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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第三章:過去辿りと激動の35日目
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二階堂の河童

常夜の闇

それが、産まれた時からずっと私が生きている世界だった


錣山てつやま

「はい。いかがなされましたか、雪霞様」


こうして、誰かに手を引かれなければ、外出も難しい


「今日も継母から言われているのだろう。わかっているな。私はいつでも準備はできている」

「・・・私は、貴方様を殺めようと考えたことは一度たりともありません。今までも、これまでも」


錣山はそう言ってくれるが、彼が命令に背き続けて継母から嫌味を言われて暴力を振るわれていることは知っている

私を支えてくれる数少ない人物なのだから守ってやりたいとは思う

しかし、この身体が許してくれない


「盲目で虚弱な私は、花籠の家を継ぐのには耐えきれないさ。継母が言うように、義弟が継ぐのが一番いいことだと思う」


私の目は生まれつき何も映さなかった

この目に光が入ったことすらない、常に闇の世界

それでいて、常に気だるいこの身体。こうやって出歩ける日の方が珍しい

私は、そんな自分に嫌気がさす

健常な身体を持ってさえいれば一人で外出できたし、今、私の手を引いてくれる錣山も守ることができるだろうに

本当に、悔しい話だ


「僭越ながら申し上げますが、花籠を正しく導けるのは雪霞様の他におりません」

「高く買ってくれるな。私は満足にお役目を果たすことができないのだ。お前たちを継母から守ることすら、できないのだ」

「雪霞様・・・」

「さて、錣山。煩わしい話は終わりにしよう。風が涼しくなったな。川の近くについたのか?」


私は五感の一つが失われている代わりに、他のものの感覚か過敏になっている

そのお陰で、目的の場所に到達することができたことをすぐに感知できた


「ええ。二階堂の家があった場所の近くです。ここに河童がいるという噂ですが・・・」

「うむ。では錣山。野原のおじ様からキュウリを買ってくるんだ。河童はきゅうりが好きだと聞くからな」

「承りました、が・・・雪霞様はどうされるのですか?ここで、お待ちになるのですか?」

「ここで待ってみようと思っている。子供の私が一人で座っていたら出てくるかもしれない。キュウリは来なかった時の餌だ」


私の言葉に対する錣山の溜息が深く耳に残る


「・・・護衛は付けていますのでご安心を」

「今日私に河童の話をしに来た二人・・・零条れいじょう一年ひととせだろう?わかっている」

「では、行ってまいります」

「よろしく頼む」


錣山の手が離されて、彼の足音が遠くに聞こえてくる

聞こえるのは水流の音だけ


「・・・なんだか、こういうのもいい気がするな」


新鮮な空気を肺いっぱいに吸いこんで、深呼吸をする

少し冷たい空気が体の中をめぐるのは悪い気はしない。むしろ心地いい


「・・・」


草木が分かれる音がした

上からではない。すぐ横から・・・

どうしたものかと様子を伺ってみるが、どうせ何も見えやしない

それに、零条と一年がいるのならどうにかなるだろうと思いながら気楽に構えていた


「おい」

「・・・なにかな?」

「お前、飯持ってないか」

「飯・・・?ああ、持っていないが・・・」


鼻にツンとした香りが刺さる

私は眉間を寄せて、両手で鼻と口を覆った


「お前・・・生臭いぞ。もしや、お前が河童か?」

「・・・と、呼ばれているらしい。で、飯は」

「持ってないと言っているではないか」

「何か持っているはずだ!いいにおいするし!」

「どういう基準だ・・・?」


その瞬間、生臭い香りが鼻に触れる

む、この感触

河童とかいう未知の生物は人間の童と相違ないのだろうか

河の童と書いて河童なのだから、それもそうかもしれないが・・・・


「おい!雪霞様から離れろ!」

「おいガキ!暴れるな!雪霞様が怪我したらどうする!」

「・・・ガキ?」


未知の生物ではなく、本当に人間の子供のようだ

背後で護衛をしていた零条と一年が私の前へ急いで飛び出し、臆せず対応している事から推測できる


「雪霞様―・・・きゅうりを、ってなんですこれ!?」


丁度いいタイミングで錣山が戻ってくる


「河童に襲われた。それを零条と一年が押さえている」

「まあ、それはわかりましたが・・・ただの青緑の髪をしたガキではありませんか」

「やはり人間の子供なのか?」

「ええ」


簡潔に事情を説明した後、錣山は落ち着いた様子で私の問いに答えてくれる

しかし、私の興味は既に河童にはなくなっていた

その、子供の方に興味が出たのだ


「ところで錣山。頼んでいたものは買ってきたか?」

「ええ。それと長丁場になることも考えておにぎりも」

「しめた!流石錣山だ!タイミングがいいぞ!」

「どういうことです?」

「私は、河童の子供が気になる」

「貴方自分で何をおっしゃられているかわかってますか?」


そうは言いながらも錣山は私におにぎりときゅうりを手渡してくれる


「・・・飯か?」

「ああ。ほら、お前。こっちに来るんだ。慌てず、ゆっくりな」


零条と一年が子供からどけたのだろう

私の前に生臭い香りが再び広がった。あの子供が目の前にいるのか、湿った何かが私の身体を這う

吐きそうなほど気持ち悪さを覚えるが、必死に我慢しながら子供の前にきゅうりとおにぎりを差し出した


「飯をやろう」

「めしぃ」


左手で握ったきゅうりがガタガタ動く

凄い振動に手を離してしまいそうになるし、騒音が激しく耳を塞ぎたくなるが必死に耐える


「がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり」

「・・・なんだこいつ。すげえ食い方。うるせえし」

「おい見ろ。こいつ、きゅうりをすりおろしたみたいな細かさにしてから食べてやがる」

「うう・・・見てるだけで悲しくなってくる」


三人がそれぞれ抱いた感想も、振動で揺れている私の耳には届かない

一体、目の前では何が起きているのだろうかと考えることしかできていなかった


振動がふと止まる

子供の舌なめずりの音が聞こえた。手に握っていたきゅうりはもうどこにもない

それから、私の手に生暖かい感触が走る


「ぺろ。これは、おいしくない」

「私の手は食べ物じゃないぞ・・・」

「むう?」

「・・・変なやつだなぁ」


私の手を舐めたらしい子供は不思議そうに声を出す

手は食べれないものだと察したらしいので少しだけ距離をとってくれる。生臭さが遠ざかって気分が少しだけ良くなった気がした


「なあ。なあ。緑色のおいしかった。その白いのは?おいしい?」

「緑色はきゅうりのことだよな。白いのは・・・おにぎりの事だろうか?」

「そう。白くて三角。それも飯か?」

「そうだぞ。ほら、これも食べるか?」

「うむ。はあああああ・・・・・・んぐ」


大きな息を吸い込んだ後、私の掌に乗っていたはずのおにぎりが消えていた

一瞬の間にだ

ついでに私の手も消えていると思う

手のひら全体に伝わる生暖かさがそれを証明している


「私の手ごと・・・」

「んぐ、んぐぐ」

「・・・手はペッとしなさい」

「んぐ、んぐ・・・・ぷ、ぺっ。美味しかった」


喉に詰まらせなかったのか・・・そこそこの大きさがあったのに

でも、まあ・・・ご飯も食べ終わったし、これで満足だろう

さて、話を聞こうかと思うと・・・


ぎゅうううううううううううううううううううううううううううううううう


「・・・なんだこの音は」

「腹の音。食い足りない」


子供の盛大な腹の音は周囲に響き渡ったようだ

私たちの他にもその音を聞いた者の声がちらほらしてきたのだから

盛大な腹の音。そしてこの食い意地


「・・・大変だな。お前の腹は」

「今まで水と雑草しか食べてなかった。緑色とおにぎり、美味しいな」

「そうか・・・じゃあ、たらふく、満腹になるまで毎日食わしてやろうか?」

「本当?」


こんな状況を知ったうえで放置なんてできるわけがない

けれど、タダでやるわけにはいかない

だから、それらしい条件を付けよう。この子を、庇護下に置くために


「ああ。その代わり、お前は私の為に働く。できるか?」

「働く?」

「何かを得るためには何かを支払わなければならないのだ。私はお前に十分な食事を、他にも生活に必要なものは授けよう。その代わりお前は私の目となるんだ」

「目」

「ああ。私は目が見えないのだ。それに身体もあまり丈夫ではない。お前に頼みたいのは、私の身の回りの世話となる。できるか?」

「正気ですか、雪霞様。こんな浮浪児を迎え入れるとは・・・」


隣の錣山が耳元で抗議を入れる


「ああ。花籠は、今でこそいい所の人間しか迎え入れていないが、父が存命の時は身分問わず庇護下に置き、使用人として生活を保障していた。傷つくかもしれないが、飯は食わせてやれる」

「雪霞様が構わないのなら、俺たちは構いません。その代わり、後輩としてしっかり教育させてもらいますけどね」

「一年が担当するのなら安心だな。お前は、私についてくれている者の中でも一番知恵があり、厳しくも、面倒見がいいから。せめて継母に殴られないように取り計らってくれるか?」


一年はそれを聞いて、嬉しそうに息を吐く。この男は褒められるのには慣れていない


「ありがとうございます、雪霞様。承りましたよ」

「もしもの時は頼むよ。さて、君」

「・・・ん」


こっちでいいのだろうかと思いながら。生臭い香りがする方向へ向いてみる

きっと、この先にあの子がいるだろうから


「選ぶのは君の」

「飯いっぱいがいい。だから、お前の世話する。怪我もしてもいい。私丈夫」

「よし来た」


飯で釣ったような気がしなくもないが、とりあえず予定通り

しかし、予想外の出来事が起こる


「無礼だぞガキ!この方を誰だと心得ている!」

「零条・・・落ち着いて」

「この方は!この柳永村りゅうえいむらを収める神宮に仕えるお方!この村随一の「神語り」ができる花籠雪霞様だ!使用人の末端に座らせてもらえるだけ光栄なことなのだぞ!経緯を払え!無礼者!」


今度は興奮気味の零条の声が周囲に響き渡った。早速教育とは熱心な男である

さて、彼らはどう出るか・・・私は聞こえる世界に耳を傾けて様子を伺った


これが、私と彼女が出会った昼下がりの記憶である

これは・・・憑者神を祀っていた村「柳永村」に住む二人の子供の過去

「神語り」と呼ばれる神と対話するお役目を持ち、村の均衡を保つ役割を持つ盲目虚弱の少年「花籠雪霞」と


二階堂の家があった川の近くで河童扱いされていた浮浪児

のちに、二階堂鈴となる少女の

出会いの日の事である

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