数時間ぶりの再会と共に
「ちち!ちち!」
「なんだ小夏。小白と小瑠璃が寝てるから騒ぐんじゃない」
寝付く弟妹の枕元で反復横跳びをする小夏を確保する
こんなに動き回るのは、小夏のお気に入りが来る時だけだ。今日は誰かな。朔也かな。それとも悠翔かな
「夏彦!」
「夏彦?あの時のか?」
「うん!うん!夏彦来る!匂いするもん!」
「すん・・・それはわかったが、変な組み合わせだな。冬月家の面々と、後、拓実に、夏彦に・・・関わっちゃいけない匂いに、あとなんだこの嗅いだことない貧弱一般人の香り・・・」
遠くから風に乗って匂いを探知していると、唐突に「それ」はやってくる
異様な加速で色々と形がおかしくなった車体が轟音を立ててうちの庭に滑り込んでくる
どうして、こうなるんだ・・・いつもいつも!
「・・・・お前ら、たまにはまともにうちに来てくれないか!」
感情が昂って、耳と尾が顕現してしまう
どうしていつもこいつらは規格外な事ばかり!規格外揃いだからか!
「・・・いてて」
「大丈夫ですか、夏彦さん」
そして、今日はさらに規格外が飛び出てくる日のようだ
小夏もしっかり、俺の血を受け継いでいるらしい。匂いの通り、彼もこの場にやってきていた
「・・・こっちが本命か。ようこそ、巽夏彦・・・まさか、その日の夕方に来るとは思ってなかったが。まあいい。お前とその連れと、そこでのびてる貧弱男は歓迎するよ。後は今すぐ帰れ!」
規格外な連中の無茶ぶりに付き合わされた可哀想なお気に入りと、彼と隣で気絶した男に治癒をかける憑者神に手を差し伸べながら、俺は彼らの来訪を歓迎した
・・・・・
「なーつーひーこっ!」
・・・日付を確認していなかったのだが、どうやら、一応日付は変わっていないらしい
色々あったからか、眠っていた分か・・・数日経過でもしているかと思えば、たったの数時間
あまりにも濃密すぎる出来事に驚きながら、飛び込んできた彼女を受け止める
「小夏・・・さっきぶりだな」
「うんうん!さっきぶりだ!ん、夏彦。お前、怪我したのか?」
「なんで・・・」
わかるんだ、と聞くと同時に、小夏は俺の首元に顔を近づけて、匂いを嗅いでくる
それに合わせて彼女の身体から耳と尾が飛び出てきた
ふと見ると、目の前にいる新橋さんも同じような耳と尾が出ていた
彼女たちもまた、人ならざる者なのだろう・・・神様の類か、それとも別の何かかはわからないけれど・・・あまり聞かない方がいいのかもしれない
「血の匂いがかすかにする。あの時の戌に噛まれたな・・・」
「・・・不意打ちだったんだ。俺が、あの戌だと気が付かなくて、近づいた」
「そうか。災難だったな。夏彦。しかし治癒はされているのだな。そこの、憑者神の手によって」
彼女は知っている。幼いながらも、憑者神の知識もある
神堕としの記録も、期待できそうだ
「ああ。小夏はわかるのか。その、憑者神の事も、俺の事も」
「ん。面白そうだったから、その文献漁った!面白かった!」
「そうかそうか」
さりげなく手が小夏の頭に伸びてしまう
りんどうよりもはるかにふわふわ。子供だからか
信じられないほどのふわふわ具合に頬も緩みそうになるが、必死に堪えながら手を動かし続けた
「むはー!夏彦は頭を撫でるのが上手だな!その手は人を懐柔して従える力があるぞ!重宝するといい!」
「なんだその力・・・」
「・・・むう」
色々とツッコみたい気分だが、横から不機嫌な視線が刺さる
りんどうは頬を膨らませて、俺と小夏をじっと見ていた
「りんどう」
「・・・」
ぷいっ、と首を動かす。どうやらりんどうじゃダメらしい
「・・・鈴?」
「・・・なんですか、夏彦さん」
「鈴と呼んでいいのか」
「ええ。むしろそちらで呼んでいただきたいのです」
「そうだな。竜胆は神様の名前だからな。本名で呼ばれたいよな」
話に入るタイミングをうかがっていたのか、それとも俺たちと一緒に来た八人と、なぜか拓実先輩の説教が完了したからか、はたまた気絶したままの一馬先輩を小夏の弟妹と思わしき二人の横に寝かせ終わったからか、新橋さんは俺と鈴に語り掛けた
「・・・やはり、貴方なら何か知っているんですね。長」
「やめろよ。もう俺は魔狼の長じゃねえ。ただの新橋小影だ。お前たちが知りたいことは、説教中に拓実と幸雪から聞いている。早速、俺の部屋に行こうか」
俺は小夏を離して、新橋さんについていこうとすると、小夏が彼の背に語り掛ける
「ちち」
「小夏。お前はお昼寝。それか朔也と遊んどけ」
「朔也とは今度でいい!夏彦の為に手伝わせて!ちち!」
「・・・」
新橋さんは、お前はどうしたい?と目線で俺に問う
小夏に聞かせられない話なら、ここにいてほしいけれど・・・大丈夫なら、彼女の思いを尊重したい
数時間しか関わっていない俺の為に動きたいと思ってくれる、小さな少女の思いを
「・・・俺は構いませんよ。聞かせられない話なら、ついてこないでほしいですけど」
「別に聞かせて困る話じゃないしな。それに、部屋に忍び込んで文献漁ったらしいし・・・今更隠してもなあ。小夏、一緒に来い」
「そい来た!」
小夏は嬉しそうに父の後姿を追う
俺と鈴は、その後に続いて彼の案内する場所へと向かった
・・・・・
連れてこられたのは、新橋神社の本堂・・・の地下
そんなところがあるのか神社には・・・いや、普通はないだろう
なぜ、こんな小さな神社にこんな大きな地下空間が・・・と考えながら薄暗い階段を下りた先には、開けた場所が広がっていた
光すら差さない、地下の空間は先ほど見たあの場所とよく似ている
「・・・神宮の、儀式場と空気が似ていますね」
「そうだなあ。その空気に似ているだろう。あそこと同系統の儀式場だからな」
その奥の小さな小部屋。そこが、どうやら文献を保存している部屋のようだ
薄明りを付けながら、その部屋の中を照らす
「では、辰の憑者神・・・二階堂鈴。お前に一つ問う」
先程とは違う空気をまとい、尾を風で揺らした新橋さんは色の違う両目で鈴を捉える
「お前は、神語りはなぜ存在していると思う?」
「なぜ、とは・・・偶然の産物ではないのですか?」
「否。それはない。事象にはすべて理由が存在する。神語りが生まれる理由も、存在する」
鈴の代わりに、小夏が答えてくれる
「「神語り」というのは、神々に愛される特殊体質だ。神々に愛され、語り、触れ、そしてその恩恵を最大限に享受できる体質を持つ人間を指す」
「だから、憑者神であるお前らの「神である部分」に触れることができ、神堕としと呼ばれる、神である部分を抜き取る儀式も遂行することができるんだ」
新橋さんは本棚から文献を一つ一つ手に取りながら、俺と鈴に語っていく
「巽夏彦、今度はお前。お前にかつて、神様と関わった記憶はあるか?」
「・・・神様と、関わったことのある記憶?いや、ないが・・・」
「些細な事でいい。目の前で急に消えたりとか、お前に妙に友好的だった人間とかいなかったか?その関わりの大きさで、お前の神語りとしての力量を測ることができる。どんなことでもいい。言ってみろ」
「・・・・・・」
記憶の中を辿る。一つだけ、そんな感じの出来事が残っている
正確には、思い出したが正しいが
「日向、という女性が、小さい頃の俺の話し相手になってくれていた」
「・・・お前、それマジで言っているのか?」
「ああ。その人しか思い浮かばないんだが、それがどうしたんだ?」
新橋さんの顔が引きつっている。隣にいる小夏の顔もだ
「・・・そいつ、何か言っていなかったか?」
「別れ際に、俺に何かした奴は、二度と日の光の下に出られないようにするって不穏な事を言っていたが、冗談だと思う。いつも冗談を交える人だったから」
「ちち、私、戌を探しに行きたい」
「お前が言うには、巽夏彦を襲った戌と子の憑者神の先祖返りがいたんだな。小夏、お前文献を読んだんだよな」
「うん・・・まさか、ちち」
「ああ。少しヤバい気がするから出てくるよ。説明は頼めるか」
「わかった。まかせて」
そう言って彼の姿は風のように消えてしまう
そして、彼から文献を受け取った小夏と俺たちだけが残された
「さて、夏彦。お前は何を知りたくてここに来たんだ?」
「・・・神堕とし。その儀式を行う方法を、知りたい」
小夏はにっこり、無邪気に子供らしく笑いをその顔に浮かべた
「わかった。ちちに代わり伝えよう。その知識と、その方法を」
文献を開き、彼女は語り始める
俺たちの知りたかった、神堕としの儀式のお話を




