表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第三章:過去辿りと激動の35日目
87/304

隠した過去は、おしいれの中

目の前にいる彼は夏彦さんの幼少期


「私は・・・」


私は、彼の前ではいつでも「りんどう」だった

けれど、私は・・・


「私は、二階堂鈴」


あえて本当の名前を口に出す

彼とは何も隠さずに話したいから。その心境の変化はなぜだかわからないけれど、そうしていたいというのが、今の私の思いだ


「貴方のお名前は?」

「巽、夏彦・・・」


優しく質問をしてみる。彼は抱いていたぬいぐるみに顔を埋めて、その影から私を覗き、質問に答えてくれる

・・・なんだか、怖がられている?


「夏彦さんですね。これから、よろしくお願いします」

「・・・・・」


小さく、首を縦に振ってくれた。元々人見知りの激しい子だったのだろうか

大人に対してものすごく怯えている・・・まさか、龍之介が言っていたのは・・・


「ここがどこかわかりますか?」

「・・・おしいれ、だと思う」

「どうして、そう思うのですか?」

「まま、いつも・・・ぱぱ以外の人を、家にいれたら・・・・僕をおしいれに入れるから。真っ暗だもん。だから、そうだよ」


・・・龍之介から聞いた彼の娘の事を思い出す

確か彼女は不特定多数の男と関係があったらしいと聞く

まさか、と思った。まさか、夏彦さんには・・・その時は必ず押し入れに押し込まれていたのだろうか

終わるまで、ずっとここに一人で過ごしていたのだろうか


「おしゃべり、したり・・・泣いたりしたら、叩かれるから・・・痛いの、嫌だから、怖くても・・・頑張る」

「そんなこと・・・」

「声、しなくなった。でも、まだ・・・」


私には声は聞こえていない。けど、目の前の夏彦さんには声が聞こえているのだろう

とても辛そうに、ぬいぐるみを抱いて俯いていた

そのぬいぐるみはチンアナゴのぬいぐるみ

彼が以前「なんとなく落ち着く」と言ったそれは幼少期に大事にしていたものらしい

・・・こんなところで、見ることになるなんて思いたくなかった


「いつまで待てばいいのですか?」

「・・・ドアが開く音がするまで。それまで出てきちゃダメ」


何も映さない目をした小さい夏彦さんのお腹が鳴る


「ご飯は、ありますか?」

「・・・・?」


流石に息子をおしいれの中に閉じ込めるのなら、食事の一つぐらい用意しているだろう

お茶も・・・まともな、母親であれば


「・・・あるよ」

「よかった。それぐらいは・・・・」

「まま・・・ご飯作れないし、夜も、どこかにいっちゃうから、ままがいなくなった後に、僕、おしいれから、出て、置いてある食パン、食べるの」


私はその言葉を聞いて、頭を抱える

それを語る時の彼は、先ほどの辛そうな表情ではない

無邪気に、嬉しそうに、語るのだ

それが猶更、私の心を締め付けた


ご飯を美味しそうに沢山食べる人だと思っていた

けれど、今まで・・・誰かの手作り料理なんて食べたことがなかったのだろう・・・

実の母親の作る食事すら口にしたことない彼は、私が作った食事をどんな気持ちで食べていたのだろうか

考えるだけで、息が出来なくなるぐらい苦しくなる


「すず、おねえちゃんも・・・食べる?食パンね、パン屋のおじさんがいつもくれるの。耳だけだけど、美味しいんだよ。水をつけたらふにゃふにゃで、もっと美味しいんだよ。でもね、白いところも美味しいらしくてね、いつか食べたいなって思ってるんだ」

「ううん。夏彦さんだけで食べてください。育ち盛りの貴方では、そんなものではお腹は満ちることはないでしょうし、栄養だって全然でしょうけど・・・!」


それでも私に自分の食事を分け与えようとしてくれる彼

小さい頃から純粋で優しかったのだろう。その優しさが辛すぎて、たとえ幻想であろうとも、彼の記憶に残らないとしても、それでも何かしてあげたかった


そして強く思う

もう少し、早く・・・彼が幼いころに出会っていれば、こんな目には合わせずに済んだのだろうか・・・と


後悔しても、時間は過去に戻せない

だから、これからも過去の彼は・・・こんな仕打ちを受け続けるのだろう


「・・・こうしてもらうの、はじめて」

「そう、ですか。私でよければ、何回でも抱きしめますから・・・だから!」


その瞬間、彼の姿がどこにもいなくなる

何が起きたのだろうと、周囲を見渡すと、先ほどの彼より、少しだけ成長した彼が立っている

何歳になったのかわからないけれど、その容姿は、まだ幼子だ


「すずお姉ちゃん」

「夏彦さん・・・・」


幻想だからか、私に対する記憶があるようだ


「今度ね、おとーさんが、帰ってくるんだ」

「それはよかったですね」

「うん。おかーさんが、ご飯を買ってくれるから、御馳走が食べられる。最近はね、給食もあるから、ご飯は美味しいものを食べられているんだ」

「夏彦さんはいくつになられたんですか?」

「九歳、だよ」


九歳にしては、とても幼い姿だと感じる

私が生きていた時代の九歳より、その姿は幼く見える

きっと、同年代に比べてかなり成長が遅れているのだろう

まだ、満足に食べられていない・・・のだろうか


彼がこんな状況なのに、彼の父親は何をしていたのだろうか・・・・

龍之介の話だと、単身赴任をしていたと聞いたが・・・帰ってきた時に夏彦さんの現状に気が付かなかったのだろうか

ああ、考えただけでもイライラする


「生きていてくれて、ありがとうございます」

「?」


不思議そうに首をかしげる彼を再び抱きしめる


「すずお姉ちゃんから、抱きしめられるのは、嬉しい」


そう呟いて、また彼はどこかに消えてしまう

同じ法則であれば、きっと彼は別の場所に・・・・


「・・・すず、姉ちゃん」


今度の彼は、先ほどよりもさらに大きくなっていた

しかし、目に見えて大きな変化があった

至るとこに青あざを作り、擦り傷の絶えない少年

何かで切られたような跡もある

それが、少しだけ成長した夏彦さんの次の姿だった


「・・・お父さんとお母さん、離婚してさ、俺、お母さんに引き取られたんだ」


それでも笑顔を浮かべる。自分に何かを言い聞かせるように、思い込ませるように


「俺さ、頭良くないから、お母さんの機嫌損ねるようなことしちゃって、いつも怒られるんだ」

「そんなの・・・」

「俺が、出来損ないだから・・・お母さんを怒らせるんだ。お母さんは全然悪くない。何もできない俺が、悪いから・・・お母さん事、責めないで」

「そんなことありません。気が付いてください。貴方が受け続けているのは、立派な虐待です。貴方に悪い所はどこにもありません!」

「ねえ、鈴姉ちゃん。俺はどうしたらいいのかな。俺が、お化けとか、神様とか・・・変なものさえ見えなければ、お母さんは俺を愛してくれたのかな」

「変なもの・・・まさか、夏彦さん・・・貴方も・・・」


彼が言う変なもの。それはきっとこの世のものではないのだろう

それは彼が神語りができるという事実を暗に語っていた

もし、彼の力が衰えていなければ・・・今も


「いつもお母さんは、俺に「消えろ」っていうからさ・・・死んだ方が、お母さんは・・・幸せになれるのかな。俺、わかんないや」


そう、笑顔で告げてから彼の姿はどこにもいなくなる

周囲を見渡しても、先ほどと同じ法則で成長した彼が出てくるなんてことはなかった


その代わり、欠けた結晶体が道に落ちていた

まるで、これを拾い集めた先に夏彦さんがいるかと教えてくれるように


「行こう・・・」


私は、ゆっくり足を動かす

彼を、迎えに行くために・・・彼が隠していた過去を知る旅を、始めよう

例えそれが、どんなに辛いものになろうとも


私は、きっと、全部知らなければならないだろうから

私と出会う前の彼が、いかに生きてきたのかを

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ