神堕とし
早朝、私は誰も起きていないであろう時間帯に神宮を訪れる
「・・・宮司」
「花籠様、答えは出ましたか?」
「ああ。私は・・・最期のお役目を果たそうと思う」
「・・・貴方の決意、決して無駄には致しません。さあ、こちらへ」
宮司に答えを告げると、私は神宮の奥へと案内される
私はもう、日の出を拝むことすらできないのだろう
神宮の奥深く。光が入らないあの部屋で・・・私はこれから
「・・・神へ至る条件?」
「ええ。今代の中に一人、その可能性が・・・」
「ああ、あの子だろう。なんせあの子は・・・」
「あの神語りを呼んでおけ」
儀式場に通じる廊下にある、神主たちの部屋から聞こえる
今から死ぬ私には、関係のない話だろう
私は何も聞かなかったことにして、黙って宮司の後ろをついていった
・・・・・
秋の祭典が始まった
しかし、昼からすぐに儀式があるので、私たち憑者神へとなった十二人は神宮へと集まっていた
亥の憑者神から順に、儀式場へ呼ばれる
干支を反対周りに呼んでいるようだ。私の順番はまだまだ遠い
「鈴」
「祝!お久しぶりです、元気にしていましたか?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには祝の姿
少しだけやつれているが、その顔は憑者神になった頃より明るくなっていた
「ええ。鈴も元気そうで安心したわ。今日は良く晴れているわね」
「そうですね。お役目を終えるのにはいい天気だと思います。祝のお役目は・・・」
「あまり言えるものではないわ。貴方と比べたら、酷いものだもの」
「呪詛、だからなあ・・・俺もとんでもないことに使われたし、鈴の力は本当に羨ましい。俺もこんな力が良かった」
今度は智が背後から。彼もまた、お役目はいいものではなかったのだろう
うんざりした表情で、私たちの間に入ってきた
「二人とも大変だったみたいですね」
「けど、鈴も大変だっただろう?皆を癒し続けるのは・・・」
「きついときもありましたが、やりがいがありましたから」
「羨ましいなあ、祝」
「ええ。それに、雪霞様も鈴のお陰で元気になられたものね」
「目が見えるって聞いたときには驚いたな。本当に嬉しそうで、俺も自分の事のように嬉しかった」
三人で他愛のない話をしながら、神堕としの儀式の順番を待つ
干支の逆かと思っていたのに、順番はバラバラのようで私たちはなかなか順番が来ないまま、残り三人になった
「・・・応急処置ができるものを!」
「傷が大きい・・・これ以上は限界だろうか」
「出血が酷いな・・・あと三人なのだが、もつのだろうか」
神宮の中が騒がしくなる
「あの、何かあったのでしょうか」
「ああ。辰の。今、神堕としの儀式の鍵であるお方が大量の出血を起こしてしまいまして意識が混濁されているようなのです」
「それは、私の力で癒せますか?」
「宮司。どうでしょうか」
「・・・やってみましょう。それに、彼の体力が持つかわかりません。三人とも儀式場へ案内しなさい」
「はい。ではお三方・・・こちらへ」
神主の一人から私たちは案内を受けて儀式場へと足を進める
鉄の嫌な香りが鼻孔に触れる
しかしこの香り、どこかで・・・・・
儀式場の扉が重い音を立てながら開かれる
そこは、飛び血で真っ赤に染まっていた
真ん中に座る方は生きているのが不思議なぐらいの出血量で荒い息を吐いている
「・・・・なんで、お前が」
「・・・智?」
智が目を見開いて、その方の元に走る
血で足元をとられ、思いっきり転んでしまうが着物が赤黒く染まろうとも彼は関係なしにその方の元に駆け寄り、頭に掛けられていた布をはぎ取る
布と共に舞うのは、稲穂のように美しい黄金色の髪
しかしその毛先は血に濡れて、かつての美しさはどこにもない
目だってそうだ。度重なる負荷があったのだろう。藍色の瞳はかつてのように何も映していない
「答えろ!なぜ、雪霞がこの場にいるんだ!」
「神堕としの儀式には、神語りの力が必要だからですよ」
背後から儀式場のドアを閉められる
宮司は血だらけの雪霞様の顔についた血を自分の着物で拭いながら、私たちに向けて話を続ける
「貴方たちの中にいる神に語りかけ、神の証明を抜き取るのが神堕としの儀式における神語りのお役目なのですよ」
「そ、そんなこと・・・雪霞様が、受け入れたなんて」
「彼は受け入れてくれましたよ。自分で考えて、この最期のお役目を引き受けてくださったのです。そうですよね、花籠様」
宮司は彼の左手を握る
しかし、それはすでに力なく垂れるだけ
宮司が手を離した瞬間、それはボトリと音を立てて床に落ちてしまった
「おや、既に腕を供物に・・・もう、右腕と口と目と耳、あとは胴体ですか・・・後は全部落ちてしまったのですね。可哀想に・・・最初に儀式で発生した怪我に対する痛覚が抜け落ちたのが幸運でしたね、花籠様」
「雪霞様!今、私が治しますから!」
「・・・・いらない」
彼に駆け寄って治癒を施そうとすると、小さな声で明確に拒否される
「いわい、さとし、まえにでろ。すぐに、おとしてやるから」
「お前を、犠牲にして・・・生きるぐらいなら、俺は、憑者神でいた方がいい!」
「わ、私は・・・・!」
祝が震えた声で、一歩前へ進む
ゆっくり、ゆっくりと進み、彼女は雪霞様の前で跪く
「・・・雪霞様、ごめんなさい」
「いいのだ。いわい・・・おまえの、のろいは、のこすべきでは、ないから」
そう言って雪霞様は祝に触れる
祝の憑者神の姿を引き出し、彼はその尾を勢いよく引き抜いた
祝は痛みを感じていないようだった。しかし、目の前にいる彼は・・・・
「・・・・・・・」
まだ残る右手で頭を抑える
その瞬間、彼の両目からおびただしい量の血が噴き出る
そして、藍色の眼は血に染まり、彼から抜け出てしまう
「あ、ああ・・・・!」
「・・・きにするな、いわい。もう、だいじょうぶだ」
「俺はいいからな!鈴!お前は!」
「い、や・・・まずは、治癒から・・・・それからも、私は・・・嫌。貴方を犠牲にして生きるぐらいなら、一人で永遠を生きた方が・・・」
「ちゆ、いらない、といっているだろう」
必死に逃げても、血で足元がおぼつかなくて私は智と同じように滑って転んでしまう
そして、彼に足を掴まれてしまった
よく見れば、彼の両足は既にない
「・・・雪霞様」
私も祝と同じく憑者神の姿を引き出される。これが、神語りのもう一つの力なのだろう
神と対話して、供物をささげて、神から人へ戻すための・・・
彼でさえも、ここまでの供物を捧げなければいけないのだろうか
むしろ、ここまでで済んでいるのが奇跡なのだろうか
「・・・せめて、最後ぐらいは貴方を癒してお役目を果たしたかった」
「・・・ごめんな、すず」
彼の右手が私の尾へ向かう。ああ、私は最大の後悔を残して憑者神の役目を終えてしまうのだろうか
彼を失いたくなくて、この力を手に入れた
そして私は大好きな人を犠牲に、人へと戻るのか・・・・
ああ、そうか。私は・・・・・
「これしか、わた・・・・・・・・・・・え」
雪霞様の手が私の尾を掴むと同時に、彼の脇腹に、この場にふさわしくないものが刺さっていた
雪霞様の身体が大きく傾き、血だまりに落ちる
「なんで、矢が・・・」
すぐさま起き上がって彼の脇腹に刺さるそれを抜こうとするが、返しが付いているようで動かすたびに雪霞様が酷い呻き声をあげる
儀式で負った怪我ではないから痛覚があるのだろう。酷く辛そうだ
しかし、治癒を施そうとすると、彼は抵抗をする
それでも私は彼に治癒を施す
その途中で矢が飛んできた方向を見ると、そこには・・・彼が立っていた
「・・・まだ、生きているの?しぶといなあ、ねえ、義兄様?」
花籠家の次男であり、雪霞様と腹違いですら怪しい義弟である花籠修治が弓を構えながら
私たちを見下ろしていた




