26日目②:彼の知らない二つの動き
覚が眼鏡を探してくれている間、僕の耳は奇妙な反応を感知し、その場所へと向かっていた
「君たちが来ているとはね。何をしに来たのかな」
「・・・祢子。攪乱が効いてない。卯に見つかった」
「げえ、なんでバレたんだろ。隠れるだけの卯に見つかるとは思ってなかったんだけどね」
水色の髪を持つ少女と、橙色の髪を持つ少女は、面倒くさそうに僕を見据えた
彼女たちもまた、僕と同じ存在
戌の憑者神と、子の憑者神の先祖返り
最も、彼女たちは僕のように自然に先祖返りをしたわけではなく、人工的に先祖返りをさせられた存在という部分では大きな部分はあるだろうけど
「隠れるだけとは実に遺憾だよ」
非常に遺憾である。隠れるだけ扱いされるとは
確かに、能力を考えたら隠れることに特化している
戌のような瞬発力と牙もないし、子のような精神干渉能力もない
けれど、それなりの戦い方はある
いつも通りに、ジャンプをする
その跳躍は普通の人間が出せるそれではない
そして、先日夏彦が見せた移動を真似て、僕は戌と子の後ろに移動した
「兎の瞬発力、脚力・・・受け継いでいないと思ったのかな。戌は少し頑張らないとだけど、子ぐらいは一人で狩れる」
「じゃあ、攪乱でどうにかするしかないよね?」
「意識をしたら、精神干渉能力もさほど効かない」
僕だって憑者神だ
自分に能力が足りないことはわかっている。能力が弱く、生き物としての力も弱い
この力に目覚めて十年ぐらいだけれど、その間、血反吐を吐くような思いをしながらこの力を、そして自分自身を鍛え上げた
「君たちより経験は劣るけど、鍛え方が違うんだよ。特に心は、祖父に仕込んでもらったからね」
「・・・一応、彼は商家の出。心は図太く、そして見透かせるほどの力量があると言われた方に鍛えられたというのなら、それは、きっと・・・」
「若い頃はその使い方がわからなかったみたいだけど・・・今は使いこなしてるってわけか」
「まあね」
一言そう告げて、僕は憑者神の姿をとった
うさ耳が風に揺れ、力が足へと駆け巡る
勿論、やりあう為に変化したわけではない
僕は草食動物。狩られる側の存在
そんな存在が生き延びるためには、逃げなければならない
戌からも、そして「鳥」からも
「ここでやりあう気はないんだ。僕としても、姿を見せただけで、今すぐここから離れる気だから」
「その姿で言われても信用ないよ」
「・・・私たちは、やるよ。お前も、巳も、お気に入りも全員、ここで」
「さあ、できるかな。狩られる前に「鳥」にお伺いを立ててみなよ!」
僕は憑者神の姿のまま、戌と子の前から離脱する
そして、一定距離を取ってから姿を解除した
離れた場所で隠密を展開し、二人の様子を覗いてみる
「なっ・・・!」
紅い一閃が、彼女たちの側を貫く
それと同じ星のきらめきを纏う青年は、僕の代わりに彼女たちの相手をしてくれるらしい
まさか、こんなところで魔法使いが襲撃をかけてくるとは・・・
僕らは憑者神と自称しているけれど、その姿は獣人のそれだ
この世界には魔法使いもいれば、魔物も獣人もいる
何でもありのこの世界で、一般市民を守る魔法使いの集団に属する青年は、星で作り上げた弓矢を構えて、獣人に近しい憑者神という存在を見据えていた
「・・・まったく、植物園の問題といい、獣人といい、相変わらず面倒事ばかりだなこの高陽奈はよぉ!」
「なっ、大社の・・・!」
「よりにもよって、なんで赤いアホの方なんだよ・・・!」
彼は、腕に巻いた血痕の痕があるネクタイらしきものに触れながら、歯を食いしばる
何かを堪えるように二人を睨みつける
呼び方に不服ではないらしい。むしろ・・・怒っているのは「方」という表現か?
「・・・本土への無断侵入はご法度だ。大人しく拘束されろ」
彼の思い通りの起動を描く矢は一直線に二人の憑者神ヘと向かっていく
二人はそれを避けはするが、もちろん特殊な矢だ
避ければ終わりというわけじゃない
「名乗りを忘れるのはご法度だから先に名乗らせてもらうな。お前たちを狩るのは鈴海大社特殊戦闘課第二部隊所属、二ノ宮紅葉だ。もう二度と、青鳥のおまけだの言わせねぇ!俺は、俺だけでもやれる!」
名乗りを上げて二人の憑者神に再び矢を放つ
先ほどより勢いのあるそれは、二人の憑者神に反撃の隙すら与えない
やはり本職であるし、元より彼は戦闘特化の能力を持っている
後方支援に特化した遠距離戦の魔法使い
大社で名誉と言われる「羽」の称号を賜り、二つ名に鳥を冠することを許された実力はある
魔法使いの青年に遭遇したのは予想外だったけれど、今代の戌と子の少女の姿を見れたのはいい収穫だ
覚にも姿を共有して、対策を練らなければ
僕はそれを見届けた後、そのまま戦線を離脱していく
龍のお気に入りとして、僕らの大事な友人が死なないようにするためにできることは、山積みだ
・・・・・
戦線を離脱した後、僕は迂回路を経由して堤防に戻ってきていた
あの青年に追われている可能性も考慮して、だ
しかし、その懸念は杞憂どころか・・・
「あ、東里、おかえり」
「・・・覚、この人たちは?」
堤防には人が増えている
一組はまだいい。二人組の男性。どうやら親子のようだ
もう一人が問題なのだ。もう一人が・・・!
紅葉色の髪を持つ、先ほどまで戌と子を追っていたはずの青年がなぜかここにいるのだ!
「東里、この二人が夏彦の眼鏡を見つけてくれたんだ」
ほら、と言って覚はタオルに包んだ夏彦の眼鏡を僕に見せてくれる
それは確かに夏彦の眼鏡だ。間違いない
「ありがとうございます。友人の眼鏡を・・・」
「困った時はお互い様よ。見つかってよかったな。しかし、その友人の子はどこに?」
「今は連れの子と一緒に、近くにある動植物園に行ってもらっています」
「ああ。あそこか。確かにここじゃ、友人の子が落ちるかもしれないからな」
男性は大口を開けて、僕らの背中を叩きながら堤防を歩く
「もう、父さん・・・」
「親子仲は良好ですか、祐輔先輩」
「うん。紅葉君。こっちに来るなら言ってくれたらよかったのに。お菓子ぐらいなら準備したよ?」
眼鏡をかけた青年は、紅葉色の青年に語り掛ける
どうやら親しい間柄のようだ。二人の間には距離を感じさせない
「わりと思い付きだったので・・・それに、こっちに獣人が紛れ込んでいるみたいなんで、探しに行かないと。もう少し話したいのはやまやまなんすけど、ここで失礼します」
「うん。気を付けてね。君が倒れたら、彼も・・・」
「死んだあいつの代わりは酷ですけど、それでもしないといけないので。頑張らないと。それじゃあ、先輩。失礼しますね」
紅葉色の青年は、その足で堤防から離れていく
少し、寂しそうに翡翠色の目を細めた先には、何が映るのか僕にはわからない
彼と共に戦い続けた亡き青鳥か
遠くの地で踏ん張る唯一の同期である風見鶏か・・・それともその両方か
僕はその後ろ姿を見送った後、眼鏡を探してくれていた二人に話しかける
出来れば、あの青年が戌と子を狩ってくれればいいのだが・・・と、思いながら
・・・・・
海沿いの道をゆっくりと歩いていく
「夏彦さん、カモメですよ」
青い海を飛ぶ、白い鳥を指さして伝えるが、夏彦さんの反応は薄い
眉間に皺を寄せて、それを捉えようとするが見えなかったのだろう。すぐに力を抜いて小さく溜息を吐いた
「・・・ごめん。見えなかった。白いものが動いているのはわかるのだが」
「あ、ごめんなさい。見えないこと、忘れてて・・・」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
夏彦さんの手を再び引いて歩く
視界が見えない彼に、目で見えるものを共有しようとしても、彼自身が見えないのだから話の話題が作りにくい
「・・・あれは?」
「あれって?」
「行ってみてもいいですか?」
「ああ。どこに行くかわからないけれど、りんどうが行きたいのなら」
私は彼の手を引いて、そのお店の元へ向かう
どうやら、お土産屋さんのようだった
「いらっしゃいませ。わ、可愛らしいお客様ですね」
金髪の女性は私たちの姿を見て、笑顔で出迎えてくれた
「ごゆっくりどうぞ!」
「あ・・・はい」
ニコニコ笑顔の彼女は再び店の作業に戻っていく
店の周りを見渡すと、色々なものが並んでいる
絵から、木彫りの置物・・・はたまたミニチュア模型まで雑多に並んでいる
絵の金額なんて、ゼロが七個並んでいる
それ以外は、普通に良心的な価格設定がされているようだ。よかった
「夏彦さん、見てください。この箒の置物、可愛らしいですね」
本物の素材を使った、箒のミニチュアを手に取って、夏彦さんに見せる
机の上の小さなゴミを取るのにも丁度よさそうだ
最近は、ミカンを炬燵で食べるようになったし・・・その、繊維がたまに落ちているから
・・・炬燵の事を思い出して、顔に熱が昇る
よかった、夏彦さんの目が見えていなくて、本当に
「ん、ああ・・・そうだな。小さくて可愛いな。買おうか」
「でも、その・・・いいんですか?」
「何か悪いことがあるのか?」
「いえ、ないのですが・・・」
「気にするな。しかし、これだけでいいのか?他にもあるかもだし、見てきたらいい。俺はここで待っているから」
手探りで休憩用の椅子を見つけ出した夏彦さんはそこに腰かけ、私の買い物を待ってくれるらしい
狭い店内だし、下手に動き回ってぶつかるのを避けるつもりのようだ
「わかりました。では、ここで少し待っていてください」
私は、店内を回りながら商品を見ていく
どれもこれも魅力的なものばかりで、物欲が湧いてしまう
しかし、何よりも私が注目したのは「銀色の鎖」
商品名を見ると、眼鏡チェーンと書かれている
一体、何に使うものなのだろうかと思い、私は店員さんに聞いてみることにした
「あの、店員さん」
「どうされましたか?」
「これ、何に使うのでしょうか?」
「これですか?眼鏡に付けて、首にかけられるようにするものなんですよ。ケースから取り出す手間を省けますし、何よりもおしゃれでつける人が多いですね」
首からかけられる
それなら、さっきのように、眼鏡が落ちそうになっても落ちることはないのではないだろうか
「これ、ください。この箒と・・・一緒に」
「はい。ご自宅用ですか?贈り物ですか?」
「箒は自宅用で、眼鏡チェーンは贈り物用に」
「あそこにいる彼氏さんに、ですか?」
「っ・・・!」
言葉の意味が分からないわけではない
本来なら、違いますと言わなければならない。私たちは持ち主と付喪神
よくて同居人の関係、だけど
「・・・はい。彼に、です。今は眼鏡をかけていないのですが、普段は眼鏡ですから」
私は否定しなかった。否、否定できなかった
「うちの包装紙、青緑色なんですよ。お姉さんの髪と一緒の色。リボンは何色にしますか?」
「では、その・・・緑で」
「わかりました。では・・・代金を」
「はい」
私はお金の受け渡しトレーに代金を乗せる
実のところ、龍之介と出会うまで旅をしていたのだが、その時代に働いていた時代が少なからずあり・・・私個人が所持するお金は少なからず存在する
生活費は頼るようにはしている・・・が、流石に彼への贈り物なのに彼に出してもらう訳にはいかない
ここはきちんと私のお金から
「丁度頂きますね。レシートになります」
「こちらのビニール袋にご自宅用。こちらの袋に贈り物用を入れております」
店員さんから袋を受け取る
「上手くいくといいですね」
「ありがとうございます」
背中を押してくれた店員さんにお礼を言いながら、私は夏彦さんの元に戻る
「夏彦さん」
「ああ。買い物、終わったのか?」
「はい」
再び彼と手を繋ぎながら道を歩く
恋人だと間違われたこと、彼への贈り物を買えたことが嬉しくて頬が緩んでしまう
ああ、私は本当に彼が特別であり、好きだと、改めて自覚する
けれど、その言葉を口にすることはないだろう
私は、憑者神ではないか。もう、人ではないのだ
悠久の時を生きる性質を持って、不老不死でこの世を彷徨う存在なのだ
彼と共に生きることはできない。立場が違うのだから
緩んでいた頬が、固まる感覚を覚える
その事実を受け止めながら、私は再び笑顔の皮を被り、先ほどと変わらない様子で彼に語り掛けた




