神様からの贈り物
「とりあえず、夏彦ちゃん。話を始めていいかな」
「ああ。構わない」
なぜか地面に腰かけて、俺は日向と向かい合うように座っていた
隣に、鈴がさりげなく腰かけてくれる
「とりあえず、夏彦ちゃん。戌は後でぶち殺すね」
「好きにしたらいいんじゃないのか」
「わかった。で、夏彦ちゃんに話したかったのは神堕としのことなんだよね」
日向はポケットからそれを取り出す
それは、包帯のような、なんというか、白い布切れだ
そしてもう一つは、この世で見たこともないような光を閉じ込めた結晶の首飾り
「これは?」
「・・・その前にね、夏彦ちゃん。私から一つ言いたいことあるんだ」
「なんだ」
「・・・私、一応太陽神だよね。上位神に位置づけられる存在なんだよね。私は、昔の夏彦ちゃんが心配で、関わっているうちに巽夏彦の人格を気に入って、手助けしたいと思うようになったの。適当具合が激しいけど、根は真面目で、まっとうな君をね」
「ああ。なんかさっきそんな感じの事言ってたな・・・」
適当具合が激しいと、要所要所で言われている・・・直した方がいいのだろうか
しかし、深く考えるのも面倒くさいし、まあいい。どうでもいいだろう
どうせ、それが問題になるのは今回ぐらいだろうし
「けど、それは私だけじゃない。それはね、向こう側で夏彦ちゃんを見守る神様からの贈り物。受け取ってくれる?」
「・・・神様からの。俺なんかが受け取っていい代物なのか」
「受け取ってもらわないと困るよ。夏彦ちゃんの為に必要なものだから。一つは今更過ぎるんだけどさ・・・皆で作ったんだよ」
慎重な手つきで、まずは首飾りを俺の手の上に乗せる
「これは、神語りの力を抑える結晶体。それを身につければその間は私たちの姿を視認できなくなるから。その逆も当然だからね」
「確かに、今更だな」
この首飾りを付けている間は、俺は神語りの力を封印できるらしい
そして同時に、神様側からも俺の姿は視認できなくなるようだ
凄く便利な道具だ。もっと早くに欲しかった気がしなくもないが・・・せっかくの厚意を無下にすることもできないし、口に出かかった思いは必死に呑み込んだ
「お化けも見えなくなるよ」
「それは嬉しい話だな。ありがとう、大事にするよ」
今はまだ、日向と話すことがあるから、その飾りをつけることはできない
手で首飾りを包みながら、俺はそのまま彼女と話を続ける
「もう一つはこの布」
「包帯みたいだが・・・これは?」
「これはね。神堕としの後に、代償に選ばれた部位に巻いてくれるかな。そしたら理由がわかるから」
「あ、ああ・・・じゃあ、これもありがたく受け取るよ」
布は神堕としの代償に・・・・って、日向はどこまで知っているんだ
太陽のない場所での話は知らないはずではないのか・・・?
「一応、月神とか、土地神とも関わりがあるから、夏彦ちゃんの動向はどこにいても把握してるよ」
「なるほど」
さりげなく思考を読まれた気がする。頭の中の疑問を日向に答えられながら、俺はふと、見守ってくれている彼らの姿をある人物と重ねてしまう
・・・若干、神様が東里の集団に思えてきた
申し訳ないが行動がそっくりの為、順当のような気がする
逆に怖い。あいつは人間で単独犯だから対処が可能だ
しかし、神様相手だと対処できない
・・・よくよく考えれば俺は、神に四六時中見守りという名の監視をされていることになるのではないか
・・・この首飾り、重宝しよう
「神語りの力の事は聞いたみたいだね」
「ああ」
「神堕としの事も」
「ああ」
「大変だよ、あの儀式」
「わかっている。それでも俺は、彼女を人に戻したい。そう思ったから、神堕としをするんだ」
「・・・そっか。じゃあ、話はこれでおしまい。私は夏彦ちゃんに贈り物を届けに来ただけだから。後、戌ね」
「・・・・!」
背後の戌の少女は、遂にか、というように身構える
流石に可哀想に思えてきた
そして、今この場で日向にお願いできるのは俺しかいない
彼女には色々といいたいことがあるが、殺されるのも夢見が悪いし、ここは日向の動きを止めておこう
「・・・日向。殺すのはやめてくれ。彼女にも事情があったんだろうからさ」
「・・・甘いねえ。そんなんだから首、噛みつかれるんだよ」
「それでもだ。頼むよ」
「お願いは断れないね」
日向は息を吐いて肩をすくめた後、戌の方に振り返る
「夏彦ちゃんの温情に感謝しなよ。戌の子。私はいつだって、貴方の事焼き殺していいんだからね」
日向の言葉の後に、戌の子は無言で首をぶんぶん振る
それを見た日向は、その様子を面白がりながら俺たちと距離をとった
「それじゃあ、私のお役目はこれで終わり。後は夏彦ちゃん自身の力で頑張ってね。私たちは見守ってるからさ」
「色々とありがとう日向。贈り物も大事にするからさ」
「うん。そう言ってくれると、きっと最高神も喜んでくれるよ」
「・・・今なんて」
「それじゃあ、またいつか会おうね、夏彦ちゃん!」
日向は俺に別の疑問を残して再び姿を消す
あの時と同じように、瞬きの間に消えてしまった
しかし、今度は彼女がここにいた証明が残っている
俺は首飾りと布を握り締めて、息を吐く
唐突に表れて唐突に消えるのは変わりない。けれどそれが彼女らしい
首飾りを首にかけて、鈴の方を見る
「夏彦さんはとんでもないものを誑かす・・・」
「・・・そうだな」
「けれど、そのお陰で何やらいいものが手に入ったような気がします」
「首飾りは一生重宝するものだが、布は・・・一体何に使うんだろうな」
二人で話していると、新橋さんが一回だけ、意識を注目させるために咳ばらいをする
「まあ、とりあえず・・・外で話すのも大変だろうから、うちに上がれ。疲れているだろうけど、儀式の日取りを決めてから休もう」
俺と鈴は顔を見合わせて、その提案を飲み、新橋家にお邪魔することになる
色々あったが、やっと神堕としの話を本格的にできることに、不安とそして安堵を覚えながら俺たちは膝についた土を払い、新橋さんの招く方へと進んでいった
・・・・・
新橋家で神堕としの儀式の流れを事前に確認しておく
儀式に参加するのは俺と鈴そして、新橋夫婦
術式は小影さんが、そして神職として儀式を進める役は夏樹さんが担当してくれるそうだ
後は全員お留守番
拓実先輩は巻き込まれずに済んだのを安心しているかと思えば、夏樹さんの方を心配していた
「大丈夫なんですか、夏樹さん。こんな厄介ごと・・・」
「ええ。平気ですよ。心配性ですね、拓実さん」
・・・どうやら、彼女が件の女子高生のようだ。どんな奇妙な縁で彼女と拓実先輩は関わるようになったのやら
「夏樹さん。夏彦は高校時代の後輩なんです。面倒な奴ですし、馬鹿ですし、思考は浅く、適当さが目立つ男ですが」
「おい」
「・・・根はいい奴なので、よろしくお願いしますね」
「そうだったんですか・・・しかし、拓実さんの出身校は沼田・・・」
俺と拓実先輩を交互に見ながら夏樹さんは首をかしげる
「まあいいか」
「貴方も大概物事を深く考えませんし、追求しませんよね・・・そこにこの狼のような大型犬が漬け込んだことを努々お忘れなきよう・・・」
「漬け込んだのはお前もだろうが・・・」
「おや、否定しないのですね。「よ・の・も・り」君?自覚症状ありですか?他の四人呼んで、貴方の悪行を追求しても構わないのですよ」
「ここぞとばかり旧姓で呼ぶな。それに悪行具合ならお前も大概だろうが!お前と正二だけには言われたくないわ!」
「ふん。こちとらもう足を洗って証拠を消滅させました!追求できるもんなら追求してみてやがれってもんですよ!」
自分の先輩と、自分の友人たちの恩人は揃って立ち上がり、子供のように言い合いを始める
話がまとまったので、お暇しようとしたが・・・許してくれないようだ
この状況は問題ないのか、と夏樹さんの方を見ると、彼女はその真ん中で悠長にお茶を飲んでいた
まるで、この状況がいつも通りの事だと言わんばかりに落ち着いている
「しかしお前も雪季も正二も悠翔も、修も未だに諦めてないの本当にムカつく・・・!」
「生きていたら正太郎も認めていないし、諦めてもいないでしょう。むしろ彼が生きていたら我々に勝ち目はありませんが」
「まあ、な・・・」
二人の間に沈黙が入る
悠長にしていた夏樹さんも、何かを思い出すように湯飲みの中のお茶を眺めていた
「とにかく、残された選択肢の中で、夏樹さんが貴方を選んだのは、私たちの間では終末後の一番の謎だと言われ続けている案件ですから、全員抗議したくもなりますよ」
「しんみりした空気を作ってからなにを言うかと思えばこの男は!?何度も言うが、夏樹が選んだのは俺だから!お前らじゃないから!いい加減諦めろ!」
「ちぇっ・・・夏樹さんも冬月家状態になればよかったのに・・・そしたら皆笑顔で愉快で幸せな日々が待っていたというのに・・・」
「嫌です」
拓実先輩の馬鹿な発言を笑顔で拒絶する夏樹さん
彼女も大変そうだ。あんな変なのに懐かれて・・・
「それに私は小影の事が大好きですし、子供たちを愛していますから」
「え、俺は好きで留まるの?子供たち同様愛してるじゃないの?」
「さっきの小影は私から助けてもらう前提で動いていて、すごーーーく!かっこ悪かったので、しばらくの間ワンランク下がります。ビーフジャーキーはお預けです」
「なんだって!?」
小影さんは、頼りがいのある人かと思えば、思っていた以上に・・・何というか、うん
ポンコツ気味で、反応を全力で返してくれる点とか・・・親しみのある人で、とてもじゃないが長だとか言われるような存在には思えなかった
「・・・人間嫌いの狼が、ここまで人間の少女に絆されているなんて。時代は変わるものなんですね」
隣に座って様子を見ていた鈴の一言から察するに、彼は人外であり人間嫌いだった
それが、どうしてこうなったかはきっと・・・別の話
「・・・まあ、色々あったんですよ。とにかく、二人はまず喧嘩をやめてください。お客様の前ですよ」
夏樹さんの嗜める声で、二人の男は大人しく腰かける
そしてそのまま話は彼女が中心に、そして、話し合いの内容をまとめてくれた
「儀式は一週間後。巽・・・夏彦さんのお仕事のお休みに合わせて、ですよね?」
「はい」
「その間に、私たちは儀式に必要なものの調達ですね。頑張りますよ、小影、拓実さん。ついでに雪季君たちにも連絡しておいてくださいね」
「さりげなく関係ない四人も使うんですね・・・まあいいですけど」
「巽さんたちは体力の回復に努めてください。ゆっくり静養して、儀式に挑みましょう」
「はい。ありがとうございます、何から何まで・・・」
「いいんですよ。誰かを救いたいという気持ちはわかりますから」
「そう、なのですか?」
「ええ。私も、かつて消える運命にあった大事な人を救いたいと願い、儀式に挑んだことがあるんです」
湯呑を置いて、彼女は笑顔のまま語り始めてくれる
「・・・けれど、失敗してしまったんです。こんな時にする話ではないんですけどね」
「その、大事な人は・・・」
「完全に、この世界から切り離されてしまいました。私たちの記憶の中以外、彼がいたという証拠が無くなってしまったんです」
家事が得意で、野菜を育てて家計を助けたしっかり者の男性だったんですと、彼女は付け加えた
「私は、もう四年前の私と同じ思いをする人がいなくなってほしいと思って、ずっと勉強していました」
そして彼女は俺と鈴の手を握って、目を見て話してくれる
自分の思いを、真意を、真正面から伝えるために
「鈴さん、貴方に「人に戻りたい」という意志があるのなら、私はそれを叶えるために全力でお役目を果たします」
「夏彦さん、貴方に「彼女を人に戻したい」という意思があるのなら、私はその想いを叶えるために共に立ち向かいます」
そして、俺たちの手をしっかりと握って最後に・・・
「一週間後、頑張りましょう!私にできる全力で、二人をサポートします!」
そう、明るい声で俺たちに向かって笑いかけてくれた
その言葉の後、俺たちは互いに目配せして、彼女の手を握り返す
「ありがとうごさいます。俺も鈴の為に全力を尽くしたい。貴方の力を、貸してください」
「お心遣いありがとうございます。神堕としの儀式、私もできることは頑張ります。よろしくお願いします」
「ええ。任されました!」
彼女は俺たちを安心させるように、笑みをその顔に浮かべ続ける
しかし、その指先は震えていた。彼女も不安なのだろう
俺たちだって不安だ。けれど一度失敗を経験している彼女が俺たちを鼓舞してくれている
その思いにきちんと答えたい
心の中でそう意志を固めて、その日は解散となる
それは、自由が利く、儀式前の一週間がゆっくりと動き出した瞬間でもあった




