二回目のお別れ
「どこにも、何もない」
「・・・普通の部屋と変わりないな」
夏彦さんと部屋中を探し回るが、どこにも、何も、それらしきものはない
「所持品とかはどうだ?と、言っても俺は服以外何もないのだが・・・」
ズボンのポケットを引っ張り出して、何もないことを証明する
上着のポケットも同じように
「私は・・・・あ、これ」
ポケットにある「それ」を取り出す
「夏彦さん、これ」
「ああ、あの時の。ここに持ってこれたんだな」
「あけてもいいですか?もしかしたら、ここを出る鍵になるかもしれませんし」
ずっとポケットに入れていた、小さな箱
乾に襲われる前に、彼が私に手渡そうとしてくれていた贈り物は、精神世界にもついてきてくれた
「・・・ああ。構わないが、汚れていないか?」
「大丈夫だと思います。わ、これ・・・」
包みを丁寧に開けて、箱の中を開ける
入っていたのは、淡い色のガラスがはまったバレッタと青いリボンだ
「・・・君に似合うかと思って選んだ。どうだろうか」
「嬉しいです。でも、これ・・・欠けていませんか?」
けれど、バレッタのガラス部分は三つだけ欠片が欠けていた
「おかしいな。買った時はちゃんとあったぞ。それに、箱の中には緩衝材を入れてもらったから割れるなんてことはないだろうし、もし外れていたのなら、箱の中に落ちているだろう?」
「そうですね・・・・」
しかし、この形、どこかで見たような・・・
「あ、これ・・・!」
私は欠片の存在を思い出し、反対側のポケットから、色を失った彼の記憶の欠片を取り出す
二つの欠片はバレッタの欠けている欠片の形と同じだった
「あと一つですね。でも、どこに・・・」
「それ、どこに落ちていたんだ?」
「精神世界・・・ああ、暗闇の中に落ちていました。三つ目も同じなのでしょうか」
「・・・それはないと思う。なんとなくだが、近くにある気がするんだ」
欠片の持ち主だから、特殊な共鳴をしているのだろう
彼は、意識を集中させて、周囲を探し始める
そして、彼が立ち止まったのは・・・
「ここ・・・かな?」
「・・・炊飯器ですか?」
「なんとなくここにある気がする」
「・・・開けてみますね」
炊飯器を開けてみると、そこには三つ目の欠片が確かに入っていた
「・・・当たるものなんだな」
「炊飯器の中に・・・」
「りんどうの作るご飯は美味しいからなあ。俺の記憶はしっかり覚えていたらしい」
「それはありがとうございます。では、はめますね」
バレッタに最後の欠片をはめ込む
完成したバレッタは・・・普通のバレッタだ
「・・・ううん。これでいいのでしょうか?」
私はバレッタをくるくる回しながら、何か変わった部分がないか確認してみる
けれど、見れば見るほど再認識する
これは、夏彦さんの記憶の欠片がはまっている普通のバレッタだ
「・・・何もなさそうです」
「そうか」
「そうだ。夏彦さん。折角ですし、つけてみていいですか?」
「ああ。つけてみてくれ」
髪を一つに結わえて、バレッタを髪にはめようとするが、同じく髪につけていた鈴が鳴る
それを一度外してから、バレッタに鈴を付け、もう一度バレッタを髪にはめた
鈴を外してもいいと思ったが、これも思い出の品なのだ
手放すことなんてできない
「・・・どうですか?」
「予想通り、似合っている。よかった・・・」
「素敵な贈り物をありがとうございます。大事にしますね」
「ああ。頼む」
「しかし、なぜバレッタなのですか?」
ふと疑問に思う。贈り物で、彼が装飾品を送るのは意外だった
「料理をする時、髪が邪魔そうにしていたから、髪留めがあればと考えたんだよ」
「なるほど。よく見ていますね」
「お世話になっている付喪神様なので」
「もう、私は付喪神ではなく、憑者神ですよ」
「わかっている。それに、店で見た時、一目で君に似合いそうだと思ったんだ。それが、それを買った理由」
「な、なるほど・・・」
少し小恥ずかしいが・・・私の為を思って選んでくれたこのバレッタが尚一層好きになった
これから大事にしよう、ずっと・・・
「なあ、りんどう。あれ・・・・」
「あれ?」
夏彦さんが指さしたのは、私が入ってきた、玄関へとつながる扉
そこは先ほどまで真っ暗だったのに、今は白く輝いている
まるで、その先に行けば戻れるというように
「・・・なんだか、道のような気がする。どうする、行ってみるか?」
「ええ。先程までなかった道ですから。行きましょう、夏彦さん」
彼の手を取り、一緒に進む
かつての雪霞様を導いていたように、今度は彼の行く道を、共に歩こう
そう心の中で決めながら、私と夏彦さんはその扉のノブに手をかけた
・・・・・
眩しい光が視界を占めた後、私は元の精神世界に戻ってきた
手を繋いでいたはずの夏彦さんはどこにもいない。先に戻ったのだろうか
「鈴」
「・・・雪霞様?」
目の前に現れたのは、あの日の着物を羽織った雪霞様
満足そうに笑いながら私の方へ歩いてきていた
「ああ。無事に夏彦を引き上げてくれたようだね。どういう魔法を使ったのだ?」
「彼の側にいる。これからも一緒にと言っただけです。一人が寂しかったんでしょうね・・・でももう、私が一緒ですから、寂しい思いはさせません。安心してください、雪霞様」
「ああ、安心した。鈴ももう、一人ではないのだな」
「はい。夏彦さんは、私の神堕としをしようとしています。十二人ではなく、一人では・・・生きて終われる可能性があるのでは、と考えて」
雪霞様はそれを黙って聞く
そして、嬉しそうに微笑んでくれた。まるでそれが正解だと告げるように
「彼も案外わかっているではないか。一人につき、一つの供物を捧げていたのだから、生きられるよ。彼ならば、左腕が供物に選ばれると思う」
「なぜ、左腕が?」
「巽夏彦が持つ部位の中で、血に汚れていない、無垢な部位だからだ」
左腕で誰かを傷つけたことはないのだよ、あの子はと雪霞様は補足してくれた
「ただ、今後の生活に影響は出るだろうね」
「それでも支え続けます」
「良く言った。これで、あの子も安泰だな」
雪霞様の姿が薄くなる。半透明に、どんどん色が失われていく
「私のお役目もこれで終わりだろう。鈴、こちらへ」
「はい。雪霞様」
彼は私の両手をとり、自分の両手で包み込む
そして、二百年分、言えなかったことを互いに言っていく
わかっている。これが最後だ
だから、伝えることが叶わなかった言葉も・・・全部伝えよう
「すまない。お前に、二百年近く生きる業を背負わせて」
「いいえ。貴方の為に得た力ですから。あの日、貴方を守れなくて申し訳ありません」
「憑者神の子孫から、夏彦を守ろうとしてくれてありがとう」
「結果的に守れませんでしたけど・・・これからはきちんと、彼を守り抜きます」
「お前が神様に成らなくて安心した」
「ええ。思い通りになってたまるかって話です。それに、人に戻る私にはもう関係のない話ですよ」
「それもそうだな。おや、そろそろ最期のようだな」
「・・・はい」
もう、うっすらと形がわかるほどの透明だ
もうお別れの時間が近い
「私の御付になってくれてありがとう、鈴」
「こちらこそ、貴方の御付でいさせてくださりありがとうございました、雪霞様」
「私の大事な鈴。これからの君の未来に、幸があらんことを」
「私が敬愛する雪霞様。ゆっくり休んでください。これからはもう、大丈夫です」
私がかつて仕えたお方は、小さく微笑んだ後、完全に消えてしまう
それは、私と雪霞様の二回目の別れ
でも、今度は心残りはない
きちんと、伝えたいことを伝えられたから
だから、この涙は嬉しい涙なのだ。別れで悲しい涙じゃない
それを拭いながら、私は後ろを向く
待ってくれているであろう、彼の元へ帰るために
「帰ろう、私を待ってくれている人の元へ」
私は現実に帰還する道を歩いていく
そして、私の意識は・・・・・現実へと、浮かび上がっていった




