+)32日目:扉越しに伝わる
見覚えのない場所
そこで、山吹色の髪を持つ青年は茶髪の青年と何かを話しているようだった
なんだろう、茶髪の青年は覚によく似ているのだが覚ではない
それに、山吹色の青年も俺によく・・・似ているけれど、俺ではない
なんなんだ。この夢は
知らないのに、知っている気がする
『・・・そうか。あの子は・・・隠し子なのか』
『ああ。誰かまではわからなかったけどな。それと母親は既に他界している。元々は猟師のようだ』
『そうか・・・』
『あの子も、一人なのだな』
あの子が誰のことかわからない
けれど、どこか心をかき乱すような気持ちが拭えない
どうして、なんで、わからない
この夢は、夢じゃない?
・・・・・
嫌な残痕だけを残して、俺は目を覚ます
「はぁ・・・はぁ・・・」
変な頭痛と変な汗
荒い息は止まらない。全身が、自分のものではないような感じがする
とても、気持ち悪い
「すぴぴ・・・すぴぴ・・・・」
「一汗流してきたらスッキリするかな・・・」
「すぴ・・・すぴぴ・・・」
「・・・」
先ほどから聞こえる気の抜けるような寝息
ふと隣を見れば、なんとりんどうが眠っているではありませんか
彼女はいつも俺よりも遅く寝て、早く起きる
その為、一ヶ月近く一緒に過ごしているけれど一度も眠ったところを見たことがなかった
「りんどう?」
「すぴ・・・すぴ・・・」
「なんだろう、この寝方」
りんどうの寝方は普通の寝方ではない
うつ伏せと言った方がいいのだろうけれど・・・そうではない
顎を枕に乗せて、首が痛みそうな寝方で寝ているのだ
映画とかアニメで見るようなドラゴンの寝方と言われれば、納得するけれど・・・寝づらくないのだろうか、これ
それでいて特徴的な寝息
すぴぴ・・・すぴぴ・・・と小さく音を立てて、鼻提灯を膨らませる
なんだろう。この生き物。パッと見おかしい姿なのに、凄く可愛らしいのだ
「すぺっ!?」
「わっ!?」
鼻提灯が割れて、りんどうの目が開かれる
「夏彦さん。目覚められたんですね。よかった」
「あ、ああ・・・でも、俺、ベッドに辿り着いた記憶がないんだけど」
「私が運びました。服は・・・ベルトだけ外させてもらいました。あったら寝辛かったでしょうから」
だから若干ズボンが緩いのか・・・
腰に触れつつ、それがないことを改めて確認しながら彼女と視線を合わせる
「ありがとう。りんどう。でもまだ眠いだろう?後は自分でどうにかするから、眠っていて欲しい」
「んー・・・そうしたいのは山々なのですが、もう五時ですからねえ。そろそろ起きる時間ですし、このまま一緒に起きてしまいます」
上体を起こして、大きく背伸びをする
ぼんやりした瞳ははっきりと開かれ、あっという間にいつものりんどうになった
「改めて、おはようございます。夏彦さん。具合はいかがですか?」
「今は大丈夫。でも、変な夢を見たんだ」
「変な夢?」
「着物姿の、俺と覚に凄く似た人物が話す夢。知らないはずなのに、知っている気がする夢なんだ」
「・・・おかしな夢ですね」
「ああ。あまり深く気にしない方がいいだろうな」
変な夢でふと、丑光さんのことを思い出す
彼女もこんな感じの夢を見ていたのだろうか。目覚めた後に、不快感を覚えるような夢を
何度眠っても、休まらない夢を
心を休ませることを許さない夢を、見続けているのだろうか
「そうですね。いつもの夏彦さんのように深くは気にしないスタンスでいいと思います!」
「そう、だな・・・うん」
深く考えた方がいいのに、深く考える思考を止める
もう、どうでもいいではないか
思い出したってきっと、いいことはない
「そうだな。いつも通りにしておこう」
「また見るようでしたら相談してくださいね。話ぐらいなら聞けますから」
「ありがとう」
「む!」
頭をこちらに差し出して、久々に撫でることを御所望する付喪神
俺が眠ってから色々としてくれたであろう彼女の頭に手を乗せて撫でる
やはり心地いい。俺にとっても彼女にとっても一番心が安らぐと感じるほどに
髪を掬いながら、彼女の頭・・・頭上ではなく側頭部を中心に撫でていく
これが、彼女が一番好きな撫で方だから
「・・・む?」
「・・・・どうした?」
「その、撫で方をなぜ?」
「いや、なんとなく。なんとなく、これがいいと思ったんだ」
「・・・あなたも、ですか」
りんどうは目を閉じて、それを心のままに享受する
「あなたもって?」
「その撫で方は、私の名前をつけてくれた主人がよくしてくれていた撫で方なんです。とても、夏彦さんに似ていらっしゃるんですよ」
「そう」
りんどうにとって、とても大事な人である「主人」に俺は似ているらしい
けれど、それに喜ぶことはできない
全く、笑わせてくる
俺は彼女と過ごす「その先」を望んでいけないような人間なのに、彼女の可能性も、過去にも・・・醜い感情を向ける
とても、汚い。自分自身、そう思うのだ
「・・・意外と反応が淡白。完全に思い出したわけではない?」
「どうした、りんどう」
「なんでもないですよ。しかし夏彦さん。とっても汗臭いです」
手から頭を離したりんどうは俺に顔を向ける
若干顰めっ面になっていたそれに、必死に言い訳をしながら俺は手を自分の方に戻した
「・・・起きたら凄い汗をかいていたんだ。夏場みたいに。今は冬場なのにな」
「汗に季節は関係ありませんよ。お風呂に入って一汗流してきてください。その間に、朝食を準備していますので。けれどあまり無理をされないでくださいね。万全でないのなら、お休みをしたっていいのですから」
「そういうわけにはいかない。大丈夫。一汗流してくるよ」
「はい。お着替えは?」
「自分でできるし持っていくよ・・・」
しかし、眠る前にやろうとしたことを思い出す
そういえば、昨日はアイロンをかける日だった
つまり・・・今はもうアイロンがかかったワイシャツがない状態ではないか?
「・・・」
もしかしたらと思いクローゼットを開いて確認する
残念。全然アイロンがかけられていないワイシャツしかかかっていない
「・・・どうしましたか。夏彦さん」
「一つ、聞いてもいいか?」
「なんでしょう」
「アイロンって、使い方教えたっけ・・・?」
「アイロンなしでも、私は付喪神パワーでワイシャツのシワのばしぐらい楽勝ですよ。でも今日は一枚。時間も惜しいですし」
「助かるよ。ありがとう」
「どういたしまして。それと、帰ってきて余裕があれば、アイロンの使い方を教えてくださいね?」
「勿論。でも、流石に頼りっぱなしは・・・」
「頼ってください。こういう時もあるでしょうから。二人で半分ずつ、代わりができるようにしましょう?」
クローゼットの前に歩いてきた彼女が小さく微笑んだ
しかしそれから目を逸らして、自分の気持ちを押し殺す
「ありがとう・・・じゃあ、後は頼むね」
「はい。お任せください」
着替えを一式持って、部屋を出る
洗面所に入り、一息ついた俺は洗面台の鏡の中にいる俺と目があった
「・・・俺は」
『私は、昔から』
出てきた結論は、これからどういう変化を生むのかわからない
頭の中に巡る声も、わけのわからない夢も・・・わからないことばかり
けれど、これだけは確かに言えるのだ
出してはいけなかったはずの、答えを出してしまうのだ
「俺は、彼女が好きなんだ」
『私は、彼女を愛しく思う』
鏡に額を合わせて、小さく呟く
きっと部屋の外には聞こえていないだろう
大丈夫。この思いは、一生俺の中に閉じ込めておこう
彼女の側に、俺のような出来損ないは・・・相応しくない
・・・・・
お風呂に入ってから、そのまま仕事着に着替えるつもりであった彼の忘れ物であるベルトを持ってきた私は、洗面所に繋がる扉の前に座り込んでしまう
声を出さないように口を押さえた
夢じゃない。夢であって欲しくない
素直に喜びたいのに、喜べない
声で理解した。今の「彼」は「彼」が、混ざりかけている
彼が出てきた兆候はあった。けれどここまで意識が表層に出てきているとは思っていなかった
覚と智の関係のように、二重人格のような存在の仕方ではない
もう、二人の独立した意識が同時に表層に出てきているのだ。かなり危険な兆候と言えるだろう
でも、今までこんなことは一度もなかった
神語りとしての能力が高いからか。それとも・・・
可能性は無限にある。これから先、何が起こるかわからない
細心の注意を払いつつ行動をした方がいいだろう
「しかし夢ですよね・・・覚と丑光さんの前例を考えるに、夏彦さんも前世の夢を?」
同じ想いを持ってくれていることに喜ぶ前に、今は彼の危機に対する行動をしなければならない
本当なら、今すぐ洗面所に乗り込んで「同じですよ」と声をかけたいのに、そんな場合ではないことも理解している
悔しいけど、今の私のすべきことは決まっている
全て片がついたら・・・きちんと伝えよう。この想いを、成就させるために
今はそのままでしかいられないけれど・・・
何があろうとも、私が守り抜きますからね
胸の中で心の整理をつけた私は、ベルトを持ったまま一度寝室に戻る
何事もなかったような雰囲気で過ごすことぐらい造作もない
けれど、今日は・・・とてもじゃないが
「いつも通りって、どんな感じでしたっけ・・・」
ベルトを片手に項垂れつつ、朝の時間は過ぎていく
もう、今まで通りには戻れない




