花籠の神語り
柳永村は、山に囲まれた小さな集落である
そこの最高機関ともいえる「神宮」は、山奥に存在していた
その道のりには、険しい坂道にかなり多い階段が待ち構えている
今の私ではお役目の為に山奥の神宮に向かうのが難しく、常に錣山に抱きかかえられてお役目に向かう・・・というのが、ここ三年間の私のお役目へと向かう方法だ
「・・・雪霞殿、随分軽くなられましたね。食事は摂っておりますか?」
「いや、最近喉を通らなくてな」
「・・・きちんと食べていただかないと。丈夫になれませんよ」
「雪霞様、もう少しで神宮に到着です」
「そうか、鈴。伝えてくれてありがとう」
彼女の鈴の音が、静かな山の中で優しく鳴り響く
彼女は鈴の音で私に行く道を示す、導き手としての役割をあの日からずっと務めてくれていた
昔は手を引いてくれていたが、今はもう私の身体が持たないものだから案内だけ
本当は鈴に手を引かれて歩きたいのだが・・・もう、叶わないだろう
「・・・来たぞ。神のお気に入り」
「・・・一度に複数の神と対話できるなんて嘘ではないのか、あの虚弱体質で」
いつも通り、他の神語りのお役目を背負った者から出迎えという名の嫌味の洗礼を受ける
もう気にしていない。気にしている場合ではないからだ
しかし、彼の嫌味だけはきちんと聞いておこうと思い、今日も聞き耳を立てる
「クソッ・・・なんでこいつがお気に入りで、俺が凡才なんかの枠に・・・」
今日もまた僻みだけを与えてくる彼が私の義弟「花籠修治」
・・・心の底からどうでもいい、血のつながりのない義弟だ
「花籠様。お待ちしておりました」
「神主・・・すまない、待たせてしまって」
「いえ。ささ、こちらへ。御付の方々はこちらでお待ちいただけますかね?」
「はい。雪霞様」
「ありがとう、錣山」
「雪霞様、いってらっしゃいませ!」
彼の事などどうでもいい
今は、お役目に集中しなければ
私は錣山から離れて、鈴の見送りを受けつつふらつく身体を神主に支えられながら神語りのお役目を果たすために社の奥へ向かった
そこが神域に一番近いから、より多くの神様と対話できるらしい・・・
いつも通りに、紋を展開させて神語りの準備を整える
神主の話だと、私の紋の色は山吹色らしい。私が持つ髪と同じ色
神語りと言うのは、常世と現世を繋いで常世に住まう神々と語る力だと言われている
しかし・・・こうして神語りを行うようになり知った事実はかなり多い
例えば零条と一年のこと
彼らも神様の一人であり、私を守っている存在
そして二人と語れていたのは私自身が無意識に神語りを行っていたと知ったときは驚いた
「お久しぶりです。雪霞様。また、痩せられましたか?」
「きちんと食べておられますか?雪霞様」
「すまない。零条と一年・・・私もそろそろ限界が近くてな」
神様である友人として、関わっている
彼らは私が来たことを歓迎してくれているようで、次々と声をかけてくれる
現実と神域の境界が揺れて、曖昧になる
神語りが始まったことを、それは暗に示してくれていた
「雪霞、無理をしてはいけないよ」
「あまり力を使わせないように、お役目を早く終わらせてあげるのが我々の務めである。皆の者!雪霞に情報を伝えるのだ!」
「ここ一ヶ月はずっと晴れだ。雨は降らないよ」
「けど、私、雪霞ともっと話していたい」
「我儘を言ってはいけないわ。雪霞、水分補給を怠って死に至るものが三人と予見されているわ。村人に水分補給を怠らないように伝えて頂戴」
「せっか、おまえのおとうと・・・おまえをころしにくる。きをつけろ」
「でも、それであの二人を処分できるチャンスよ。逃さないようにね」
「雪霞殿。今年の冬はとても厳しい。疫病も流行り、まともな作物は育たなくなる。夏と秋のうちに蓄えておくことをお勧めしよう」
「疫病を避ける方法は?」
「ない。むしろその疫病はなぜか、お前が運んでくると予見されているのだ」
「・・・どういうこと?」
「わからない。雪霞殿・・・気を付けることだ」
そう言って、彼らの声は聞こえなくなる。現実と神域の境界がはっきりした感覚がする
神語りが終わったのだ
「はあ・・・」
神語りというのは無意識だと楽なのだが、意識してしようとすると異様なまでの疲労感が襲ってくるのが難点だと思う
「・・・神主。ここ一ヶ月は晴れ続きだ。暑さが続くから水分補給を怠るなと村人に」
「はい。他には?」
「・・・冬はとても厳しくなるそうだ。今のうちに蓄えを。以上だ」
神語りが終わった後、神主は私に神語りの内容を問う
これを伝え終わるまでが、私のお役目だ
「はい。確かに・・・やはり、花籠様は素晴らしいですね」
「・・・なぜだ?」
「五十人が神語りして聞いた内容を、一人ですべて聞いてしまうのですから・・・あなたがいかに神に気にいられているのかよくわかります」
一人で五十人分働くから疲れるのか・・・道理で
「・・・しかし、そうですね。冬が厳しくなるのなら、我々も儀式の準備に取り掛かるべきでしょうか」
「儀式?ああ、憑者神のか?」
憑者神・・・それは、人に、動物神を憑かせて、人知を超えた力を使う者を指す
かつて、村に危機が迫った時にその憑者神の力を借りて危機を乗り越えたという話はかつて、父に聞いた記憶がある
この村に危機が迫るのなら、その選択も視野に入れるべきだろう
動物神は十二支に属した生き物を用いたと聞く
「攪乱の子」「呪詛の丑」「必勝の寅」「隠密の卯」「治癒の辰」「召喚の巳」
「疾風の午」「快眠の羊」「盗取の申」「鼓舞の酉」「獰猛の戌」「豊穣の亥」
・・・それらの性質を持って生まれてくる、らしい
「では、早速・・・器の準備から始めないといけませんね」
「その辺りの知識は私にはない。ここは不干渉ということで構わないか」
「ええ。後はお任せくださいませ、雪霞様。こちらはこちらでやらせていただきます」
神主との会話が終わるころには、私は既に神宮の外に来ていた
「では、また一月後・・・お願いしますね」
「ああ。では、今日はここで失礼するよ」
「お疲れ様です、雪霞様!」
「ああ、鈴か。うん、疲れた。もう帰りたい」
「錣山さん」
「はい。雪霞様、抱えて屋敷まで運びますね」
「うん。後は、任せたよ」
鈴と錣山、そして声は出さなかったが智の出迎えを受けて、私は安堵したのか力が抜けて鈴に寄りかかってしまう
否、力が抜けて倒れてしまいそうになった
「え、あ・・・雪霞様!?」
「疲れた・・・」
「・・・お疲れ様です。本当に」
倒れかかった私を、鈴が優しく抱きとめてくれる
お疲れ様と語る声は、昔のような無邪気さを感じさせない
ああ、鈴は凄く大きくなっている。私より丈夫そうで安心した
それから錣山に抱きかかえられて、私たちは屋敷への帰路についた
「・・・嬉しそうだねぇ」
「かなり痩せられていました。食事が合わないのでしょうか。もっと食べやすいものを、作った方がいいのですかね」
「お袋に相談してみる?」
「そうですね。料理といえは三陽さんですし!」
「俺からも伝えてみるよ」
「ありがとうございます。智。雪霞様に喜んでいただけるように、料理も頑張らないとですね」
「雪霞、喜ぶといいな。頑張れよ」
「はい!」
・・・まーた、二人が会話している。うらやましい
「雪霞様、疲れています?眉間にシワが」
「なんでもない」
「・・・?」
この時、疲労を抱えていた私は大事な選択を踏み誤ってしまったことに気がついていなかった
あの時、きちんと憑者神の件に関わっていれば
智と祝の運命は・・・わからないけれど、何よりも大事な彼女の運命ぐらいは変えられただろうか




