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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第三章:過去辿りと激動の35日目
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二つの目覚め

「・・・「召喚」しか能のない俺には、人海・・・いや、蛇海戦術以外の方法がとれないのがきついよねえ」

「毒が数種類使えて、相手の動きを封じられる可能性があるだけ十分ではないですか。僕の「隠密」なんて、既にの「攪乱」で封じられていますし、正面突破も夏彦並みの火力がなければ難しいでしょう」


蛇を無数に召喚しながら、覚は「戌の憑者神」の先祖返りである「乾聡子いぬいさとこ」を狙い続けるが、彼女の瞬発力に追いつけず、蛇だけが彼女に狩られていく


「だからと言って、辰に助けを求めるか?」

「何を言っているんですか。任せてくれと言ったのは我々です。今更泣きつくなんて真似できませんし、それに、彼女には夏彦の治療を優先してもらわないと」


二人は自分たちの友人である男が眠る血だまりを一瞥する

龍神を降ろした「辰の憑者神」

その力は「治癒」である

彼女の周りに桜色の光が舞う

それはゆっくりと夏彦の首元に落ちて、彼の首の傷を癒していた


憑者神たちには、それぞれの神に対応した特殊能力が使える

兎神を降ろした「卯の憑者神」の先祖返りである東里が「隠密」を使えるように

蛇神を降ろした「巳の憑者神」の末裔である覚が「召喚」を使えるように

人智を超えた力を、彼らは使用できるのだ


しかし、力があればそれ以上を望むのは人間の性か

巳芳家の覚以外がそうであるように・・・目の前にいる彼女の一族もまた同じ

二階堂鈴は、かつての憑者神の中でも類稀なる才を持って生まれてしまった

彼女が唯一「自ら望んで」憑者神になったからか、それともその力と、彼女が憑者神の力を欲した理由が共鳴したからか

正確なことはわからないけれど、彼女はかつて「一番神に近い者」として崇められていたと、記録に残っていた


「私としては、お気に入りに死んでもらった方が面白い」

「趣味が悪いねえ、鼠。まさかまだあの子を神へ至らせようとしているのか?」

「うん。それが、貴方たちの言うところの過激派の望み。人の神を、誕生させるために彼女は最適な素材だから」

「だから、花籠雪霞の生まれ変わりを殺し続けたのですか?」

「肯定する。二階堂鈴の大事な人は花籠雪霞しかいない。彼を殺して、彼女の治癒を昇華させて・・・「蘇生」の力を手に入れさせるというのが目的なの」


子の憑者神の先祖返りである「祢子涼香ねこりょうか」は、二人に歪な笑みを浮かべる

覚はそれを見て、この怒りをどこにぶつけたらいいか冷静に考える

別にりんどう・・・二階堂鈴の事はどうでもいい


覚と東里にとって、大事なのは夏彦

自分の友人であり、かつての自分を救ってくれた存在だ

覚は高校時代に学内の不良に目を付けられていたところを何度も彼に

東里は浮いていた学生時代、唯一自分を遠巻きにせずに接してくれた彼に救われた

恩人みたいな存在である友人の危機だ。戦わない理由はない


しかし、先祖代々の話をするのなら二階堂鈴の事も少しは気にしている

彼らは幼少期、こういわれて育ってきた

一つは、花籠雪霞の生まれ変わり・・・今代であれば、巽夏彦と巡り合った時は必ず彼を過激派から守り抜け、と

そしてもう一つは

二階堂鈴が「お役目」から解放されるのが、穏健派に集った憑者神の子孫たちの願いだということ


詳しいことはわからないが、長い歴史で世話になったのではないかと思う

だからこそ、彼女を解放したいのだろうという気持ちは幼い東里にはきちんと伝わった


しかし覚には、あまり伝わっていなかったのだ

憑者神として生きることを望んだのに、お役目から解放なんて馬鹿馬鹿しい・・・ぐらいの感覚だった

けれど、夏彦が関係しているのならそうもいっていられない

覚にとって、鈴が憑物神であるのは「不都合」なのだ

夏彦が狙われる最大理由であると言うのも大きいが、彼が密かに動かしている今後の計画の障害になるのは間違いなく二階堂鈴

だからこそ、こうして願いを抱く

「二階堂鈴をお役目から解放させたい」という、彼らしくない願いを


「大事な人間を何度も殺されて、力を使って生き返らせて・・・神に至れ、か。馬鹿馬鹿しくて、溜息すら出ねえな!」

「そんなことの為で夏彦は首を抉られたんですか!死んで詫びろ!ドブ鼠!」

「無能の先祖返りとその末裔がいくら吠えようが・・・」


祢子は二人の意識を攪乱させるために、能力行使の行動をとろうとする

しかし、彼女の腕は動かない

腕どころじゃない。身体が、動かない

なぜ、どうして

その答えは、彼らの後ろにいる彼女にあることを、袮子は瞬時に理解した


「――――――――――――――では、これならどうでしょうか」


覚と東里は後ろからやってきた彼女を見る

小さな耳が頭に生え、長い尾が足元で揺れる・・・丑光恵がそこに立っていた


「・・・まさか」

「遂に覚醒したね、恵ちゃん。待ってたよ」


二人の先輩の声を前に、恵は木槌を宙で叩く

その瞬間、祢子の体勢が崩れた

一気に重力負荷がかかったかのように、彼女の肢体は押しつぶされそうになるが必死に耐えていく


「涼香!?」

「聡子、来たらだめ!そいつ!「丑の憑者神」の先祖返りだ!」


慌てて、任務中は絶対に苗字で呼び合おうと決めていた祢子は、心の均衡を崩していつも通りに乾の名を呼ぶ

警告は乾にきちんと届くが、少しだけ遅かった

乾は既に、恵の能力の射程内に入ってしまったのだから


「捉えました!」


再び宙で木槌を叩く

乾の動きが急に止まり、彼女の顔も引きつり出した


「・・・丑光ちゃん」

「・・・遂に、寅と亥と並ぶ最強の憑物神の先祖返りがお目覚めですね。これが、呪詛の力。強力すぎてむしろ怖いぐらいです」


彼女の覚醒を望んでいた覚自身、出されたものが予想以上のもので内心驚いていた

これほどまでに、しかも初陣でありながらきちんと力を操れるのは、予想外だったのだ


「まあ、積もる話はありますけど。とりあえず巳芳先輩。あの二人に麻痺毒お願いしてもいいでしょうか?」

「なんで知って・・・まあいいか。ほら、行ってこい。お前ら」


覚は蛇を召喚して、乾と祢子に向かって放つ

先程までの追いかけっこは何だったのだろうか

いとも簡単に毒を二人に注入できたが、なんだか複雑な気分を彼は抱く

二人にきちんと毒が回ったことを確認し、覚は蛇を回収し、二人を拘束した


「さて、こいつらは夏彦の治癒が終わり次第現世に連行するとして、その間に恵ちゃんの事を聞かせてもらおうかな。その姿に至るまでってやつをさ」

「もちろんです。先輩、社長」


恵は胸に手を当てて、何度か深呼吸する


「まさか、自分も昨日お二人から聞いた憑者神の先祖返りだとは思っていなかったんです。実感が湧かなかったというのが正しいかもしれませんが」

「丑光家は中立派だからじゃないか?」

「あの、先ほどから派閥がいくつかあるようなんですけど、憑者神って一体何なのでしょう。私、ご先祖様の声で能力の使い方が分かっただけで、後はさっぱりなんですよね」

「じゃあ、きちんと君に憑者神の事を説明しておかないとだね。ここから出たら説明するから」

「勿論です。ご指導ご鞭撻、お願いします!」


また一人、先祖返りが増え、危機的状況は去ったが・・・問題はもう一つ彼らの前に立ちふさがる


「先輩、大丈夫なのでしょうか」

「彼女を、そして夏彦自身の生命力を信じるしかないね。僕らができるのはただ、待つことのみだよ」


不安そうな東里と覚の顔を見た恵

彼女は祈る。彼女もまた、夏彦には何度も助けられた

彼女もまた、彼への恩返しを望む者

今は祈ることしかできない

彼が再びこの場所に戻ってきてくれることを三人は祈った


そして、憑者神の少女は彼の治療を終えて一息つく

怪我自体は修復した

痕は残ってしまったけれど、機能面では完璧に修復できたと思っている

足りなくなっていた血液も増やしておいた

もう起きてもおかしくないのに、彼は未だに目覚めない


「どうして・・・?」


心臓は動いている。ちゃんと、生きているのに


「夏彦さん、起きて、ください」


必死に呼びかけても、彼女の声は「夏彦」には届かない

その代わり「彼」には届いた


「・・・すず?」

「わ、夏彦さん!よかった、どこか痛む場所はありませんか?」


覚たちは違和感に気が付く

なんせ、夏彦は二階堂鈴の名前を知らないはずなのだから

けれど鈴はまだ気が付かない。その名を、彼の姿と声を持つ人物にその名前を呼ばれるのは至極当たり前の事だから

だからこそ、彼の反応に驚くことしかできないのだ


「・・・夏彦?馬鹿なことを言うな鈴。私の名を忘れたのか?」

「・・・え?」


鈴の声は夏彦には届かなかった

なんせ彼は今、魂に刻まれた過去の記憶を辿っているのだから

その代わり、魂の中の記憶にいる彼が夏彦の代わりに表面に出てきてしまっている

鈴の声を聞き届けたのは「彼」だった


「私の名前は花籠雪霞。忘れたとは言わせないぞ、鈴?」


巽夏彦の前世に当たる彼の意識は、確かに鈴の声を聞き届け

自身が死んで数百年後の世界で、目を醒ました

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