・・そういうわけでは」
「沈黙は肯定、よね?」
肌が焼きつく感覚を覚えた
嫌な予感がして後ろに探ると、うちのドアが一瞬にして溶け落ちた
何が起きたのか一瞬理解できなかったが、扉の先にいた彼女の姿を確認するとその理由も頭で理解することができた
その先に立つのは白い着物姿の女性
日本人形のような黒髪に憎悪に歪んだ表情は、正直呪いの人形かよなんて余裕のある時はほざいただろうけど
今はそんな茶々を入れる余裕はない
その女からは確かに「同じ」気配がする
東里と恵ちゃんとは違う完成された姿。二階堂鈴の気配をさらに濃くしたような存在は間違いなく・・・!
「あの子を傷つける人間は、二度と太陽の元に出さないって約束したから」
熱風が部屋の中に吹き渡り、壁に飾っていたものが一気にこちら側へ押し出される
「戌と子を出せ。焼き殺してやる!邪魔をするならお前らも・・・殺してやる!」
目の前にいる女は「神様」だ
しかし日向なんて、太陽に関わる名前・・・規則に拘る習性を持つような神々が、偽名であろうとも最高神に関わる名前を用いるわけはない
そうなったら、この女の正体は間違いなく・・・
「ははっ・・・夏彦、やべー奴ひっかけやがって」
どんな女でも、この女を超えるヤバイ奴はいないだろう。今代の神語りはとんでもない逸材らしい
まさか、最高神まで誑かすとは
「今代の神語りは神様の間でもモテモテなんですかい、太陽神殿?」
「質問にだけ答えろ。半端者。住処を燃やすぞ!」
「もう燃やしてんじゃん!何してくれてんの!?」
玄関先に置いていた靴箱に火を灯し、そこから家中に火が回る
熱気が周囲を包み込み、我が家は一瞬のうちに火の海だ
「・・・出せ」
「やなこった」
後ろに目配せすると、東里は既に逃げているらしい
判断は正しい
しかしなんで彼女を残したままなんだ!
「あ、ああ・・・」
部屋の奥で火に囲まれる恵ちゃんは、まだ取り残されたまま
太陽神と対面している俺は今、そちらにはいけない
どうする、どうする
・・・どうすれば、彼女を救える?
来る日の為に用意していた呪詛を使って神を足止めできるか?
しかし神を呪った後のリスクは、未知数だ
最悪、八百万の神々を敵に回す可能性だってある・・・流石にこれは
「あーあ・・・予感は外れて欲しかったんだけどなぁ」
ふと、聞き覚えのない声がした
考えを巡らせている間に、俺と太陽神の間には二つ尾の狼が立ち塞がっていた
「巳芳智にそっくりだな、子孫は」
「え、あ・・・」
先祖のことを知っている。そんな狼には心当たりはない
こいつは一体・・・
「話は後だ。・・・今すぐ後ろの女を連れて逃げろ」
「・・・誰かわからないけど、恩に着る」
「ここを出たらお気に入りの元へ行け。わかったな!」
風を纏い、炎を纏い、狼は太陽神の元へ駆けていった
時間稼ぎの為だろう。どういうことか本当にわからないけれど、今はまずやるべきことがある
狼のことも、太陽神のことも気にしている場合ではない
後ろにいる、彼女が優先だ
「恵ちゃん!」
火がさらに回っている家の奥で震えている彼女の元へ俺は向かっていく
肌が焼けるように熱いし、息だって苦しいけれど
それでも、行かなければいけない
彼女は、失うわけにはいかないから
「先輩・・・」
「もう大丈夫。ベランダから飛び降りるから」
「・・・」
「力、入らない?」
「・・・はい」
俺の服の裾を掴んで恵ちゃんは震え続ける
「火が、怖いんです。動かないと行けないとはわかっているんですけど、怖くて、足が動かなくて・・・」
「そっか。頑張ったね。恵ちゃん」
こんなところで抱きついている場合ではないけれど、少しは安心できるように彼女の背中を撫でる
半泣き状態だった恵ちゃんの目元に溜まる涙を拭い、俺は彼女の体を抱き抱えた
それから憑者の力を解放して、窓の方へ近づいていく
「後は俺に任せて」
「・・・はい」
飛び降りる前に、しっかり掴まるように指示をして俺は自宅を後にする
それから窓を飛び出て、東里と合流したのは昼間のことだ
その後のことは、夕方の対面まで魔狼・・・夜ノ森小影と太陽神の動向は俺たちが知る話ではない
・・・・・
「・・・」
数時間前のことを思い出している間に隣で無言のまま座っていた恵ちゃんに動きがある
俺の肩に頭を乗せてくれたのだ
太陽神が俺の家を襲撃した時、彼女は部屋の一番奥にいた
それに驚いて、腰を抜かして・・・俺に抱えられて逃げなければ今頃・・・
今まで状況が許してくれなかったけど、今は落ち着いて先程の事を思い返せるようになった
恐怖心が戻るのは、無理はない
ここは少し話し相手になってやろう。頭の中を整理するのも、心の声を言葉にしてもらうのも・・・大事な事だから
「あれ、恵ちゃん。珍しいね。君から寄ってくるなんて。怖かったもんねえ、よしよし・・・ん?」
「・・・すう」
「・・・こっちも寝てるんかい」
安心したのか、疲労もあったのか・・・彼女も眠っていた
無事に落ち着いたことに俺も安心を覚えながら、俺は彼女の首に指を這わせる
「・・・せっかくだし、貰っておくね」
東里にバレないよう、指先を蛇に変化させ、彼女の首にいつも通りかぶりつく
そして、そこを経由して彼女の中の膿を取り除いていった
あーあ、また溜まってる。しかも周期が早くなってきている。勘弁してほしい
彼女の負の感情を取り除きながら、俺は天井を眺める
一体いつまで、こんなことを続けないといけないのか、と
彼女の中にある爆弾が破裂しないことを祈りながら、俺はもう一つの仕事を、密かに終えた




