+)29日目③:夏に続く四季の思い出
覚から連れてこられた場所は、いかにもお高そうな料亭だった
膨大な敷地の中に作られた日本屋敷はすべて料亭の一部らしい
「・・・一見様お断りとかいう看板初めて見たんだが」
「気にすんなって。俺常連だから」
「お前が常連な店なんて、おつまみ一品でも今の手持ちで足りると思わないんだが」
「お袋たちにつけるから平気平気。夏彦にご馳走したって言えば笑顔で支払うよ」
「それはそれでどうなんだ覚・・・」
俺とりんどうは覚に腕を掴まれてそのまま料亭の中に連れて行かれる
「あら、巳芳様。遠路遥々いらっしゃいませ」
「三人。いつものコースで早速お願いできるかな?それと、離れの個室がいいな」
「かしこまりました。こちらでございます」
こなれた様子で玄関にいた女将だと思われる女性に覚は色々と頼む
本当に何度も来ているようだ・・・流石金持ち
それから俺たちは女将に案内されて料亭でも少し離れた場所に位置する個室へ通される
「夏彦さん、この壺超高そうです。触ったら怒られるやつですかね?」
「・・・座布団フッカフカなんだが」
「こーらお前ら。アホ丸出しムーブしない!大人しく座る!」
俺とりんどうは覚から首を掴まれて、そのまま座布団の上に座らされる
しかしこういう場所に来る機会のない俺たちは、他にも色々と見て回りたくて、座布団の上で何度も足の向きを変えながらそわそわしてしまう
「そわ・・・」
「そわわ・・・」
「二人とも落ち着きないね?」
「だってこういうところ全然来ないし・・・」
「あーも。一回外出てきたら?」
「じゃあ俺は庭を少し見てくるよ。りんどうは?」
「私はこの壺を見ていたいです!」
なぜか興奮気味に壺に執着している
・・・まあ、何か興味が引くようなことがあったのだろう。俺は二人に断りを入れてから、部屋の外に出て庭園の方を見に行ってみた
・・・・・
夏彦が部屋を出た後、俺は熱心に壺を見る二階堂鈴に声をかける
「で、なんでお前はそんなに壺にご執心なわけ?」
「これ・・・花籠の家にあったものとそっくりなんです。雪霞様の部屋に置かれて、四季の花を生けていた壺に」
「そ。買ってあげようか。これ」
「いりません。巽家に置くスペースはありませんし、何よりも今の私にも、夏彦さんにも必要のないものですから」
彼女は壺をじっと眺めながらそう答え、名残惜しそうに視線を何度も壺に向けながらそう答える
全然要らなそうに見えないのが逆に笑いを誘いそうになるなぁ・・・
「じゃあ夏彦におねだりしたらいいじゃん。壺はいらないけど、花瓶が欲しいですって」
「はて、花瓶とは」
なぜここで首を傾げられるのか理解ができない
なぜ壺はわかって花瓶がわからないのだろうか
「花瓶を知らないのかこの憑者・・・あんた、阿佐ヶ谷春子のところにいたんならそういうのは普通に知ってるだろうに」
「春子の家は花より鉛玉ですよ。鉄砲玉がたくさんいました」
「「あった」じゃなくて「いた」のかよ・・・流石だね、阿佐ヶ谷組」
口には言えないやのつく家業をしていた阿佐ヶ谷の武力を持ってしても、戌の攻撃を防ぐことができなかった
・・・そんな一族に鍛えられた次代の戌を、俺たちみたいな戦闘特化ではない憑者神で太刀打ちできるのだろうか、という不安がないと言えば嘘になる
目の前にいる彼女に基本的に頼ることになるだろう。回復特化とは言え、辰の力を自由自在に使いこなしている・・・純正な憑者である二階堂鈴に
・・・話を切り替えよう
俺が聞いて見たいのは花瓶を知っているかなんてチンケな話じゃない
彼女が、そして今ここにはいない彼がこれまで辿ってきた時の系譜だ
「じゃあ、霞屋秋太郎は?あの人はどうなのよ」
「秋太郎は・・・戦時中でしたからね。花なんて何も。あっても爆風でベしゃーですよ」
べしゃーとはなんだべしゃーとは
特徴的な表現を用いて、イメージ的には可愛らしく感じないこともないが・・・普通に爆弾で吹き飛ばされたってことだよな?
・・・しかしそんな激戦時代も生き抜いているのか、こいつ
「じゃあ・・・里見冬実」
「同じく戦後ですから。そのようなものは聞いた覚えがありません。生きるのに必死でした」
まあ、彼女に関しては情報あるし、その最期も聞いたけど・・・非常に胸糞悪い話だったな
しかし、まあ、聞きたいことは聞けてよかった
まさかこんなところで夏彦の前世にあたる人物の話ができるなんて
・・・まあ、その流れに持って行ったのは俺だけれども
やればうまくできるものなんだな
「しかし覚。花瓶とはなんでしょうか」
「花をいける瓶。壺より小さいやつ」
「なるほど。確かにそれならば巽家にあっても大丈夫そうです。今度買いにいきましょう」
「・・・買いに行くって、ガチでおねだりするの?年甲斐もなく」
「失礼ですね。私とて働いたことがない箱入り娘ではないのですよ。きちんと稼いだお金の一つぐらいあります!」
そう言って二階堂鈴は懐からがま口財布を取り出す。少し年季の入ったもののようだ
・・・財布に「鈴の」って書いてある。もしかしてこの憑者・・・アホの子か?
「むふん!」
「自慢するなら少しぐらい家に入れれば?」
「・・・大した額はないので。強いていうなら漱石さんが三人ぐらい」
「切ねえ・・・夏彦と合流、というか巽の家に着くまでどうやって暮らしてたんだよ」
「野宿ですけど」
「汚え・・・」
すんなり出てきた衝撃的な事実に素直な言葉が飛んできてしまう
確か阿佐ヶ谷の家が滅びたのは八十年代のこと。それから夏彦が生まれた年、そして家を出た時間から考えて・・・
「お前四十年ぐらい野宿してたわけ?流石に引くわ」
「何おう!私は元々野宿っ子だったんですよ!ホームなレスもできるんですよ!」
「自慢にならんわ!あー恥ずかし。俺のご先祖様の友達がこんなアホの子だったなんて恥ずかし!」
「・・・その間私が何をしていたかまでは、貴方でも突き止められていないと見ました」
流石に俺の煽りで怒りが最高潮に達したらしい彼女は、拳の骨を鳴らしながら俺の方へと歩いてくる
「・・・はへ?」
「秋太郎も冬実も春子も、私が弱かったから失った命です。そんな無力さに苛まれた私が、四十年の時をただ無意味に過ごしたとお思いですか」
「・・・その様子が、ただ過ごしていたわけじゃなさそうだね」
「四十年、山で狩猟を兼ねて修行を少々。熊ぐらいなら一捻りですよ。模擬戦を行いたいというのなら・・・受けて立ちますが、命の保証はしかねます」
ただ、首元に指が向けられているだけなのに
なんだろう、この鋭利な刃物を向けられているような感覚は・・・
しかし、こんなのがいれば・・・夏彦も早々やられることはなさそうだ
ある意味、安心した
しかし忘れてはいけないが、こいつ若干アホの気配がする
・・・強くても、油断していたら何もかも意味がないのはわかってるんだろうね?
「俺の負けだよ。全く、そうならそうと言ってよね」
「話を聞かずに煽ったのは貴方ですよ」
指が離され、命の危機はゆっくりと去る
それに安堵の息を吐きながら、再び普段通りに彼女と話を続けていく
「しかし、お前いつまで黙ってる気なの?」
「・・・」
「夏彦に本当のこと言ってないんでしょう?」
「言えるわけがないじゃないですか。私は、正真正銘の化け物ですよ。貴方も、言えますか?自分のその身に宿る化け物のことを・・・彼に、ちゃんと伝えられますか?」
「・・・ごめん。酷な事言ったね」
「わかればよろしいのです。さて、そろそろ夏彦さんも戻る頃でしょうし・・・「いつも通り」に」
「ああ。いつも通りに」
気持ちを切り替えようとしても、俺の中で彼女の言葉は離れる事なく頭の中に刻まれる
化け物、か
神様だけど、彼女からしたら・・・永遠を与えた化け物かもしれない
俺もそう思うよ。俺も・・・この身に宿る神は化け物だと思うし、俺自身もまた、心を落とした化け物だとも
「りんどう、りんどう」
考え事をしているときに、少しだけ浮き足立った夏彦が部屋に帰ってくる
「どうしました、夏彦さん」
「庭園凄かったぞ。りんどうも見に行かないか?」
「そうなんですか?では、案内をお願いしても?」
「勿論だ!覚は?」
「俺はパス」
「それは残念だな・・・」
断られたら落ち込む。全く、子供かよ・・・と感じさせる行動をする年上の友人は、彼を守りにきた少女と共に再び外へ向かっていく
その姿になんだか懐かしさを覚えたのは、内緒だ
俺は畳に転がり、食事が来るまで部屋の中でのんびり過ごす
しかし、部屋の中に一人きりというのは少し寂しい
「こんなに寂しがりだったかね」
俺は立ち上がり、二人がいるであろう庭園の方へ向かう
それから、用意してもらったであろうお茶を飲みながら、年寄りのように縁側に座る二人にちょっかいをかけて、退屈な時間をやり過ごし・・・昼食をとって帰路に着く
・・・こんな日々が、ずっと続けばいいのに
しかしもう日常は終わっている
その先に待つ非日常へと向かうズレを必死に押さえ込むしかできないけれど
今はまだ、せめてもう少し
このままで、いさせて欲しい




