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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第三章:過去辿りと激動の35日目
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御付の鈴

「・・・どういうこと?」

「零条・・・お前が言いたいことはわかるが、この子はまだ何も知らないのだぞ」


歳も近そうな、盲目な少年がそう嗜める

私は少年の不可解な行動に首をかしげた

しかし、目に見える疑問を浮かべても、私の疑問を理解してくれるのは彼の隣に立つ錣山と呼ばれた男だけだろう


「なあ、こいつは・・・「何と」話しているんだ?」


男は私の問いに答える前に一度、雪霞と呼ばれた少年の方を見る

こちらの会話に耳を傾けていないことを確認してから、彼は口を開いてくれた


「・・・神様と対話しているのだ。零条様と呼ばれる方と・・・一年様と呼ばれる男神のようだが・・・」

「これが、この男のいう「神語り」なのか?」

「・・・と、神宮の方々は言うけれど。初めて見た時は、正直目の見えない少年の虚言かと思うだろう?」


私は無言で頷いた

どうしても、男が一人で言葉を紡いでいるだけにしか見えないのだから

けれど、と男は言葉を続ける


「けれど、零条様と一年様がお与えになる知識はきちんと雪霞殿の中に蓄積され、そしてこの村の繁栄に繋がっている。彼は確かに、神と対話しているんだ」

「へえ・・・」

「一度に複数の神と対話したのは歴代初と言われている」

「そんなに凄いことなのか?」

「凄いことだ。常人である我々は神様と対話することなど叶わない。普通の神語りのお役目を持つ子供も、一人が限界だ」


零条と一年と会話する雪霞を、私は眺める

異様な光景だが、その光景は、理解のある者が見れば神聖なものなのだろう

・・・私にはよくわからないが


「・・・ああ、一年。お前に頼むぞ。ああ。お前の事は信頼している」

「・・・一年というのは、私に語り掛けることはできないだろうに」

「だからお前の教育は自然と、雪霞殿の御付をしている俺が担当することになる。錣山総一郎てつやまそういちろうだ。よろしく頼む・・・ええっと、お前は?」

「・・・名前、ない」

「・・・わりと重要な問題がのしかかってきたな」

「おや、二人は何を話しているんだい?」


盲目の男は神語りが終わったのだろう

今度は私たちの声がする方向に声をかける


「・・・雪霞殿。この子供、名前がないようでして」

「それは困ったな。むう・・・そうだな」


雪霞は懐をまさぐり、巾着袋を取り出した

そして中から何かを取り出す

それは、チリンと音を立てて巾着袋から取り出された


「・・・これだ」

「これは・・・鈴ですね」

「鈴、だな。よし、お前。今日からお前の名前は二階堂鈴にかいどうすずだ。名づけの記念にこれをやろう」


そう言って雪霞は私を手招き、手の平に鈴を手渡した


「・・・にかいどう、すず」


初めて与えられた名前という符号は私の中にしっかり刻まれる

二階堂鈴、それが私の名前

少年が付けてくれた、私の名前だ


「そう。そしてお前は今後その鈴を身に着けるのだ。その音の先にお前がいると信じて私は進んでいこう」

「・・・重要な役割だぞ。お前は雪霞様を導くお役目を与えられた」

「雪霞を、導くのか?」

「そう。お前が前を歩き、私に行くべき道を示すのだ。それはそうだな・・・導き手といえるお役目だろう。難しいだろうが、最初は錣山が手伝ってくれる。できるか?」

「わかんないけど、がんばる」

「その意気だ。これから頼むぞ。鈴」

「うん」

「うん、ではない。はいだ。それと、呼び捨てではなく、殿か様を付けろ馬鹿者」


早速隣の錣山から熱いツッコミが入る

雪霞は笑っているが、錣山は笑っていない

ここは訂正した方がいいだろう


「・・・はい。雪霞、様?」

「よくできたな、鈴。私はそれを許すが、周囲は許さないから気を付けておくように」

「はい」

「では錣山。家に戻ろう。河童の問題は解決したと報告をするのと、鈴を・・・綺麗にしてもらえるか?」


私の匂いに我慢していたのだろう。雪霞様の表情はどんどん青ざめていく


「う、承りました!ほら、鈴。行くぞ!」

「・・・私はもうしばらくここで涼んでおく。鈴を屋敷に送り届けたら迎えに来てくれ」

「承りました!ほら、鈴!走るぞ!」

「無茶言うな、です。錣山、さん」

「私の前では無理して覚えたての敬語を使わんでいい!ほら、抱きかかえてやるから行くぞ!」


錣山に抱きかかえられて、私は生臭い香りを放ちながら花籠の家に連行される

そして、家についたと同時に水を張った桶の中に突っ込まれた


「ぶへぁ!?」

「お前はしばらくそこに浸かっていろ!私は雪霞様を迎えに行くから!」


慌ただしい足取りで、錣山は先ほどの場所に雪霞、様を迎えに行ったのだろう

と言うか、今更だがあの少年の名前は花籠雪霞でいいのだろうか


「・・・今更すぎる?」


私は洗われる野良犬の気持ちで桶に浸かりながら、少しだけ生暖かい水を堪能して彼の到着を待った


・・・・・


鈴を花籠の家に置いてから、すぐに私を迎えに来てくれた錣山

道中で石鹸と手ぬぐいを買い足し、呉服屋に新しい着物を繕いたいから三時間後に家に来てくれと頼んだ


「ただいま戻りました」

「あらあら、お帰りなさいませ。雪霞様」


女給長であり、この家の使用人の中でも私寄りの存在である「巳芳三陽みよしみよ」は快く私の帰宅を迎えてくれた


「巳芳。三時間後に呉服屋が来るから私の部屋に通してくれるよう、使用人に伝えておいてくれるか?」

「勿論でございます。それと、あの桶の事なのですが・・・」

「桶。ああ、そこに鈴を浸からせたのか、錣山?」

「左様でございます」

「錣山には、庭師の四谷よつやより、戻ってきたら知らせてほしいと言われておりまして・・・」

「ああ。後処理の手伝いだろう。錣山、お前は四谷の元に。巳芳、お前は桶の子を洗うのを手伝ってもらえないだろうか?」

「ええ、構いませんよ。雪霞様。ぜひ、お手伝いさせてくださいませ」

「では、行こうか。巳芳」

「はい。ああ、いわい。呉服屋が来たら雪霞様のお部屋にお通して頂戴」

「わかりました!」


元気のいい返事をしたのは「丑光祝うしみついわい」だろう

新入りの声はなかなかに覚えられないが、彼女の声は印象的ですぐに覚えることができたから間違いない


呉服屋の事を伝え終えた後、私は錣山と繋いでいた手を離し、今度は巳芳の手を握り、彼女に桶がある方まで案内してもらう


「雪霞様。到着しましたよ」

「ふむ。鈴、生きているか?」

「生きてる。水さいこー」

「・・・元気そうで何よりだ。さて、巳芳。この子は二階堂鈴。今日から私の御付として面倒を見ることにした」

「左様でございますか。あ、では呉服屋の話も・・・」

「ああ。鈴に新しい着物を仕立ててやらないといけないと思ってな」

「なるほど。鈴、私は巳芳三陽。雪霞様の元で女給をしております。これから身の回りの事は躾けますから、覚悟をしておいてくださいませ?」

「え・・・」

「では、巳芳。始めようか」

「はい。雪霞様」


私は買ってきた石鹸を巳芳に手渡す


「・・・三陽、恐ろしそう」

「当然です!バカ息子のようなことにはさせませんからね!まったくあの子は雪霞様の御付という名誉なお役目を与えられたというのに・・・いつまで経ってもほっつき歩いて・・・本当に申し訳ございません、雪霞様・・・」


彼女はそう言いながら私から受け取った石鹸を鈴に擦り付けているようだった


「あうあう」

「い、いや、いいんだ。さとしもまだ遊びたい年頃なのだろうからね・・・お役目はもう少ししてからでもと・・・おい、巳芳。鈴が凄くあうあう言っているのだが、大丈夫なのか?」

「あうあう?」

「なぜそこで疑問形なんだ鈴ぅ・・・・!」

「あら、雪霞様。この子・・・」


鈴のあうあうが聞こえなくなったということは、巳芳の手が止まったのだろう

しかし、彼女は凄く不思議そうな声を出していた


「どうしたんだ、巳芳」

「この子・・・女の子だったんですね」

「女の子」

「ええ。そうです。え、まさか雪霞様・・・確認せずにつれてこられたんですか?」

「・・・」


え、嘘。冗談じゃないよな

鈴にはこれから、錣山の補助をしてもらおうと考えていた

その業務には「私の護衛」も含まれている

流石にそれは、女性には酷なものだろう


「・・・どうしたものか」

「女給見習いにするというのはいかがですか?」

「いや、私、雪霞様の御付じゃなきゃやだ」

「・・・わかった。しかし、確認しなかった私にも非がある。鈴に任せる仕事はきちんと考えるから、少し時間を貰えるだろうか」

「?ん、わか、りました?」

「巳芳、終わったら声をかけてくれ」

「はい。それまで縁側で涼んでいてくださいませ」


巳芳に後を任せ、後は手探りで縁側の方に向かう

そこに腰かけて、私は自分の失敗に頭を抱えながら、楽しそうな鈴と慌てる巳芳の声を聞いて、彼女が洗い終わるのを待った

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