迷い子の過去辿り
時は現代
蛇の先祖返りとは言うが、智もまた憑者神のまま
先祖返りなんて生易しいものではない。憑者神を正当に継いでいるであろう蛇の男・・・巳芳覚の家に私たちは連れてこられていた
とりあえず、戌と子も連れて来ている。蛇の毒で眠ったままだが・・・
彼の家についた後、夏彦さんの姿をした雪霞様は呑気に彼のベッドで寝息を立て始めた
そんな勝手をする人だったか・・・?と思いながらも、私は覚と恵さん、そして卯の・・・東里に囲まれ、昔話をしていた
「・・・心臓を矢で射抜かれた後、雪霞様は命を落とされました」
「私は放心して力を使うことができませんでした」
どこまでも、いつまでも、彼の為に何もできやしない
けれど彼は最期まで私のことを思ってくれていた
あのメモが示していたのは、二階堂家があった川の大きな岩陰
私がかつて住処にしていた場所だった
そして、私と雪霞様が出会った場所
そこに隠されていたのは、私の出生の秘密だった
雪霞様が神語りで調べてくれたのは、両親こと
誕生日や本名は不明のままだが・・・それでも十分な収穫だと言えるだろう
最も、その事実は私と智にとってかなり不都合なものだった
結論から言うと、私の父親は神宮に使えている巳芳里人・・・智の父親でもある男だった
母親は猟師の娘。苗字はなく「輪花」と呼ばれていることだけはわかったらしい
・・・私と智は異母兄妹と言う事実を残して、雪霞様は眠りにつかれた
「それから、事実を知った智は父親を糾弾したんですよね。」
「じゃあ、巳芳先輩と鈴ちゃんは・・・」
「はい。親類に当たりますね。夏彦さんが知ったらひっくり返りますよ」
「・・・だろうねぇ。俺も最初びっくりしたもん。うちのご先祖様。まさか辰と異母兄弟やってたなんて。しかも本人たちは知らずにさ」
「そう。本人たちですら知らなかったんです。三陽さんですら、知らなかったのです」
その事実が発覚した後、巳芳家は一家離散しました
智はまだ憑者神であったため罪から逃れることができましたが、あとは全員対象
娘のように可愛がってくれていた三陽さんの、呪詛がこもった瞳は今でも忘れられません
「それから、季節は冬になりました。私と智は憑者神のまま。主のいない花籠家に戻るのは嫌で、私は智に頼んで誰もいない巳芳家に身寄りを寄せていました」
その時期になると、祝は村を出て別の場所へ奉公に出た
花籠家に残るのも嫌だし、神宮があるこの村で過ごすのも嫌だから・・・と
錣山さんは花籠家を出て、何でも屋を営むようになった
そして、いつも言ってくれるのだ。私がこの村で唯一安心できるところになるからと
後世で名産品となる花籠を作りながら、彼はずっと待っていてくれていたのに
・・・私は、彼とあの日以降まったく会っていない
あの時、夏彦さんとこの町に向かうバスに乗る前、彼の話を聞いて申し訳ないことをしたと何度も思った
「・・・その頃、でしたかね。村に疫病が流行りだしたのです。気が付けば、私と智と・・・錣山さんとその奥様。そしてかつての憑者神以外は皆、疫病で死んでいました」
雪霞様が死んでしまう原因となった宮司も、彼に手を下した修治も、そして彼を疎んでいた継母も・・・皆、春になる前に死んでしまった
「原因は、なんだったの?」
「あの日、回収しそびれた雪霞様の遺体が原因でした。宮司たちは・・・村に尽くしてくれた雪霞様を遺体になっても蔑ろにして!埋葬すら施さず・・・川辺に遺棄していたのです」
あの時の私は、彼の遺体を丁重に埋葬することも叶わなかった
探しても探しても見つからないものだから、もう埋葬されたものだと思ったのに
柳永村から少し離れた山奥の水源
そこに、雪霞様は遺棄されていました
それを見つけたのは、すべての処理が終わった後の錣山さん
腐敗した遺体の側で三人泣き崩れながら穴を掘り、今度こそ彼を眠らせてあげたのは今でも記憶に残っている
「なるほど。私が病を運ぶ・・・残った神語りの予見はその通りだったのだな」
眠っていた雪霞様が起きるぐらいには、長い時間昔話をしていたらしい
大きな欠伸を一回。起きたてに欠伸をするのは何とも夏彦さんらしい仕草
けれど、意識はまだ雪霞様。夏彦さんは戻ってこない
「ええ。しかもその病は柳永村だけではありません。他の村にも影響が出ました」
「なるほど。私はとんでもない置き土産をしていったようだ」
「本当ですよ、雪霞様・・・」
「ああ。そうだな」
雪霞様はうんうん、と頷く
目が見えていた時期と相違ないほどの明るさはどこから出ているのだろうかと、ふと思いながら私は話を続ける
「それから私は村を出て旅をしました。雪霞様の生まれ変わりがいるならば、今度こそ彼を守るために」
そして、数百年の旅路で巡り合えたのが龍之介。そして、彼の孫である夏彦さんだった
本当に奇跡としか言いようがなかった
だからこそ、きちんと側で彼を守りたかった。長生きしてほしかった
けれど・・・
「雪霞様。夏彦さんは戻りそうですか?」
「その相談で起きたのだよ。鈴・・・あの子、残念なことに帰る道を間違えてしまったみたいでね」
「はあ、つまり・・・」
「つまりのところ、今彼は、自分の中で思い出したくない記憶を思い出してしまい、心に閉じこもってしまったという訳なのだが・・・」
「閉じこもった?夏彦が?」
「わりと軽めな思考回路を持つ夏彦がそれはないだろ・・・・」
東里と覚から言われても、雪霞様は頭を抱えるだけ
「・・・君たちは、巽夏彦の何を知る?」
「知る・・・って」
「彼の幼少期。それは、彼にとって思い出したくない事象なのだ。それを思い出してしまった彼は酷く取り乱していてね・・・誰かの癒しがなければ壊れてしまうだろう」
そして、雪霞様の手は私へのばされる
「鈴、頼みがある」
「なんですか?」
「夏彦を、迎えに行ってあげてはくれないか。道は私が繋ぐ。迷子の彼を、私を導いてくれていた時のように、帰り道を導いてあげてくれ」
「それは構いませんが・・・どうしたらいいのでしょうか」
「私の手を握るだけでいい。後は私が内側へ連れていく」
恐る恐る彼の手を握る
夏彦さんの手だけれども、今は雪霞様の手でもある
先程まで手を繋いでいた感覚はあるけれど、懐かしい感じもして複雑な気分だ
「そうだ。智の・・・ああ、覚といったか?」
「俺ですか?」
唐突に指名された覚は若干驚いてはいたが、いつもの飄々とした感じで雪霞様と対面する
「ああ。夏彦の記憶を辿っていたら、あの村の記録を知っていそうな人物に巡り合えているようなのだ。夜ノ森小影というのだが・・・お前に心当たりはあるか?」
「いや、ないですね・・・名前、特徴的ですし」
「では、九重一馬と一葉拓実」
「一葉先輩は無理ですが、九重先輩は可能です。でもなぜ、九重先輩?」
「私の神語りだと、彼らが私たちを夜ノ森へと繋ぐ鍵なのだ。早速行動に移ってくれ」
「ああ、はい。わかりましたよ」
そう言って、覚は早速行動に移す
こういうところは智に似ている。懐かしさを覚えて、少し笑みがこぼれた
それは雪霞様も同じだったようで、彼も少しだけ笑っていた
ふと思う
私は、夏彦さんが笑っていたところを見たことあっただろうかと
雪霞様になってからは、表情が良く変わるが、夏彦さんの時はどうだっただろうか
いや、見たことがない。全く・・・
「では、鈴。始めようか」
「あ、はい。雪霞様」
彼に呼ばれて、目を閉じる
今は、彼を助け出すことの方が優先だ。余計なことは考えなくていい
「鈴、目を開いていいぞ」
彼から声をかけられて、ゆっくりと目を開けると・・・私は真っ暗な空間に立っていた
ここが、夏彦さんの精神世界というのだろうか
何も見えなくて、逆に心細い
その中で、小さな男の子が泣いていた
稲穂のような黄金色
雪霞様と同じ容姿をした、現在同じ家で暮らしている彼を幼くしたような少年は私の方をじっと見つめて「・・・お姉ちゃん、だあれ?」と、涙声で呟いた




