たった一つの嘘と、久方ぶりのお友達
フロアを移動して、家具売り場
「うん。人、少ないね!」
「少ないですね!」
「じっくり見れそうですね」
エスカレーターで移動したのだが、やはり衣服コーナーは人混みができていた
なぜこんなにも人が多いのだろう・・・と思いながら、目的の家具屋へ向かう
「りんどうは、その・・・」
今まで客用(主に覚が使っていた)布団を基本的に使って貰っていた
しかし、ほぼ俺のベッドで一緒に寝ていたと思う
けれど、やはりだが・・・彼女用の布団をきちんと揃えてあげないといけない
彼女がこれから先も、家にいるにしても、出ていくにしても
しかし、ベッドではなく布団の方が過ごしやすいのだろうか
けど、ベッドは結構お気に入りのようだし・・・これからも一緒に寝るのは俺としては嬉しいけれど・・・不都合だし、無難にベッドを用意してあげた方がいいかもしれない
三人でベッドのコーナーに向かう
「夏彦さん?お布団のコーナーは反対ですよ?」
「ベッドがお気に入りみたいだし、俺と同じメーカーのマットレスを買って、布団は気に入ったものを買おう。枕もね」
「・・・でも、置く場所が」
「和室をりんどうの部屋にしよう。それなら十分だろう?マットを敷けばベッドも十分使えるだろうし」
「・・・ありがとうございます、夏彦さん。でも、ベッドも安い買い物ではないでしょう?」
「・・・俺自身にも蓄えはあるし、じいちゃんの遺産・・・りんどうの為に使ってほしいと、残してくれたものがあるから大丈夫だよ」
一つだけ彼女に嘘をつく
じいちゃんの遺産は、俺への「慰謝料」として残された
じいちゃんの娘・・・俺の母親に振り回され続けた俺に
そして、何もできなかったと嘆いたじいちゃんとばあちゃんからの慰謝料という名目でそれは俺の手元に残された
受け取るわけにもいかない金を、どうしたものかと考えていたところにこの買い物だ
りんどうの為に使うのなら、じいちゃんも喜ぶだろう
孫の俺よりも、孫らしく接してくれていたらしい彼女の為なら
「でも、あまり無駄遣いしないでください。龍之介さんもそう思っているでしょうから」
「全然無駄じゃないから大丈夫だよ。ほら、どれがいい?気に入ったものを選ぶといいよ」
りんどうの手を引いて、店の中に入っていく
少し強引だっただろうか。いや、でもこうでもしないと誤魔化せないかもしれない
覚いわく、俺はよく顔にでるらしいから
りんどうに嘘がばれないように、俺は彼女の手を引いて前を歩いて行った
・・・・・
寝具を含めた、りんどうちゃんの家具を買いに行く前の先輩は見てわかるほど様子がおかしかった
私とりんどうちゃんはそれに触れない方がいいだろうと、顔を見合わせる
それを終えた後、私とりんどうちゃんは本題の服選びへと繰り出た
先輩は流石に・・・とのことで、別行動。終わったら私が連絡を入れて、出入り口の方で待ち合わせる・・・というのが流れだ
先輩の私服は初めて見たけどかなり好みだった
予め「あまりセンスが良くないし、女性服のことはわからないから」と言っていたが、すれ違う女の子たちの視線を集めていた
かっこいいと周囲から言われていたのに、聞こえていないのだろうか・・・あの人
先輩、もしかしなくてもかなり自己評価低い?
それとも巳芳先輩と社長が整えているから、自分ではよくわからないと言うことだろうか
それでもいいから、一緒に回りたかった・・・なんて言うのは、我儘だろうか
最も、今はその件の先輩は別の場所にいるから我儘を言っても聞き届けられることはないけれど
「・・・人も多いし、いきなり襲撃されるということはないですよね」
先輩が歩いて行った方向を見つめながら彼女は、何かを呟く
やはり人が多いからか、彼女の鈴のような声は聞き取りづらい
だから、距離が近い方がいいだろう。その方がきっと、会話も弾むだろうし
でも、今の彼女はとても寂しそうにしている。社長から何百年も生きている存在だとは伝えられているが・・・普通の女の子と変わりないではないか
先輩と一緒だったら、少しは違ったのかな
きっとこの子は、ううん
この子も、先輩のことが大好きなんだ。だから一緒にいて欲しいんだと思う
なんだろうな。色々と似ている部分が多くて親近感が湧いてくる
「りんどうちゃん、これからの時間は私と二人だけど、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします、丑光さん」
まだ、ぎくしゃくしている
先輩がいないから猶更かもしれない
連絡で、りんどうちゃんは人見知りだと伝えられていたので納得だが・・・私としては彼女と仲良くなりたい
彼女と仲良くなれば先輩と会える回数が増える・・・とか打算的な意味はないとは言い切れないけど
ただ、純粋に彼女と仲良くなりたいという気持ちの方が大きいのだ
「もう。恵でいいよ。丑光さんってなんだか不気味な感じがするでしょう?丑三つ時みたいな感じで」
「は、はあ・・・」
りんどうちゃんから「何を言っているんだろう」と若干困惑しているのが伝わる
丑三つ時って言っても最近はピンとくる人はいない
ネットが普及して、色々な情報が仕入れやすくなった世の中なのに・・・オカルト系はなかなか・・・
「丑三つ時は、逢魔が時と同じく、常世との境界が曖昧になりますもんね」
「え、わかるの!?」
「わかります。そういうのしか、田舎には娯楽がなかったもので」
確か彼女は先輩のお爺様の元で暮らしていたんだよね
先輩の話から推測するに、山奥の田舎らしいのでそういう物しか娯楽がなかったのだろう
その気持ちはよくわかる
「私もね、ここに来るまで結構田舎に住んでいたんだ。それこそ山の中が遊び場みたいな場所でね」
「そうなのですか?」
「うん。だから、私とりんどうちゃんは都会デビュー仲間なんだよ」
「なるほど・・・」
「うん。だから、なんだろう。これからも仲良くできたらいいなあって思っているんだ」
「そう、ですか」
「うん。だから、今回の買い物で私の事も知ってもらえたらなって思ってる!」
彼女の手を取って、自分の素直な気持ちを伝える
彼女は終始驚いていたが、私に握られた手に力を込めてくれた
「そう言っていただけるのは嬉しいです」
「うん。私もりんどうちゃんの事、沢山知りたいな。ねえ、りんどうちゃん」
「なんでしょう」
「私と、お友達になってくれないかな。年も少し離れているけれど、十一歳差なんて大したものじゃいと私は思うし」
気持ちを伝えると、りんどうちゃんは周囲を見渡す
年齢は設定。境遇だって、全てじゃないけれどおおまかに把握している
人ではないことだってわかっている
それでも、私は彼女と友達になりたい。仲良くなりたい
とても似ている彼女自身と、仲良くなりたいんだ
その思いをぶつけると、彼女は困惑したように目を白黒させる
いつもは助言をしてくれるであろう先輩は隣にはいない
だから、これは彼女自身が決めなければいけないのだ
「あ、あの・・・丑光さん」
「なあに?」
「とても、嬉しいです。お友達は、ほとんどいなくて・・・」
りんどうちゃんはゆっくりと自分の気持ちを伝えてくれる
私はそれを急かさず、彼女自身の思いを聞いた
「・・・私でよければ、お友達になってもらえますか、恵さん」
「もちろん!りんどうちゃん、これからよろしくね!」
初めて名前を呼んでもらえた嬉しさを相まって、彼女の手を勢いよく握り締めてしまった
彼女は驚いていたけれど、それに合わせるように手に力を込めてくれた
それから私たちは手を動かして、先ほどまでの先輩と同じく、彼女の手を握る・・・今度は、離さないように
「・・・今度?」
頭の中で知らない記憶がよぎる。なんだろう、この懐かしい感じ
りんどうちゃんをふと、見る
青緑色の髪が小さく揺れる
そして、その髪の中に隠れる二つの鈴が見えた
胸の中がモヤモヤする。頭に何か引っかかった感覚
私は、今日初めて見たはずの、鈴を見た記憶が・・・あるのかな?
「恵さん、どうされました?」
彼女の意識で思考から現実に戻される
「ごめんね。少し考え事。気のせいだと思うから」
「そうですか?無理はなされないでくださいね」
「勿論!じゃあ、そろそろ行こうか!りんどうちゃんってなんだかゴテゴテしたのより、シンプルに可愛い服が似合う予感なんだよね。こっちのお店がいいかも!」
「私もよくわからないので、恵さんにお任せしますね」
「うん!お任せだよ、りんどうちゃん!」
先程のもやもや感は消えて、普段の私に戻る
気のせいだった感覚はまだ胸の中にあるけど、今は気にしなくていいと心の中で思った
今は、彼女と楽しむ方が最優先なのだ
少しだけ距離が縮まった、新しい小さな友達の手を引く
社長が言うには、彼女は憑者神と呼ばれる、元人の異形
先輩に彼女が自分の事をどう伝えるかわからない
人として伝えているのか、正体を隠していないのか、それとも、別の物として誤認させているのか
わからないけれど、それでも
異形と呼ばれる「友達」を、信じたいと、困ったときは味方になりたいと私は心から思うのだ
それが「私」の望みのような気がするから




