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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第二章:神を宿す者たち
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+)33日目:痛いのは、嫌だ

「ただいま。りんどう」

「おかえりなさい。夏彦さん」


いつも通り帰宅した俺は、彼女にただいまの挨拶をする

そう。いつも通り。なんら変わりない風景だ

これでいい。このままでいいのだ


「今日の晩ご飯はお鍋ですよ」

「お鍋か」

「はい。お醤油で味をつけたお鍋です。他に食べてみたいお鍋とかありました?」

「他に?他にって?」

「スーパーとかで売っているではありませんか。お鍋の素みたいなパック。豆乳鍋とか、あごだし鍋とか。反応が薄かったので、何か他に食べたい味があったのかなって」

「いや。俺自身一人暮らしだろう?鍋を作ろうなんて考えなくて、食べたことがないんだ。着替えてくるよ。その間に鍋を温めていてくれる?」

「勿論です。では、また後ほど」


りんどうはリビングの方に向かい、俺は自室へ向かう


「明日はもう十二月なのか・・・」


カレンダーを確認すると、日付は十一月三十日

明日にはまた月が切り替わる


「年末も近いなぁ・・・」


ネクタイをほどきながら、しみじみと思う

今年も色々なことがあったな。まだ後一ヶ月もあるけれど、年明けもあっという間に迎えてしまうだろう

彼女と過ごした一ヶ月が、あっという間に過ぎ去ったように

今年もまたあっという間に過ぎていくのだろうから


・・・・・


「あ、夏彦さん。準備は後もう少しですよ」

「ありがとう。鍋は運ぶよ。へえ、カセットコンロ出したんだ」


お鍋をいつものテーブルに持っていく

その上には古びたカセットコンロが置かれていた


「一度使えるか確認しているので安心してください。しかし、なぜこんなものが?」

「俺が本当の意味で一人暮らしをしていた時に使っていたんだよ」

「本当の意味で、とは?」


食器を運んできた彼女は、机の上にそれを広げながら俺に問う

俺はカセットコンロの火をつけた後、りんどうと共に炬燵の中に入りながら昔話を始めた


「俺が高校入学したと同時に柳永の家からこっちに戻ってきたことは、りんどうも知っているんだよな?」

「はい」

「高校時代はここじゃなくて別のところに住んでいたんだ。木造の家賃五千円の家。隙間風も酷くて、とてもじゃないが人が住めるとは言えないような場所にな」

「へえ・・・」

「部屋についているのは水道だけ。トイレは共用だし、風呂は近くの銭湯に入りにいかないといけなかったんだよ。コンロもなかったから、それで代用していた」

「なるほど・・・大変ですね。まるで昭和期の・・・」

「一馬先輩からも言われたよ。君は昭和時代に生きているのかい!?って」

「正論ですね。しかし夏彦さん・・・」


彼女の手が止まる

なんだか、嫌な予感がして身構える。何を、聞かれるのだろうか


「高校時代は確か、か・な・り遊んでいたようですね。ここは正直に教えてくださいません?お風呂、本当はどうしていたんです?」

「・・・彼女の、家で」

「あー・・・。夏彦さんは遊び上手ですね。節約上手ですね」


若干面白くなさそうに頬を膨らませて、鍋の具材を小皿にいれていく


「はい、夏彦さん」

「あ、ありがとう」

「ほら、食べちゃってください。鱈はとれたてですよ」

「また沖まで釣りに行ったのか!?」

「はい」

「・・・あまり無理しないでくれよ。飛んでいる途中で、あの時みたいに急に羽が消えたりする時もあるかもしれない。その時は助けられないんだから」

「大丈夫ですよ。私、不老不死ですから」

「・・・そうなのか?」


サラリと告げられたその衝撃的なワードに俺は小皿を落としそうになる

それを両手で支えつつ、彼女に問いただす


「ええ。言っていませんでしたっけ?」

「言ってないよ。そんなこと。でも、付喪神だから依代を壊されると」

「そんなわけないじゃないですか。あれ、ただの置き物ですよ」

「・・・そう」


りんどう、もしかしなくても本当に付喪神じゃないな・・・?

付喪神設定なのは嘘なのだろう。もう、自分で忘れてるじゃないか

どうしてこうなった・・・指摘しない方が幸せだろうから何も言わずに進めるけど

彼女は一体何者なんだ・・・?人ではないことは間違いないだろうけれど


「私は死ねないんですよ。ものを壊した程度で死ねたら、楽だったでしょうね」

「・・・じゃあ、今まで」

「そうですねえ。今まで色々なところで色々なことをしていました」


「命を粗末にしたことは、流石にないよな?」

「ないとは言い切れませんね。傷が治るまでインターバルがありますから、その時間を使って死を演出したりしたこともあります。隙をつくのにあの手段をとるしか、なかったので」

「・・・死なないとは言っても、傷付けば痛いんだよな?」

「痛いですよ。でも、もう慣れました」

「・・・りんどう。そんなことに慣れないでくれよ」


小皿をテーブルの上に置いて、彼女の方に向く

あの日見た時、彼女の体には傷一つなかった

それはつまり、彼女は自分で傷を治すことができる体質を持つのだろう

それに不老不死ときたら・・・もう化け物か、神様の領域だ

それでも、自分の身を犠牲にしていい理由はどこにもない

治るからと、痛みに耐えて死を演出したりする必要があったとしても・・・その行動に移すのは異常だ


「今更ですよ。もう、何度も」

「何度も、自分の体を傷つけて、治して、また傷つけるのか?」

「・・・もう、何度もしてきたことです。その必要があったから」

「必要があったとしても、りんどう自身はきちんと痛みがあるんだろう?」

「ええ。でも、それぐらい些細な・・・」

「些細なことじゃない!」


自分でもびっくりするほど大きな声がでた

それに驚いたのは俺だけじゃない。目の前にいるりんどうも

俺はこたつから出て、彼女の側へと移動する

それから、彼女の左手をとって語りかける

思うように、気持ちのままに


「痛いのは、嫌だ。俺が痛いのも、君が痛いのも、想像するだけで嫌だ」

「夏彦さん・・・」

「約束してくれ。もう、自分の身を犠牲にするようなことはしないでくれ」


声が震える。あの日から泣いた記憶すらないのに、目に涙が浮かぶぐらいに目元が潤んでいる感覚を覚えた


「・・・わかりました。約束しましょう、夏彦さん」

「ああ。約束だ」


指切りをしながら、約束を交わす


「・・・もう、痛いのは嫌だからな。誰も痛くないように」

「心配しないでください。もう痛いのはありませんよ」

「それは、よかった。ん?」


りんどうも同じように、炬燵の外に出て俺と向き合ってくれる

それから、俺の頭をその小さな手で撫でてくれた


「りん、どう?」

「痛いのはもう絶対にありません。大丈夫ですよ。もう、安心してください」

「・・・うん」

「では、食事の続きをしましょう。早くしないと冷めちゃいます」

「そうだな」


再び炬燵の中に入って、夕食の続きをし始める

なんでここまで痛いのが嫌だと思ったのだろう

彼女が傷つくのは嫌だ。たとえそれが自分の意思でも

けれど・・・俺はそれよりも痛いのが嫌だと思うのだ

体が「痛み」という言葉を拒絶し、全身が重くなる感覚さえ覚える


「・・・忘れている過去に、何かあるのか?」


食事を口に運びながら思い浮かんだ疑問に答えを出す

過去の思い出し方なんてわからない

それでもきっと、東里やりんどうの言い方からして俺の過去には何かがある

忘れていた方が幸せなほどの、過去が存在するのだ

思い出すべきかわからない

けれど、取り戻さなければいけないと思う

それはきっと必要なことだから


「・・・ん?」

「どうしましたか?夏彦さん」

「りんどう。味付け、今日は薄いな」

「え?そんな馬鹿な・・・」


食べても食べても、今日の夕食には何も味がない

それがおかしいなと思って、りんどうに聞いてみると、そんなはずはないというように目が見開かれて彼女も食事を口にする

俺自身、そんなわけあるとは思わない

りんどうが食事に手を抜くことなんて、絶対にない

あそこまでこだわりのある彼女が・・・こんな失敗をするはずはない


だからこそ、全ては「ここ」に答えがある

俺は口元に手を当てて、自分の異常を噛み締める


「・・・ちゃんと、味はあるのに。まさか」

「・・・すまない。りんどう」

「夏彦さんが謝ることではありません。しかし、これはあまり好ましくない状況ですね。対策を考えてみます。少し、お時間をいただけますか?」

「・・・明日には治っているかもしれない。昨日のこともあるし、また風邪の引きかけかもしれないからな。味覚がないのも、そのせいかもしれない。ほら、気を取り直してご飯食べよう?変なことを言ってごめんな?」


そういう話ではないことは、俺自身わかっていた

でも、今はこうして誤魔化すことしかできなかった


「いえ・・・お気になさらず。あまり無理をしないように」

「・・・ああ」


改めて食事を口にする。味はない。味がわからない


「・・・なんで」

「・・・夏彦さん」


久々に、気まずい食事の時間は流れていく

自分の身に何が起きているのかわからないまま、日付も進んでいく

不安もまた、心を蝕んでいく

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