買い物当日、忍び寄る影
土曜日の朝十時
ショッピングモールの前まで俺とりんどうは珍しく車で移動していく
公共交通機関を使う機会の方が多すぎて忘れがちだが・・・俺も車を持っていないわけではない
運転は覚や東里と比べるとあまり上手とは言えない部類だが、並ぐらいだと思っている
車での外出が便利なのは自分でも理解している
しかし、遠出や荷物が多いとわかっている時以外はあまり乗りたくないというのが本音だ
「・・・夏彦さん、覚に比べたら運転アレですね」
「視えすぎてな・・・」
「む?度数があっていないというわけではなくて・・・見えすぎる・・・?」
「俺は、あまり信じてもらえないのだが、幽霊とか、そういうのが視えるんだ」
信号待ちの時に、隠していたことを打ち明ける
りんどうはそれに目を丸くしながら静かに耳を傾けてくれた
「そのせいで、車とか運転すると、その・・・交通事故にあった幽霊とかが視えて、気分が悪くなる時があってな」
「それは、大変ですね・・・」
「大人になったら落ち着くかもって東里からは言われたんだが、今も健在どころか・・・前より酷くなっている。前は透明度で区別がついていたんだが、今じゃもう出血の有無とか関節の曲がり方で判別するしかなくて」
「・・・そこまで。じゃあ、今もかなり無理をしているのではないですか?」
「うーん・・・この辺りは事故がないからまだ走りやすいんだ。だから大丈夫。でも、永海に行く時は覚か東里を誘わないときついかも」
信号が青になったので、再び車を走らせる
目的地はもう少し。後もう少しの辛抱だ
その間も、話の続きをしていく
「永海というのは・・・お隣の市でしたよね。かなり大きめの」
「ああ。そこで二十年前ぐらい前に大きな事件があったんだよ。永海バスハイジャック事件っていうんだが・・・りんどうは知っているか?」
「詳細は知りませんが、たくさんの人が亡くなられたとだけ」
「俺の先輩の一人である拓実先輩がこの事件で父親を亡くしていてな、俺の体質のこともあって、父親に会えるかもしれないからと連れて行かれたことがあるんだ」
「・・・ああ。それはかなりキツかったでしょうね。大丈夫でしたか?」
「・・・めっちゃ吐いたとだけ」
「あぁ・・・」
詳細は詳しくは語らないが、あの事件はかなり凄惨なものだった
あのバスに乗っていたのは、永海市長の子息と主犯を除いて乗客乗務員全員の死亡が確認されていた
同行していた拓実先輩には黙っていたが、彼の父親らしき人はそこにいたのだ
けれど、彼が呟く名前は・・・拓真。拓実先輩の双子のお兄さんの名前だけだった
あの人も多くは語らないが、家庭環境に相当な難がありそうだと思ったのは俺の心の中だけに秘めておこう
あの人の内心を俺が理解できるとは思えないから
でも、いつかはきっと・・・それを紐解ける人物と巡り合えると思っている
「でも、あそこでとてもいい人たちにも出会えたんだ」
「どんな人たちだったんですか?」
「・・・境遇としてはすごく悲しい人たちだったんだ。二人の子供を持つ夫婦。半年前に、娘が生まれて、本来なら側を離れたくなかったらしいんだが・・・その日はどうしても、出かけないといけない用事があったそうで、その帰り道にあの事件に遭遇してしまったらしい」
「・・・夏彦さんに見えていたということは、その方々も」
「亡くなってた。けど、その人たちはすごく暖かい人たちでな。ずっと、残してきた子供たちの身を案じていたんだ」
その姿は今でも鮮明に思い出せる
あの優しさも、微笑みも、頼みも俺は一生忘れないと断言できるほどに
「それから視える俺に頼むんだ。夏樹と冬樹。多分、子供さんの名前なんだろうけど、その子たちに、お父さんとお母さんはずっと見守ってると伝えて欲しいって」
「・・・そうですか」
「でも、俺はその二人がどこにいるかわからないから、いまだに伝えられていないんだけどな」
「いつか、会えますよ」
「そうだといいな。あ、もう少しで着く。準備をしておいてくれ」
「了解です!」
気がつけば、目的地周辺
話していたらあっという間だったなと思いつつ、近くの駐車場に車を止めて、少しだけ歩いていく
次に行くところは丑光さんと待ち合わせをしている銅像の前
そこですでに彼女は待っていた
「先輩!りんどうちゃん!おはようございます!」
今日はスーツではなく、待ち行く人々と同じ私服姿
丑光さんは俺たちの姿を見つけると、笑顔で手を振ってくれていた
「おはよう、丑光さん」
「おはようございます、丑光さん」
「今日はありがとうね」
改めてお礼を言うと、彼女は少しだけ慌てた様子を見せる
「いえ。誘っていただきありがとうございます!今日はお力になれるよう頑張ります!一日、よろしくお願いしますね!」
「お願いします、丑光さん」
元気のいい丑光さんと、その明るさに押されているりんどう
大丈夫かな、と見守りつつ俺は二人と共にショッピングモール内へ入っていった
「最初はどうされますか?」
フロアマップを見上げながら三人で相談する
けれど、その相談に当のりんどうは混ざらず、周囲をきょろきょろ見渡していた
「そうだな・・・この時間帯だと、服目当てのお客さんとか多いと思うし、先に布団とか見に行こうかな。次の休みに合わせて宅配してもらえば、問題ないだろうし」
「りんどうちゃんも、それでいい?」
「はい。二人にお任せします」
「りんどうが先に見に行きたいものがあれば、見に行くけど・・・本当にいい?」
「はい。私は詳しいことはわかりませんし、人が多いのならその時間を避けていくべきだと思います。人が少ない方がじっくり見れるでしょうから」
「じゃあ、先に家具を見に行こう」
「はい」
もっともな意見を述べるりんどうの意見も聞いて、俺たちは先に家具の方を見に行くことにする
「りんどう」
「・・・・ついてきてるな」
「りんどう?」
りんどうは何か考え込んでいたようで、声をかけてもなかなか反応が返ってこなかった
何度も声をかけていると、彼女もやっと気が付いたようで少し驚きながら俺へと返事を返してくれる
「はい、夏彦さん。どうしました?」
「もの珍しいのはわかるけど、はぐれたら大変だから。ほら、手」
「はい。ありがとうございます」
見るものすべてが新鮮なのだろう。ずっときょろきょろ周囲を見渡すりんどうは、放っておいたらはぐれてしまいそうだ
俺はりんどうにはぐれないようにと手を差し伸べる
子供みたいな扱いだが、まあ、子供みたいなものだから違和感はないだろう
俺としては、少し照れくさいが
差し伸べた手を、彼女は躊躇いながらも握ってくれる。やはり恥ずかしいのだろうか
「・・・さて、行こうか」
「はい」
りんどうの手を引いて歩いていく
「・・・いいなあ」
背後の丑光さんの独り言は、周囲の声に紛れて聞き取れなかった
・・・・・
一方、少しだけ離れた物陰
遠くの音を聴くためにうさ耳を展開した東里を連れて行動するのは、正直辛い
「おい、東里。こんな人混みの中で発情モードはヤバいって・・・周囲から冷めた目で見られてんじゃん。やめろよ。身内だとか思われたくないから」
「ふへへへへへへへへへやっぱり夏彦はいいねえ。さりげなく手を繋ぐとかそう簡単にはできないよぉ。しかも合法ロリ相手に。やるねぇ。僕も僕もー!」
ショッピングモール入り口付近の物陰から俺と安心と安定の勢いを保つ東里は夏彦たちをストーキング・・・もとい護衛していた
ストーキングしている割には、東里の発情モードのせいで悪目立ちをしている
が、鈴以外には気が付かれていないようだ。それがいいのか悪いのか・・・俺にはわからない。恵ちゃんも、夏彦も慣れなのか、鈍感なのか知らないけどこんなのいたら気付くでしょうに。少し心配になってきた
「・・・憑者神の事を合法ロリって言ってやるな。あいつだって好きでこんなものになったわけじゃ・・・いや違うか」
「二階堂鈴は自分からその身を神に差し出した。だから、好きでこうなったんだよ。でもこの時代までいるのは予想外だよね」
花籠雪霞の為に、彼女はその身を差し出したのだ
彼らの先祖のように、強引に人柱にされたわけではない
彼女は自分から贄になる道を選んだ
そこが、彼らの先祖と二階堂鈴の最たる相違点だ
「僕らのご先祖様とはそこが異なる。だからこそ、能力の親和性も高いのではないかと思うよ」
「どういうことだ?」
「自分から神を受け入れたんだよ。そりゃあ、結びも堅いという訳さ」
「・・・つまりどういうこと?」
「・・・覚はもう少し、家の文献に目を通すべきではないかな」
「なにおう。あんなの知っても何も得られないだろう?」
「・・・ちゃんとしなよ。本当に、もう」
無知な俺に苛立ちを隠さずに、東里は三人の後を追う
「卯の方は把握していたけど、巳もあのポンコツ具合。悲しくなってくるな」
「・・・これなら、楽に仕留められそう」
その背後を、戌の少女が追うことに、俺も東里も気が付かない
それがのちに、大惨事を招くことになるなんて俺たちは微塵も思っていなかった
・・・・・
一方、もう一組。不思議な気配を感じ取った者がいた
「・・・ん?」
その男は、左右の目の色が異なっていた
右目は茶色。左目は水色。ビー玉のような目は、先ほど憑者神が揃っていた場所を見つめていた
「どうした、ちち」
「どうしたの、お父さん」
「どうしたんです、お父様」
その様子を、彼の子である三つ子が異常に思ったのか、心配そうに足元に駆け寄った
「どうしたの?」
「いんや。なんだか関わっちゃいけないものの匂いがしただけだ」
彼の嗅覚は常人の数倍以上ある
それは当然だろう。なんせ彼は人ではないのだから
「関わっちゃいけないって、どういう感じの?雅文さんがいた組織的な?」
「そっちじゃねえよ。いや、それも十分関わったらいけない部類なんだがな?そっちじゃなくて、あれだよ。うちでも祀ってるじゃねえか」
「・・・神様?」
「そう。お前は作られた神様という存在を知っているか?」
「いいや。全然」
「そりゃそうだよな。むしろ知ってたら怖いし」
「・・・気になるね。それ。それに久々な感じ」
「楽しむなよ。一応異常事態なんだから」
「時間旅行と、お父さんで何度も不思議なことは体験させられたからね。もう慣れたよ」
「慣れんな」
「ピギャ!」
男は自分と共に行動する女性に一発デコピンを食らわせる
知り合いの執事直伝のデコピンだ。自分も何度も食らったが、相当な痛みが頭を占める
「い、痛い・・・」
「慣れが一番怖いんだよ。油断すんな」
「了解。で、さっきの話って詳しく聞かせてもらえるのかな?」
「気になるなら、三つ子が昼寝した後に話してやろう。少し、悪い表現もあるから子供には聞かせられん」
「本当?」
「ああ。だから早く寝ろよ。小夏、小白、小瑠璃」
三つ子の名前を呼ぶと、三つ子はそれぞれ異なる反応を返す
「ちちの意志に反して起きておこう」と小夏
「寝た方がいいんだろうけど、気になるな」と小白
「お父様の言う通り、眠ります」と小瑠璃
三者三様の答えを出す三つ子に、男と女は苦笑いで三人を見た
三つ子なのに、どうしてこの子たちはこう全員異なるのだろうかと
嫌という訳ではない。むしろその行動も可愛らしく思える
三つ子だから一緒ではないといけないという訳ではない。むしろ異なっていた方が、個性が出ていいとは思う
しかし、産まれてからこの三つ子の意志が一緒になったことはない
知り合いの双子である一葉兄弟はよく行動がシンクロするので、うちの子もあり得るかも。と話したのは記憶に新しい
・・・今の今までシンクロしたことはないけれど
少なくともこの三つ子には彼と女性の遺伝子が混ざり込んでいるのだから、同じだと言える部分の方が多い
しかし、それを遥かに超える濃い何かが邪魔をしている・・・そんな感覚も覚えないことはない
「・・・憑者神が一人。匂い的には辰の憑者神。それに、先祖返りが四人か。匂いの濃さ的に、一人は覚醒前みたいだけどなあ・・・」
「・・・いつも思うけど、匂いでよくそこまでわかるね」
「そういう生き物なので」
「むう、そんな話はいいから早く本屋さん行こ、ちち」
三つ子が退屈してきたのだろう。小夏が彼の手を引き、早く行こうと急かす
小白はどうしたらいいか狼狽え、それを小瑠璃が宥めている
「続きは帰ってからね、お父さん。三人が退屈してるから。今日は三人の相手を全力でするんでしょう?」
「ああ。はいはい。ほら、小夏。手、強く引くな。転ぶだろ。小白、小瑠璃。お母さんの側離れるなよ」
小夏に手を引かれながら、後ろで待っていた二人に指示を出し五人は目的の場所へ歩き出した
この一家が、この物語の舞台に上がるのは、もう少し後の話となる
・・・・・
「・・・・・!?」
りんどうが、信じられないものを見たかのような表情で後ろを振り向く
目を見開き、その一点を見つめていた
・・・視線の先には、左右の目が異なる男性とその家族と思わしき子供と女性がいるだけだ
何か、不審な点があるのだろうか
「・・・なぜこんなところに」
「りんどう?」
「あ・・・夏彦さん」
「あの人が、どうかしたのか?」
「いいえ・・・昔の知り合いに似ていまして。人違いかと」
「そっか。それならいいが・・・・」
りんどうの行動に、俺の心の中に何かが引っかかる
俺も、彼をどこかで見たことがあるからだ
それに・・・女性の方もなんとなく見た覚えがあるのだ
ふと、視線を移すとその家族はもうどこにもいなくなっていた
少しの違和感を残しながら、俺たちは当初の計画を進め始めた




