+)29日目①: 辰と巳の密会
朝五時に覚に叩き起こされる
「今日もお袋たちが夏彦たちをおもちゃにする算段を立てているからさ、早めに逃げちゃおうよ」と彼は俺たち連れて巳芳の家を後にした
「ちゃんと挨拶すべきだと思うのですが・・・」
「いいっていいって。気にしないでよ。それよりさ、この近くに秋桜で有名な自然公園があってさ。まだ咲いてると思うし見に行こうよ」
「・・・覚」
車を運転しているのは覚だから、俺とりんどうはそれに従うしかない
しかし、彼にしてはどこか様子がおかしい気がする
放って置いたらいけない気がするのに、なぜ様子がおかしいのか・・・見当がつかない
どう声をかけていいのかわからず、俺の口は重くなっていく
「・・・夏彦さん」
「あれー。二人ともお袋の思うとおりになりたかったの?逃げられなくなっていたかもなんだよ?」
「・・・っ」
「そんなわけないだろう。でも・・・っ!?」
「・・・少し、眠っていてくださいね、夏彦さん」
その後の話をしようとした瞬間、首筋に何か痛みが走る
りんどうの悲しそうな表情を最後に、俺の意識は途切れた
・・・・・
意識を飛ばした夏彦さんの体は眠った時のそれとは違う
シートベルトを外して、そのまま私の膝に頭を乗せる
「さて覚。眠らせましたから、正直なところを話してくれます?」
「はっ、手が早いね、二階堂鈴。意味合いは違うけど、今の主人と共通点あるじゃん」
「どういう意味なのかは調査済みですし、ある程度の察しがつくので聞きませんが・・・まあ共通項があるのは嬉しいですね。それで、さっさと本題に入ってください」
「まあまあ急ぐなよ」
「夏彦さんの身に何かあってからでは遅いので」
「じゃあさ、今すぐ夏彦の側から離れてくれる?戌たちは俺たちが対処するよ。あんたは舞台から降りてくれた方がいいんだよね」
結論を簡潔に告げられる
覚から告げられた言葉は、私の心を激しく動揺させた
「・・・私に、夏彦さんの側を離れろと?」
「そもそもね、巳芳は俺以外夏彦を普通の人間だと思ってない。神と語れる化け物だって考えている」
「貴方以外、全員ですか」
「うん」
「・・・そう、なのですか」
それはつまり、仲良くなれたと思った彩花さんも同じということだ
私は服の裾を掴んで、ショックをひたすら心の中に押し込めていく
まさか、まさかこんなことが・・・なんて思っていなかったから
「夏彦の神語り。流石にあんたも気がついているんだろ?」
「ええ。その強さは雪霞様と同等か・・・それ以上」
「巳芳は強欲でね。巳だけじゃ物足りない。神語りだけじゃなくて、あんたの力も欲している」
「・・・私の」
私の中にある辰の力
当時もその治癒能力は歴代一と言われるほどの力だった
力のあるものは、さらに力を欲する姿をとても醜く思う
巳だけでは飽き足らず、まさか神語りと辰まで欲するとは
とても、智の子だとは思えない
「そう。あんただって、辰にしては高水準の能力者だって聞いているよ」
「そう、言われていましたね」
「ねえ、二階堂鈴」
「なんでしょうか」
「あんたはさ、夏彦に恋愛感情があるのかな?」
「なっ・・・!」
唐突に問われた質問は、今までしていた話の流れからでは想像できなかったこと
一瞬で顔に熱が上る感覚を覚える
その反応を、覚は見逃さない
「あーあ、その反応。あるんだ」
「・・・そう、ですね。隠しません。私は、夏彦さんのことが好きなんです。雪霞様の生まれ変わりとかそういう理由ではなく、彼自身が好きなのです」
「そっか・・・でも、今の俺は素直に祝えない」
「なんとなくなのですが・・・彩花さんは、こうなることを踏んで、私たちがそれ以上の関係になることを望んでいる。そしてその先に得られるものを、欲している。そうですか?」
「うん。俺でわかる通り、憑者の力は遺伝するし、神語りの力も遺伝するらしいから・・・組み合わせた化け物が欲しいのだとさ」
覚は巳芳の家が考えていた最終的な目的を話してくれる
「・・・気持ち悪いですね」
「俺も思った。素直な感想をありがとうね」
「いえ・・・でも、これは夏彦さんには話せませんね」
「まあ、あんな親でも慕ってくれてはいるからね。然るべき時に話すよ」
彼の頭に手を乗せる
数奇な運命を辿りつつある、大事な存在は穏やかな寝息を立てている
私はその様子に笑みをこぼしつつ、ふわふわの山吹色の髪に指を絡ませた
「・・・まあ、そういう事情。それを把握しておいて欲しいかな」
「ご忠告、ありがとうございます」
「いいや。それと、一つ。離れろって言ったのは建前で、俺としてはあんたに側を離れられると困る。夏彦を四六時中守れるのは、あんたしかいないから」
「・・・わかっていますよ。そういう建前と本音を使い分けるところ、智にそっくりなんですから」
かつての友人の姿を思いながら、友人の子孫である彼と会話を続けていく
「まあね。それと、あんたは気がついているのかな。俺と恵ちゃんのこと」
「智と祝の子孫でしょう?あなたは既に覚醒済み。丑光さんはまだのようですが、それ以外に・・・何か」
「俺と恵ちゃんが、「子孫」なだけじゃなくて「生まれ変わり」と言ったら、どうする?」
「・・・その根拠は?」
「最近の恵ちゃんは覚醒兆候云々の前に、祝が夢に出てきてるらしいんだよね。夏彦とも情報共有しつつ探ったから間違いはない」
「それが、覚醒兆候なのではないのですか?」
私は純粋な儀式によって生まれた憑者神
その先に生まれた先祖返りの覚醒は知らない
話を聞く限り、覚と丑光さんの兆候は同じのようだ
しかし、もう一人・・・彼にとっては例外がいたからこの話を持ちかけてくるのだろう
彼の場合、別に根拠が一つありそうだが。それは後に聞くとして・・・
「・・・まさか、東里はあなた方とは違う覚醒兆候が見られたのですか?」
「その通り。東里に覚醒前のことを聞いたら、神様がずっと語りかけてくるって言っていたから。それに・・・」
覚は車を途中で止める
そして車の中の空気が少しだけ変わる。なんだろうか、この懐かしい空気は・・・
「こんなところに止めていいんですか?」
「まだ巳芳の土地だからな。鈴」
「・・・演技であれば、食いちぎりますよ」
「そんなわけがないだろう。覚が知らないことを言えば信じるか?お前の鈴は、雪霞が贈った鈴だとか、一年と零条のこととか」
覚では知り得ないような話をされれば、自然としっくりくる
二百年前に死に別れた、もう一人のお付き
私を除けば、私の大事なこれの話と、この世に雪霞様がお話ししていた神の名前を知るものはもういない
だからこそ信じられるのだ
目の前にいる彼が、覚ではないことを
「・・・智、なのですか?」
「魂の残痕だけれども、確かに俺は巳芳智だよ。久々だな、鈴。元気そうで何よりだよ」
「覚が、智の・・・ああ、そうなのですか」
「まあ、俺の場合は業が深すぎて半分は柳永関係の土地に縛られているんだけどさ。半分はここにいる」
業が深い・・・柳永を滅ぼしたあの出来事のことだろうか
詳しく聞く気はないけれど、あの事件で智も・・・錣山さんを除いて皆、いなくなってしまったのだから
「まあ辛気臭い話はやめにしよう。そろそろ雪霞も目覚めるだろうから」
「むっ!彼は夏彦さんです!雪霞様とそっくりですが、夏彦さんなのです!それと、様をつけなさい!様を!」
「いつも通りだなぁ・・・全く。何年経っても変わらねえな。お前はさ」
前から私の頭の方に腕が伸びてくる
「智、貴方という人間は・・・全く、私の頭が撫で心地がいいのはわかりますが、これは雪霞様と夏彦さんの専用ですよ。撫で税をかけてやると何度言えばわかるのですか」
「ああなった俺を人間だって言ってくれるのはお前だけだよ。しかし撫で税って、二百年も覚えてたのかよ・・・」
「覚えてますよ。大事な思い出ではありませんか。雪霞様と、貴方と祝、私と錣山さんの五人でいつも話していたことですから。何があっても、忘れませんよ」
心の中に残る、かつての思い出たち
もう、あの日々に戻ることはできない。私以外の誰もいないのだから
けれど・・・私は覚えている
覚えている限り、思い出の中で私の大事な人たちは生きているのだから
「雪霞を頼むぞ、鈴」
「はい」
「それじゃあ、またな。きっとまた会えるだろうから」
「ええ。その時はゆっくり話せるといいですね」
そう言って、智は一度目を閉じる
次の瞬間には、もう彼はどこにもいなかった
「・・・ふう。話せた?」
「話せましたよ。ありがとうございました」
元に戻った覚は大きく息を吐いて、力を抜く
かなり負荷がかかっているのだろう。冬なのに玉の汗が彼の額に滲んでいた
「別に。でも結構疲れるからまたやってくれはなしね。大事な時に、また」
「はい」
「それとさ、もう一つ重要な情報を出しておくけど」
「重要な情報ですか?」
「・・・二人が植物園に行った数日前に、恵ちゃんがあの植物園に行ったらしいよ」
「っ・・・それは、つまり」
「それだけで言いたいことはわかるだろう。ほら、夏彦が起きるよ。いつも通りになろうか」
「・・・はい」
覚の合図とともに、夏彦さんの目がゆっくり開かれる
「・・・あれ、どうしたんだっけ?」
「急に眠っちゃったんですよ」
「え。でも首に凄い痛みが」
「寝違えたんですよ。車で、変な体勢で寝始めたので・・・きっとそうです」
「ああ、そうか・・・で、覚はなんで車を道端に止めて。こんなところに駐車したらダメじゃね?」
「私有地だからいいんだよ。ゆっくり寝かせてやろうという俺の心意気だ。ほれ、りんどう。お茶でも恵んであげな?」
「もちろんですよ!ほら、夏彦さん、お茶です。飲みやすいようにキャップを外しておきました!」
「え、あ・・・ありがとう」
夏彦さんの知らない私たちを悟られないように、普段通りに戻っていく
私は同居人の付喪神
覚は高校時代からの悪友に
彼はまだ何も知らないまま、いつも通りに取り繕った時間を生きていく
私たちが内に抱えた思惑も知らないまま・・・なんでもない日々を、過ごしていくのだ




