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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第三章:過去辿りと激動の35日目
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一つ目の欠片

一つ目の欠片に触れる

すると、私の目の前に柳永町にある「あの家」が現れた


「夏彦」

「夏彦ちゃん」


懐かしい声が、俯いた彼に掛けられる

彼はもうぬいぐるみを抱いていない。その代わり、自分の荷物を入れているリュックサックの肩ひもを黙って握り締めていた


リュックサックから、何かが飛び出している

綿が飛び出た、あの時持っていたぬいぐるみ

何か、切り裂かれたような跡があるそれは、誰が壊したかわからないけれど・・・きっと


「爺ちゃんと婆ちゃんだぞ。わかるか?」

「・・・・・・」

「ほら、お家に入ろう。長旅だったし、疲れただろう?」

「・・・・・・」


龍之介とヨシエは困ったように顔を見合わせて、動かない夏彦さんの背を押して、家へと連れていった

彼がここにいるということは、彼は母親から解放されたのだろう

けれど、なぜあんなにも落ち込んでいるのだろうか


・・・・・


視点が切り替わる。今度は真夜中


夏彦さんの様子を見に行くと、用意してもらった布団では眠らず、部屋の中にある押し入れの中で眠っていた

綿がでているあのぬいぐるみと共に・・・

眠る彼の頭をそっと撫でて、私は龍之介とヨシエの様子を見に行った


二人は居間で顔を見合わせてお茶を飲んでいた


「あいつが連絡をよこさなくなったと思ったら、あの子を置いて出ていっていたとはな」

「・・・児童相談所から連絡を貰った時は本当に背筋が凍ったわ。自分の娘が、こんな仕打ちをするなんて思っていなかったもの・・・」

「・・・もっと早く気が付いてやれば、あの子はちゃんと・・・」

「同年代に比べたら小さすぎるわ。あの子、ちゃんと食べていなかったのよ・・・」


夏彦さんの母親は、龍之介たちの娘だ

どうやら彼の母親は、彼をおいてどこかへ行ってしまったらしい

そして夏彦さんは児童相談所に保護され、祖父母に連絡がいった・・・のだろう

それから彼は龍之介たちに引き取られた・・・というのが大まかな流れだろうか


「あの子、酷い虐待を受けていたそうよ。全身、あざだらけで・・・」

「・・・これからは、俺たちがちゃんとあの子を守ってやろう。いつまで一緒にいられるかわからないが、成人するまでは・・・・」

「そうねえ。いっぱいご飯を食べて、学校にも行って、普通の・・・」


涙ぐむヨシエの背を、龍之介は優しく撫でる

今まで気が付かなかった罪を抱きながら、彼らと夏彦さんの生活は始まった

しかし、上手くいかないことはわかっている

龍之介が、そう言っていたから


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


再び視点が変わる

今度は、日が変わって朝の事だろう


「・・・夏彦ちゃん、おはよう」

「・・・・」

「夏彦、おはよう」

「・・・・」


二人は笑顔で語り掛けるが、夏彦さんは不気味なものを見るかのような視線を二人に向けて、駆け足で家を出ていってしまう


「・・・朝から部屋を覗いたら、どこにもいないから驚いたが、まさか押し入れの中で寝ているとはな」

「ずっと押し入れに入れられていたそうよ・・・いつもいた場所だから、落ち着くのではないかしら」

「・・・俺たちを、化物を見るかのように見ていたな」

「そりゃあ、そうよ・・・あの子にとって、周りはすべて、自分に酷いことをしてくるものなのだから・・・」


彼の為に用意した食器は、これからも使われることはない

彼は、後にも先にもこの家で食事をとることは一度もないのだから


・・・・・


また視点が変わる


今度は、少しだけ大きくなった夏彦さんと龍之介とヨシエが対面しているところだ


「ねえ、夏彦ちゃん。貴方、いつもどこで何をしているの?」

「・・・関係ない」

「爺ちゃんたち、心配なんだよ。ご飯も全く食べてくれないし、どこで・・・」

「・・・関係ない」


何度も同じ会話を繰り返すロボットのように、事務的に彼は返事を返す


「夏彦ちゃん、お婆ちゃんたちね、夏彦ちゃんとちゃんと、家族になりたいのよ」

「・・・俺は、嫌だ」


明確な嫌悪を示され、ヨシエははっと息を飲む


「どうせ、あんたらも・・・気持ち悪いと思っているんだろ。面倒くさいと思っているんだろう。迷惑になることはしないから、放っておいてくれ」


言いたいことを告げて、彼は二人に背を向ける


「・・・俺は、一応高校にはいこうと思ってる。最低限の学歴は必要だろうから」


俺、頭悪いから何もわかんないし・・・本当に最低限だからと付け加える

まるで口癖のように馴染んでしまっているそれはきっと、当時の彼に巻き付いた呪縛

それを説く相手は、もう少し先の未来で会える

それはまだ、当時の彼は知らない話


何も映さない目で彼らを見下げる

何も期待していない、希望も何もない目で・・・・


「・・・学費はバイトで貯めてるよ。あんたらの迷惑になることはしないから、安心してくれ」

「待ってくれ、夏彦」


龍之介が立ち上がり、彼を追おうとするが、彼の心を示すかのように襖が締められる

ヨシエは胸を抑えて、声を殺しながら泣いていた


・・・・・・・


目を開けると、彼の精神世界に戻ってきていた

誰かと関わることを明確に拒絶し、一人で過ごしていた過去を見せた欠片は、光を失っていた

その役目を、終えたというように


「・・・龍之介とヨシエは彼に向き合おうとした。けれど、何度も拒絶された」


それでも諦めずに、何度も彼と関わろうとしたそうだが・・・上手くいかないまま、彼は高校進学の為に柳永町を出た

龍之介とヨシエは、彼の住所を知らなかった。もちろん、進学先も、連絡先も

彼が、言わなかったから


「・・・なんで、気が付かなかったんだろう」


なぜ、そんな状態だったのに、夏彦さんは二人の訃報を知れたのだろうか

親戚筋も、お手伝いさんも・・・彼とは初対面だった

龍之介とヨシエは連絡先を知らない・・・


しかし彼は、連絡を受けていたと言っていた

じゃあ、誰から連絡を受けたのだろうか


「・・・まさか」


思い当たるのはただ一つ

生きている人間ではありえないなら、それ以外

夏彦さんにはその可能性が一つある


「・・・二人の訃報を、無意識の神語りで知ったというのですか」


欲しい情報を的確に・・・・それも無意識で貰う神語りなんて、雪霞様でもできなかった

彼の神語りは、雪霞様より強大な力なのではないか


雪霞様は視力を取り戻した後、神様を視認することができていた

薄っすらと見えていたから、人と神様の違いが分かると・・・言っていた

もし、力が強すぎて・・・その姿を、普通の人と変わらずに視認していたら・・・


「・・・次に、行こう」


思考を振り払い、次の欠片に触れる


もし、彼の神語りが雪霞様より強いという事実がしれても、特に意味はない

あの時代のように神語りが重宝される時代ではないのだから

それに、私は・・・彼を犠牲にして憑者神を辞めたいとは思わない

深く知っても、意味のない話なら知らなくて、考えなくていいのだ


目を、開ける

二つ目の欠片の先は、今も住み続けているあの家ではない

小さな、古いアパートだった

ここが、高校時代の夏彦さんが住んでいたアパートなのかもしれない


そして、彼の部屋だと思われる部屋の前で、扉の前で呼びかける青年が一人


「やあ夏彦君!おはよう!今日もいい天気だね!」

「・・・なんで、毎日来るんですか」


扉の向こうで、高校生の夏彦さんが面倒くさそうに声をかける

いつ帰るのだろうか、それを待っているように感じられた


「君と関わりたいからね。友達になりたいと言えばわかる?」

「結構です」

「まあまあ、そう言わず!げぼっ!」

「・・・なにがあったんですか」

「わ、出て来てくれた」


夏彦さんは彼の姿を一瞥する

真っ赤な血を吐きだしている彼は、自分の血の心配より、彼が出て来てくれたことを喜んでいた

しかし、夏彦さんはそれを怪訝そうに眺めていた


「ここまで演技して、あんたは何を・・・」

「だから言っただろう?君と友達になりたいって!」


演技でも何でもなく、本物の血が付いた口元をハンカチで拭いながら、その青年は夏彦さんの腕を引く


「制服に着替えているということは行く気はあったんでしょう?行こう!」

「・・・え、ちょ・・・・」


彼の手を強引に引き、家から連れ出した彼は、春の風と共に軽やかに名乗った


「僕は九重一馬。学年は一つ上なんだけどね、同じ浪人仲間として仲良くしようよ、夏彦君!」


それが、夏彦さんと、彼を大きく変える九重一馬の出会い

二つ目の欠片・・・彼が、今の夏彦さんになるまでの、昔話の始まりだった

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