知りたいこと、そしてその先に待つものを
「神堕としというのは、神語りが、憑者神の中に入った神様と語り、許可を得たうえで、その神様の部分に触れ、抜き取り・・・憑者神を人に戻す儀式」
流暢に語る小夏の姿を目で追いながら、俺たちはその説明をしっかりと聞いていく
「神語りと憑者神。そして、儀式を見届ける神職と儀式展開を行う術者。最低四名が必要だ。一つでも欠ければ神堕としは遂行できない」
「逆に言うと、その四つさえ揃っていれば・・・」
「ああ。儀式自体は遂行できるというものだ!」
しかしそれだけでは終わらない。小夏の説明はまだまだ続く
「ついでに言えば、今ここにいるような日の差さない地下空間が望ましい。特に、夏彦の場合はな」
「どうしてだ?」
「お前が幼少期に出会った日向という女性。おそらく上位神・・・太陽神様だろう。太陽に関する名前を持っていいのは、それに関わる神様だけだ」
「・・・雪霞様でも視認できなかった上位神を」
「うむ。それほどまでに力が強い夏彦が儀式を遂行するのは問題ないと思う。しかし、お前が傷つくことがあれば太陽神がすっ飛んでくる可能性がある」
日向の「あれ」は冗談ではなかったのか
息をのんで彼女の説明を聞き続ける
「だから、太陽が見えない場所で行わなければならないと推測できる」
「・・・そう、か。ってちょっと待て小夏。まさか・・・それが冗談じゃないなら・・・」
「・・・おそらく、戌と子の元に太陽神がいるのではないか?お前を傷つけた報復で」
「・・・新橋さんがいなくなったのは」
「ん。流石に太陽神に暴れられるのは困るんだろう。今頃、戌と子の元に行ったと思う」
「夏彦さん、どうしましょう」
「どうした、鈴」
隣に立つ鈴が俺の服の裾を焦ったように引いてくる
そしてその口からは、衝撃的なことが告げられた
「戌と子は・・・今、覚の家にいますよ」
「・・・・はい?」
「・・・どうなっているのかはわからないが、とりあえず夏彦は神堕としの事に集中して」
「・・・」
「心配なのはわかる。だから、ちちに任せてほしい。ちちならばどうにかする。ちちは、皆助けてくれる。なんせ、ちちは、ちちだから!」
「わかった。信じるよ」
「ん。じゃあ、続きをしよう」
小夏は震えた手で文献を持って、俺たちに該当箇所を教えてくれようとするが、流石に見ていられなくなって俺と鈴は彼女の後ろに回り、支えるように座り込んだ
「心配なんだろう、小夏」
「・・・うん」
「・・・怖いですよね。そんな中、ありがとうございます。小夏さん」
「いいんだ。二人とも」
目元にたまった涙を拭いながら、父親の姿を思い浮かべる幼子は上を向いて、涙を流さないようにしていた
その行動に申し訳なさを覚えながら、俺は彼女を膝の上に乗せて座らせる
立ったままだときついだろうから
「私はちちから頼まれた。だから、子供に戻るのはもう少し後だ」
「うん。お願いするよ、小夏」
「終わったら、少しだけ、抱き着かせてくれ。少しだけでいい」
「わかった。いくらでも付き合うよ」
小さな少女の強さを受け止めながら、俺たちは彼女の紡ぐ言葉を聞いていく
儀式の時間は関係ないこと。いつ行ってもいいということだ
無垢な部分の供物が必要な事。それは、確実に機能を失い、永遠に取り戻せないこと
鈴はそれを知っていた。同時に俺が神堕としを実行した際に失う場所も
左腕は大きな損失だが、それ一本で鈴が人に戻れるのなら、お釣りが帰ってくるほどだ
「・・・大体、そんなところだと思う」
「ありがとう、小夏」
「ん。それと、儀式はいつやるんだ。私も手伝う」
「なるべく早い方がいいと思っている。次の休みでも、と考えているよ」
「そうか。ちちにそう伝えておくよ」
文献を閉じて、小夏はそれを床に落とす
それから俺の腹に顔を埋めてしまった
「・・・これでおしまい。私はわたしに戻る」
「ありがとう、小夏」
小夏の頭を撫でると、嬉しそうに尾が揺れた
それを見て、俺は小夏の頭を撫で続ける
鈴は彼女の背を優しく撫でてくれていた
・・・・・
しばらくの間そうしていると、小夏はゆっくりと眠そうな顔を上げる
途中ですすり声が寝息に代わっていたし、ひと眠りしたのだろう
そして完全に目覚めると、元気に、子供らしくはしゃぎ始めていた
「夏彦。上に戻って遊ぼう!こんなじめっと空気はもううんざりだ!」
「ああ、わかった」
まだ無理をしているであろう彼女に手を引かれて、地下空間を出ようとする
逆の手には鈴の手が握られていた
「小白と小瑠璃の事も紹介する!行こう!」
威勢よく飛び出した彼女の後を、俺と鈴は急ぎ足でついていく
そして地下空間を出ると、そこには・・・・・
「・・・偉い目に遭った」
「・・・ぷきゅう」
「なんなんですか、あの女の人・・・・」
若干煤汚れた覚、東里、丑光さんと・・・・
「・・・げ」
「・・・まあ、こうなるよね」
俺の顔を見るなり気まずそうに苦笑いをした二人
片方は見覚えがある
俺の首に噛みついた、戌の少女だ
もう一人の子はおそらく仲間・・・
そして、もう一人
長い黒髪を揺らした、もう秋だというのに半そでの白いワンピースと麦わら帽子という時期がおかしい格好をした女性
その女性の姿は、記憶の中にあるそれと変わらない
「・・・夏彦ちゃん」
「貴方は・・・・」
思い出した記憶の中にいる、俺の話し相手
日向と呼ばれた神様は、かつてと変わらない姿で、俺の前に再び現れた
「・・・あの時の夏彦ちゃんは大変だったもんね。色々ありすぎて流石に覚えてないよね」
「・・・日向」
その名を口にすると、彼女は嬉しそうに俺の元へ駆け寄ってくる
しかし、それを二人の少女が阻んだ
二人ともそれぞれ辰と狼の姿をとり、日向の前に立ちふさがる
「・・・夏彦さんに近づかないでください」
「太陽神。貴方の目的がわかるまで貴方を夏彦に近づけるわけにはいかない。説明のほど、お願いできるでしょうか」
「・・・二百年前ぐらいに竜胆が付いた子と、長の娘である小狼ね」
日向の眼光が鋭く光る
そして、彼女の周りに炎が回る。怒りを表すように、激しく燃え上がり始めた
「貴方たちは「まだ」だから放置してあげる。けど、抵抗するなら・・・」
そして「それ」は日向の影から出てきた
火傷の痕がいたるところにでき、綺麗な二つの尾は煤汚れ、毛並みはかなり荒れていた
遠くからでもわかる血の匂いを放つのは・・・
「・・・ちち?」
「小夏」
動揺しきった小さな少女が日向の元に行かないように引きとめる
「全く。夏彦ちゃんを傷つけた愚かな戌を殺しに行ったら、なぜか蛇と丑と卯がいて、抵抗しだすし・・・さらには長まで来るなんて、面倒くさいったらありゃしない」
小夏の父親である彼は日向の足元に投げ捨てられる
東里や覚の方を見ると、申し訳なさそうに顔を下に向けていた
丑光さんは憔悴して、その場に座り込んでいる
そして、彼女の本命である戌と子は・・・無言で立ち尽くしていた
一体、あの場に残った三人に何が、いや何を見たんだ
「全員を逃がして、長は一人時間稼ぎ。流石、魔狼の長だったわねえ。風に特段愛されているとは聞いたけど、少し衰えた?」
「・・・るせ。分けた相手がいんだよ、クソババア。あいつの為だとか言うが、あいつの友達の家燃やしてどうすんだよ。何が守るだ。周囲からぶち壊すとか疫病神のそれじゃねえか」
あの傷でもまだ話す余力があるらしい
新橋さんは血だらけの顔を上げて、日向を見上げる
「・・・減らず口をまだ叩けるのね、クソオオカミ」
「ああ。そろそろ夜なんでな。俺は夜行性なんだよ。昼間は嫌いなんだ。今すぐ堕ちろ。お前の象徴がいなくなるって言うんなら、その首、介錯ついでに掻き切ってやるから今すぐ晒せ」
「・・・その舌引き抜いてやろうか」
「構わんよ。神なら俺を殺せるかもしれないからな。でもまあ・・・」
「お前が・・・次の攻撃で起きてられたらな!」
その瞬間、俺たちの横を夕焼け色に溶け込むような一閃が横切った
風に乗り、加速を続け、日向の懐へ潜りこむ
そして、その先にいた日向の身が、一気に鮮血で弾けた
「なっ・・・!」
「小夏の前でスプラッタな光景を見せるのはどうかと思ったんだけどねー・・・」
身長ほどある槍を持って、神様相手に襲撃をかけたのは本来ならば彼女を崇める側の人間
巫女服を着た女性は笑顔のままで、神の身体を持っていた槍で、貫いた
「それ、私のだから離してくれるかな?」
「・・・人間もここまでやるとはね。先祖返りより貧弱なはずなのに、一撃与えた実力に敬意を示そう・・・新橋夏樹」
日向の周りから炎が消える
巫女服の女性は戦意の消失を確認し、日向から槍を引き抜く
そして、血を垂れ流す日向には目もくれず、隣で蹲る新橋さんに手を貸して立ち上がらせた
そして俺に確保されていた小夏は、それを見て、俺の手を振り払い二人の元へ駆け寄った
「ちちぃ!ははぁ!」
「怖かったね、小夏。心配かけてごめんね」
「うにゅう・・・」
どうやらあの女性は小夏の母親のようだ
・・・人ならざるものと結ばれ、神に一撃を与える力量を持つ女性
神語りに似たような力があるのか、それとも同じ力を持つのかわからないけれど、とんでもない女性のようだ
しかし俺には先にやることがある
先程貫かれたばかりの胸の傷が、いつの間にか治っている女性の方へ俺は歩み寄る
鈴から手を引かれるが、彼女に大丈夫だというように笑いながら彼女の前に立つ
「・・・日向」
「夏彦ちゃん」
「久しぶり・・・だが、突然何なんだ。色々な人に迷惑かけて、傷つけて・・・」
言いたいことを言うと、彼女は複雑そうに微笑んでくれる
記憶の中で、俺の悩みを聞いてくれていた時のように
「とりあえず、誓いを果たしに来たの。貴方を傷つける人間を・・・・ね」
「関係ない人に迷惑かけたらダメだろ」
「・・・ごめんなさい」
「元に戻せるか」
「できる」
「じゃあ、治してきてくれ」
「うん。でも、まあ・・・終わったよ」
瞬きの間に、すべてが終わるらしい。確かに覚たちの煤汚れは何事もなかったのように消えているし、新橋さんの怪我もない
残っているのは、俺たちの記憶だけだった
「これでも一応神様だから」
「・・・太陽神って呼ばれてたけど、凄い神様なのか?」
「その通り。上位の神として位置づけられる存在。それが私。この姿は夏彦ちゃんに会うために、人として溶け込むための姿なんだけどね」
「そうか」
「・・・相変わらず軽いね?昔から深く考えないし、不審者そのものの私を信用するし、その癖本当に治してよもお・・・」
先程まで殺意を抱いていた彼女はいたって普通の女性のように振る舞う
その姿に鈴はまだ警戒を解かないし、小夏の母も無言で槍を向け続けていた
「まあいいや。全部治した今、日向がやることはもう一つある」
「何かな。戌の首を狩る事?」
「この場にいる全員に謝ることだろ」
「・・・そういうところは相変わらず真面目だね。そういう部分があるから、神語りである以上に巽夏彦の人間性を気にいったんだけどね」
逃げないように、日向の襟首を掴みながら、一人ずつ謝りに行くのについていく
家を燃やされたらしい覚
巻き込まれて兎の丸焼き寸前になりそうだったらしい東里
覚に手を引かれなかったら間違いなく死んでいたであろう危機にあった丑光さん
そして、彼らを助けに行ってくれた新橋さんと、恐怖心を色々と与えられた小夏
全員に謝り続けるのを、俺は後ろについて見守った
「夏彦ちゃん、見守らなくてもいいんだけど」
「逃げたら困るし」
「逃げないよ。戌の首を狩るついでに、夏彦ちゃんにとっていい話を持ってきたんだよね」
戌の首を狩るのは決定事項らしい
戌の少女は日向の睨みを見て、青ざめた顔で絶句していた
「まあいいや。ところで、俺にとっていい話って?」
「今、夏彦ちゃんにとって役に立つことだよ。絶対!絶対だからね!」
唐突に現れ、場をかき乱し、さらには色々と傷つけた上位神
その登場と彼女が持ってきた話は、俺にとっていいものになるのか
はたまた場を混乱させるだけの、不幸となるのか・・・
それは、話を聞いてからではないとわからない




