22日目①:先輩と語る夢と仕事と、今度の話
色々と落ち着いた頃には、日付は既に変わっていた
「・・・りんどう」
「あ、夏彦さん。やっと、元に戻りましたか」
なぜか俺は座り込んでいて、りんどうを撫でていた
周囲を見ると、覚はなぜか床に伏せているし、東里に至っては・・・
「むきょー・・・むきょきょきょきょ」
「・・・兎の鳴き声か」
夕飯の後、東里も覚も酒を飲んでいたみたいだし、寝てしまったのだろう
「二人はどうしましょう」
「こいつらは放っておいて平気。丑光さんはどうする?そろそろ夜も遅いし・・・」
ソファーに座って、気まずそうにお茶を飲んでいた丑光さんはなぜか安心したように笑っていた
・・・俺は寝ていたのだろうか
意識がない間、この部屋で一体何が・・・?
まあいいや。日付も変わっているし、そろそろ家に帰した方がいいだろう
今日はなぜか休日出勤させられているけれど、明日はきっと休みだろうから
「あ、はい。ではお言葉に甘えて巳芳先輩と社長をお任せして、家に帰ろうと思います」
「うん。確か電車だっけ?まだ電車出てるかな?出ているなら駅まで送っていくよ。出ていないなら家に泊まって」
「ふぇ!?」
「?」
「い、いえ・・・まだ電車が出ているので、帰れます。先輩が、よければ・・・その、駅までお願いしても?」
「そうなんだ。電車出ているんだね。もちろん。送っていくよ」
「ありがとうございます、先輩」
少しだけ頬が赤い気がする丑光さんの了承を得る
酒の空気にあてられたのだろうか?
「しかし、大丈夫なんですか?」
「ん、ああ。起きたてだから?大丈夫だよ。これくらい」
「先輩が大丈夫とおっしゃられるのなら、信じますが・・・無理はされないでくださいね」
立ち上がって、適度に動いて見せる
若干頭が痛いけれど、気にするほどではなかった
「じゃあ、りんどう。俺、少し出てくるから。何か買ってくるものある?深夜だけど、コンビニぐらいは問題ないと思うけど・・・」
「明日の朝食に使う食パンを買ってきてください。ななストアの食パン以外認めませんから」
りんどうは、なぜか頬を若干膨らませて買ってくるものを伝える
・・・こっちはなんで機嫌が悪いのだろうか
「ななストア、反対方向が最寄りなんだけど・・・」
「そうですか。でも行ってきてくださいね」
「・・・わかった。じゃあ、そろそろ行こうか、丑光さん」
「はい。では、あ。その前に!」
丑光さんは玄関に向かおうとしていたが、足をりんどうの方に運ぶ
「りんどうちゃん」
「な、なんでしょうか?」
「カレー美味しかったよ。ありがとうね」
「・・・ありがと、ございます」
「それに、さっきは大変だったね。お疲れ様」
「丑光さんも、お疲れ様です」
二人はぎこちない会話をしている
さっきは大変だったね・・・の部分に引っかかりを覚えながら、俺は二人の会話を見守った
「それでは、お邪魔しました!」
「じゃあ、りんどう。行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃい、夏彦さん。それと」
どういえばいいかわからない。声を出せないで、口だけパクパクさせた後、意を決したように言葉を紡いだ
「また、いらしてくださいね、丑光さん」
りんどうは小さくはにかみながら、丑光さんを見送ってくれる
・・・少しだけ、距離は縮まっているのだろうか
家を出て、街灯が照らす道を歩く
「先輩、りんどうちゃんって・・・」
「ん。じいちゃんの養子」
「・・・設定だ」
「どうしたの?」
「いいえ。何も。りんどうちゃん、年頃の子なんですから、先輩、ちゃんと気を遣ってあげないとだめですよ?」
「そういうのよくわからないんだけど・・・あ、そうだ。丑光さん」
「なんですか?」
年頃どころか異性の事なんて何もわかりやしない
丁度いい所に若い子がいるではないか。折角だし、誘ってみようか
・・・りんどうには事後報告になるけど
「元々、今日はりんどうの日用品を買いに行く予定だったんだ」
「日用品って・・・服とか、そういうのですか?」
「うん。けれど、俺じゃあよくわからないし、流石に服を買いに行くのについていく・・・のは気が引けるし、明日はきついだろうから、次の休みの日あたりに、手伝ってほしいなとか、思ったり。どうかな?」
いきなり提案して、流石に無理だろうなと思っていたのだが・・・
「先輩とりんどうちゃんが構わないのでしたら、お手伝いさせていただきたいです」
「ありがとう。りんどうにも確認してみるから、連絡入れるね」
「はい。お願いします」
丑光さんは提案を受け入れてくれる
りんどうさえいいと言ってくれれば、丑光さんに協力してもらえる
色々と疎い俺にとっては大きな戦力だ
「あの、先輩」
「何?」
「先輩は、憑者神ってご存じですか?」
一瞬、付喪神と聞こえてまさかりんどうの正体がバレたのかと驚いたが、よく聞けば聞き覚えのない単語で安堵する
「何それ、都市伝説か何か?」
「・・・何も、知らないんですか?」
「・・・うん。それが何かあったの?最近流行りの話とか?」
「いいえ。ただ、聞いてみたかっただけなんです」
丑光さんはなにやら複雑そうな表情を浮かべながら俺の隣を無言で歩き続ける
「あの、先輩は、どうしてあの会社に勤めているんですか?」
「急にどうしたの?」
無言のままは気まずかったのだろう
丑光さんは俺に質問を投げかける
けれど、わりとそれは予想の斜め上の質問だった
「聞いてみたかったんですよ。社長の事嫌っているのにどうしてだろうって。あんなに嫌ならやめるというのもありそうだったので」
「そうだなあ・・・まず、誤解があるから一つ」
「誤解、ですか」
「うん。俺は、東里の事を嫌ってはないんだ。むしろ一番信用できる友達だと思ってる」
本人の前では言わないけれど、俺は少なくともそう思っている
指先を自分の手に持って行く
黙っていてほしいことだから、と無言で伝えると丑光さんは納得したように頷いていた
「東里に誘われたし、俺みたいなのが本来受け取れないような高い給料だからというのが大きな理由なんだよね」
「やはりお金」
「申し訳ないけどね。生活もあるから。けど、純粋に仕事にやりがいがあるんだよね。だからやめられない」
そういうと、丑光さんはなんとなく笑った気がした
「・・・先輩のそういうところ、好・・・私は、いいと思います。仕事に真面目なところ、凄く、憧れていまして、私も先輩みたいに頑張りたいなって」
「ありがとう。これからも頑張ってね」
「はい!」
「それにさ、夢があるんだ」
「夢、ですか?先輩の夢、なんなんですか?」
なんだろう。今日はいつもより口が回る。酒がまだ残っているのだろうか
滑る口は、彼女に語る
東里以外の誰にも語ったことのない、俺の夢を
「うん。実はさ、俺は母子家庭だったんだ。小さい頃に父親と離婚したみたいでさ」
「そうだったんですか?」
「うん。母親もほとんど帰ってこなくて、家って言っても・・・ほとんど」
昔のことが思い出せなかった
けれど、その時のことはなぜか思い出せた
なんだろう。いつもより意識が曖昧だから、思い出せたのだろうか
そう、俺は基本的に・・・家の中で過ごしていなかったんだ
だからと言って外にいたわけでもない。ずっと、あの小さくて暗い場所で・・・
「・・・先輩?」
「大丈夫。ほとんど家で過ごしていなくて、それからしばらくして爺ちゃんたちに引き取られたんだけど、東里たちが言っている通り、昔は荒れていてね、また家に帰らない生活をしていたんだ」
「先輩にもそう言う時期があったんですね・・・今とは全然違うって感じです」
「まあね。大人になったらさ、やっぱりほとんど家に帰らない生活をしているんだけど・・・それでもさ、自分の帰る場所を自分で作りたくなったんだ」
「もしかして、自分だけの家を建てることが?」
「そう。それが、俺の夢。来年叶うんだ」
東里の伝手を頼って、今住んでいるアパートから少し離れた場所にある、一軒家が立ち並ぶ団地に俺は一軒家を建てたのだ
もっと言うなら、家族が欲しかったのだが・・・流石に俺みたいなのが、望んでいいものじゃないのはわかっている
しかし、それならばなぜ「あんなこと」をしたのだろう
急遽、ぎりぎりで「あの場所」の内装を変える真似なんてしたのか
その答えは出ているけれど、言葉にすることは多分、一生ない
「来年叶うんですか!おめでとうございます!」
「引っ越したら知らせるから、遊びにおいで」
「ぜひ!りんどうちゃんとも仲良くなりたいですし、嬉しいです!」
丑光さんがそう言ってくれてとても嬉しく思う
りんどうも、そう思ってくれていたら、もっといいと思う
これからも、仲良くなってくれたらもっと・・・
「そういう丑光さんは、なんでこの会社に?」
「そうですねえ、求人の中でも高めの給料だったからでしょうか。まさか社長が頭おかし目な人だとは思っていませんでしたけど」
確かに、あの発情兎は初見じゃ対応も反応もしにくい
ましてや俺が身近にいた時の発情モードなんて目も当てられないだろう
気持ち悪さに拍車をかけるのだから
それでも、丑光さんだけは残り続けていた
東里の奇行を見て他の新入社員はやめたのに、彼女だけは残り続けていてくれた
「東里の奇行についていけたのは丑光さんだけだもんね」
「ええ。あの奇行があってでも、私は・・・その、ついていきたい人がいますから!」
「ついていきたい人?覚?」
「いえ、いえ!その、巽先輩、その、先輩の事、凄く、尊敬していまして・・・仕事の事ではまだまだ学ばせてもらいたいことが沢山ありまして、その・・・!」
丑光さんはそう言ってくれるけど、なんだか申し訳なさを覚える
来年にはもう、彼女を直接サポートすることがない場所に戻るのだから
「それは申し訳ないな・・・」
「どうして、ですか?」
「東里から聞いていない?俺は元々事務で、来年から営業じゃなくて事務に戻るんだ」
「先輩、事務だったんですか?だから、日辻課長代理と・・・」
「うん。そう言うこと。日辻さんには代理を任せて沢山大変な思いをさせたからね。戻ったら頑張らないと」
「日辻さんが、代理?」
「俺が事務課の課長なんだ。戻っても、ある程度の手伝いはさせてもらうし、困ったことがあればいつでも連絡して。覚がサボっていたら特に」
事務に戻っても手助けをすると告げていく。いつでも頼ってもらって構わない・・・のだが
見るからに、彼女は落ち込んでいた
・・・来年がもう、心配になってきた
「・・・わかり、ました。あ、先輩。駅につきました!」
「もう?じゃあ、買い物の件。早めに連絡するね」
「はい。お待ちしています!それでは!」
丑光さんは僕に手を振りながら駅の方へ向かっていく
俺はそれを見送ってから、元来た道を引き返す
しかし、まっすぐ家には戻らずに反対方向にあるななストアへ向かい、食パンとりんどうの好きそうな芋プリンを買って家に戻った




