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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第三章:過去辿りと激動の35日目
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深夜の語り事

神堕としを知ってから数ヶ月。そして、秋の祭典の当日を迎えた夜

今日までの事を私は縁側に座って、夜空を見上げながら思い返していた


神堕としを知ったあの日から私は、鈴と対話することが極端に減っていた

体調不良を言い訳に、彼女一人でお役目に行ってもらったり

私のお役目の際は、錣山に同行してもらっていた

鈴も錣山も私の様子がおかしいことに気が付いて、会話をしようと動いてくれたが私はその意志を無視して、一人神堕としの事を考えていた


「・・・私のせいなのだから、私自身が責任をとらなければならない」


彼女たちを再び人へと戻さなければいけない。それが私にできる償いだ

智も祝も、そして鈴を人へ戻し、天寿を全うさせる

それが私の最後の役目だ


神宮にもかなり貢献した。神堕としへの参加を条件に、私の使用人五人の今後を神宮に保証してもらえるようにお願いすることも可能だろう

大丈夫。心配なことは何も残せずに逝けるだろう

ただ、心配なのは鈴だ。私がいなくなっても大丈夫だとは思う

お役目で村の人と関わるようになった彼女の周りにはたくさんの友人ができた

最初のお役目で出会った稲とは、今もよく話しているようだし・・・他にも彼女を支えてくれる人はたくさんいる

きっと、大丈夫。彼女なら、上手くやっていける


「だから・・・今日、私はきちんとお役目を果たそう。それが彼女にできる、私なりの恩返しだ」


彼女に貰ったものをすべて投げ捨てた、最悪な形の恩返しだが、これぐらいしか私は彼女にできることがない


夜空に広がる星の海を見上げる

鈴が与えてくれたこの世界はとても美しく、見ているだけで涙が出てくる

鈴が与えてくれたものはとても多い。この視力だって、健康な体だって彼女がいてくれたから手に入れられたものだ


「その為だけに、彼女は憑者神に成ったのだったな」


私のせいで、彼女は酷い運命を背負った

しかし、彼女はそれを、私の為だと言ったのだ

深くは知らなかったとしても、奇跡の代償が大きいものというのは知っていただろうに


どうして、彼女は他者のために自分の人生を投げ捨てるような真似ができたのだろうか

考えても、考えても・・・理解が追いつかない


「・・・よく、わからないな。人の心というのは」


縁側から離れて、自室へ戻る

布団に入ると同時に、襖の奥から声がした


「・・・雪霞様、起きていらっしゃいますか」


鈴の声だ。決意が決まった旨は言わない方がいいだろう

それに、今彼女と話すときっと意志が揺らぐ

私は聞こえないふりをして布団をかぶり、目を閉じた

その対応に、罪悪感を抱きながら


・・・・・


襖の奥からは返事が聞こえない

もう、眠っていらっしゃるのだろう。普段はまだ起きていらっしゃる時間だが、明日は秋の祭典。神語りである彼もお役目があると宮司様より伺っている

だからこそ、どうしても話したいことがあるのだ

祭典の前に、どうしても彼に伝えたいことが私にはある


「・・・失礼します」


許されない行為でも、それでも彼の部屋に入り込む

ほんの数ヶ月前は当たり前だったのに、今では入るのすら緊張してしまう

なぜだろう、看病目的ではないからか


「・・・雪霞様」


看病をしていた頃のように、横に座り静かに語り掛けた


「ここ数ヶ月、まともに話すことができず少し寂しかったです。毎日のように語っていた分、猶更」


もちろん、彼からの返事はない。それでも私は話を勝手に続ける


「明日で、憑者神としてのお役目が終わるのです。とても、有意義な時間でした」

「誰かの為に、何かをするというのは・・・とても心が温かくなります」


胸に手を当てて、今までのお役目を思い出す

辛い出来事も多かった。力及ばず・・・という方も少なからずいた

助けてあげられなくて、辛かった

けれど、それ以上にたくさんの人を救うことができた

その力を驕らず・・・誰かの為にと力を使い続けた・・・貴方のように、貴方の為に得た力を他の誰かの為に


「憑者神の事は後で聞いたのですが・・・奇跡の代償が大きいものですね。けれど私は、後悔していません。貴方が生きてくださるのなら、この代償はとても小さく思えます」


憑者神のままでいなければならない場合もある・・・と聞いたが、今回はきちんと神堕としの儀式を行うとのことなので、きちんと人に戻れる

祝も、智も・・・皆再び人として彼の使用人に戻れるのだ

以前のような生活に、再び戻れるのだ


「雪霞様。宮司様から、明日は大事なお役目があると聞いています。私も神堕としの儀式が終わればただの人に戻ります。両方、夜には終わるそうです」


きちんと宮司様に確認した。雪霞様のお役目は禊を含めて早朝から

私たちの儀式は昼間・・・予定通り進めば、夕方には終わるらしい

この祭典は深夜まで行われる。この日だけは村を日が昇るまで火で灯し続けるのだ

だから、夜にでも十分祭典を楽しむことはできるはず


「だから、その・・・もし、余裕があれば、一緒に祭典を回りませんか?美味しいご飯が沢山ありますし、雪霞様がお好きなものもあると思います。雪霞様がよろしければ、ですが・・・僭越ながら、私がご案内させていただければと思っております」


勿論返事はない。無視されているわけではないのだ・・・眠っている間に話しかけているのだから


「最近、三陽さんから料理を習っているのです。時間がなければ、祭典で野菜を買って・・・次の日の朝食でお出しさせてください。少しでも、祭典の空気を楽しめたら・・・」


手が震えてくる。手だけではない、声も何もかもが震える


「智と祝も、呼んで・・・錣山さんと、三陽さんも一緒に、みんなで・・・・」


もう「みんな」でなんて記憶に残っていない

それこそ、智が来た数日間ぐらいしか、六人で食事をしたことはなかった


雪霞様が寝たきりの時は、五人だけだったし、こうして憑者神のお役目を拝命してからは皆バラバラになってしまった


そして、雪霞様はあるお役目の日を境に、笑わなくなってしまった

ずっと何か思いつめた表情を浮かべて、私たちと最低限の会話しかしようとせず、ずっと一人で籠りきりになってしまった

こうして近づくのも久しぶりだ


「・・・雪霞様。貴方は今、何を考えているのでしょうか。どうか、教えてください。貴方が抱えているものを、私も背負いますから。どんなことであろうとも」


やっぱり返事は帰ってこない

少しでも彼に歩み寄りたい。彼が抱えているものを私も抱えて、一緒に歩みたい

彼の、御付だから

それ以上に、彼の為に何かを成したいと思うから

拾ってくれた彼の為に、恩返しをしたいから


けれど、その思いは届かない

返事がないことを確認して、私は目を閉じる

雪霞様の眠る姿を何度も拝見していたからわかる。この呼吸の仕方は・・・まだ起きている証拠だ


だからこそ辛い

起きているのだから・・・逆に辛いのだ


「・・・そろそろ、眠りますね。明日もありますし」


静かに立ち上がり、彼の寝顔を見る

眉間に皺を寄せて苦しそうにしている彼を一瞥し、何もできない自分に憤りを覚えながら、襖の向こうへ戻っていく


「明日こそ、雪霞様ときちんと話そう。大丈夫、きっと・・・起きている時ならば、無視はできないし、それに・・・話は聞いてもらえるだろうから」


そう呟いて、私は部屋へと戻って眠る準備をしに行く

明日は憑者神としての最後のお役目がある。その為に鋭気を養わなければと思いながら廊下を歩く


この時の私は、これが、「綺麗な姿の雪霞様」を見た最後の瞬間になるなんて、露ほどにも思っていなかった


そして、秋の祭典は始まる

雪霞様が命を落とし、私が現代まで生きることになるキッカケの、秋の祭典が・・・

幕を、開く

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