24日目:炬燵の対話
「おかえりなさい、夏彦さん」
「ああ、ただいま」
いつも通りに帰宅する
けれど、今日の竜胆の表情はいつも以上に楽しそうで、凄く、何かを待っているような感じだった
「今日はいい報告があります!」
「残念ながら、冬のボーナスはまだ出ていないぞ?」
「違います!今日はお布団を干したので、あれを出したんですよ」
「あれ・・・?」
「いいからついてきてください!」
そう言って彼女は俺の腕を引いて、リビングへ
そこには、いつもと異なる光景が一つ
いつも使っているテーブルに、毛布がかけられている
それはまさしく・・・
「じゃん!炬燵です!」
「おこた」
「おこた?」
「ああ。おこただ。出してくれたんだな」
俺は炬燵の事を「おこた」というのだが、俺だけなのだろうか
りんどうは、何を指しているのかやっと理解してくれたようで「ああ、「こたつ」が「おこた」なんですね」と言う
「しかし、電源の付け方がわからなくて・・・まだ温かくないのです」
「それは・・・まず、コンセントを刺して・・・」
「夏彦さん、それプラグです」
俺は握っていた今までコンセントだと思っていたものを一瞥した後、気まずいが、彼女の訂正通りに言い直す
「・・・コンセントに、刺して、ここの電源を入れるんだ」
プラグをコンセントに刺して、炬燵の電源を入れる
しかし、暖かくなるまで時間がかかる
「しばらくしたら、暖かくなるから、のんびり待ちつつ・・・ご飯を準備しよう」
「はい!」
炬燵に興味があるのか、りんどうの足取りはとても浮足立っている
その後ろ姿を眺めながら、俺たちは食事の準備に取り掛かった
・・・・・
食事を作り終えた後、俺たちはおこたの前に二人で立っていた
食事の前に、試しにおこたに入りたくなったからだ
「・・・それではいざ、尋常に!」
俺とりんどうは同時に炬燵の中に滑り込む
なぜ同時かというと、この瞬間に至るまで長い戦いがあったのだ
それは、俺とりんどう「どちらが先に炬燵の中に入るか」である
もちろん俺は、楽しみにしていたようだったからりんどうに先に入るよう促した
けれど、りんどうは俺が先に入るべきだと言い出したのだ
一時間ぐらい、不毛の争いを繰り広げた先に得た答えは「同時に入る」
それが俺とりんどう、双方が妥協する着地点だったのだ
「ふう、あったかいですねえ」
「あったかいなあ」
「けど、背中が寒いですね・・・それにテレビも見にくいし」
位置的にはテレビがある位置からみて、正面が俺、その右がりんどうだ
いつも正面から見ていたりんどうからしたら、少し見にくいのかもしれない
「そうだ。いいこと考えた」
りんどうは炬燵の中にもぐる
そして、しばらく中でもぞもぞした後、俺のいる場所の布団を持ち上げた
「あの、りんどうさん?」
彼女は俺の腰を掴んで、炬燵の中から出てくる
そして姿勢を正して俺にもたれかかりながら、いつも通りの笑みを浮かべていた
「ぷはっ!あったかくて息が詰まりそうでした!」
「そりゃそうだろうけどさ・・・なんでここに」
「ここなら背中も暖かいし、テレビも見れますよね、夏彦さん!」
「ん、ああ・・・そうだな」
「頭も撫で放題ですよ!」
「確かに、撫で感もいいだろうけど、特に顎の起き場所が・・・」
俺はさりげなく、りんどうの頭の上に自分の頭を乗せてしまう
いい感じに乗せられて・・・気分もいい感じ
「いい感じの身長だな、りんどう・・・」
「自分では小さいかなと思っていますが・・・あの、東里と覚と並んでも、夏彦さんの身長は高かったですね。何センチなんですか?」
「百八十はあったと思うけど・・・・正確には覚えてないな。りんどうは?」
「私は、現代的な値に直すと、ええっと・・・大体百五十センチぐらいかと」
「サバよんでないか?」
「よんで・・・すみません、五センチ盛りました。大体百四十五センチです」
絶対ないなと思ってカマかけたら本当にボロが出た
なんだか申し訳なさも覚えるが・・・小さいの、可愛いと思うんだがな
「りんどうは、身長が気になるのか?」
「そうですね。一応十二歳設定でも、かなり小さいのではって感じですし・・・二十三歳設定でもやっぱり小さいというか、酉島さんからもかなり心配されていますし」
確かに、今の時代の平均身長は若干高くなりつつある
昔は百四十でも違和感はなかったけれど、今の時代では、小さい方に分類されてしまう
「それはもう、仕方のないことだからな・・・」
「そうなんですよね。でも、私・・・後十センチは欲しいです。それに」
「それに?」
「その、はい・・・やっぱり、子供っぽいでしょう?この姿になった時は十六歳だったのですが、それでも、丑光さんとかに比べたら非常に子供っぽいし、当時の同年代と比べても、やっぱり子供っぽいし!」
何がとは言わない。何がとは
風呂で倒れた時に不可抗力だから仕方ないとはいえ、少しだけ見た光景を思い出す
確かに、全体的に子供らしさの目立つ体格・・・だったことは言わない方がいい
彼女だって気にしているだろうし、何よりも俺が見たことも、そしてそれを覚えていることが問題なのだ
けど、忘れられるもんか
「夏彦さん、顔がまっ・・・まさか!?」
「すまない・・・すまない・・・!」
りんどうに頭の中に思い描いているものを勘づかれ、彼女も顔を真っ赤にして俺の胸を叩き始める
痛くはない、小突く程度だ
「た、確かに、あの時は不可抗力、でしたが・・・!」
「すまない。忘れる。絶対に忘れるから!一ヶ月以内に、必ず!」
必死な弁明ののちに、二人して項垂れる
「・・・まあ、この話はなしにしましょう」
「そうだな。なしにしよう。なかったことにしよう。忘れよう・・・」
二人して頷きあいながら、先ほどと同じように座りなおす
・・・これで忘れろとか、意識するなというのは無理な話ではないか?
ああ、俺は本当に・・・彼女の事が
自分の中で出した答えが一番しっくりくる
けれど、これを言葉にしていいものなのか。俺みたいなのが、こんな大層なことを考えてもいいものなのだろうか
「そうだ、夏彦さん。おみかんありますよ」
「・・・」
「・・・」
「ん、ああ。おみかん?食べる!」
「あ、はい!いま剥きますね!」
二人してぎこちない様子を保ってしまいながら、炬燵の上に用意されていたミカンを剥き始める
りんどうが用意してくれていたのだろうか
炬燵らしい光景だけど、それを笑いながら話す自信も今はなくて
ただ、黙々とミカンを食べ続けて、自分の中に出た答えを誤魔化し続ける
楽しい日々を続けるために
・・・だったらなぜ、自分の夢に対して「あんな真似」をした
俺と同じ声が頭の中に響く。同時に、頭も割れそうなほど痛い
それは、気の迷いだ
・・・これからも、彼女と共に歩みたいと願う心があるのではないか
だからどうした。それは、俺が望んでいいものじゃない
・・・頑固だな。夏彦。全くもって羨ましいよ。私にはできないことが出来るのに
お前にはできないこと?
・・・そう。彼女と生きること。私が一番信用する彼女と共に、今まで通り、普通の日々を送れる。この上ないぐらいの贅沢なのに。お前はそれをなぜ受け入れない
受け入れるも何も、俺にはその権利はない
・・・権利とは何なのだ。お前は彼女の事を好いて、いるのだろう?その心のままになれば・・・
うるさい。なぜそんなことをお前に言われないといけないんだ。俺は、そんな贅沢を得ていいような人間じゃない
・・・困ったな。今度の子は力が強い分、聞き訳のなさも、悪化している
頭の中に響く呆れた声は、やっと聞こえなくなった
「・・・」
なんだったのか、と考えながら、俺は再びミカンを口に入れる
少しずつ、何かが動き出しているような気がするが、俺はそれに目を背け続けた
今まで通り、いつも通り、何事も、なかったように




