お役目のお話
久々に摂る食事を堪能した後、私の元に医者が訪ねてくる
どうやら、鈴が呼んでくれていたようだ
まるで奇跡のようだと医者は表現したが、その通りだと思う
これは、成りたての神様が授けてくれた奇跡なのだから
医者と入れ替わりに、宮司が家に訪ねてきた
どうやら鈴と私に話があるらしい
その後ろには苦い表情を浮かべた、智と祝
二人を見たのは今日が初めてだが、それでも彼らが智と祝だということは直感で理解できていた
二人の容姿も少し変わっており、神様の気配が感じられる
彼らもまた憑者神として選ばれたのだろうか。しかし、彼らの表情は鈴と対照的に重いものだった
まるで、憑者神へ成ったことを恨んでいるかのような・・・そんな気さえ感じさせられた
布団に入ったまま会話するのは何だったが、宮司からまだ体調が戻ったばかりですし、なにがあるかわかりませんから安静にしていてくださいと頼まれ、普段通り布団の中で用件を伺う
「つまり、鈴は辰「竜胆」・・・智は巳「柳」、祝は丑「撫子」という神を憑かせ、憑者神へ成ったのか」
私は三人の使用人を横に、宮司から憑者神の話を聞いていた
宮司は三人を神の名で呼ぶが、どうやらそれは憑者神に成った人間への呼称となるらしい
私はどうなのかと聞くと、神語りなので許されるでしょうと答えを返してもらった
私はこれからも普段通り彼らを呼んでいいらしい。その点には安心した
憑者神の儀式は、私が知るだけの情報だと、十二支に適応している動物の神様を人間に憑かせ、人智を超えた力を手に入れるという儀式だ
宮司の話も同じような話であった
「左様ございます。雪霞様。しかし、安心しました」
「どういうことだ?」
「竜胆様の治癒で、かつての健康状態を、否それ以上のものを取り戻し・・・さらには視力まで取り戻されているとは。今代の辰の願いはさぞかし強かったのでしょう。ここまで成し得たのは歴代初だと思われます」
隣にいる鈴の表情をふと見る
私を治すためだけに、憑者神へと成った少女。その願いの大きさを私は身をもって教えてもらったのだ
この身体と、視力がその証拠だろう
「そうだろうな。彼女の願いのお陰で私は再びこうして話せるようになったし、今まで認識できていなかった世界を見ることができている。感謝してもしたりないぐらいだ」
「ええ。そうでしょうな」
宮司も嬉しそうに笑ってくれる
「雪霞様。神語りの方はいかがですか?」
「やはり体調がいい分、沢山会話できるし・・・目が見えるお陰で、姿も少しだけ捉えることができるのだ。これは、通常の神語りでも可能な事か?」
「いえ。神語りが神様の姿を視認するというのは初めての事であります」
なるほど。神語りは本来、神様の姿を視認できない
・・・つまり、これは私の力がいかに強いのか改めて実感する
「宮司、私は今後、神語りの回数を増やしたいと考えているのだ」
「それは私共にとっても嬉しいご提案ですが、なぜでしょう」
「憑者神のお陰で、私はこうして再び起き上がることができている。憑者神にもきちんとお礼はする。しかし、その儀式を行った神宮にもお礼をしたいのだ」
「なるほど。しかし、まだ無理をされるのは・・・」
「しばらくは様子を見ようと思う。月一から週に三回。通常のお役目以上の回数の神語りで、神宮や村に奉仕できたらと考えているのだ。どうだろうか」
「ありがたきお言葉感謝いたします。神主にも話を伝え、今後の神語りを決めていきましょう」
「感謝するよ、宮司」
「はい。雪霞様。さて、竜胆様。今晩は雪霞様の事もあり、詳しくお話しできませんでしたが、今、今後のお役目のお話をしてもよろしいでしょうか」
「は、はい!」
宮司の視線が、ふと智と祝の方に向けられる
その動きの意味を分からないほど、私も衰えてはいない
視界は凄い。ぼやけていても情報が多くて・・・少しの動きだけで誰が何を考えているかわかる
「・・・智、祝、二人は元の業務に。そしてお役目を果たしてくれ」
「はい。雪霞様」
「承りました」
智と祝を退室させて、私と鈴と宮司だけが残される
「私も出た方がいいか?」
「いえ。雪霞様にも聞いておいていただきたいお話でございます」
「ほう・・・」
憑者神のお役目を、神語りの私に聞かせていい内容なのか気になるか、いてもいいのならいさせてもらおう
「通常であれば、主なお役目は村を巡回し、病や怪我で倒れた村人を癒すこと・・・なのですが、今回は特別に、竜胆様には雪霞様の護衛を主なお役目とさせて頂きます」
「護衛・・・」
「やることは御付とさほど変わりない。しかし、宮司。なぜ私の護衛なのだ?」
本来なら、村人を癒すという立派なお役目がある
しかし、その恩恵を私だけが享受していいものなのだろうか
「今回、護衛をお役目にしたのは雪霞様の容態が想像以上の回復を見せていたというのと、神語りの力が強化されている部分ですね」
「・・・他の神語りが、暴動を起こす可能性があるとでも?」
「ええ。雪霞様がいれば、他の神語りは不必要となります。力の強いものは神宮に残されると思いますが、弱い者は通常の村人に戻り、神宮からの支援が切られますね」
「なるほど。生活がかかっているものや、神語りの席を何としても守ろうとするものは襲い掛かってきそうだな」
前者であれば思い当たる人物は沢山いる。しかし、生活がかかっている人間は皆、事故能力の研鑽に余念がなかった
私の元に神語りのコツを聞きに来た者もいる・・・その為、前者に当てはまる人間は神語りの力はかなり高いものが多い
神宮に切られる心配はないだろう
しかし、問題は後者だろう
神語りだと威張り、能力を磨こうとしなかった人間ばかり
・・・例えば、義弟のような存在
彼らならば、神宮に切られる可能性も少なくないだろう。そして私を逆恨みする可能性もまた、低くはない
「はい。その為、護衛を竜胆様に努めていただこうと思います」
「しかし、私も・・・護衛というには」
「憑者神としての力で、身体能力はかなり強化されています。お心当たりはあるのでは?」
「確かに、走る速さが全然違いました」
「それに、貴方は雪霞様の御付である錣山殿より、武術の教えを受けていると風の噂でお聞きしました」
「本当なのか、鈴」
「は、はい・・・事実でございます」
鈴がそんな努力をしていたとは、初耳だった
錣山から報告も受けていないし、隠していたのだろうか
「雪霞様の為に、今後は彼をお守りするために武術を嗜んでおくべきかと思い、錣山さんに教えを受けていました」
「その事実もありますし、なおかつ雪霞様と共に歩いていても違和感がないという点では、竜胆様が適任かと思いまして」
「そう、だな・・・鈴。頼めるか?」
「はい。私の主である雪霞様の為です。そのお役目、ありがたく拝命いたします」
鈴は自信のこもった声で、宣言してくれる
こんなにも頼りがいのある御付に成長してくれて嬉しさを感じると同時に、私は不安を覚えてしまう
鈴が、遠くに感じてしまったのだ。どこかに行ってしまうような気さえしてしまう
なぜそう感じたのか、なぜ不安を覚えたのか私はわからなかった
「通常のお役目も果たしてもらいます。その時、雪霞様も同伴していただければと考えております」
「私が、鈴のお役目に?」
「はい。竜胆様のお力が常に身近にあった方が、雪霞様の快復の糧になると思われますし、それに、今まで体調の事もあり、村人との関りはほとんどといってもいいほどありませんでした」
「そうだな。その通りだ」
「この機に、村人と関わってみていただきたいと思いまして。村人たちも、雪霞様にお会いしたいと思っているものは多数おりますし・・・」
「私は構わない。折角の機会だし、それに人と関わることも大事だから」
「それでは、今後・・・そうですね。週に四日。雪霞様のお役目がない日に、竜胆様は通常のお役目をお願いします」
「はい。宮司様」
「それでは私は失礼いたします。それではまたお役目の時に」
「ああ。また」
そして宮司は私の部屋から出ていく
それを確認して、私と鈴は緊張の糸を解くように大きく息を吐いた
「・・・雪霞様、お疲れですか?」
「ああ・・・宮司と話すのは久々だからな。凄く、緊張した」
「それにしては凄く堂々とされていたと思いますが・・・」
「そういう風に振る舞うのも大変なのだぞ」
「なるほど・・・」
互いに残る緊張を取り払うように、他愛ない会話をしていく
意外とその会話は長続きしてしまい、気が付けば日が真ん中になっていた
それに気が付いて、また互いに笑う
ああ、こんな日が来るなんて夢のようだと思いながら、私は一日をゆっくり過ごした




