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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
序章:付喪神との遭遇
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0日目④:山吹と翡翠の、始まりの日

柳永での記憶は、殆どない

ここで暮らしていた時、俺はまだおかしかった時期だった


今の俺が出来上がる始まりは、柳永を離れて一人暮らしを始めた先

あの人が俺を迎えに来てくれたあの瞬間からだ

そこから、今の俺は出来上がったと言っても過言ではない


「・・・全然変わっていないな、ここは」


バスを乗り継いだ先

夕方近くに俺は柳永にたどり着いた

祖母の葬儀の時に訪れたのが最後だが、その風景は何一つ変わっているような気配はない


「確か・・・こっちだったような」

「おい」


記憶をたどりながら巽の家に向かっていると背後から唐突に声をかけられる

そこには、とても見覚えのある男女が二人

柳永で暮らしていた時に少し面倒を見てもらった二人だ


「見慣れた山吹頭を見かけたから声かけたら・・・やっぱり夏彦だったな」

「そうね。でもバスだなんて思わなかった。前は車だったから」

「・・・もしかして、あんさんとねんさん?」

「そうよ。それと、もう年利じゃなくて、礼司と一緒で安藤だから」


安藤礼司と年利・・・じゃなくて安藤寧々

俺がここで暮らしていた中学生時代、少しだけ面倒を見てくれた「悪い大人」の見本のような男女だ

今は、どこにでもいる夫婦をやっているらしい

・・・本当にできているんだろうか、心配だけど


「お爺さんの葬儀か?」

「うん」


田舎だからか、こういう情報はご近所さん・・・というか、地域の人ならよく伝わるらしい

二人でも爺ちゃんの葬儀のことを知っていたようだ

よく見れば、二人共黒い服・・・喪服を着ている・・・帰り、なのかな


「俺たちはさっき行ってきたところだ。お前が柳永出てから、世間話するような仲だったし、就職先とか色々面倒見てもらったから。結婚式の挨拶とかもしてもらったしな」

「そう、なんだ」

「もう少しで百歳だったのよ。お祝いの準備も進めてたけど、残念ね」

「でも、大往生だよ。九十九歳ってそう簡単には迎えられねえぞ?」


九十九歳・・・だったのか

そんなに長い間、生きていたなんて知らなかったな


「でも、夏彦。龍之介さんが亡くなったってことは、もうあんたの身内はいなくなったってことよね」

「そうだね。でも、実感とかなくて。寂しいとか、悲しいとか、全然なんだ」

「唐突だけど・・・龍之介さんの年齢、知ってたか?」

「それすらもわからない。俺は爺ちゃんと・・・婆ちゃんとも全然話をしてこなかったから」


記憶の中の俺は、爺ちゃんと婆ちゃんの干渉をひたすら拒絶していた

高校進学と一人暮らしも、二人への反抗みたいなものだった


「ねえ。夏彦」

「なに、ねんさん」

「巽の家わかってる?」

「確か、こっちだよね?」

「「逆方向」」

「・・・」

「案内してやるから。そんな捨てられた犬みたいな顔すんなって」

「ありがとう・・・」

「巽家にはお手伝いさんが今いるから、その人が今は来客対応をしてるはずよ」

「へぇ」


自分が暮らしていた家・・・祖父母の家すらわからない俺を二人は手を引いて案内をしてくれる

中学時代の真夜中

あの時と同じように、迷わないように手を引いてくれるのだ

・・・最もその先は悪い道だったけど


二人に案内された先が、巽の家

爺ちゃんと婆ちゃんが暮らしていた家だ

一応、俺もここに三年間ほど暮らしていたことがある

帰った記憶は、殆ど無いけれど


「まあ落ち着いたら連絡くれや。番号これな」

「困ったら私達を頼りなさいよ。私達はいつでもあんたの兄ちゃんと姉ちゃんなんだから」

「ありがとう、二人共」


あんさんたちを別れた俺は、地域の人が訪れる中、巽家のインターホンを押す

実家に帰ってきたようなものなのに、まるで初めて訪れる人のように


「はーい。あら、あら・・・貴方は、お孫さんかしら。写真に写っていた子と面影がそっくり」

「写真はわかりませんが・・・私は巽夏彦と申します。貴方は、祖父のお手伝いさんですか?祖父の事を聞いて・・・すみません、色々と任せてしまって」

「いえいえ。お気になさらず。私は寅江と申します。そうそう、夏彦さん。連絡先が分からなかったので、勤め先へ連絡を入れたのですが・・・無事に伝わってよかったです」


寅江さんは俺の来訪を受け入れてくれ、家の中へ上げてくれる


「しかし・・・会社に?」


思えば、寅江さんは女性の方だ

会社にあった電話は二つ。彰則さんに代わってもらった電話はともかく、俺宛の電話は男性の声だった


「・・・あれ、俺の端末の方に、男性の声で連絡があったんだが・・・まあいいか」


けど、やっぱり気になるので一応聞いておく


「・・・会社の電話番号にですか?」

「ええ。創業したての頃に名刺を頂いていたようで・・・そこに書かれていた番号におかけしましたよ」

「・・・」


創業時代の電話番号

今は、東里の自宅電話番号になっている・・・じゃあ、寅江さんがかけた電話は寝ていた東里の自宅にかかったことになるよな


「・・・一体どういうことだろうか。気にしても無駄だからこれ以上は考えないけど」


廊下を歩き、寅江さんと俺はある部屋の前で立ち止まる


「ここに龍之介さんがいますので。二人でお話したいこともあるでしょうから。終わられたら居間へいらしてくださいね」

「はい。ありがとうございます」


寅江さんと別れて、俺はきっちりと閉められた障子を一瞥する

正直、話すことはなにもない。話せるようなことも、資格も俺にはなにもない


「・・・初めまして、夏彦様」

「ん?」


どこからか、俺の名前が呼ばれた気がした

廊下の先で緑色の何かが小さく揺れる

あれが何なのか、答えがわかるのは・・・葬儀が終わって落ち着いた頃

今思えば、これが俺と彼女の初めての出会いになるのだが・・・

この出会いを意識していない俺は、いつもどおり変なものが見えてしまったな・・・ぐらいしか考えていなかった


障子を、ゆっくりと開ける


「・・・ただいま、爺ちゃん」


一人になっても、寂しさなんて微塵も感じなかった

安らかに眠る爺ちゃんの顔を見て思ったことは一つだけ


「俺から解放されてよかったね、爺ちゃん」


手を握ることも何もせず、ただそう呟いて部屋を後にする


「寅江さん」

「あら、夏彦さん。もういいんですか?」

「ええ。それよりもやることがたくさんあるでしょうから。手続きはどこまで?」


寅江さんとどこまでやったか引き継ぎをして、やるべきことを進めつつ、孫として来客の相手をしていく

それからの記憶は殆どない

慌ただしくて、きちんと考えをまとめる時間も何もなく

葬儀を終えて、あっという間に五日という時間が経過していた


・・


五日目の夜

由紀子が帰り、夏彦様が眠られた後

私は、龍之介の部屋・・・の、隣の和室

後飾りと龍之介の遺骨を安置している部屋に足を踏み入れました


「・・・龍之介、骨になっちゃいましたね。もう気にしていた加齢臭しないじゃないですか。良かったですね。香水、いらなくなっちゃいましたよ」

「・・・」


いつもならここで「かかかか加齢臭なんて気にしてないわい!」と反論が飛んでくる

けれど、龍之介はもう何も言ってくれない

魂は離れ、声も体も、全て灰と骨へとなったのだから


「・・・でも、焦げ臭いです」


何度も、別れというものは経験してきた


『楽しかったよ、××。また会えたら、今度は普通に一緒にいよう』

『××おねえちゃん。いってらっしゃい』

『軍人の・・・霞屋の子供として生まれた義務を、責務を、お国の為に果たしに行くのだ。名誉なじゃないか』

『・・・ごめんな、××』


龍之介だけではない・・・敬愛すべき主とその生まれ変わりもまた、同じように失ってきた

失うことには慣れていないし、これからも慣れることはないだろう

慣れる時が来るならば、それは私が人ではなくなった瞬間とも言えるかもしれません


永遠を得た化け物

それが、私という存在を表現するにふさわしい表現なのですから


もう何も失いたくないし、一人になりたくはない

けれど、永遠の枠にいる私はこれからも失うことが確約されている

それでも私は・・・


「龍之介。約束は守ります。貴方のためにも、何よりも、私の責務の為に」


この名前と鈴に誓って、私は必ずお役目を果たしましょう

いかなる手段を、用いても・・・彼を、守り抜きます

誓うようにその言葉を述べた後、私は自室へ戻っていく

明日こそは、彼と接触してみよう

そんなことを考えながら、私もまた、眠りについた

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