殺意と気絶を両手に向かう先
「・・・ここは」
「気が付いた、りんどうちゃん」
「はい。恵さん。私、帰ってきたんですね。夏彦さんは?」
ベッドの上に夏彦さんの姿はない。やはり先に起きていたのだろう
しかし、どこへ行ってしまったのだろう
「起きたんだけど、目が痛いって言って洗面所に・・・」
「コンタクトつけたまま寝たからでしょうね・・・」
雪霞様が最後に災難を残すのは、彼の一種の置き土産のようだ
何ともはた迷惑な置き土産だ。夏彦さんも災難だっただろう
「え、先輩コンタクトだったの?初めて知った」
「夏彦さんの事だから眼鏡の存在を忘れてコンタクトを外しに行ったのでしょう。鞄の中に、念のため眼鏡を入れていたはずです。洗面所に行ってきますね」
「うん」
持ってきていた鞄の中から眼鏡ケースを取り出して、洗面所の方へ向かう
そこでは、やっとコンタクトが取れたのだろう
起きたての身体をふらつかせながら、彼が洗面台の前に座り込んでいた
「夏彦さん、大丈夫ですか?」
「んー・・・」
「起きたて早々にお疲れ様です。はい、眼鏡」
「ありがとう・・・」
慣れた手つきで眼鏡をかけて、私を見上げて不思議そうに首をかしげる。まだ寝ぼけているようだ
「居間に戻りましょう。皆さん待っていますから」
彼の手を引いて、私は彼と共に居間に戻る
そして、そこには洗面所にいる間に来たのだろう。夏彦さんの記憶の中にいた、あの人物が座っていた
あの人物だけではない。隣には、灰色の彼も座っている
「あ、夏彦!無事だったんだね」
「貴方が大変な目になっていると聞いて身に来たのですが、ピンピンしてるじゃないですか。全く、人騒がせな・・・」
「・・・一馬先輩?それに、拓実先輩までなんでここに」
「俺が呼んだ。夜ノ森小影に繋がるって、花籠雪霞が言い残して言ったから」
「雪霞が・・・」
夏彦さんは胸を抑えて、自分の前世を思う
「・・・ありがとう、雪霞」
小さくお礼を呟く。雪霞様に届いていればいいのだが、と思いながら私たちは再び彼らの話を聞いた
「話は覚君から聞いているよ。夜ノ森君って人に会いたいんだよね、夏彦。覚君から拓実にも連絡を取ってほしいって言われたから連絡を取って連れてきたけど・・・」
「・・・まあ、小影なら色々知っているでしょうね」
「と、いう具合に知り合いでした。拓実、結婚式にも出てたらしくてね、写真あるよ。見る?」
「なんで貴方が指図してるんですか・・・いいですけど」
拓実さんは端末を操作して、全員に写真が見えるようにしてくれる
写真の中にいる、二つの尾を持つ狼は間違いなく夜ノ森小影だ
調査で知っていたとはいえ、世間は狭い・・・
「うわ、奥さんの方小夏にそっくりだな・・・」
「確かに、あの狼と夏樹さんのお子さんの中に小夏という名前の子はいますが、夏彦、貴方知っているではありませんか」
「確証がなかったんですよ。それに、やっぱりこの人が・・・新橋小影さんなのか」
「今の苗字も知っているということは・・・この前、彼に会った時に小夏が言っていた「龍のお気に入り」とは貴方の事なのですか?」
「らしいです」
そして夏彦さんは私を手招きする
「彼は新橋神社にいると言っていた。今から行ってみよう。神堕としの方法がわかるかもしれない」
「はい。夏彦さん」
「ねえ、夏彦。彼女は?」
「彼女は・・・・」
夏彦さんは私を一瞥した後、小さく笑いながら私の手を握る
「二階堂鈴。今、俺が一番救いたい神様です。その為には、新橋小影さんに会って、彼女を人に戻す方法を教えてもらう必要があります」
「ちょ、夏彦さん!?」
まさか私の正体を話すとは思っていなくて、動揺しきるが、夏彦さんは大丈夫というように笑う
「へえ、神様なんだ。どんな感じ?」
「ち、治癒能力が使えます」
そして、その通りに・・・一馬さんも拓実さんは特に驚くことなく、私の話を聞いていた
その信じ方は、普通のそれではない
・・・夏彦さんが信じやすいのも、彼らの影響なのか?
少なくとも、頭をさりげなく撫でる癖は一馬さん譲りみたいだし・・・
「そっかそっか。じゃあ、僕の肺癌治せる?」
「・・・一馬先輩喘息じゃなかったんです?」
「冗談だよ。手術したし、もう大丈夫」
どうやら前は肺癌を普通に患ってたらしい。とんでもない男だ・・・
浪人したのもそれが理由だろう。夏彦さんと出会った時点で十七歳・・・本来は高校三年生だったのに、高校二年生だったのだから
それに、死ぬかもしれない病気を冗談交じりに話せるなんて、ここまで肝が据わっていないと、あの不良高校で教師役なんてできないのかもしれない
「特に驚きませんよ。時を操る一族だとか、人造人間やら、観測やら、特殊能力やら、時間旅行やら見せつけられたんです。それに魔狼とか信じられないのも見たし、何来てももう「またか・・・」ぐらいにしか・・・」
一方、拓実さんは死んだ目で受け答えをする
彼は四年前に変な連中と共に時間旅行をしていたらしい
そこで出会った存在だろう。なかなかに特殊な境遇揃いのようだ
「拓実、もしかしたらお兄さんの足直してもらえるかもよ」
「外にいるので連れてきましょうか?」
「なぜいるんですか」
「「だって運転できないし」」
「二人揃って免許持ってないんですか・・・・!」
「双馬と深参どころか、桜、三波、志夏、音羽、奏、司から「一馬兄さんが運転するとか逆に怖い」って言われて・・・」
「弟妹全員から言われたんですね・・・」
「私は、高校時代に免許停止を言い渡されてから取ってませんね」
「こっちはもっと酷い・・・」
「昔はやんちゃしてたもので」
二人の言い訳?に夏彦さんは若干苦笑いだった
そして私は、拓実さんに一つ言わなければならないことがある
「・・・すみません。古傷は治せないのです」
「そうですか。まあ、今の拓真は足が治らないことをいいことに、少々、いや、かなり調子乗ってますし・・・構いませんよ。気にしないでください」
意外と軽い反応だった。これが、兄の怪我で不良との関係を絶った人間の対応とは思えないぐらいの軽さでひっくり返りそうだった
「では・・・夏彦。今から動けますか?」
「動けますけど・・・」
「では、さっそく新橋神社に向かいますよ。人を待たせているんです」
「え、あ。それは嬉しいですけど・・・待たせている人ってお兄さんですか?」
「兄だけではありません。丁度、新橋神社に用があった、冬月ファミリーズです」
「すみません何言ってるかわかりません」
「冬月財閥の現総帥殿とその護衛御一行と一緒に来たんだよね・・・さあ、夏彦にもあの苦行を味わってもらおう」
「何言っているんですか一馬先輩」
その瞬間、夏彦さんの身体が宙に浮く
祀り上げるように、拓実さんと一馬さんに持ち上げられた彼は、異様な速さで外に連れていかれた
「じゃあ、夏彦は連れていくね!お邪魔しました!ほら、君も行くよ!」
「自分で、歩け、あうあっ!?」
「夏彦さん!?」
「ちょ、九重先輩・・・強引すぎやしませんか。一応起きたてなんですけど!?」
覚の抗議は無視して、先輩二人は車の中に夏彦さんを連れていく
私も急ぎ足でついていって、車の中に滑り込んだ
車の中には一人の女性と七人の男性が座っていた
その中の探偵のような格好をした黒髪の青年が、拓実さんの方を見て一つ助言をくれる
「拓実。一応予言しておいてやる。そいつら、小影にあった後、凄い儀式するぞ。体力回復に努めろと言っておけ。ま、関わるのは一番小さいやつだけみたいだけど」
「了解です幸雪君。東里!どうやら大きな仕事があるようですよ!休んでおきなさい!」
「ふぇ!?」
窓を開けて、東里に何かを伝えた後、車はゆっくりと動き出す
「拓実、窓閉めてね」
「へいへい拓真」
「・・・適当な返事しないでくれる?彼方が撃たれたらどうしてくれるの?」
その発言で、七人全員の視線が拓実さんに刺さる
黒髪に白いリボンをつけた青年は「彼女が死んだらお前を殺して僕も死ぬ」と言っている気がする
そんな彼によく似た謎の予言をした青年もまた「温情なし今すぐ死ね」と言っている気がする
銃をちらつかせる男性は「明日から脳天に気を付けろ」で、拓実さんによく似た男性。よく見ればドラッグストアでチョコレートを買い込んでいた男は意外とえげつなく「後で拷も・・・仕置きだ覚悟しろ」と笑っていない目で語っている気がした
それから金髪の青年は「彼女がいない世界は終わらせる物理的な意味で」と睨みつけ、白髪の男は「彼女に何かあったらお前は一生実験体なー」と軽い感じなのにとんでもないことを述べていた
そして、同じく白髪なのだが、こちらはものすごく毛が跳ねている男性。彼は「後で木端微塵にするから遺言じっくり考えとけ・・・」と視線で語っている
それぞれ全員が視線で何かを語っていた。なぜ視線で語るのかはわかりませんが、そう言う技術ということにしておきましょう
私と夏彦さん、一馬さんは固まって「私たちは関係ありませんオーラ」を放つ以外できなかった
「・・・わかっていますよ、拓真」
拓実さんはもう慣れっこ?なのだろう適当に返事を返しながら窓を閉める
そして、彼は真ん中に座る彼女に目配せする
白銀の髪の女性は頭を抱えて、抑えろとハンドサインで示す
すると、全員先程と変わらない普通の表情で今後の事を話し始めた
「・・・と、言う具合に、拓実が粗相しまくるから全員の殺意が全部こちらに向かってきて生きた心地がしないんだよ」
「なんて地獄に引きずり込んでくれたんだ枯葉野郎・・・!?」
「・・・夏彦さん、ここは大人しくしておきましょう」
「おい、そこのちみいのと・・・山吹色は急ぎなわけ?」
「「・・・・!?」」
今度は白髪の青年と、金髪の青年が前の席から顔を覗かせる
まさか声をかけられるとは思っていなくて、二人揃って驚いてしまう
凄く優しそうなのに、さっきは動いただけで殺すとか、実験台にしてやるとか、物理的に世界を壊してやるとか・・・・思考がこもった視線をしてた分、何しても怖い
「え、あ・・・じゃあ、とりあえず急ぎで!?」
動揺しまくった夏彦さんは、変な注文を彼らにしてしまう
それを聞いた二人はよし来た!と言わんばかりに、作業に取り掛かり始める
「おーけー!行くぜ、蛍!」
「了解巴衛。総員、シートベルトの着用よろ・・・」
「この加速、常人は意識消えるからあまり使わないでほしいんだけど・・・」
「後ろ三人は残念ながら既に気絶してるぞ。冬夜」
「ついたら起こせばいいだろう。なあ、雅文」
「朔也、雅文、蛍、巴衛!今回は普通のお客様が乗っている事を理解しなさい!おバカ!」
彼女の叫び声と共に、私たち三人の意識は途切れる
楽しい楽しい、ドライブは、気絶と共に始まった




