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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第二章:神を宿す者たち
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28日目①:巳芳夫婦の変わった趣味

「・・・なんでこう、なかなか約束が果たせないのか」

「俺の方の約束は果たせたけどな」


次の休日

前の祝日ですら慌ただしい日だったのに、ここ最近はまともな休日をとれていないような気さえ覚えた


覚に連れてこられたのは、巳芳家が所有する広大な山・・・その、奥地に建てられた巳芳家の本家である

本家こと、大きなお屋敷は表現するなら成金全開の建造物だ

いつ見ても「生活しにくそう」としか感じないなんて、口が裂けても言えないけれど


「・・・大きいですね。凄く掃除のやりがいがありそう」

「夏彦の家は今凄く綺麗だし、そうだ。掃除バイトやってみる?募集してるよ。どう?」

「りんどうは未成年だぞ・・・一応だけど」

「そうだった・・・夏彦はその設定のままで進めているんだっけ」

「二人してボソボソ話さないでくれますか?」


俺と覚が二人して肝心なところをボソボソ話すため、りんどうから抗議の言葉が飛んでくる

それにすぐさま反応を返そうと思ったら、先に覚が口を動かした


「すまんすまん。そうだった。未成年だったね。でもお小遣いとかほしくない?夏彦けちんぼだからお小遣いくれないでしょ?お小遣い稼ぎだと思って、少しだけ、ね?」


まるで未成年をその手のバイトに誘うときのような勧誘マンみたいな誘い方で覚はりんどうに迫る

・・・このやる気を仕事の時にも出してくれたらいいのだが


「こ、この前、ぬいぐるみを買ってくれましたよ?それに、欲しいものは買っていただけますし、お小遣いなんて・・・」

「のーんのんのんのん!物品支給とかいつの時代だよって。やっぱり自分で好きに使える現金でしょ。ね、りんどう、どうかな?」

「いい加減にしろ、覚。通報するぞ」

「おう夏彦。端末構えながら言うのはやめろ」


覚はりんどうから距離をとる。それを確認して俺は端末に構えた手をのけた


「・・・まあ、お小遣いか」


りんどうが好きに使えるお金があるとは言っても、足りない時があるかもしれない


「帰ったら生活用通帳と家計簿を預けるから、ほしいものがあったらその中からねん出してくれ。足りなかったら要相談」

「なるほど。わかりました。それで出た損失は、節約でお返しします」

「・・・少しでも多くの利益を期待している」

「小遣いどころの騒ぎじゃない・・さらっと家計の管理任せてお前は・・・」


なんとなく雰囲気に任せて会話しつつ、俺たちは広すぎる庭を歩いていく

・・・もう何時間歩いているのだろうか


「なあ、覚」

「なんだ」

「この家、こんなに広かったか?」

「御袋がまた新しい土地買っちゃって・・・山全体がうちの土地になったから、庭を広げるために改築工事を」


ただでさえ広い庭がさらに広くなるらしい。運動公園でも作る気か?いや、その倍以上の大きさがあるような・・・

・・・これが、金持ちの道楽か。お金があるっていいな


「しかし、どれだけ大規模なお庭を作る気なのでしょうか・・・」

「門も仮門だしね。庭が完成したら、それに合わせた門を作るって」


俺とりんどうは揃って覚の方を見る

なんせ、その仮門は仮のものだと思えないほど精巧に作られ、いたるところにガラス玉・・・否、これまでの経験から察するに、宝石を埋め込んだ門だったからだ


「・・・こういっては何なのですが、あれ、ガラス玉ではなかったですよね」

「あ、うん。ダイヤモンド。親父の趣味でね。あんなの家の中にたくさんあるし、持って帰っていいよ?」

「遠慮します。将来請求されたらたまったもんじゃありません・・・」

「同感だ。茶菓子を勧めるノリで宝石を勧めるな・・・」


あんな大粒のダイヤモンドを「あんなもの」と言ってのけるのか・・・

この家の金銭感覚は庶民から見たら本当におかしいからなあ・・・盗まれないといいのだが

まあ、わざわざ危険を冒してこの山に登ってくる自殺願望の強い泥棒もいないだろうけど


「・・・・・ぁん!」

「ん?」

「どうされました、夏彦さん」

「いや、何か嫌な・・・あれ、覚?お前どこに・・・」

「いやあ、嫌な予感がな。ほら、りんどう。お前もこっち」

「へ?」

「・・・まさか」


覚がりんどうを素早く退避させる

俺はその場に取り残されてしまう。仕方ない。覚が俺を呼んだのはその為だからだ

その場に佇み、彼女が来るのを待つ。なんせ逃げられる相手ではない。大人しく待った方が被害は少なく済む


「なっちゃあああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」

「ぐべっ」

「あぁ!?」


全速力で走ってきた女性に勢いよく抱き着かれ、そのまま地面に押し倒される

りんどうの焦る声を聞きながら、俺はその女性にされるがまま、無気力に対応し続けた


「相変わらず元気そうで安心したよ、御袋。全然衰えてないのな・・・」

「なっちゃん少しお肉ついた?いっぱい食べてるみたいでお母さんあんしーん!」


俺に抱き着いてきた彼女こそ、覚の母親である巳芳彩花さん

見た目は俺たちと同年代並みの若々しさを持っているが、五十代の女性である

それすら感じさせないほどの運動神経を持つ彼女は巳芳家の保有する企業「MYホールディングス」の会長を務めている。現役の経営者なのである

それと、かなりの頻度で美魔女としてテレビで特集が組まれている

同時に、八人の息子を持つ大家族の母としての姿も、メディアに注目されている


「彩花さん・・・お久しぶりです。あの、その・・・ちょっと苦しいです」

「いいじゃない!それと、彩花さんじゃなくて、お母さんと呼んで頂戴と何度も言っているでしょう?」

「・・・俺は、貴方の子供ではありません。貴方の息子はあっちです。あそこでにまにましてる奴です」


俺は覚の方に目をやる

凄くにまにましてる上に、呑気に写真まで取り始めた。なんて奴だ


「なっちゃんは、あの子が甘えたそうにしているとか、いつもの常套句を言うつもり?」

「・・・貴方の長男でしょう?たまにしか会えないのですから、甘やかすぐらい」

「覚は跡取り候補。そんな甘い考えを持つ男に巳芳家を継がせるわけにはいかないわ」


彩花さんの目が、仕事の時の目に変わる。この時の彩花さんに何を言っても無駄だ。聞いてはくれないから、こちらが諦めるしかない


「・・・そうですか」

「でも、なっちゃんは巳芳家の跡取り候補ではないから、思いっきり甘やかせるわけー!」


彩花さんは俺に笑顔のまま頬ずりを始める

そこから逃げられるわけはない・・・身を委ねて、彼女にされるがまま

ふと、りんどうと視線が合う


「・・・・」


りんどうは笑っている。しかし、心の底から笑っていない

この状況を全く面白がっている様子がないのに安堵するが、逆に、怒っている気がする


「あの!」

「あら、貴方は?」

「離れてくださいませ」


彼女は俺の腕にしがみついて、彩花さんを睨む

頬を膨らませ、涙目で


「・・・貴方は?」

「私は・・・」

「貴方、なっちゃんとどんな関係なの?覚からは女の子が一緒に来るぐらいしか聞いてないのよねえ・・・?」


彩花さんの目がりんどうを見定めるように向けられる

その視線に彼女は臆することなく、彩花さんの問いに答えた


「り、りんどう・・・?」

「私は、りんどうと申します。夏彦とは今、一緒に暮らしていまして」


牽制するような笑みを浮かべ、りんどうはさらに俺の腕に密着する

りんどうの呼び捨ては意外だな。初めてだしなんだか新鮮だと思う同時に、その感触で理性を取り戻す

・・・なんだろうか。その、腕にマズい感触が


「へえ。なっちゃんとねえ・・・苗字は?」

「もうすぐ巽になります。あの「私」の夏彦なので、そろそろ離れていただけますか、おば様?」


・・・今なんて?

彼女から信じられないワードが飛んできたような気がするのだが・・・聞き返すことが出来る雰囲気ではなかった

なんせ、今、りんどうと彩花さんの間には火花が飛んでいるのだから


「へえ。そういう貴方はお子様以上にお子様だけれど・・・そんな貧相具合でなっちゃんを満足させてあげれてるのかしらぁ?」

「ふふ。夏彦はそういうことよりご飯が好きなんですよ?仕事ばかりにかまけ、己を磨き、身体しか魅せるものがない女は、中身を、そして家庭を守る力を磨いたらどうですか?」

「ふうん。私だって人妻。家庭の為にやれることはすべて完璧にやれるわ。家事しか能のない女・・・近いうちに飽きられても仕方ないわねえ?」

「へえ、人妻。伴侶がいるというのに、貴方は息子と同じぐらいの男に密着をするのですか?ああ、ふしだらですね・・・夏彦に悪影響です」


りんどうと彩花さんはひたすら笑顔のまま、互いに言葉で殴り合う

間にいる俺はいたたまれなくて、覚は覚で止めるタイミングを見誤ったようで引きつった表情でその光景を眺めていた


「・・・・覚、そろそろ助けてくれないか?」

「無茶言うなよ・・・」

「覚。彩花。何をやっているんだ」


そして、この場に今一番来てはいけない人物がやってきてしまう

巳芳栄太。覚の父親で、彩花さんの夫

政治家である彼は、厳格な性格をそのまま表したような表情を浮かべて俺たちの元へやってきた


「・・・親父」

「あら貴方」

「・・・また、変なのが来た」


彩花さん、覚を一瞥し、りんどうを見据える

そして最後に俺を見て、栄太さんの表情は花が咲くように輝き始めた


「ひこにゃー・・・ああ、今日も可愛いね。ひこにゃー」

「・・・ああ、最悪だ」

「知っていて、りんどう。私たちの最大の敵はあの男よ。私の夫である巳芳栄太はねえ・・・」


二人に挟まれていたはずの俺は、栄太さんの腕の中になぜかいた

何が起こったのかわからない。ああ、俺にもわからない

けれど俺は栄太さんの魔の手がすぐに伸びる場所にいつの間にかいたのだ

この場にいる全員は思うのだ。何が起きたかわからないと


「・・・今日は、メイド服を用意したんだ。着用して紅茶を淹れてくれるかね?」

「もう三十ですよ!?絵面的にアウトでしょ!?せめてロングスカートでしょうね!?」

「断れよ夏彦・・・」


頬を染めた栄太さんに文句を言いながら、最重要な事を確認しておく

覚に指摘された通り、断ることは考えていなかった

しかし、こうして適当な文句を言い続けておけば逃げれたこともあるし、今回もこれに賭けよう


「・・・私の息子扱いはいい方よ。あいつはなっちゃんを娘扱いしてコスプレ強要するから」

「伏兵が潜んでいるとは。しかし、夏彦の女装は見たいというか、ごにょい・・・でもメイド服もいいですが、私的には、その、割烹着が・・・」

「あの、りんどうさん?」


りんどうは今起きている光景に頭を抱えながら、俺の方をちらちらしていた

なぜだ、なぜ俺は・・・女装前提で話が進んでいるんだ?


「わかっているじゃない。あの子、地毛があれだから意外だけど、和服かなり似合うのよ?むしろ和服の方がしっくりくるレベル」

「わかっていますね。夏彦は、和服一択ですよ」

「写真見る?」

「ぜひ。先程の言葉はすべて撤回しましょう。貴方とは仲良くできそうです」

「奇遇ね。私も撤回するわ。貴方とはこれからもいい関係でいられそう。さあ、写真を見に行きましょう?」

「・・・彩花さん、りんどうさん?一体何を?」

「さあ、ひこにゃー・・・メイド服にお着換えしようね!今日は久々だから、リバイバルもお願いしたいな!」

「・・・・・」


あの堅物政治家と言われている栄太さんから出るとは思えないほどの緩んだ笑みを背に、俺は近くにあるお着換え部屋に連れていかれる

これが、俺が巳芳家に連れてこられた時のいつも通りの光景

巳芳家訪問は、こうして慌ただしく始まってしまった・・・

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