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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第三章:過去辿りと激動の35日目
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貰い、貰われの関係で

「雪霞、様。綺麗になった」

「そうかそうか。それはよかったな、鈴」

「今は石鹸のいい香りがしますよ。鈴」

「ほんと?」


水を含んでべしゃべしゃの髪を私の着物に押し付けてくる鈴

それを必死に抑えて、水気を拭こうと試みる巳芳に挟まれた私は、とりあえず巳芳から手ぬぐいを借りて鈴の頭を拭いていた


「鈴、大人しくしてくれないか」

「むー!」

「綺麗になったのを雪霞様に教えているのですね」


生臭さは消えて、鈴の香りは石鹸のいい香りだ

髪も乾けばきっとふわふわ、きっと今の鈴は身なりと素行以外はどこからどう見ても普通の子供だろう


「けれど、鈴。雪霞様に濡れた体で触れると、雪霞様の体温を奪ってしまいます」

「奪うと、どうなる?」

「雪霞様が風邪を引いてしまいます。もちろん、濡れたままでいる貴方も風邪を引いてしまうでしょう」

「風邪は、怖い」

「はい。風邪は怖いですね。では、鈴。しっかり濡れた身体を手ぬぐいで拭きましょう。風邪を引かないように」


巳芳の教えを素直に受け入れているようで、私は心から安堵する

反発したり、嫌がったりするのかとか考えていたが・・・鈴は利口な子のようだ

きちんと物を教えていけば、年頃になるころにはきっと、聡明な女性に成長しているだろう


そう遠くない未来の事を考えていると、誰かがこちらに来るようで床が軋む音がした


「雪霞様、呉服屋の方がいらっしゃいました」

「ああ。丑光か。私の部屋に通しているのか?」

「はい。言いつけ通り、確かに」

「わかった。では先に私だけ向かおう。私も冬物の着物を仕立てておきたくてな」

「承りました。私がご案内いたします」

「頼む。では巳芳。鈴を軽く整えてから私の部屋に連れて来ておくれ」

「はい。雪霞様」


「鈴。きちんとした着物を仕立てておこう。神宮に叱られないように」

「うん。じゃなかった・・・はい。けど、雪霞、様」

「なんだ、鈴」


鈴が、恐縮したように私の手を握る

丑光の手でも、巳芳の手ではない・・・幼子の手

私より幼い子供の手が私の手に重ねられる


「・・・私は、雪霞様に貰ってばかり。何も、返せない」

「いいんだ。貰ってばかりで」

「いいの、ですか?」


周囲を見ながらこうした方がいいと考え抜いて、作り上げた拙い敬語を使いながら私と対話する

その姿に私は、親が抱くような愛おしさとそして、関心を覚えた

この短時間で、周りから知識を吸収する鈴の姿に

ああ、この子はいつか・・・私の御付では収まらないような人材になるだろう

そんな確信すら抱くような、関心を私は抱いた


「ああ。なんせ鈴は私の御付だ。鈴が私の側に立つために、必要なことは私が与えるのは当然の事だ」

「食事も、鈴も、着物も?」

「ああ。食事は全ての資本。鈴は、目が見えない私が鈴を見つけるために必要なもの。着物も、私の側に立つのなら綺麗なものを身につけなければならない。なんせ私はこれでも、この村の神宮に仕える立場の人間なのだから、御付もそれなりのものも求められる」


鈴の頭に手をのせる

それをゆっくり動かすと、鈴から猫が喉を鳴らして喜ぶような感じで、嬉しそうな声が発せられた


「鈴、もしお前が貰ってばかりだと気にするのなら、お前は御付としての働きを頑張ればいい」

「・・・貰ってばかりは、働いたら気にならない?」

「いいや。その働きで、私に力をくれればいいのだ」


「力を、雪霞様が貰う?」

「そう。私は鈴に「御付として必要なもの」を授ける。その代わり鈴は「私にはない力」を私にくれないか?」

「それで、貰ってばかりじゃない?」

「ああ。私も鈴から色々な力を貰っているからな。錣山からも、零条からも、一年からも、巳芳からも、丑光からも同じように貰っている。これで、私も鈴も、貰ってばかり、あげてばかりではないだろう?」

「うん。そうだ、ですね!」


おかしな敬語に笑みがこぼれる

声からして、巳芳と丑光も笑ったのだろう

隣にいる鈴が抗議するように私の腹に顔を埋めてきた


「まだまだ敬語は勉強しないといけないな、鈴」

「はい。雪霞様!」


今度はすんなり出てきた

子供の成長は、早いものだな

・・・私もつい半年前まで子供だったのに、大人ぶった態度に笑いが零れた


「呉服屋を待たせているだろうから私は行くよ。丑光、頼む」

「はい。雪霞様」

「巳芳、先ほどの通りに」

「承りました、雪霞様」

「それでは鈴。また後でな」

「はい!」


全員に挨拶を済ませた後、私は丑光に手を引かれて呉服屋が待つ自室へとゆっくり足取りを進めていった


・・・・・


「全く、お袋のやつ・・・こんな重要な物忘れていきやがって。なんで俺が花籠の家まで持って行かなきゃならないんだよ・・・」


村でも指折りの名家である花籠の家に女給として仕える母の忘れ物を持って、俺は長い階段を登り続ける

果てがないと言うわけではないが、正直いきたくないと言う気持ちのほうが強くていつもなら楽勝であるはずの距離も、凄く足が重い感覚を覚え、疲労を強く感じるのだ


「・・・こんなんだったら、他のやつに押しつければよかった」


しかしそれは親父が許さない

元より俺は、将来的に花籠の家に仕えることを望まれている

将来の奉公先に出向き、人脈の一つ築けと誰もが言う


「・・・誰がこんな家なんかに」


階段を上り終えた先で、俺は一息吐く

後もう少し。門の近くにいる奴に荷物を頼めば問題ないだろう

・・・誰かいないだろうか、と周囲を見渡す

そこで俺は、あいつに出会った


薄墨色の髪が風に揺れる

同い年ぐらいの女の子が、門の近くで黙々と掃除をしていた

おそらく女給の一人だろう

・・・俺と同い年ぐらいなのに、もう奉公に出ている

望んだものではないだろうけど、その仕事に対する姿勢は・・・とても綺麗だと感じた


俺の存在に気が付いたのだろう

彼女の瞳が俺に向けられた

夕焼け色のようなそれに見つめられて、少し浮かれてしまうが・・・そんな場合ではないと握り締めた荷物が伝えてくれる


「あれ、貴方は?」

「・・・女給の、巳芳三陽の忘れ物を届けに来た。巳芳智からと言えば、わかるから。頼めるだろうか」

「ええ。勿論です」


荷物を手渡し、その場から急いで立ち去る

彼女にまともにお礼も別れの挨拶も言えていないが、今の俺にそれは難しいことだと理解した


心臓が今までないぐらいに激しく動く

顔だって異様に熱い。なんなんだろう。この感覚は

どれだけ遊んでも、こんなことにはならなかったのに

自分の身に何が起きたのか、さっぱりわからなかった


「・・・また会えば、わかるのだろうか」


頭に描くのは、薄墨色の髪を持つ少女

名前すら知らない。ただ、俺はもう一度彼女に会いたいとだけ心から思うのだ

けれど、今の俺ではあの家に毎日立ち入ることはできない


「・・・お袋の誘いに乗るのは嫌だけど、こうするしかない」


あの家に普通に出入りできるようにする方法はただ一つ

お袋や親父や、周囲が言うように花籠の家に奉公へ出て、御付として暮らすこと

多忙だと思うが、そんな最中でもあの子にもう一度会えるぐらいはできるだろう

そう、信じたい


これは、巳芳智の不純な動機から始まった物語

雪霞と鈴が出会った日の裏であった、もう一つの出会いのお話だ


「・・・早く、また会いたい」


心からの願いを一人で呟く

この出会いが、この一目惚れが、後にこの村を滅ぼす「とんでもない悲劇」を引き起こすことは・・・子供の俺は知らないことだ

ただ、俺は何度時が巡ろうとも思うのだ

彼女に出会えたことは、あの時の俺にとって最大の幸福だったと言うことを

心から、そう思い続けている



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