それでも私は、貴方と共に
どこからどう見ても、巽家だ
何もかも、今朝と変わっていない。今日、普通に帰ることができていたのなら、きっと・・・ここにまた、戻ってこれていただろう
そして、リビングのソファーには、寝息を立てる探し人がいた
「んぅ・・・・」
「・・・夏彦さん?」
「ん、あ・・・?りんどう?」
「おはようございます。迎えに来ました」
「・・・迎えにって?」
「現実に、戻るために迎えに来たのです。帰りましょう、夏彦さん」
「・・・・・」
身体は起こしてくれたが、それから先は動こうとしない
「・・・帰っても、何か意味があるのだろうか」
「・・・どうしたんですか、急に」
「なんせ、俺は・・・わかっているんだろう。見てきたんだろう」
「もう。今更弱気になるなんて、貴方らしくないですよ」
過去に何をされていようが、何をしていようが私には関係ない
全部、巽夏彦なのだから
幻想だけれども、過去の彼にしていたように、ソファーの上に乗って、大人になった彼を抱きしめる
「いつもは全部軽く考えるのに・・・なんでそんなことで悩むんですか」
「・・・りんどう、俺は」
「気にしていますか、幼少期の事」
「高校時代も見てきたんだろう。俺は、一馬先輩に出会うまでまともな人間じゃなかった」
「わかっています。見てきましたから。ひらがなの書き取りも怪しいとは思っていませんでしたが・・・」
かなり努力して、人並みになったのはわかっている
「それに、爺ちゃんや婆ちゃんに酷いことをしてきたのだって」
「誰かから愛される方法を知らなかっただけではないですか。今はどうしたらいいかわかるのなら、今度、お墓参りに行ったときに伝えてあげてください。貴方には、龍之介やヨシエに語る力があるのですから」
表情が動かない彼の目から涙が溢れてくる
無意識に泣いているのだろう。それほどまでに、思い出したくなかったのだろう
過去の仕打ちを、なにもかも・・・今の自分だけでいいと言い聞かせ、必要な記憶以外は蓋をした
けれど、全部思い出さなければいけない
それは全部、貴方の一部なのだから
「君は全部受け入れてくれるんだな」
「ええ。全部肯定して、受け入れますよ。貴方が嫌う部分も、忘れたい部分も、今の貴方を作った糧ではないですか」
大きな背中をさすって、彼が落ち着くのを待つ
時間ならある。何時間かかってもいい。ゆっくりと、彼の心が整うまで待ち続けよう
「・・・りんどう」
「なんですか?」
「君の、過去を見た」
「そうですか」
「・・・今、俺の意識は雪霞の方になっているのだろう?」
「はい」
そうか、というように、彼は一息つく
そして、信じられないようなことを口に出す
「君にとって、俺ではなく、雪霞の方が・・・いいのではないか。今の状況は都合がいいのではないか?」
「・・・どうして、そう思っているのですか?」
「君は、彼のことを大事に思っていただろう?俺がいなくなれば、この身体は雪霞のものだ。そしたら君は、あの日の続きを現代で・・・」
「馬鹿な事を言わないでください!」
それだけは許せなくて、背中を叩いて抗議する
「なぜ、だ」
「雪霞様の事は大事ですよ。けど、もう二百年以上前に死んだ方です!わかりますか、彼のお役目はもう終わったんです!」
「けれど君はまだ彼と一緒にいたかっただろう!?俺がいなくなればこれからも一緒なんだぞ!わかっているのか!?」
「ええわかっていますよ!貴方がとんでもない愚行をしていることぐらい!」
馬鹿な事を言い続ける彼の言葉を止めるために、私は彼の頬を一発、平手打ちした
その行動は予想外だったようで、叩かれた左頬を抑えて彼は放心していた
そして私は彼の両頬に手を添える。きちんと目を合わせて話すために
「いいですか。花籠雪霞は二百年前に死にました。今、表面に出てきているのは貴方の前世としての姿です。貴方を救うために、私の過去を伝えるために出てきた存在です。言うなれば、過去の亡霊なのですよ」
「・・・りんどう」
「本音を言えば嬉しかった。けれど、もう彼のお役目は終わったのです。二百年前に、あの神堕としで、彼のお役目は終わったのですよ・・・だからもう、花籠雪霞だった魂は、来世である貴方の物なんです。それをわかっていますか」
「その体は誰のものですか。まぎれもなく巽夏彦の物でしょう。誰の物でもありません。貴方自身の物です!誰かにそれを譲ろうなんて馬鹿な事考えないでください。最期まで貴方として生きてください、夏彦さん・・・」
頬から首に腕を回し、耳元で言いたいことを言っていく
気が昂って憑者神の姿になるが、それでも構わない
人である私も、この姿の私も、全部、巽竜胆の・・・二階堂鈴の言葉だから
「俺は・・・変な力があるんだぞ。これから、上手くやっていく方法はわからない。それこそ雪霞はこの力をうまく使っていたではないか。やはり、彼の方が」
「神語りは特別な力です。貴方の力は雪霞様よりもはるかに強い。使い方を知らなければ、暴走するだけなのは当然です。私が付いていますから、一緒に能力をコントロールできるように頑張りましょう。貴方なら大丈夫です。雪霞様以上の神語りとして、上手く能力を使えるようになりましょう」
「無知で、人の顔色を窺わないといけないとまともに生きていけないような人間が、これからも生きていていいのか」
「全知の人間なんていませんよ。わからないことがあったら一緒に調べましょう。人の顔色をうかがう・・・それは貴方の生きてきた酷い環境で見についた技術でしょうけど、それは、今も役に立っているのでしょう?立派な才能ではないですか。気に病むことはありません。生きてください。これからも、お爺ちゃんになるまで」
「・・・おじいちゃんに、か。一人でか?」
「なぜ、一人でと考えたのですか?」
「・・・人を、まともに愛したことがないから。見てきた君ならわかるだろう?誰かの愛情を一晩でも知りたいが為に、毎晩毎晩とっかえひっかえしていた時期があるって・・・知らないわけではないのだろう?こんな俺と一緒にいたいと思ってくれる人なんて、一生」
「それなら、私がいます。大丈夫ですね」
わかっている。この人は下手くそなだけなのだ
母親から、まともに愛されたことがない。父親からもほとんど記憶にないのだろう
辿ってきた記憶の中には、父親に何かをしてもらった彼はいなかった
大人が怖かった彼は、唯一愛されることを教えてくれるはずだった存在を拒絶した
だから、今もなお、どうしたらいいかわからないだけなのだ
ちゃんと、説明していけば理解できる。一馬さんとしていた勉強会の時も、説明さえしたら理解ができていたのだ。これも、きちんと理解できるだろう
「確かに、最初は雪霞様によく似ているな、ぐらいだったんですよ。貴方の印象は雪霞様の生まれ変わり、そのはずでした」
けれど、関わっていくうちに色々な彼の一面を知った
手を差し伸べられる人。そうでなければ、得体のしれない私なんて連れてこない
人の主張を聞ける人。きちんと理由を聞いたうえで判断できる人。その前で言葉選びを間違ってしまうのは、御愛嬌だろうか
ご飯を美味しそうに食べる人。でも、ピーマンを好き嫌いするのは見過ごせない
感情が表に出やすい人。表情は滅多に動かないし、笑わないけれど、嬉しい時、怒っているとき・・・わかりやすいぐらいに反応が違う
嘘をつくのが下手な人。私の為に用意したお金なんて嘘に決まっているの、わかっていますよ。それが、龍之介が夏彦さんの為に貯めたお金であることも全部知っている
「それから、私は貴方が色々な一面を持っている事を知ったんですよ。次第に、短い期間ですが、放っておけなくて、一緒にいてあげたいと思うようになりました」
彼の手を握り締める
そして、心から考えている言葉を、彼に伝えるために
声という形にして伝えた
「夏彦さん。私が、貴方の側に一生います。貴方が死ぬまで一度たりとも寂しい思いはさせませんからね」
「でも、君は・・・」
私の自由を心配してくれるのか。ああ、だから一緒にいてもいいかなと思えるのか
ここまで優しい人だから。自分の事よりも、他人を心配してしまう人だから
放っておけないとも、思ってしまったのだろうか
「私は憑者神という、不老不死な存在です。気にしないでください」
「・・・君は、人に戻りたくないのか」
「戻りたいです。けれど、神語りである貴方を犠牲にしてまで人には戻りたくない」
神堕としは神語りを犠牲にする
その前提が覆らない限り、私は神堕としで人に戻る事を拒絶する
「・・・俺が寿命で死んだら、君はどうなるんだ?」
「また、一人きりです。でも、慣れていますから」
「そんなことに慣れるな。俺と一緒にいてくれると言ってくれた君が、一人になるのは、俺が嫌だ」
「我儘ですね」
「ああ、我儘だよ。それに、今できることを、後で、やればよかったと後悔するのは嫌いなんだ」
先程の暗さが晴れて、いつも通りの彼になる
心の引っかかりが取れたのだろう。それに安堵を覚える
もう、大丈夫。彼は一緒に、現実に帰ってくれる
「だから、りんどう」
「はい」
「神堕としをしよう。あの時の神堕としは十二人を相手にしなければならなかったから・・・けど、一人なら?」
「一人、なら・・・・」
「・・・まだ、可能性はある。現代に神堕としの資料が残っているかわから、ない・・・」
夏彦さんの言葉が詰まる
そして、何か記憶を思い出すように・・・・考え込んで
「龍のお気に入りの事を知る人物を俺は会っているじゃないか。彼ならもしかしたら、神語りと神堕としの事を・・・」
「その方の名前は?」
「・・・新橋小影。買い物の時、一人で行動している時に、娘の小夏と一緒に常世に迷い込んだんだよ。そこを助けてくれたのが、その人。色々と何か知ってそうな人だったし・・・」
・・・やはり夜ノ森の魔狼か。なんで苗字を変えて、こんなところに
しかも娘が居るのか。あの人間嫌いの男に・・・物好きな人間もいるんだな
夏彦さんが彼の居場所を知るのなら、今現実で頑張っている覚の頑張りは特に・・・いいえ、何も考えないようにしましょう
しかし、彼には言いたいことがある
「・・・なんで、常世へ行った事を教えてくださらなかったのですか」
「余計な不安を与えるわけにはいかないし・・・」
「その考え捨ててください。私は貴方を守るために貴方の元へ来たというのに・・・」
「・・・ごめん」
「今度から気を付けてください。それでは、現実に帰りましょうか」
「それはいいが・・・どうやって帰るんだ?」
彼の言葉で、私はふと考える
確かに、雪霞様は繋げる・・・私を精神世界に連れていくだけで
帰り道の事を、教えてもらっていない
「どうしましょう、夏彦さん・・・帰り方がわかりません」
「なんてこったい・・・」
立ち直ったばかりの彼と私は床に崩れ落ちる
けれど、落ち込んでいる場合ではない
私たちはそれぞれ帰る方法を探すために、家の中に手掛かりがないかと探し始めた




