現代の雪霞、過去の夏彦
「鈴!身体がとても軽いぞ!それに目もよく見える!お前が治してくれたのか?」
「え、いや・・・あの・・・」
夏彦の姿をした雪霞は、鈴の前で嬉しそうにくるくる回る
その光景に鈴は翻弄され、他の三人は絶句していた
「・・・花籠雪霞が死んだのって何歳だっけ?」
震え声で覚は同じ先祖返りの二人に問う
恵からは帰ってくるわけがない。彼女は昔の話を全く知らないのだから
なので、自然と解答権は東里へと回ってくる
東里は一度溜息を吐いた後、自分の記憶を辿る
記録の中では確か・・・と必死に記憶を巡らせ、彼はその問いに対する答えを思い出した
「・・・二十三だったと思う」
真面目な話の中、カシャリと音がする
覚は真面目な表情のままで、恵は若干引きつった顔で話は進んでいった
「そ、それにしては・・・幼くないか。その、なんだ。精神年齢が」
「それは、そういうものだったと考えるしか・・・ないと思うんだ。あ、ブレた」
「おい東里。あえてツッコまなかったがやっぱりツッコませろ。なんだその一眼レフ。どっから出した?」
「夏彦の!貴重な!笑顔を!収めようと!思って!中身違うけど!」
「こんな状態でも平常運転とかめちゃくちゃ気持ち悪いから少し眠ろうな!」
蛇は東里の首元に噛みつき、東里は真後ろに倒れる
彼の手から離れて宙を舞った一眼レフは見事に大破した
・・・ちなみにそれは学生時代からの愛用品のような気がするが、あえて覚はその事実から目を逸らしておく
それを見た覚と恵の心境は完全に呆れていたなんて、互いの心の中に留めておく
ついでに覚はカメラからSDカードを取り出し、恵から木槌を借りてしっかり壊しておいた
「有事な時に馬鹿なことするなよな・・・」
「同感です」
「さて、恵ちゃん。これ、どうする?」
「どうしましょう・・・」
彼らの視線の先にいる、憑者神とお気に入り
「・・・夏彦はどこに行っちまったんだろうな」
「と、とりあえず・・・ここから離れませんか?」
一応ここは「常世」。現世ではない
それにここから出てもショッピングモールだ。自分たちはどうにかなるが、あの状態の夏彦を、現世に放逐するわけにはいかない
何をしでかすかわからないから
「そうだなあ・・・じゃあ、こちらにも軽く眠っていただこう」
覚は夏彦の首元に蛇を放ち、彼を眠らせる
睡眠誘発の毒だ。体に害はない
しかし一瞬で効果が出るのがいい点であり、難点な部分でもある
「雪霞様!?」
鼻提灯を瞬時に出して眠り始めた彼を慌てて抱き留めた鈴は、覚の方を睨みつけた
「いきなり眠らせないでください。頭ぶつけたらどうするんですか」
「悪かったって。そろそろここから出ようかと思ってな。懸念材料は先に眠らせた」
「まあ、そうですね。今の雪霞様は何をするか予測不可能ですし・・・」
「とりあえず、夏彦んち・・・じゃなくて、俺の家の方がいいかな。広いし、東里と練った結界もあるし」
覚は鈴の表情の変化を見逃さない
その反応からして、夏彦の家は既に戌にバレているだろうと彼は察しがついた
だから、意見を変えて自分の家を提案した
そこならばまだ、麻痺で眠る彼女たちにバレていないと思ったし、逃さないようにすることだって可能なのだから
三人はそれぞれ行動に移し始める
彼らにはまだまだやることが積み重なっているのだから
・・・・・
「で、鈴。お前今日はどうやって来たわけ?流石に徒歩じゃないよね?バス?」
「いえ。夏彦さんが運転されて」
とりあえず、今までの流れを再確認していく
俺たちはここで夏彦たちが来るのを待っていた
だから今日はどうやって二人がここに来たのか知らなかったのだ
「珍しいね。じゃあ夏彦の車借りようかな。このまま起きなかったら駐車場代もバカにならないだろうし・・・」
夏彦の鞄から鍵を取り出す
家の鍵と車の鍵を預かって、鼻提灯を出して眠る彼を背負い移動する準備を整えた
「鈴は俺とおいで。治癒、したりないなら道中でやればいい」
「わかりました」
「東里は自分ので戌と子を運んできて。恵ちゃんは東里と一緒にいてくれる?もし俺の麻痺が溶けた時に二人に有効なのは恵ちゃんだからさ」
「わかりました。先輩・・・お気をつけて」
「わかってるよ。それじゃあ行こうか、鈴」
「・・・はい」
声をかけた鈴は、おそらく夏彦のことが心配なんだろうけど・・・それにしては様子がおかしい
何か気がかりなことがあるのだろうか
「・・・あの、先輩」
「どうしたの?」
「少しだけ、少しだけでいいので時間をもらえませんか?」
そんな中、恵ちゃんが俺に声をかける。恵ちゃんの様子も、どこかおかしい気がした
けれど今はそんなことより、背中にいる彼の方が優先順位は高い
「今はそう言ってられない。合流した後なら時間取れるだろうから、話があるならそこでね」
「・・・はい」
憑者になった影響か?なんて的外れなことを考えながら、俺は眠る彼と鈴と三人で移動を開始した
恵ちゃんは無言で俺たちを見送ってくれる
その視線は、俺と夏彦ではなくて・・・
鈴に向けられていたなんて、想像すらしていなかった
・・・・・
「・・・ここは?」
道なき道を歩く
ひたすら暗い道。どこに辿り着くかわからない道
けれど、鈴の音が行き先を導いてくれる
どこに行けばいいのか。どこに行くべきなのか
確かにその音は俺を導いてくれていた
「・・・しかし、何も見えないな」
正面に手を伸ばしながら進んでいく
壁はなければ、障害物もない
ひたすら何もない道を歩き続ける
不安を覚えた瞬間、鈴が大丈夫と語り掛けるように鳴った
お陰で俺はそこへ辿り着くことができた
「・・・大きな家だな」
暗闇を抜けた先に広がるのは大きな家だ
しかしそれは現代的な作りをされている家ではない。伝統的な日本屋敷
「・・・ここはどこなのだろう。それに、時代が全然違うような」
何か情報を仕入れられないだろうかと周囲を見渡しつつ歩いていく
そして俺は、ここにきて初めて人の姿を視認した
その家の一室。ふすまは全て開けられて、空気の通りがよくされている一室に着物姿の男が三人集まっていた
その真ん中には布団が引かれて、これまた一人の少年が大人たちの話を聞いている
「・・・二階堂の家があった場所の近くにある川に、河童が住んでいるのか」
「ええ。子供たちがそのような噂をしておりまして・・・」
「河童というのはその、尻子玉を抜く生き物なのでしょう?雪霞様、どうにかお知恵をお借りできないでしょうか」
雪霞様と呼ばれた少年は布団からゆっくり這い出る
幼いながらに高貴な存在らしい
彼は山吹色の髪を揺らしつつ、ふらふらと立ち上がり、男の声がした方向に手を伸ばしていた
「勿論だ。今すぐにでもその川に行って河童とやらに会ってこようではないか。誰か私の手を引いては貰えないか?」
見当違いのところに手を伸ばす彼の手を、男の一人が握る
「雪霞様。私がお供いたします」
「おお。錣山のところの。今日はよろしく頼む」
少年は微笑んで錣山と呼ばれた男に手を引かれて屋敷を出ていった
子供なのに大人たちに相談されて、慕われている彼は一体何者なのだろうと思い、俺は彼らの後を追いかけてみることにした
そんな俺を、一人の青年は静かに見守る
『・・・夏彦は私の過去を辿り始めた』
『・・・次に、やるべきことは』
声がしたような気がして、後ろを振り向く
しかし、そこには誰もいない
「・・・なんなんだろう」
不穏な空気と、懐かしい空気
二つの空気が存在するこの場所は、知らないはずなのにどこか懐かしい
不思議な記憶の旅は、こうして始まっていく
その先に待つ「始まり」へと向けて




