そして青年の世界は開かれる
鈴の音がする
その音で、混濁した意識が束ねられてはっきりしてきた
なんだか暖かい。心地いいというべきか
「・・・なんなんだろうな。これ」
再び鈴の音がする
かつての鈴が、私の行くべき道を教えてくれていたように
まるで鈴がこっちですよ、というように
私はその鈴の音を信じて前を歩く
どんどん空気が温かくなっていく。今まで感じたことのない暖かさ
もっと、もっとと、暖かさを求めて進む
その先で待つ輝きを放っている見知らぬそれを手に入れるために
・・・・・
花籠家に戻ってきてから、私はすぐに手に入れたばかりの力を彼に使いました
使い方は頭の中に刻まれている
能力を発動すると同時に、青緑色の髪が、桜色に染まる
彼を癒すための光が、そして炎が彼の周囲を舞う
これで癒せているのだろうか。いや、癒せるはず。この力を、私が信じなくて誰が信じるのだ
「うう・・・・」
「雪霞様?」
「・・・・す、ず?」
彼の目がゆっくりと開かれる
「はい。鈴です。気が付きましたか?けれど、もう少し眠っていてください。もっと、癒しますから」
語りながら手を握ると、彼は安堵したように微笑んでくれる
久しぶりに見た、楽そうな表情にこちらも頬が緩んでしまうが今はきちんと集中しなければいけない
気を抜いてしまうのはよくないことだ。集中集中
「・・・なにが、起きているんだ?」
「詳しいことは後で説明します。だから今はゆっくりしておいてください」
「うん。まあ、もう少しだけ眠っておく」
「はい。おやすみなさい、雪霞様」
「ああ。お休み、鈴・・・」
彼はもう一度目を閉じる
目覚めてくれたことに安堵しながら再び憑者神の力を使っていく
大丈夫、きちんと効いてくれている
今は一週間前ぐらいの健康具合だと思う
もっと、もっと、元気にしたい
願いを抱きながら、私は一晩中、ずっと力を彼に使い続ける
私の精神力が切れて、倒れてしまい・・・そのまま眠ってしまったのは日の出の頃だった
・・・・・
頭の上に何かが触れる
とても気持ちがいい。昔を思い出す
「鈴」
「なに、ですか?」
「よくできたな。今日の課題もばっちりだ」
「ほんと、ですか。じゃあ、ごほーび。ちょうだください」
「はいはい。頭を撫でればいいのだろう?おいで、鈴」
「はい」
まだ幼い時に、私は雪霞様に御付として出された課題をこなすたびに頭を撫でてほしいとせがんでいた
彼が撫でてくれると、とても心がほっこりする
もっと頑張ろうと思えた
今も、そんな気分が・・・・気分が?
「はえ?」
「目が覚めたか、鈴」
「はい、え、ここ・・・あれ?」
視界に灯りが広がる
そして、顔を上げるとそこに体を起こした雪霞様
身体を自力で起こせるほど元気になられてよかった。顔色も良好だし・・・もう何も心配はすることはなさそうだ
しかし、なぜ彼の顔が上に?
今度は視界を下に向ける
視界に広がるのは、いつも雪霞様が使われているお布団
そして私に掛けられているのは、彼の羽織だ
今、私は彼の膝を枕にして、彼の羽織を掛布団にして・・・彼から頭を撫でられていた
「どうして、こうなったのでしょう・・・」
「覚えていないのか?昨日一晩中私に何かをしていたようだが・・・」
「え、はい。それは覚えています。それから、疲れて眠って・・・」
「そのまま朝になったようだな。私が目覚めたら上に乗っていて・・・一瞬誰かと思った」
「そそそそそそそんな!申し訳ないことを!」
「気にするな。私がこう、起き上がれるようになったのは鈴のお陰なのだろう?」
「はい。私は・・・」
憑者神の力を手に入れて、その力で貴方を癒しました・・・と告げようとすると、言わなくていいというように、私の口に彼の指が添えられる
・・・狙い通りに添えられた指に驚きはしたが、何も言わずに話を聞く
「いい。わかっている。こんなことができるのは、あの力だけだから。だから、聞かせてほしい。憑者神になったのは、まさか、私の為か?」
「はい。私はもう一度、雪霞様に元気になってほしくて・・・それだけです」
「それだけの為に・・・」
「その為にです」
「・・・そうか」
指を離し、彼はそれ以上何も話さなかった
よく見たら顔が少しだけ赤い
「雪霞様、まだ具合悪いですか?」
「いや、そういう訳ではないのだが・・・夏だから暑いなとは思っている」
「それはいいことです。昨日までは寒い寒いと言われていましたから」
「そうか。じゃあ、今は普通なのか」
「そうですよ。元気になってくれて嬉しいです」
私が笑うと、彼も笑ってくれる
綺麗な藍色の瞳と目が合った
見えていないとわかっていても、それがむずがゆくて目を逸らしてしまう
「鈴」
「は、はい!あ、そろそろ起きないと」
「いい。疲れているのだろう?お前さえよければしばらく横になっているといい」
「いえ、流石にそういう訳には・・・」
身体を起こし、布団の横へ移動する
少しだけ乱れた着物を整えながら、彼の前に座った
見えていなくても、彼の前ではみっともない姿でいたくない
「膝、疲れていませんか?」
「これぐらい平気だ。鈴は大丈夫か?」
「はい。私は大丈夫です。元気ですよ。雪霞様」
「それならいいんだ」
彼は安心したように目を閉じる
そして、何かを考えるように再び目を開いた
「・・・鈴」
「なんでしょうか」
「綺麗な色の髪だな。まさかここまで綺麗とは思っていなかった」
「はい。ありがとうございます・・・え?」
今、彼はなんと言った
本来の彼から出るような言葉ではないのはわかっている
能力はまさか、彼の目まで治したのだろうか
困惑している私を傍目に、彼は話を続ける
「私は色彩に疎いからよくわからないが、鈴の髪の色は凄く綺麗だと思うぞ」
「・・・見えて、いるのですか?」
「ああ。視界はぼやぼやで、手元ぐらいしかまともに視認できないが・・・色ぐらいはわかる。これは、鈴の力ではないのか?」
予想外のところにも力は作用してくれていたらしい
暗闇しか知らなかった彼は、この日初めて「色」を認識した
他人の事なのに、自分のように嬉しくて、自然と涙が出てくる
「鈴、泣いているのか?」
「はい。嬉しくて、泣いています」
涙を拭い、もう一度、笑みを作る
「見えているんですね、雪霞様」
「ああ。盲目だった私が色や姿形を視認できることになるなんて思っていなかった。近くであれば鈴の顔もきちんと見れたから・・・」
「本当ですか!」
「ああ。巳芳たちが言っていた通り、とても綺麗で可愛らしかったよ。大きくなったな、鈴」
眠っている間に顔を近づけたのだろう
少しだけ恥ずかしいが、それ以上に視力が戻ったことの方が嬉しくて、そんなことは深く考えなかった
「ありがとうございます、雪霞様」
「こちらこそ、元気と視力を与えてくれてありがとう、鈴。こんなにも、綺麗なものが見れて私はとても嬉しいよ」
憑者神としての初日は、とても良き日で始まりました
出会った時よりも元気な雪霞様。視力が見える雪霞様
これ以上ない、幸福な日々から、私の憑者神としての日々は始まったのです
そして・・・・
「・・・あいつの視力が戻った?それに、健康状態も良くなった?」
「虚弱で盲目だから、他の神語りの存在が許されていたのに、あいつが元気になったら、目が見えるようになったら・・・俺たちいらねえじゃん」
「・・・消さなきゃ。俺たちが、この村で存在が許されるために」
同時に・・・裏で動く不穏な空気も動き出していく
部屋の外で花籠修治は血の繋がらない兄である雪霞の生還を心の底から恨んでいく
その心に、雪霞も鈴も気がつくことなく朝の時間は過ぎていく




