日常の終わり
電話を受けた俺は、一階の入り口まで急いで向かう
そこには両手いっぱいの荷物を持った丑光さんとりんどうが待っていた
「夏彦さん」
「りんどう。丑光さん。お待たせ・・・凄いね荷物」
「調子に乗って色々と・・・」
「冬物に、少し暖かい時用の秋物・・・それに防寒具もいると思いまして、つい・・・」
「まあ、これぐらい想定内ぐらいだよ。丑光さんも選んでくれてありがとう。あ、それとね、りんどう。君に渡したいものが・・・あれ?」
俺は先ほど買ったばかりのバレッタを出そうと、ポケットを漁る
しかしそれはどこにもない
・・・走っていた時に落としたのか?
「どうしました、夏彦さん?」
「あれ、確かここに・・・」
「先輩、何か探しものですか?」
「うん。折角買ったのに落としたみたいだ・・・どこに落としたんだろう」
心当たりはあるが、小影さん曰く「常世」という場所だ
そんなところに行っていました、なんて二人の前では言えるわけがない
どうしたものか。せっかくの贈り物なのに、無くしてしまうなんて
「ねえ、お兄さん」
「え、はい?俺ですか?」
背後から声をかけられる
そこには、少しだぼだぼの白いセーターを着た、水色の髪の少女が立っていた
「これ、お兄さんのでしょ。僕、落としてたところを見てたんです。声をかけようとしたんですけど、慌てて移動されたので・・・無事に追いついてよかったです」
買った店、そして包装紙も指定したリボンの色も同じ
間違いなく俺の物だろう
どうやら落としたのは常世ではなかったらしい
よかった。親切な人が拾ってくれて
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ。お気になさらず」
少女は歪にその鋭い犬歯を見せつけるように笑う
なんだか、不気味な・・・それでいて嫌な予感が
「夏彦さんから離れろ!」
「夏彦っ!そいつから離れてください!」
りんどうと、どこから現れたのか東里の声がした
そういえば、と思う
一階の出入り口付近というのに、俺たち以外誰もいない
先程、小夏と誘われた常世と同じ現象が今も起きているのに
どうして、誰も気が付かなかったのだろう
「・・・祢子、君のお陰で上手くいったよ。他の先祖返りも攪乱できて、目的の憑者神もにも気づかれることなく、全員を常世に誘えた」
「それは上等だね、乾。後は――――――――――」
遠くの方にいる祢子と呼ばれた少女は、ネズミのような耳と尾を揺らし、俺の目の前に立つ乾と呼ばれた少女からは犬のような耳と尾が出てくる
りんどうとよく似た性質を持つこの子たちは・・・
「「先祖の悲願を成すために、お気に入りの首を、狩るだけ」」
彼女たちの言葉と同時に、俺の首元に焼けるような痛みが走った
よく見れば、乾と呼ばれた少女が俺の首に噛みついているではないか
人とは思えないほど強靭な力で俺の首を食いちぎろうと藻掻いていた
彼女を引き離そうと俺も抵抗を試みるが、その牙はしっかり首元に食い込んで離れない
血がどんどん抜けていく感覚と、激しい痛みが俺の中を埋めていく
痛い。痛い。痛い
しかし、それから逃れる方法なんてなくて・・・次第には抵抗する力すらも失っていく
「夏彦から離れろ!」
霞む視界の中で、東里は俺の方に駆け、首元の少女に向けて何かを投げた
東里の兎の耳が視界の端で揺れる。その顔は悲痛に歪んでいた
彼が投げたもの。それはどうやらそれは・・・玉ねぎのようだった
なぜここで玉ねぎ、と思ったが・・・それはこんな状況でも有効な手段だったらしい
「ひっ!?」
乾と呼ばれた少女は俺から距離をとる。犬っぽいし、玉ねぎが苦手とか・・・そんな訳、なのだろ・・・うか
「夏彦さん!夏彦さん!」
「・・・・うぐ」
乾が離れ、今度は半泣きのりんどうが俺の元へ駆け寄ってくる
必死に止血しようとしてくれるが、首からの血は収まらない
「目を離してしまった。不安を覚えていたのにも関わらず・・・ネズミの攪乱に気が付くことなく、夏彦さんをこんな目に遭わせてしまった・・・!」
『私はまた同じ繰り返しをしてしまうのか』
途切れそうになる意識の中、貴方の中で声がする
『また私は、鈴を泣かせて、置いていってしまうのだろうか』
鈴、その名前に俺は確かに、聞き覚えがあった
聞いたことはないのに、一度たりともそうだと言われていないのに
なんだか、しっくりくるのだ。目の前で半泣きになっている彼女に
「龍のお気に入り。花籠の生まれ変わり」
「・・・だから、ですか」
「うん。だから消す。お前が、本物の神に至るために、彼の死は必要。ほら、早くしないと死んじゃうよ。それとも死ぬまで待っている?今度こそ、神へと至る秘術を使う?てかもう使えるの?」
「・・・・さい」
りんどうの青緑色の髪が燃え上がるように輝く
全身に炎をまとい、彼女の目元にたまっていた涙は全て蒸発してしまう
その姿を見た俺は、血に濡れて重い腕を必死に彼女へと伸ばした
このままでは、彼女がどこかに行ってしまう気がしたから
「うるさい!畜生風情が・・・!命令しか聞けない駄犬ごときが・・・!今度こそ、お前を八つ裂きにしてやる!前回に続いて、今回も!お前は!お前はぁ!!」
彼女から聞いたことのないような声が発せられる
それに、頭の声は悲しそうに声を震わせていた
『私のせいだ。もういい、やめろ。やめるんだ。私は君に誰にも傷つけてほしくないんだ』
「や、めろ・・・・」
頭の声と俺の声がリンクする
彼と俺の想いが同一になった瞬間、二つの声は合わさって俺から発せられた
『「やめるんだ、鈴」』
その声を出した瞬間に、俺の身体は耐えられなくなり、血だまりの中に彼女へと伸ばした手を落とす
・・・かつての、私のように
巽夏彦の意識はかつての私へ向かって落ちていく
私と鈴の間にあった過去を辿る為に、遠い遠い昔へと
魂が覚えている記憶を辿るために、落ちていく
・・・・
「・・・せっか、さま?」
りんどうちゃんが纏っていた炎・・・桜色の粒子のようなものが消える
先輩が纏っていた、少し異なる空気は消え去り、先輩は血だまりの中で横たわっていた
頭の理解は追いつかないけれど、今わかることは
先輩の命の危機だということだ
「あ、ああ・・・そうだ。私は、私がやることがある」
祢子と乾と呼ばれた二人の少女に背を向けて、りんどうちゃんは意識が途切れた先輩の頭を膝の上に乗せる
「卯と巳の先祖返り。害獣の駆除は任せます」
「・・・俺たちにはちゃんと気づいてたんだね。まあ、いいか。大先輩の命令ときたら、平和ボケしてた俺もやらないとなあ。意気込んでたのに、結局こうなるなんて、自分たちの無能さが痛いね」
「・・・夏彦を危険にさらしたのは僕らの責任です。責任もって奴らは追いますから、貴方は夏彦を」
巳芳先輩と社長はそれぞれ先日見せてくれた姿になって、二人の少女の前に立ちふさがる
私は、私は何ができる
ここで黙ってみている事しかできないのか
無力だから。一般人だから
『自分の非力が憎い?』
頭の中で声がした
ここ最近、毎日のように悩まされた夢の声。ご先祖様の声
今まではわからないと、彼女の言葉を最後まで聞かずに無視していたけれど、今なら答えをきちんと出せる
「憎いよ。大事な人が傷つく姿だけ見てさ、何もできないなんて」
『私たちは、その非力を呪うしかないの。けれどね。それは立派な糧になる。だって貴方の力は・・・・・・・・・・・・・』
「大事な人たちを、救うための裁きの力。それは呪いであり、祝いの、力だから」
頭の声に受け答えると、手には木槌が握られていた
『行って。私の子孫。貴方は、私の親友を、私の背を押してくれた方の生まれ変わりを救うの』
「わかったよ。ご先祖様」
『けれど、それを智の子孫には渡してはいけないわ。また、壊してしまう・・・』
「それは、どういう・・・」
『ごめんなさい。今は詳しく言えないの。けれど、巳には気を付けるの。呪詛吸いをさせてはいけないわ。力を覚醒させた、今はもっとダメだから』
「わかった。私、頑張るね」
ご先祖様の謎の忠告に耳を傾けた後、私は木槌片手に立ち上がる
そして、二人の先輩が立つ戦場へ足を進めた




